2008年12月10日
ホンダ撤退に思ふ(3)…敗戦に学ぶスピリットはあるのか
ホンダ撤退のニュースを聞いて、まず「ついに来るべきものが来たか…」と一定の理解とともに受け止め(前々回のコラム参照)、その後、余りに身勝手な決断に対して強い怒りを感じてから(前回のコラム参照)、とりあえず2日ほどインターバルを置いてみた。怒りという感情は往々にして冷静な思考を妨げるし、少しアタマを冷やしてからでないと見えてこないモノもあるからだ。そうして「理解」と「怒り」の後、最後に僕の心に強く浮かんできたのは、やはり「悲しみ」に分類される感情だった。
1965年生まれ、池沢さとしの漫画「サーキットの狼」に端を発した、いわゆる「スーパーカーブーム」の真っ只中で子供時代を過ごし、小学校5年生の時に自動車レースの魅力にハマった僕にとって「ホンダ」という名前はやはり特別な存在だ。F1だけでなく、他のフォーミュラやスポーツカー、ツーリングカーレース、ラリーなど、自動車レース全般が好きだったが、自分が生まれた1960年代半ばに「自動車レースの最高峰」と呼ばれるF1に挑戦していたホンダの存在は、子供の頃から海外志向が強かった僕にとって一種の「伝説」であり、その後、ヨーロッパF2への挑戦から第2期F1活動へとつながっていくホンダのチャレンジを、ひとりのファンとして見つめながら育ってきた。
僕が「留学生」の肩書きで欧州に暮らしていた80年代末から90年代初頭は、そんなホンダ第2期F1の全盛期であり、そもそも、僕に欧州行きを決意させてくれたのも、88年の鈴鹿で初めてナマで見たF1日本GPの感動と、そこで戦うホンダの姿から感じた「世界へ!」というメッセージだったように思う。僕は極端なナショナリストじゃないけれど、基本的にヨーロッパ人の文化であるF1に自分たちの技術力で戦いを挑み、圧倒的な強さで実力を証明して見せたホンダの挑戦に、日本人としてのプライドを感じ、大きな勇気をもらった。そして、そんな「パワー・オブ・ドリームス」に後押しされる形で日本を飛び出した僕はヨーロッパでさらに身近にF1やレースに接し、いくつかの幸運な出会いにも恵まれながら、いつしかこの世界の「端くれ」として働くようになったのだった。
そんなワケで、こうして今の僕が「ここ」に居るのは、ホンダがF1挑戦を通じて与えてくれた夢や勇気のおかげだと言っても過言ではない。また、わずか2年足らずのヨーロッパでの暮らしの中で強く感じ、それ以来、ずっと考え続けている「日本人と世界」という大きなテーマの中でも「ホンダのF1挑戦」は大きなヒントになると思ってきた。典型的なヨーロッパ人中心の文化であるモータースポーツ、その頂点に位置するF1という舞台に自分たちの技術で正面から挑むホンダの姿は、そのまま、西欧的な価値観、文明感に覆われた世界で必死に努力を重ねて自らの居場所をつくり、独自のアイデアで成長を続けてきた日本社会の歩みや活力とも重なる。モータースポーツの世界はもちろんのこと、ホンダという企業が海外でも「尊敬」を受けているのは、そうした彼らの挑戦や姿勢が明確なメッセージとして発信されてきたからだと思う。
今から10年前、ホンダがF1へのカムバックを宣言した翌年の1999年、僕はそれまで働いていた自動車レース専門誌「レーシングオン」の編集部を辞め、フリーランスになってF1GPの通年取材をスタートした。「車体開発も含めた形でF1に参戦する」というホンダの挑戦に胸躍らせ、その挑戦をどうしても間近で見たいと思ったからだ。マクラーレンやウイリアムズをパートナーに戦った「第2期F1活動」での圧倒的な活躍を持ってしても「ホンダは所詮はエンジンサプライヤー」と言い放つヨーロッパ人たちの本音に接し、「所詮、日本人がF1マシンをつくるのは無理」という彼らの声を何度となく聞いてきた僕にとって、ホンダの第3期F1活動は新たなステージへの挑戦であり、それはさらに「日本人ドライバーがF1のトップレベルで活躍する」という、もうひとつの「見果てぬ夢」にもつながっているように感じられた…。
あれから10年、青山のホンダ本社で「ホンダF1撤退」の発表に接しながら、何とも言いようのない「悲しさ」「切なさ」「空しさ」を感じるのは、そうして間近で見つめてきた今回のホンダ第3期F1活動が、1度として、これまでのような感動や勇気を僕たちに与えてくれなかったからだ。誤解しないでほしいのだが、僕はチャンピオンを取れなかったことや、1年、1年の具体的な「結果」に対して、単純に失望しているワケではない。現代のF1で頂点に立つことがいかに難しいのか? どれほど競争が厳しいのかも、自分なりに理解できているつもりでいる。また、僕は実際に現場で働いていた、ひとりひとりのエンジニアの努力を頭ごなしに否定するつもりもまったくない。
だが、この10年間のF1現場取材を通じ「ホンダは第3期F1で何をしたいのか?」という本当に基本的な部分について、1度として彼らの明確な意思が感じられなかったことが残念でならない。「何のためにF1を戦うのか?」「誰がこのプロジェクトの全体的な方向性を決めるのか?」こうした極めて根本的な部分が第3期のホンダは当初から明確ではなく、ゆえに安定した戦略も長期的なビジョンも存在しなかった。もちろん、その時々でさまざまな人たちが方向性を示し、そうした状況を改めようとしていたが、強力なリーダーシップの不在によって、結果的には妥協と迷走を重ね続ける中で、長い時間と巨額の資金だけが浪費されてきた。
参戦以前の段階から何度となく繰り返されてきた「方針変更や参戦体制の見直し」、過去の栄光へのおごりから来る「甘い現状認識」、過去の実績で築き上げたプライドも第3期F1においては、むしろ障害となり、多くの重要な判断が「勝利へのこだわり」や「チャレンジスピリット」とは対照的な「官僚的な思考」によって行われていたように見えた。敢えて繰り返すが、現代のF1の競争がいかに厳しく、そこで成功を収めることがどれだけ難しいかは理解している。だが、ホンダの第3期F1活動が「その目的に向けて、迷わず、力強く前進している」という印象を、この10年間、1度も強く感じることができなかったのは、ずっとホンダに夢をもらって育ってきた僕にとって本当に悲しいことだった。
「今回の第3期F1活動で、1度としてチャンピオンシップを争えなかった最大の原因は何だと思いますか?」。ホンダのF1撤退記者会見で僕は思い切って福井威夫社長に直球の質問を投げかけてみた。福井社長は無念そうな表情で「F1という場で戦う技術がなく、それに追いつく時間がなかったということ。タイトルを争えるチームは限られているわけですから、そう簡単に争えるわけではなくて、(正直)我々は理由が分からない。当然、タイトル争いをやっていれば必要な要件が分かるが、それがつかめていない段階での撤退です。こうすれば勝てるのではないかということを毎年手を打って、そこに向けてやってきたのですが…」と答えてくれた。
「どうしたら勝てるのか? その答えがつかめていない段階での撤退…」。2輪レースの現場で活躍してきた福井社長にとって、そのコメントを口にすることがいかにつらく、口惜しいことであるかは想像に難くない。そして、それでもあえて「言い訳」をしなかった福井社長の姿勢には、モータースポーツ世界で戦ってきたひとりの人間としての潔さも感じた。だが、カムバック宣言から足掛け10年にも及んだ第3期F1活動を見詰め、声援を送り続けてきたファンにとっても、その10年間の最後の日に「どうしたら勝てるのか、最後まで分からなかった…」という全面的な敗北宣言を聞くことが、どれだけつらく、悲しいことであったか? ホンダにはあらためて考えて欲しいと思う。そうしたファンに支えられてきた今回の第3期F1は、果たして彼らに夢や希望を与えられたのか? もし、そうでないとしたら、一体、何が問題だったのか?
ここ数年、F1だけでなく2輪のレースでも、かつての栄光を完全に失いつつあるホンダだが、その背景には個々の技術的な問題や、そのカテゴリーの置かれている状況といった要因とは別に、ホンダという企業自体の変質など、より本質的な問題が反映されているように思えてならない。過去の栄光と、気づかぬうちに変質を遂げてしまった「ホンダ自身」への自覚の欠如が大きなギャップを生み出し、結果的にさまざまな「歪み」となって、全面的な敗戦に終わった第3期F1にも暗い影を落としていたように思えるのだ。
記者会見会見で「F1に注いでいた資源を他の分野に再配分し、今回の決断が正しかったことを、3年後、5年後に証明したい」と語っていた福井社長だが、そうした経営資源の再配分と同時に、第3期F1活動の敗戦を徹底的に検証し、失敗の原因を明らかにする努力も忘れないで欲しいと思う。仮に「ホンダスピリット」なるものがモータースポーツへの挑戦を通じて形成されてきたとするならば、悲惨な形で幕を閉じる第3期F1活動の失敗には必ず「失われたホンダスピリット」の大切なヒントが隠されているはずだ。環境対策や次世代エネルギーへの対応、あるいは「空」への挑戦でもいい。大好きだったはずのF1ですら「ホンダスピリット」が発揮できないのなら、大切な「魂」が失われているとしたら、他の分野でも大きな成果を期待することは難しいのではないか?
その意味でも、第3期F1の敗戦に「世界的な経済状況の悪化」という外的な理由だけで幕を引いて、その中身を「うやむや」な状態ままにすることは許されないと思う。「ホンダは失敗を責めない企業だ。むしろ挑戦して失敗し、そこから何かをつかみ取った人が評価される会社なんだよ…」。これまで取材したホンダのエンジニアたちから、何度となくそんな言葉を聞いた。失敗を恐れないことが、挑戦する姿勢が「ホンダスピリット」の大切なコアであるのだと、僕はそのたびに感じてきた。だが、今回の第3期F1が本当の意味で「挑戦」となり得ていたのか? という検証や、この失敗から真摯に学ぶ姿勢がなければ、そんな「ホンダスピリット」に未来はないと思う…。
インターネットを通じて伝わってくる情報によると、HRF1を率いるニック・フライの下にはチーム買収に興味を示す数件のオファーが届いているという。チーム売却と今後の活動継続に関しては、ホンダの撤退によって失われるエンジンや年間の参戦資金をどう確保するかが大きな課題となるが、一部で報じられているようにロス・ブラウンのコネクションでフェラーリエンジンの供給が実現し、シーズンを戦うだけのスポンサーか出資者が現われれば、09年の参戦継続も、あながち不可能ではないかもしれない。ホンダ製エンジンの搭載を前提に設計されているとはいえ、巨匠ロス・ブラウン設計のマシンは完成目前であり、08年を見る限りフェラーリV8はホンダよりも高性能だと見られている。
あくまで「活動資金」と「エンジン」があれば…のハナシではあるが、ホンダが巨額の設備投資をしてようやくトップチームのレベルに近づいたブラックレーの工場施設や、ここ数年で集めたロス・ブラウン以下の優秀な現地スタッフが、一部で報じられているように「タダ同然」で手に入るなら、バーニー・エクレストンが言うようにホンダF1チームは「非常にお買い得な商品」というコトもできるかもしれない。逆に僕が心配なのは、仮にホンダF1に「買い手」がついて、フェラーリエンジン+チーム、ロス・ブラウン設計のマシンがジェンソン・バトンのドライブで2009年のスターティンググリッドに並んだ時、そのマシンが、そのチームが、ここ数年のホンダF1をはるかに上回る戦闘力と成績を残してしまうのではないか? という皮肉な状況だ。
もちろん、ブラウンが設計したマシンにはある程度、ホンダ側エンジニアの努力も反映されているのだろう。それに新オーナーがタダ同然で手に入れる立派なファクトリーも「ホンダのお金」で整備された施設だ。それでも、09年以降の成果はすべて「新チーム」のモノであり、仮に成績が上向けば、それは「HRF1-ホンダ=」という計算式の答えが「プラス」として評価されてしまう可能性を意味している。無論、このタイミングですべてを投げ出したホンダには「アレは本当は自分たちの成績だったはず…」などと、負け惜しみを言う権利はない。つい最近まで「HRF1」と呼ばれてきたホンダF1チームは、名実ともにモータースポーツの「本流」であるヨーロッパ人(主にイギリス人)たちの手に「タダ同然」で渡り、そこから生み出される成果は彼ら自身のモノとして評価されてゆくことになるのである。
ホンダ撤退のショックから、取りあえず立ち直った直後のバトンのコメントがイギリスのニュースサイトに載っていた。「ともかく落ち着いて、今は前向きになるしかないと思う。ロスやニックの努力でチームは必ず活動を継続できると信じているし、考えてみれば、何かが大きく変わるワケじゃないからね!」。ちょっと待ってくれ、「何かが大きく変わるワケじゃない」ってどーゆーコトだ? それじゃぁホンダの存在って何だっだんだ?
そこには、僕が10年前に思い描いた「ニッポンとF1の距離がより近い未来」とは正反対の景色が広がっている。日本人は依然、F1にとって「いいカモ」でしかないのか? と、どうしようもなく空しく、悲しい気持ちがこみ上げてくる。実を言うと「ホンダ撤退」のだいぶ前から、この10年間、F1の現場で見続けてきたホンダ第3期の歩みと、それを通じて感じたことを1冊の本にまとめる準備を続けていた。自分にとっての過去10年にひとつの「オトシマエ」をつけたいと思ったからだ。まさか、このタイミングでホンダがF1を撤退するとは予想していなかったので、少し方針を変えなければならないが、この冬の間、ジックリとこのテーマに向かい合っていこうと思っている。順調に進めば年明け2月ごろまでには形になるはずなので、僕と同じような思いを感じているファンの人たちに、共感してもらえるような本にしたいと思っている。(おわり)
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