日刊スポーツのニュースサイト、ニッカンスポーツ・コムのモータースポーツページです。



ここからこのサイトのナビゲーションです

共通メニュー

企画特集


2009年7月28日

「フォーミュラ」が守るべきものは何か?

 ほんの1週間前に往年のF1世界チャンピオン、ジョン・サーティースの息子、ヘンリー・サーティースがイギリスのF2レースで事故死したという訃報に接したばかりなのに、ハンガリーGPではフェリペ・マッサが予選中の事故で重症を負ってしまった。ヘンリー・サーティースの事故はアクシデントで外れた他のマシンのタイヤが、その後方を走っていたヘンリーのヘルメットを直撃。マッサもバリチェロのマシンから外れたサスペンションパーツがヘルメットに当たり、意識を失った状態でタイヤバリアへと突っ込んだ…。

 奇しくもハンガリーGPの決勝ではアロンソのマシンからフロントタイヤが脱落するという事故も発生。幸い、そのタイヤが後続のマシンに当たることは無かったが、ひとつ間違えれば、マッサの事故以上に、深刻なアクシデントを引き起こしていた可能性もあったと思う。そんなハンガリーのGPの週末を終えた今、僕は99%のモータースポーツファンを敵に回す覚悟でこう提案したいと思う。「そろそろ“フォーミュラカー”の定義を根本的に見直してはどうだろうか…」と。

 ご存知のようにF1はフォーミュラカーレースの頂点に位置していると言われている。ちなみに「フォーミュラカー」とは何かと言えばフォーミュラ(規定、規格、公式…)という言葉が示すように、本来は「一定の規格(レギュレーション)に基づいたレーシングカー」を意味するのだが、一般的なイメージはむしろ「屋根無し+1人乗り+タイヤむき出しで専用設計の純粋なレーシングカー」といった方がシックリ来るだろう。北米などで使われる「シングルシーター、オープンホイール」という表現のほうが、現実の「フォーミュラカー」のイメージをより的確に表しているともいえる。

 60年代までは「葉巻型レーシングカー」などとも呼ばれていたフォーミュラカーが、こうして「屋根無し+1人乗り+タイヤむき出し」の形になった主な理由は、当時の技術ではこれが「最速の形」だったからだ。最高速を上げるためには、全面投影面積を可能な限り小さくして空気抵抗を削減する必要があり、そのためにはコクピットを覆う屋根も、大きなタイヤを覆うフェンダーも無い方がいい。また、レーシングカーにとってもうひとつの重要な要素である、軽量化・低重心化という面でも「屋根無し+タイヤむき出し」は大いに有利だったはずだ。

 このように、当初は「速さ」を求める歴史の中で形作られてきた「フォーミュラカー」の基本形だが、いつしか、市販車ベースのマシンで戦う「ツーリングカーレース」「GTカーレース」や、古くは市販スポーツカーにルーツを持ちつつも、そこから派生したスポーツプロトタイプカーレース(レース専用設計の2座席+フェンダー付き+場合によっては屋根つきもありのレーシングカー、現在ではル・マンカーなどとも呼ばれる)との差別化が大きな意味を占めるようになった。つまり、「速さ」を追求するのではなく「フォーミュラカー」のアイデンティティを維持するために、「屋根無し+タイヤむき出し」という基本形が維持され続けてきたのだ。

 技術の進歩と共に「速さ」を決める条件は大きく変化している。特に「空力」に関する進歩は著しく、今やレーシングカーの性能を最も大きく左右する要素といってもいいだろう。例えばこの「空力」で見た場合「タイヤむき出し+屋根無し」は大きなマイナス要素だ。高速で回転する4つの大型タイヤは大きな抵抗を生み出し、空力エンジニアを悩ませる要素のひとつだし、屋根無し、むき出しのコックピットやヘルメット周りの整流は簡単ではない。航空機などと比べてフォーミュラカーの空力設計が難しいひとつの理由は、そもそも空力的に「理にかなっていない」フォーミュラの基本形にあるとも言えるのである。 

 現代のレーシングカーでは単なる「空気抵抗低減」ではなく、空気抵抗とダウンフォースのバランスや、空力特性の安定性などが速さを決める重要な要素となるが、かつて「速さの追求」のために導き出された「屋根無し+タイヤむき出し」というフォーミュラの基本形は、空力的にも「フォーミュラカーの足かせ」となっており、その足かせを克服するためにF1では全てのチームが多額の資金を投じて風洞実験やコンピューターシミュレーションを繰り返している。つまり「理にかなわないフォーミュラの形」ゆえの難問を前に日々悪戦苦闘しているのだ。これって全然、科学的じゃないと思うのは僕だけだろうか?

 だが、何よりも問題なのは、「屋根無し+タイヤむき出し」というフォーミュラカーの基本形が、このカテゴリーにおける重大事故の危険性を大きく高めているという点だろう。高速で回転するむき出しのタイヤ同士が接触すれば、マシンは簡単に宙を舞い、深刻なアクシデントへとつながるし、屋根の無いむき出しのコックピットによってドライバーの頭部は常に深刻な危険に晒されている。アクシデントはもちろんだが、ハンガリーGPのマッサのように、コース上に落ちた小さな部品(デブリ)がヘルメットを直撃しただけでも、最悪の事態へと繋がることがあり得るのだ。

 だが、僕たちは多くの悲劇に接しながら、「何のためにドライバーをこのような危険に晒し続けているのだろう?」という根本的な問いを、これまで意図的に避け続けていたのではないだろうか? 「フォーミュラカーとはそういうものだ」という、決して本質的とは思えない言葉の前に、我々が何を守ろうとし、その代償として何を危険に晒し、その結果、どれほど貴重なものを失ってきたのかということを、そろそろ真剣に考えるべきではないかと思うのだ。

 この20年ほどの間に、多くのモータースポーツ関係者の努力と技術の進歩によって、フォーミュラカーを中心としたレーシングカーの安全性が飛躍的な進歩を遂げたことは間違いない。カーボンファイバー製の強固なモノコックが信じられないほど激しいアクシデントから多くのドライバーたちを無傷で生還させ、サーキットが安全性向上への努力を重ねた結果、死亡事故は驚くほど減少している。一部では「サーキットで行われるレースのほうが死亡事故の多発する一般道よりも安全だ」などという人もいるほどだ。

 だが、こうした人たちはサーキットで起きた多くの重大事故で「幸運」が味方したケースも少なくないことを忘れてはいるように思う。「あと少し角度が悪ければ……」「幸いヘルメットを直撃しなかったから…」。深刻な事故につながらなかった「紙一重」の奇跡を、僕自身も何度となくサーキットで目撃している。ほんのわずかな偶然が最悪の事態を防いでくれたということは、その逆もまたあり得るのだということを、我々はどれだけ深刻に受け止めてきただろうか? そのとき失われかねないのは、何にも変えがたいドライバーの命だといういうことを、どれほど深く考えてきただろうか?

 F1マシンの安全性向上に、これまで数百万ドルを超える資金が注がれてきたのは事実だが、むき出しのタイヤをフェンダーで覆い、コックピットに戦闘機のような強化ポリカーボネートのキャノピーを取り付けるだけで、重大な事故のリスクを大幅に低減させることができるのは明らかだ。当然、マシンは少し重くなり、全面投影面積も増えるだろうが、ここ10年ほどのF1レギュレーション改正が常に「速くなり過ぎたマシンのスピードやラップタイムを抑制する」目的で行われていたことを忘れてはならないだろう。そもそも、みんなが同じ条件=「フォーミュラ」で戦うのが「フォーミュラカーレース」の原点なのである。それに単に速さを求めるのなら、他にいくらでも方法はあるはずだ…。

 それに、むき出しのタイヤやコクピットという「空力面の足かせ」がなくなった「屋根付き+フェンダー付きF1」はより洗練されたエアロダイナミクスを手に入れ、各チームの空力開発の効率化、ひいては無駄の削減によるコスト効率の向上をもたらす可能性もあるだろう。洗練された空力は結果として、これまでのフォーミュラとは異なる、新たな単座レーシングカーの美しさを産み出すかもしれない。また、キャノピーで覆ってしまうと、ヘルメットによるドライバーの識別が難しいという人もいるだろうが、今だって似たようなヘルメットばかりで、見分けるのは一苦労だなんじゃないだろうか? だったらフェンダーやキャノピーで表面積が増えた分は、ドライバーの識別がハッキリできるカラーリングを施し、余ったスペースは新規のスポンサー用スペースとして売り出せばいい。

 「F1とは何ですか?」と問われて「モータースポーツの最高峰です」と答えるたびに、僕はちょっとした居心地の悪さを感じずにはいられない。「むき出しのタイヤとコクピット」という「葉巻型F1時代に作られた最速の文法」をベースとしたフォーミュラカーは「世界最速のマシン」を名乗るには、あまりにも洗練を欠いているし、ガソリンを燃料とした内燃機関が主役の座を終えようとしている時代に、大量の燃料から巨大なパワーを産み出しつつも、その多くを「熱」の形で消費しているF1のパワートレインも、決して自動車技術の最高峰や未来系を示すものでは無いような気がするからだ。時代に合わない形で特異な進化を続け、拡大を続けてきたという意味では、「進化」より、むしろ「恐竜化」という言葉で表現するほうが良いのではないかと思うこともある。

 今のF1とは似ても似つかない「屋根付き+フェンダー+電気モーター駆動」という、まるで「巨大ミニ四駆」のようなF1を目指すべきだ! などと僕が主張すれば、大多数のF1ファン、モータースポーツファンから呆れられ、批判され、見放されるかも知れないが、僕は本気で、それこそが「モータースポーツの世界最高峰」を標榜するF1の進むべき道だと思っている。洗練されたエアロダイナミクスによる美しいボディ形状と、高性能モーターが産み出す暴力的な加速力…そして、何よりも大切なのは、そうした「世界最速のマシン」を操り、競い合うドライバーたちの安全性を飛躍的に高めることが、既存のフォーミュラの呪縛を離れることで可能になるということだ。

 F1だけじゃない、すべてのフォーミュラカーレース、特に多くの若者が明日を目指して戦ってる下位カテゴリーでも「守るべきものは何なのか?」という原点に帰って、フォーミュラカーの定義を見直すべきではないだろうか? 大昔に作られた「フォーミュラの基本形」を守ることで、かけがえの無い命が危険にさらされ続けている現状に、もっと多くの人たちが「素朴な疑問」を抱いて欲しいと思うのだが…。


この記事には全0件の日記があります。


ソーシャルブックマークへ投稿

  • Yahoo!ブックマークに登録
  • はてなブックマークに追加
  • Buzzurlにブックマーク
  • livedoorクリップに投稿

ソーシャルブックマークとは

F1放浪記
川喜田研(かわきた・けん)
 1965年(昭和40年)4月20日、横浜生まれ。91年から「F1速報」、「レーシングオン」のスタッフライターとして働き、99年からフリーのF1ジャーナリストに。  現在は「スポルティーバ」(集英社)「カーグラフィック」(二玄社)などに執筆中。  愛称の「ちんぱん」は、成人男子とは思えないほどの落ち着きの無さ(本人は旺盛な好奇心ゆえと認識していますが…)や、締め切り直前のパニック状態(昔は編集部で跳ねたり、踊ったり、叫び声を上げたりという奇行を演じていたようです)がチンパンジーに似ていたことに由来する。

最近のエントリー





日刊スポーツの購読申し込みはこちら

  1. ニッカンスポーツ・コムホーム
  2. モータースポーツ
  3. コラム
  4. F1放浪記

データ提供

日本プロ野球(NPB):
日刊編集センター(編集著作)/NPB BIS(公式記録)
国内サッカー:
(株)日刊編集センター
欧州サッカー:
(株)日刊編集センター/InfostradaSports
MLB:
(株)日刊編集センター/(株)共同通信/STATS LLC

ここからフッターナビゲーションです