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2010年10月15日

ニッポンの希望…可夢偉のオーバーテークショーに涙

 ひとつ、またひとつと順位を上げて1コーナーに帰ってくる小林可夢偉のマシンを大歓声で迎え、興奮の渦に包まれる2コーナーの観客席。そのど真ん中にいたら、なんだか僕の目頭も熱くなってきた。F1GPを観ながら泣くなんて、一体何年ぶりのコトだろう? 長い間忘れていた「何か」が激しく胸の中を駆け巡り、最終ラップを迎えた頃には一気にあふれ出した…。

 混戦のチャンピオン争いの鍵を握る、重要な一戦となった今年のF1日本GP。僕は思うところあって、通常のメディアパス以外に一般観客席のチケットを自分で用意して鈴鹿へと向かった。
 フリーランスのジャーナリストになって約12年、自動車レース専門誌の編集部員時代も含めれば、かれこれ20年近くも「この業界」にいる僕が自腹でチケットを買って日本GPに行くのは、1988年以来、実に22年ぶりのことだ。あの年、2コーナー先の一般観客エリアで初めて経験した「ナマのF1」が、その後の自分の人生を大きく変え、結果的に今の自分に繋がっているのだが、今年はそんな出発点にもう一度立ち返ることで、F1を、そして自分自身を改めて見つめ直してみたかったのだ。

 果たして、22年ぶりに経験する「観客目線」のF1は、僕にいくつもの新鮮な驚きと発見を与えてくれた。例えばホンダ、トヨタという日本の自動車メーカーがF1から去り、そうした大企業関連の招待客が大幅に減った今年、逆に観客に占める「純粋なF1のファン」の比率が高まっているように感じたこと。鈴鹿サーキットに向かう坂道には今年も金曜日から多くのファンが行列を作っていた。
 鈴鹿サーキットの関係者によれば、事実、一般ファンへのチケット販売は去年よりも伸びているとうコトだったが、ホンダやトヨタがいなくても、これほど多くの人たちがF1を愛し、日本GPを楽しむために鈴鹿へと集まってくる…。そんな単純な事実も、考えてみればスゴイことだと思う。

 もちろん、今年、一般の観客動員(つまり企業などの招待客以外)が伸びたのには、BMWザウバーに乗る小林可夢偉の健闘による部分が大きいだろう。だが、実際に観客のみなさんと話してみると、彼らはフェテルのファンであったり、アロンソやハミルトン、バトンのファンであったり、スーティルやロズベルグ、ハイドフェルドのファンであったり…と、お目当てのドライバーも実に多様で「特定のドライバーやチームではなくF1そのものが好きだから」という人が少なくないことにも驚かされる。実に幅広い年齢層の人たちが「それぞれの楽しみ方」を持ち「それぞれの流儀」で鈴鹿の日本GPを楽しみに来ている…。それは、シルバーストンやモンツァ、スパなどといった伝統あるクラシックF1イベントで見るのと同じ「成熟したF1ファンの姿」に他ならない。

 もうひとつの驚きは、情報技術の発達で観客席での観戦スタイルにも大きな変化が起きていることだった。以前は観戦エリアによっては大型の映像スクリーン、それが無いところでは場内放送の実況がピットFMだけ頼りだったが、今ではラップトップのパソコンを観客席に持ち込んで、リアルタイムのタイミングモニターで各車の順位やラップタイムを確認したり、携帯電話の情報サービス、有料でレンタルでき、タイミングデータから中継画像、オンボードカメラ映像、無線交信の一部までチェックできるF1用マルチ携帯情報端末「カンガルーTV」を首から下げての観戦など…。ハイテクの電子機器武装によって、観客席にいながらプレスルームにいるのと大きな遜色ないほど情報をスタンドにいる一般のファンが手にできる時代になっている。「観客席で見ていると、何がどうなっているのか分からない」なんていうのは、もう昔の話なのである。

 朝から降り続いた雨が次第に勢いを増し、台風に見舞われた2004年の日本GP以来、史上2度目の「公式予選中止」が決まった土曜日も、鈴鹿のファンたちは僕を驚かせてくれた。降りしきる雨の中、全身ずぶ濡れになりながらも、忍耐強く予選の開始を待ち続ける観客たち…。しかし、10月の冷たい雨に打たれながら観客席で待ち続けるその姿にも、狭いスペースに片寄せあい、テントやスタンドの下で雨宿りをする姿にも、不思議なほど「悲壮感」がない。それどころか、過去の日本GPの思い出話を楽しそうに話し合ったり、持ち寄ったおやつを食べたりしながら、辛い状況の中でも「それなりに楽しく」過ごしている景色に「スゴイなぁ」と感じたのだ。

 彼らの中にはもう何年も鈴鹿に通い続けているリピーターも多く「ポケットの中」には様々なF1に関する思い出や、観戦のノウハウがたっぷりと詰まっている。降りしきる雨の中、そんなポケットの中身をお互いに分かち合い、助け合いながら、鈴鹿サーキットでの週末を少しでも楽しいものにしようという前向きで逞しい姿を見ながら、改めて「ああ、やっぱり鈴鹿のファンは世界一だ!」と思った。そして僕自身も、そんな彼らと一緒にずぶ濡れになりながら、本当なら辛いはずの状況で、なぜか不思議な一体感を感じていた。予選の延期が正式に決まり、雨の中、サーキットを去るファンたちはさすがに疲れているように見えたけれど。少なくとも僕は声を荒げて文句を言っているような人をまるで見かけなかった…。

 そして迎えた日曜日の朝、昨日までの天気がウソだったように空は青く晴れ渡り、振り返れば伊勢湾が、サーキットの向こうには鈴鹿山脈の山並みが美しく輝いていた。ずぶ濡れで待ち続けた土曜日の事など、まるで無かったかのように「こうして予選と決勝が一日で見れるのも悪くないね!」という声が聞こえてくる。当初は予選だけをスタンドで見て、さすがに決勝レースはメディアセンターに戻ろうかと思っていたのだが、なぜだか、どうしてもその場を離れる気がせず、結局、腹を据えてそのまま2コーナースタンドで決勝レースを待つことにした。
 午後2時30分、ルコネサンスラップのため、次々とコースインするF1マシン! スタート進行が進むにつれて、徐々に緊張と興奮が高まってゆく…。赤いスタートランプのブラックアウトと同時に、それは一気に頂点へと達し。そして僕は久しぶりに「ひとりのF1ファン」に戻った!

 それからの53周は本当に素晴らしかった。レース序盤にはスタート直後の多重クラッシュと、最高のスタートを切ったルノー、クビサのリタイアという波乱があり、一気に5台がコース上から消えると、その後はタイトルを争うフェテル、ウィーバー、アロンソが緊張感に満ちた走りで1、2、3位を占め、王者を争うに相応しいハイレベルな走りを見せてくれたと思う。特に優勝したフェテルは予選、決勝を通じて完全に本来の輝きを取り戻し、彼が「次の時代を担う才能」であることを、改めて強くアピールしたと言っていいだろう。また、ポイントリーダーのウェバーも余計なリスクを犯さず、確実に2位でチェッカーを受けることで、2位とのポイント差を14点に広げてみせた。

 一方、週末を通して見せたレッドブルの圧倒的な優位を考えれば、アロンソが鈴鹿で彼らを攻略するのは事実上難しかったはずで、彼自身がレース後に語っていたように3位というのは「望みうる最高の結果」だったと考えていいだろう。いずれにせよ、コース上での派手な追い抜きシーンは無かったものの、彼ら3人はあの状況の中でキッチリとプロの仕事して見せ、その緊張感はスタンドで見ていてもハッキリと伝わってきた。残り3戦でランキングトップ(220点)と同率2位で並ぶアロンソ、フェテル(206点)との差は14ポイント! 鈴鹿で表彰台を逃したマクラーレンのふたり、ルイス・ハミルトン(192点)とジェンソン・バトン(189点)はこれで一歩後退…という感じだが、彼らも十分に「レースに勝てるポテンシャル」を持っているだけにタイトル争いの行方はまだまだ予断を許さないだろう。

 だが、そんな上位陣の緊張感溢れる戦い以上に、この日の僕たちを驚かせ、興奮させ、そして感動させてくれたのが、初めてF1日本GP出場したBMWザウバーの小林可夢偉だ。
 日曜朝の予選Q2ではタイムアタックの最後にシケインでミスしてしまい(あれが無ければ確実にトップ10に入り、Q3に進出していた)14番手グリッドからのスタートとなったカムイは、多くのライバルたち柔らかいオプションタイヤを選択する中、マクラーレンのバトンと共に硬いプライムタイヤでスタート。スタート直後の多重クラッシュを紙一重ですり抜け、セイフティカーが解除されると前を行くトロ・ロッソのアルグエスアリをジワジワと追い詰めてゆく…。
 そして13周目! ヘアピンの進入で一気に間合いをつめたカムイがアルグレスアリのイン側に飛び込むと軽くマシンを接触させながら、トロロッソのマシンを抜き去った! 「ええっ? ヘアピンで抜いちゃうなんてそんなのアリだっけ!」と目をパチパチしながら驚いていたら、それは歴史に残る「カムイ・オーバテーキングショー」の幕開けでしかなかったのだ。

 18周目、またしてもヘアピンでフォースインディアのスーティルを仕留めたカムイは、オプション勢が次々とタイヤ交換のためにピットインする中、プライムを履いたマシンでコース上に残り続け、一時は6位までポジションアップ! だが、プライムで少し周回数を引っ張りすぎたのか? 38周目にピットインしオプションに履き替えてコースに戻った時点で、再び12位まで順位を下げてしまう。
 いかに新しいオプションタイヤを履いているとはいえ、マシンによほどの性能差が無い限り追い抜きが難しい鈴鹿サーキット。「うーん、ここからの約20周で入賞圏内に食い込むのは簡単じゃないなぁ…」などと悲観的になっていると、再び驚異的なペースで前との差を詰め始めるカムイのザウバー! まずは再びアルグエスアリをヘアピンで、それも今度はアウト側か襲い掛かり、ブロックしてきたトロロッソと接触! 空力パーツの一部を破損しながらも更に前へ!

 その後もウイリアムズのバリチェロや同じザウバーのチームメイト、ベテランのニック・ハイドフェルドなどを次々とヘアピンコーナーの侵入で捉えて逆転! レース後、カムイ自身は「別にヘアピンを狙っていたわけじゃなくて、たまたまあそこでしか抜けなかっただけ」と語っていたが、普通では考えられない場所で、それも、鮮やかな追い抜きを、それも繰り返し成功させて見せるカムイの大活躍に、鈴鹿サーキット全体が只ならぬ熱気と興奮に包まれ。そして、自分もまたその渦の中にいられることが本当に嬉しかった……。

 あの時の涙は何だったのか、なぜ、あれほどまでに心が揺さぶられたのか? 日本GPから2日経った今も、その本当の理由は分からない。ただ、翌日、横浜の自宅に帰り、改めてテレビ中継の録画を見たら、解説の森脇さんも少し涙ぐんでいたことを知り「ああ、やっぱり日本中で多くの人たちがあのレースに心を揺さぶられていんだなぁ」と思った。

 ホンダやトヨタがいなくても、F1楽しみ、愛してくれる「成熟したファン」が育っているのも事実だが、おそらくは、そういった人たちも心のどこかで「ニッポン」を背負って活躍してくれる、日の丸を振って応援できる「ヒーロー」の登場を今でも待ち望んでいるのではないだろうか? そんな「ニッポンのエフワン」に期待する人たちにとって、小林可夢偉は文字通り「最後の希望」であり、他ならぬカムイ自身もそうした期待を自分が一身に背負っていることを、誰よりも自覚している。

 デビュー1年目のルーキーには、重すぎるかにも思える重圧の中で「鈴鹿で変なレースはできないですから」と全力で戦っていたカムイの気迫と、小林可夢偉という最後の「糸」にニッポンのF1の希望を託したファンの想いが強く結びつき、未来に繋がる、白い一本の道になって輝いたような……そんな雰囲気があの日の鈴鹿サーキット全体を包み込んでいたような気がする。

 ホンダが去り、トヨタが去り、そして今年いっぱいでブリヂストンもまたF1タイヤの供給を終えることが決まっている。88年F1日本GPの2コーナー自由席で中島悟のロータスに声援を送り、ホンダターボのエキゾーストノートに心震わせてから22年…。エンジン、ドライバー、マシン、チーム、タイヤ、スポンサー…。さまざまな形で「ニッポンのF1」の夢が膨らみ、しかしその多くは大きな実を結ぶことなく「夢の途中」で儚く消えていった。特にここ数年は自動車メーカーの相次ぐ撤退で暗いニュースが続き、そうしたメーカーの資金によって支えられていた多くの仕組みも、その屋台骨が急激に傾きだしているようだ。
 ここ数年、自分がかれこれ20年近くも関わってきたはずのモータースポーツやF1に対して複雑な思いを感じ続けてきたのも、また、その未来にどうしても、漠然とした不安を感じてしまうのも、このような厳しい状況の中で、22年前の鈴鹿2コーナー自由席で感じた、あのワクワクした感覚を、ニッポンのF1の未来に夢膨らます気持ちを僕自身が失いかけていたからなのかも知れない…。

 だが、2010年日本GP決勝日、前日、土砂降りの雨の中、辛抱強くタンドで待ち続けた、本当に心からF1を愛するファンたちの上に青空が広がり、そこから降り注ぐ日差しの中で「小林可夢偉」という最後の希望が「ニッポンのエフワン」の未来に繋がる軌跡をコース上に明るく照らし出した。あの日、カムイが見せた底知れぬポテンシャルと「日本のF1を自分で終わらせるワケにはいかない」という彼の気迫が、観客席で声援を送るファンひとりひとりの表情に反射してサーキット全体が輝いているように見えた。
 逆風が吹き荒れ、冷たい雨が降り続く中でも、ニッポンのF1の夢はまだ終わってはいない。小林可夢偉があの日見せてくれたように、そして鈴鹿サーキットで出会った素晴らしいファンたちが教えてくれたように、夢はそれを信じ続ける人にのみ、微笑んでくれる。
 まだ具体的な形は見えてこないけれど、今年、22年ぶりに観客席から見た日本GPは、モチベーションを失いかけていた僕に、何かとても大事なものを思い出させてくれたような気がする。


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F1放浪記
川喜田研(かわきた・けん)
 1965年(昭和40年)4月20日、横浜生まれ。91年から「F1速報」、「レーシングオン」のスタッフライターとして働き、99年からフリーのF1ジャーナリストに。  現在は「スポルティーバ」(集英社)「カーグラフィック」(二玄社)などに執筆中。  愛称の「ちんぱん」は、成人男子とは思えないほどの落ち着きの無さ(本人は旺盛な好奇心ゆえと認識していますが…)や、締め切り直前のパニック状態(昔は編集部で跳ねたり、踊ったり、叫び声を上げたりという奇行を演じていたようです)がチンパンジーに似ていたことに由来する。

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