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2010年11月01日

「綱渡り状態」での開催…雨中の韓国GP

 雨が止んだら、それまでの景色が全く違って見える…。1週間前のF1韓国GP決勝レースはまさにそんな感じだった。土砂降りの雨が王座を争う男たちの運命を一気に飲み込み、翻弄し、そして、夕暮れの表彰台には全く別の景色が広がっていた…。

 サーキットの完成が大幅に遅れ、一時は開催が危ぶまれた初めての韓国GP。初めてF1を開催する場合、通常はその90日前までにサーキットを完成させ、FIAの公認を受けなければならないルールになっているのだが、新設されたヨンアムのKIC(コリアン・インターナショナル・サーキット)がFIAの検査をパスしたのは、韓国GP開催の僅か1週間前! それも「完成」というには程遠い状態で、木曜日のGP開幕後も突貫工事で関連施設の建設や改修工事が日曜朝まで続いたというから、異例中の異例といってもいい「綱渡り状態」での開催だったと言っていいだろう。

 唯一の救いはコースレイアウトがドライバーを含めた関係者から好評だったことだ。金曜日のフリー走行から実際にマシンが走り始めると、多くのドライバーが「素晴らしいコース、追い抜きのチャンスもあり、いいレースが期待できそうだ」と絶賛! 心配された舗装の剥がれや削れ等の問題もなく「路面の問題でレースが行えなくなるのでは」という心配は杞憂に終わった。

 また、サーキット周辺の関連施設には、まだ未完成の部分も多かったようだが、ピットビルディングやコントロールタワー、パドックエリアなど、F1開催に不可欠な設備は「最新のF1サーキット基準」を十分に満たしていて、現場では「本当に大丈夫なのか、だいぶハラハラさせられたけど、まぁ、良くココまでやったよねぇ」と、むしろ何とか開催にこぎ着けた主催者の努力を評価する声が多かったようだ。

 だが、そんな主催者側の努力も日曜日のサーキットを襲った豪雨の前には、なす術も無かった。予定より10分遅れでスタートした決勝レースはコースコンディションの悪化が酷く、僅か3周で赤旗中断。雨脚が弱まり、セイフティカーの先導で再スタートが切られたのは、既に午後4時を回った頃だった。

 18周目まで続いたセイフティカー走行が解除になると、まずはポイントリーダーのマーク・ウィーバーが濡れた路面に足を取られてスピン! 後続のニコ・ロズベルグを巻き込んだアクシデントは、チャンピオン争いの最前列にいたウィーバーを一瞬で惨めな姿に変えてしまう。チームメイトのヴェッテルを意識しすぎたが故のミス? 「重要なのは最後にポイント争いでトップにいること、これで何かが変わったわけじゃない」本人は強気のコメントだが、無理をせず、確実にポイントを稼ぎ続れば1歩ずつ上っていけるはずだった王座への階段を、大きく踏み外した代償は大きい。

 その後も「これまで経験したレースの中で最悪のコンディションだった」(アロンソ)というコース上で様々なドラマが展開された。トップを走るヴェッテルは雨の中、快走を続け、2位アロンソ、3位ハミルトンがこれに必死で食いついてゆく、一方、チャンピオン争いに生き残るためには、韓国で何としても結果を残す必要があったジェンソン・バトンは終始、後方集団の中に埋もれ続け、事実上の「終戦」を感じさせる内容。タイヤ交換のタイミングで一旦、アロンソの前に出たハミルトンを、再スタート直後の1コーナーで再びアロンソが抜き返すシーンや、フォース・インディアのスーティルらと激闘を繰り広げながら、ジワジワと順位を上げてゆくザウバーの小林可夢偉など、誰もが「1歩間違えばコースアウト」というギリギリの状況で、自らの運命を切り開く戦いを演じていた。

 そして、夕闇がサーキットに迫り、レースが残り9周を迎えた時、トップを快走していたヴェッテルのマシンから白煙が上がり、パーツを撒き散らしながらコース脇に止まるレッドブル…。鈴鹿での素晴らしい勝利から僅か2週間後に、それも2連勝を目前にしていた彼を襲った試練に「レースの恐ろしさ」を感じたのは僕だけではないだろう。

 結局、圧倒的な優位を期待されたレッドブルの2台が揃って無得点に終わり、最悪のコンディションの中で終始冷静なドライビングを見せたアロンソが優勝で25点を追加し、総合231ポイントで、第5戦のスペインGP以来、実に12戦ぶりにドライバーズポイントランキングのトップに立った。

 今週末のブラジル、そして最終戦のアブダビと、今シーズンも残すところあと2戦。現時点でのランキングは1位のアロンソ(231点)に対して、2位ウィーバー(220点)3位ハミルトン(210点)、4位ヴェッテル(206点)。1位に大量25点が与えられる今シーズンのシステムでは、トップのアロンソと4位ヴェッテルの25点差も1レースでひっくり返る可能性があるだけにまだまだ予断を許さないだろう

 しかしながら、依然、マシンの戦闘力ではアドバンテージを持つと見られるレッドブル勢が残り2戦でベッテル1位、ウィーバー2位の形で連続1-2フィニッシュを成し遂げたとしても、計算上はアロンソが「2戦連続3位」でフィニッシュすれば、このまま王座を守りきれるという事実を考えると、雨の韓国GPがもたらした変化が、いかに大きなものだったのかを改めて感じずにはいられない。

 9月のイタリアGP直後「ここから先はいかにコンスタントに表彰台に上がるかがタイトル争いを左右する」と語っていたアロンソだが、シーズン終盤の戦いはまさにその言葉通り…。マシンの速さで1歩リードする2台のレッドブルを相手に、ベテランらしい冷静な戦いぶりを見せるその姿は、ナイジェル・マンセル、ネルソン・ピケを擁するウイリアムズ・ホンダが圧倒的な速さを見せながら、最後の最後でマクラーレンにタイトルを持って行かれた1985年のアラン・プロストを思い出させる。

 そうそう、昔話…という意味でいうと、今回、もうひとつ思い出したのは、1976年、富士スピードウェイのF1インジャパンのことだ。日本で初めてのF1開催となったあの年も、多くの日本人関係者が必死の努力でF1開催にこぎ着け、多くの観客がサーキットを埋めたが、日曜日の決勝当日はあいにくの豪雨…。その年、ニュルブルクリンクの大事故で重傷を負いながら、奇跡のカムバックを遂げたポイントリーダーのニキ・ラウダ(フェラーリ)が「コースコンディションがあまりに危険すぎる」として、タイトルが掛かったこのレースを事実上をボイコットしてしまったのだ。

 その後、波乱に満ちたレース展開の中、最後の最後で3位表彰台を得たマクラーレンのジェームズ・ハントが逆転でチャンピオンを決めるという、劇的な幕切れとなり、雨の富士に集まった熱心な日本のファンたちは、本物のF1GPの洗礼を浴びると共に、貴重な「歴史」の目撃者となった。

 今回、大幅な工事の遅れの中で、なんとか開催にこぎ着けた韓国主催者も、また、雨の中「生のF1」を初体験したファンたちも、あの時の日本人と同じように、貴重な「歴史」の目撃者となったのだと思う。決して順調とはいえなかった初開催の韓国GPだが、今後、F1がこの国にしっかりと根付き、何年もF1開催を重ねてゆくことになれば、この豪雨に見舞われた初開催のことも、長く語り継がれてゆくことだろう。


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F1放浪記
川喜田研(かわきた・けん)
 1965年(昭和40年)4月20日、横浜生まれ。91年から「F1速報」、「レーシングオン」のスタッフライターとして働き、99年からフリーのF1ジャーナリストに。  現在は「スポルティーバ」(集英社)「カーグラフィック」(二玄社)などに執筆中。  愛称の「ちんぱん」は、成人男子とは思えないほどの落ち着きの無さ(本人は旺盛な好奇心ゆえと認識していますが…)や、締め切り直前のパニック状態(昔は編集部で跳ねたり、踊ったり、叫び声を上げたりという奇行を演じていたようです)がチンパンジーに似ていたことに由来する。

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