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2009年7月14日

苦労人ウェバーの初Vに感じた心地良さ

 先週末のドイツGPでレッドブルのマーク・ウェバーが念願のグランプリ初勝利を挙げた。02年のF1デビューから足掛け8年目、通算132戦目での初優勝はルーベンス・バリチェロの124戦目を大きく更新する「F1史上、最遅初優勝記録」である。正直に白状すると、僕はこれまでウェバーが表彰台の真ん中に立つ姿をほとんど想像したことが無かったのだが、粘り強く、そして、我慢強く、あきらめずにチャンスを待ち続けた男の晴れ姿はテレビ画面で見ていても新鮮で、本当に気持ちのいいものだった。

 ちなみに、オーストラリア人ドライバーの優勝は81年ラスベガスGPのアラン・ジョーンズ以来、実に28年ぶりのこと。80年の世界チャンピオンでもあるジョーンズや、59、60、66年と3度の世界王座を獲得した英雄、ジャック・ブラバムなど、偉大な母国の先輩を持つウェバーにとって、今回の優勝は万感胸に迫るものがあるに違いない。毎年、オーストラリアGPを訪れるたびに、オージーたちのF1に対する熱い想いを感じるのだが、そうした情熱は彼の国が産み出した偉大な先輩たちの歴史の上に育てられてきたものだ。そんな母国の期待を一身に背負いながら戦い続けたウェバーの日々が、ニュルブルクリングの表彰台で大きく花開いたのだ。

 昨今のF1ドライバーとしては珍しい長身と、ひと昔前(いや、ふた昔前?)のハリウッド男優のような(もしくは“奥様は魔女”のダーリンのような?)アゴ割れ系二枚目のルックス。予選などで時折「一発の速さ」を見せるものの、それが結果に繋がらないことの多いウェバーはハッキリ言って地味な存在だったと思う。彼がオーストラリアからF1に至る道も決して平坦ではなく、そもそも本格的にレーシングカーとを始めたのが17歳の時というから、最近のドライバーのなかではかなり遅めのスタートである。

 その後、20歳で単身ヨーロッパに渡り、フォーミュラ・フォード、イギリスF3などで好成績を挙げるも、常に資金難に苦しみ続け、98年には一旦、フォーミュラカーを離れて、メルセデス・ベンツの育成ドライバーのひとりとしてスポーツカーチームに加入。だが、ここでも順調というわけにはいかず、99年のル・マン24時間の大クラッシュで宙を舞い、九死に一生を得た後、メルセデスの育成ドライバー枠から離脱…。1度は掴みかけた自動車メーカーの支援も失ってしまう。

 ちなみに、ウェバーの名誉のために触れておくが、ル・マンでの事故はメルセデスのマシンの空力に致命的な欠陥があったことが原因で、この年のル・マンでは2台のメルセデスCLK-GTRが突然、木の葉のように宙を舞う大事故が続けざまに発生している。幸い、いずれもドライバーに大きなケガは無かったが、そのとき、ル・マンの現場にいた僕は、事故直後の青ざめた表情のウェバーを今でもハッキリと覚えている。

 00年、F1という目標に向けて、同じオーストラリア出身のポール・ストッダードの支援で国際F3000でフォーミュラに参戦したしたウェバーは、02年、ストッダードがミナルディを買収したのをきっかけに彼のチームから念願のF1デビュー。地元メルボルンで開催されたその年の開幕戦では弱小チームのミナルディで、デビュー戦初入賞を飾り、オージーたちを歓喜させる。しかし、その後はジャガー、ウイリアムズと名門チームを渡り歩きながらも、それらのチームが不振に苦しんでいるタイミングであったため、トップグループを争うチャンスにはなかなか恵まれることがなかった。

 そんなウェバーにとって「勝てるマシン」を手に入れた今シーズンへの期待は本当に大きかったに違いない。シーズン前半はブラウンGPの圧倒的な速さが目立った09年シーズンだが、エイドリアン・ニューイ率いるレッドブルの技術陣はブラウンGPをキャッチアップ! イギリス、ドイツで連続1-2フィニッシュという結果を見る限り、レッドブルのマシンは今や、ブラウンGPと互角か、それ以上の戦闘力を発揮しつある言って良さそうだ。8年目にして訪れた最大のチャンスを何としてもモノにしたい…。待ち続けたベテランには、例えば、彼のチームメイト、セバスチャン・ベッテルのような伸び盛りの若手ドライバーには想像もできないような重圧がのしかかっていたに違いない。

 だが、ニュルブルクリンクのウェバーはそうした重圧を見事に跳ね返し、完璧な内容で待望の初勝利をその手に納めた。世間の耳目が若いベッテルに集まる中、レース後、2位でフィニッシュしたそのベッテルが「今日のマークにはお手上げだったよ!」と笑顔で降参するほどの、力強い走りで、自らの運命を切り開いた…。決して平坦ではなかったオーストラリアからF1への道と、F1でも苦闘しながら、耐え続けた時間があるからこそ、表彰台の真ん中に立つ彼の姿に、僕の心もまた大きく動かされたのだと思う。

 冒頭にも触れたように、これまでマーク・ウェバーという選手に特別な想いはなかった僕なのに、なぜか、見ていて本当に心地良い気持ちにさせられたドイツGPの表彰台だった。さまざまなドライバーの想いが、そして、その背景にあるひとつひとつの人生がコース上で激しく火花を散らして交錯するからこそ、自動車レースは面白いのだということを…本当に嬉しそうな彼の表情を見ながら、改めて気付かされた気がした。


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F1放浪記
川喜田研(かわきた・けん)
 1965年(昭和40年)4月20日、横浜生まれ。91年から「F1速報」、「レーシングオン」のスタッフライターとして働き、99年からフリーのF1ジャーナリストに。  現在は「スポルティーバ」(集英社)「カーグラフィック」(二玄社)などに執筆中。  愛称の「ちんぱん」は、成人男子とは思えないほどの落ち着きの無さ(本人は旺盛な好奇心ゆえと認識していますが…)や、締め切り直前のパニック状態(昔は編集部で跳ねたり、踊ったり、叫び声を上げたりという奇行を演じていたようです)がチンパンジーに似ていたことに由来する。

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