2009年11月04日
引退記者会見を終えて
こんにちは、マネージャーの関です。
先日10月28日、中野真矢、現役引退の記者会見が行われました。
記者会見にあたり、多くの関係者、ファンの皆様方から、温かい言葉を頂けましたことを、この場を借りて御礼申し上げます。
お蔭様で、これまで100戦を超えるレースに同行させて頂きましたが、レースがスタートするとき、グリッドにはライダー一人を残し、チームスタッフは皆、ピットから見守ることしか出来ません。レッドシグナルが消灯する瞬間、スタートの成功と無事を祈りながら、何度経験しても毎回涙が溢れそうになるあの瞬間を、もう味わうことは無いのでしょう・・・。
寂しく感じる反面、少しほっともしています。
7年間ロードレースという世界に携わるお仕事をさせて頂き、今あらためて、その極限の精神状態でレースを戦い抜く、全てのロードレースライダーに敬意を表します。
そして、その中でも一際輝きを放ち、その人柄から長年世界中のファン、レース関係者に愛され続けた、『中野真矢』というライダーのマネージャーを務めさせて頂いたことを、本当にありがたく思っています。
実は記者会見の日、ゼッケン56番の由来でもあります『バリバリ伝説』の作者、しげの秀一先生より、中野真矢へ宛てたお手紙を預かっていました。記者会見の中で、披露させて頂いたのですが、その中には、こう書かれていました。
「君が現役を引退すると聞いた時、不思議と寂しい気持ちにはなりませんでした。多くの君のファンの人たちにはヒンシュクをかってしまうかもしれませんが、「引退」という言葉が持つ少し寂しいニュアンスを僕は感じなかったんです。
君自身のレースは終わらずに、これからも続くということを、僕は知っています。ひとつの区切りがついただけで・・・戦うフィールドが少し変わるだけで・・・。同じゴールを目指して君は走り続けていく事を僕はわかっているんです。
止まってしまえば倒れてしまうオートバイのように、君自身のチャレンジは終わらないでしょう。
君が愛した56番のゼッケンとともに、高いモチベーションで走り続ける君を、これからもぼく達は応援しています。」
※一部抜粋
中野は常々、チャンピオンを目指しながらも、「自分のレースを通して、少しでも多くの人にバイクを好きになってもらいたい、オートバイの楽しさを知ってほしい。」と、言い続けてきました。
今は、ひとときの休息を取っていますが、中野真矢はきっと、レースの世界に関わる活動を今後も続けて行くことでしょう。
そして、引退を発表した今、中野真矢がレースにかけた思いや情熱は、これからも56designが引き継いで行きます。
今はただ、全力で走り続けてきた彼に、
「お疲れ様。引退、おめでとう!」
(インフォメーション)
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- 中野真矢(なかの・しんや)
- 77年10月10日、東京生まれ。5歳でポケットバイクに乗り、17歳でSP忠男レーシングチーム入り。同年、鈴鹿4時間耐久レース優勝。97年ヤマハに入り、翌年、全日本選手権250cc優勝。99年世界選手権参戦を皮切りに、01年500cc、02年から最高峰のMotoGPクラスで活躍。04年、ヤマハからカワサキへ移籍、地元日本GPで3位、カワサキ勢として23年ぶりに表彰台に立つ。06年はオランダGPで2位に輝いた。07年、08年はホンダで活躍した。09年シーズンは、アプリリア・レーシングからスーパーバイク選手権に参戦する。
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