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2009年10月08日

鈴鹿で見た「ニッポンF1」最後の財産

 すっかりご無沙汰になってしまったけれど、このブログではできるだけ僕の本音を書くように心がけてきたので、鈴鹿の日本GPが終わってから自分のアタマの中を整理するのに少し時間が掛かってしまったのだ。

 実を言うと、夏ごろから僕の気持ちは重苦しい雰囲気に包まれていて、F1に関してモノゴトがポジティブに考えられない状態が続いていた。春先から続いていた「F1分裂騒動」がギリギリのところで回避され、「新コンコルド協定」の成立が見えたというタイミングでBMWがF1撤退を宣言。ホンダに続いてF1撤退を決めたのが、ホンダ同様、常にモータースポーツへの情熱を企業イメージとしてアピールし、ここ数年続いた自動車メーカー連合の動きでも常に中心的な役割を果たしてきたはずのBMWが、そうした努力の成果をこれから現実に移してゆこうというタイミングで「F1から逃げ出した」コトは僕にとっても大きなショックだった。

 BMW撤退のニュースに接したとき、当然のことながら、僕の内側にはBMWの決断に対する「怒り」や「失望」が浮き上がってきた。ホンダの無責任な撤退をあれほど強い勢いで批判した僕なのだから、BMWに対しても当然、同じ態度を取るべきだったと思う。以前から思っていたのだが、ホンダとBMWは驚くほど良く似た会社だ。モータースポーツへの情熱、自社技術への高い自信、そして一度はエンジンサプライヤーとしてF1で頂点を極めながら「車体技術、チーム運営も含めてのF1制覇」を目指した経緯も、既存チームとのジョイントから100%資本の「ワークスチーム体制」に参戦形態を変化させていった過程も含めて、両者の間には多くの共通点を見出すことができる。だが、情けなく、無責任な撤退の形まで同じであって欲しくなかった…。そのショックに僕は、もはやBMWの決断を批判したり、怒ったりする力すら失い、ウンザリしてしまったのだ。

 その後も、フェリッペ・マッサの不運な事故やシューマッハーの復帰を巡る一連の騒動でコース外のニュースは賑やかだったが、正直、そうしたニュースに心躍ることは無かった。結局、シューマッハーの復帰は実現せず、負傷したマッサの代わりにフェラーリのステアリングを握ったベテランのルカ・バドエルやジャンカルロ・フィジケラは、見ている方が切なくなるほどの不振をかこい「フェラーリドライバー」の栄誉と引き換えに、彼らのキャリアを大きく傷つけてしまった(彼らは結局、今年のフェラーリがいかに扱いにくいマシンであり、そんなマシンで健闘するライコネンの才能を証明したにすぎなかった)。昨年のシンガポールGPをめぐるルノーの八百長事件に至っては、故意にアクシデントを起こしてまでアロンソを勝たせようとしたルノーの発想にも、また、その指示を受けてイカサマの片棒を担ぎながら、自分がクビになった腹いせにすべてをぶちまけたピケの程度の低さにも言葉がないほど失望した。

 それだけじゃない、これほど深刻かつ悪質な不正の事実が明らかになったにも関わらず、ルノーに対しては「執行猶予つき」(つまりは実質的にお咎め無し)のペナルティが下され、「実行犯」のピケも罪を問われず、すべての責任をフラビオ・ブリアトーレとパット・シモンズのふたりに押し付けてF1界から追放する形で「手を打った」FIAの裁定も、これ以上、自動車メーカーの撤退を招きたくないFIAとルノーのあいだの「裏取引」があってのことで、つまりは「八百長」なのだが、こうしたFIAの非公正性についても、今や怒りよりも諦めの気持ちのほうが強い。今度のFIA会長選挙でアリ・バタネン氏が勝てば少しは好転するかもしれないが、マックス・モズレー現会長の支持を受ける対立候補のジャン・トッドが勝てば状況は間違いなく悪化してしまうだろう…。

 日本のチームやドライバーついても、なかなかポジティブな話題は無かった。開幕直後には「勝利の匂い」が見えそうな位置にいたトヨタはシーズンが進むにつれてライバルの進歩の中で埋没し、ウイリアムズでチームメイトのロズベルグが大健闘を見せる傍らで、中嶋一貴は全く歯車の合わない戦いを続けた。再就職先が見つからないまま「浪人」を続ける佐藤琢磨をテレビコマーシャルで見るたびに、いつもやり切れない気持ちになった。F1への登竜門であるGP2シリーズを戦う小林可夢偉も、今季は全くペースがつかめないまま出口のない戦いを続けていた…。そして、チーム関係者が繰り返しその可能性を否定しても、パドックを漂い続ける「トヨタ撤退」のウワサ。「ニッポンのF1」にこの先、何を期待したらいいのか? 希望はどこにあるのか? 僕にはすっかり見えなくなっていたのだ。

 だが、そんな、なんとも重苦しい気持ちで向かった鈴鹿の日本GPの週末が、暗い考えにとらわれきっていた僕に、忘れかけていた大切なモノを思い出させてくれた。3年ぶりに鈴鹿へと帰って来たF1を待ちわびていた多くのファンたちのなんと楽しそうなコトか! もちろん不況の影響はゼロではなく、グランドスタンドも超満員というワケには行かなかったが、この鈴鹿を愛し、日本GPの週末を思い思いのスタイルで満喫する多くのファンの姿が、長い間ネガティブな気持ちにとらわれていた僕の目にまぶしく映った。この国にはまだ、こんなに沢山のF1を愛する人たちがいる、鈴鹿の日本GPで過ごす週末を楽しみに待ち続けていたファンがいる。「鈴鹿のファンは世界一」忘れかけていたそんなフレーズを木曜日からスタンドに集まる人たちを見ながら思い出だした。

 鈴鹿のファンが世界一なら、鈴鹿のコースも世界一だ。ルイス・ハミルトンが、セバスチャン・ベッテルが、いや、ほとんど全てのドライバーが鈴鹿サーキットへのチャレンジをうっとりとした表情で語り、その素晴らしさを何度も何度も繰り返し語っていた。「世界最高のサーキット」(ハミルトン)「まるで神様がデザインしたみたいだ」(べッテル)「鈴鹿で完璧なラップを決めた時の快感は言葉にしようがない」(ハイドフェルド)。ハイスピードドライビングの楽しさと難しさを、他のどのサーキットよりも教えてくれる鈴鹿のコースは、ドライバーたちのチャレンジスピリットを掻き立て、「ホンモノ」には「ドライビングハイ」に近い快感を、そうでないものは手痛いクラッシュを…という具合に、分かりやすい結果で見せてくれる。

 日本にはまだ、世界最高のサーキットと世界最高のファンがいる。いまやこれがニッポンのF1に残された最後の、そしてかけがえの無い財産だと、僕は鈴鹿の週末を通じて改めて実感した。このかけがえのない財産を今後も守って行くために、僕たちは何ができるのか? 日本のモータースポーツ界は何を目指してゆくべきなのか? その答えが日本のモータースポーツの未来を握っているような気がした。


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F1放浪記
川喜田研(かわきた・けん)
 1965年(昭和40年)4月20日、横浜生まれ。91年から「F1速報」、「レーシングオン」のスタッフライターとして働き、99年からフリーのF1ジャーナリストに。  現在は「スポルティーバ」(集英社)「カーグラフィック」(二玄社)などに執筆中。  愛称の「ちんぱん」は、成人男子とは思えないほどの落ち着きの無さ(本人は旺盛な好奇心ゆえと認識していますが…)や、締め切り直前のパニック状態(昔は編集部で跳ねたり、踊ったり、叫び声を上げたりという奇行を演じていたようです)がチンパンジーに似ていたことに由来する。

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