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2009年10月23日

ブラウンGPの「血中ホンダ濃度」(1)

 自動車メーカーの直接支援も、大手企業のメインスポンサーも持たない“新チーム”ブラウンGPがなぜ、変化の年、2009年のチャンピオンとなり得たのか? そこにはブラウンGPの強さの秘密のみならず「不思議なシーズン」2009年を読み解くための重大なヒントがいくつも隠されているような気がする。そこでまず、「ブラウンGP」とはナニモノなのか? 彼らは本当に「新チーム」なのだろうかという点から考えてみたい。

 ご存知のようにブラウンGPは昨年までの「ホンダF1チーム」(HRF1)をその母体とし、ホンダのF1撤退で残されたイギリス側スタッフと旧ホンダF1の施設を引き継いだ形で作られたチームだ。2007年末にフェラーリから移籍したロス・ブラウン代表の下、新たな体制でチーム再建を進めていたHRF1は、昨年12月、リーマン・ショックの直撃を受けたホンダ本社の判断でF1からの撤退を余儀なくされ、ホンダ本社は直ちにHRF1の清算に着手。それまで2009年シーズンに向けて着々と参戦準備を進めてきたチームは突如として「売却」もしくは「解散・整理」の対象となってしまったのである。

 冬の間、いくつかの「売却話」がメディアを賑わわせたものの、なかなかチームの処分に関する結論は出ず、最終的にチーム代表のロス・ブラウンが自ら「タダ同然」の安値でホンダF1チームを買収して「ブラウンGP」という名称で引き継ぐという「マネージメントバイアウト」の形でチームの存続・参戦継続が正式に決まったのが今年2月のこと。もちろん、それ以前の段階でも残されたチームスタッフはブラウン代表の下、参戦を信じて地道な準備を続けていたのだが、チームが正式に誕生したのが開幕戦のわずか数週間前という意味では、これ以上新しいチームは無いと言ってもいいだろう。

 そこで気になるのが、ブラウンGPの「血中ホンダF1濃度」だ。通常、F1チームは翌年のマシン開発に春頃から着手し、夏から秋の段階ではマシンの基本的な設計がある程度固まり、具体的な開発へと着手するというのが一般的だ。もちろん、ホンダF1も例外ではなく、今季のF1を制覇したブラウンGPのマシンの基本的な設計は昨年12月の段階でほとんど固まっていたと考えていいだろう。つまり、ブラウンGPのマシンの骨格は、当初09年型ホンダF1としてデザインされたものだったということになる。

 ブラウンGPのマシンの骨格が「09年型ホンダF1」であったということは、当然の事ながら、その開発にはホンダ側の資金やF1プロジェクトに関わっていたホンダのエンジニアの技術、アイディアが反映されていることを意味している。08年シーズン、惨めなほどの低迷を続けたホンダF1だったが、ブラウン代表は一貫して「本当の勝負はレギュレーションが大きく変わる09年であり、全てのリソースを09年用マシンに集中することが重要だ」と言い続けていた。

 年間の開発予算が500億円とも600億円とも言われ、当時「F1界で最も多くの資金を費やしている」と言われていたホンダだが、その予算の多くが09年型ホンダF1の開発に注がれていたとすれば、09年型ホンダF1の骨格を引き継ぐブラウンGPのマシンはある意味「F1界でもトップクラスの潤沢な開発予算と最先端の設備を用いて開発されたマシン」と捉えることもできる。

 もちろん、資金や設備だけではなく、非常にコンパクトで高機能なギアボックスや、軽量なカーボン複合素材の関連技術など、ホンダならではの技術がマシンの各所に活かされており、そうしたホンダ技術者たちの「置き土産」がブラウンGP大活躍の一端を担っていることも事実だろう。こうしてみると、今季のダブルタイトルを獲得したブラウンGPのマシン、BGP-001はロス・ブラウンの指揮の下、ホンダの豊かな資金力や技術力も反映された形で生み出されたマシンであり、純粋な意味で「新チームの1台目」と考えるのはあまり適切ではなさそうだ。

 それでは、もし、ホンダがF1から撤退せず、そのまま2009年シーズンを戦っていたら、ブラウンGPと同じようにチャンピオンになれただろうか? おそらくはそうならなかっただろう…というのが、僕の個人的な考えだ。ここまでの流れが、どちらかといえばブラウンGPとホンダF1の「重なり」に注目してきたとすれば、今度は両者の「違い」について少し掘り下げてみたい。

 まずは単純に「エンジンが違う」。ホンダはF1撤退に際してチームとしての参戦のみならず、エンジン供給も完全にストップする方針を採ったため、残された「ブラウンGP」が参戦を継続するためには、まず代わりのエンジンを探さなければならなかった。その結果、最終的に獲得したのがメルセデスのエンジンだが、このホンダからメルセデスへのエンジン変更は結果的にチームの大きな「プラス要素」となったのだ。

 そう、ホンダファンからすれば実に切ない話だが、08年の時点でホンダのエンジンは性能でライバルに大きく遅れを取っており「マイナス要素」でしかなかったのだ。常識的に考えれば、マシン全体のバランスに影響を及ぼす参戦直前のエンジン変更は大きなマイナス要因なのだが、純粋にメルセデスエンジンの戦闘力がホンダのそれを大きく上回っていたために、それを超える大きなメリットを産み出すことになったのである。

 また、今季話題となった新機構「KERS」に関しても、一部のサーキットでKERS搭載車のアドバンテージが目立ったとはいえ、シーズンを通じてみればブラウンGP、レッドブルなど、KERS非搭載のマシンがチャンピオンシップを優位な展開で進めており結果的に「KERSをあえて使わない勇気」がシーズンの明暗を分けたという部分があった。年間予算に乏しいブラウンGPに関して言えば「勇気」というよりも「割り切り」と表現したほうが適切かもしれないが、いずれにせよ「KERS」に頼らず、マシンの基本性能を磨くことに徹した戦略が見事に成功したわけで、積極的なKERSの搭載でシーズン序盤に苦戦を強いられたフェラーリやマクラーレンとは対照的な形だ。

 だが、仮にホンダが撤退していなかったら、彼らは「KERSを捨てる」という割り切りが出来ただろうか? その答えはおそらく「ノー」だったろう。ホンダは昨年から積極的にKERSの開発を続けていたし、アースカラーのカラーリングで「環境技術」への取り組みを前面に押し出していたホンダが一種の「回生ブレーキによるエネルギー再利用装置」であるKERSを搭載しないという選択肢を選ぶのは企業行としての立場から見ても難しかったに違いない。

 もちろん、ホンダの開発したKERSが素晴らしいものであった可能性もゼロではないし、それによってシーズンを更に有利に戦えた可能性もあったかもしれない…。だが、結果論とはいえ、ブラウンGPはKERS無しでもこうしてチャンピオンを獲得できたのだ。KERS搭載による不確実性がマイナスの方向で作用していたら…。09年のホンダがフェラーリやマクラーレンと同様に「ドツボ」にはまっていた可能性もまた、十分にあったように思う…。(続く)


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F1放浪記
川喜田研(かわきた・けん)
 1965年(昭和40年)4月20日、横浜生まれ。91年から「F1速報」、「レーシングオン」のスタッフライターとして働き、99年からフリーのF1ジャーナリストに。  現在は「スポルティーバ」(集英社)「カーグラフィック」(二玄社)などに執筆中。  愛称の「ちんぱん」は、成人男子とは思えないほどの落ち着きの無さ(本人は旺盛な好奇心ゆえと認識していますが…)や、締め切り直前のパニック状態(昔は編集部で跳ねたり、踊ったり、叫び声を上げたりという奇行を演じていたようです)がチンパンジーに似ていたことに由来する。

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