日刊スポーツのニュースサイト、ニッカンスポーツ・コムのモータースポーツページです。



ここからこのサイトのナビゲーションです

共通メニュー

企画特集


2008年12月07日

ホンダ撤退に思ふ(2)…レース界への身勝手な裏切りだ

 ホンダが自分の勝手な都合だけで、しかも、突然にすべてを投げ出すのはコレが初めてではない。実を言えば「第3期F1活動」のスタートで、既にホンダは今回とまったく同じようなことをしているのだ。1988年、当時の川本信彦社長が「車体開発も含めた形でのF1参戦に向けて具体的な検討に入った」とF1復帰を宣言。その後、ホンダはFIAに対して正式に「自社チーム」でのエントリーを申請し、英国に設立したHRD(ホンダ・レーシング・デベロップメント)をベースに独自マシンの開発に着手する。

 このとき、マシン開発で中心的な役割を果たしたのが、かつてフェラーリやティレルなどで活躍した大物デザイナーのハーベイ・ポスルズウェイト博士。HRDには旧ティレルのメカニックやエンジニアも多数参加し、ホンダのエンジニアとともに試作マシン、RA099を開発。2000年のデビューに向けて精力的なテストを重ねていた。ところが、そんな99年の春、ホンダは突如としてF1参戦の方針を転換し、ホンダワークスチーム(自社チーム)での参戦を取りやめ、新生チームだったBARへのエンジン供給+車体共同開発という方針を発表。FIAに対して行っていた自社チームでのエントリーを取り消し、欧州でテストを続けていたHRDは突如として解散を言い渡されることになるのだ。
 
 その日、テストの現場にいた友人の日本人ジャーナリストは、チームがホンダの方針転換を知らされた瞬間の様子を間近で見て、本当に恥ずかしかったと語ってくれた。テストが終わり、ホンダ本社の日本人スタッフがサーキットを離れた後で、チームマネジャーから突然、チームの解散を告げられ、憤るイギリス人エンジニアやメカニックたち。だが、ホンダの人間に直接文句を言おうにも、彼らはすでに「逃亡」してソコにはいない…。この話を聞いた僕も日本人として本当に恥ずかしい気持ちになった。同じレースを戦う人間としての、最低限の「仁義」がそこにはまったく無いと思ったからだ。仮に身勝手な決定が一企業として避けられない判断だったとしても、それを自分で伝える責任すら放棄したホンダの態度は「卑怯」としか言いようがない。
 
 後にある関係者から聞いた話によれば、その数週間前に心臓まひで亡くなったポスルズウェイト博士は、既にホンダが方針転換する可能性を知らされ、ひどく心を痛めていたという。「ハーベイが心臓まひで亡くなったのは、おそらくその心労のせいだと思う」と彼。その真偽は定かではないが、正式発表前に当然、水面下でBARへの「鞍替え」に向けた交渉が続いていたことを考えれば、「ポスルズウェイト博士の死によって、ホンダが方針変更した」という説よりもはるかに信ぴょう性が高そうだ。いずれにせよ、こうして、優れたF1デザイナーであり、人格者としても知られていたハーベイと彼のスタッフはホンダの一方的な方針変更で突如として投げ出され、ホンダはFIAやバーニー・エクレストンへの「自社チーム参戦」約束も反故にして、翌2000年のシーズンからBARとのジョイントで第3期F1活動をスタートさせたのだ。
 
 それから9年後、今度は当時のHRDとは比べ物にならないほど規模の大きな英国のHRF1(ホンダ・レーシングF1)で、それも700人近いスタッフが2009年シーズンに向けた準備を全力で進めている最中に、彼らはホンダ本社から突如として「F1撤退」を告げられることになった。今から1年前、ホンダが三顧の礼をもって迎えたF1界NO・1の頭脳、ロス・ブラウンの下、多くのスタッフがブラックレーのホンダF1チームに集められ、今所属しているチームを離れて、来季からチームに合流する予定だった実力派エンジニアも少なからずいたという。

 ドライバーのジェンソン・バトンは既に来季の契約更新を終え、2週間前のバルセロナテストに参加した新人ブルーノ・セナはホンダとの契約を目前に控えていた。2009年のドライバーマーケットは移動がほぼ終了し、トップチームのシートは既に満席。最近問題になっている「内定取り消しの学生」よろしく、ドライバーもエンジニアも、この時期からの再就職は容易ではない。もちろん、F1チームで働いていたホンダの日本人スタッフも無念な気持ちは同じだろう。しかし、彼らは少なくともホンダの社員であり、仕事を失うわけではない。

 一方、ホンダに請われ、その挑戦に賭けてブラックレーで働いてきた現地採用のスタッフたちは、ホンダの一方的な都合で、何の予告もなくホンダのF1撤退を知らされ、突如として放り出されることになる。「ホンダの復活をあなたに託す」と口説かれてチームに加わったブラウンをはじめ、彼らはみなホンダに請われてこのチームに加わった人たちだ。誰もがうらやむような最高の人材をチーム代表に迎え、「2009年からの復活」を内外にアピールしてきたホンダが、このタイミングで「またしても」すべてを投げ出すことなど、一体誰が予想していただろうか?

 ドライバーや現地スタッフだけではない、過去2シーズンの悲惨な成績にも耐えながら「すべての資源を2009年に集中する」という言葉を信じてホンダに声援を送り続けた多くのホンダファンはもちろん、厳しい経済状況の中で何とかF1活動を継続しようと、ともに動き始めたばかりだった、他の自動車メーカーやF1チームの努力に対しても、日本GP開催に向けて力を注いできた鈴鹿サーキットや鈴鹿市の人たちにとっても、また、F1だけでなく、なかなか市民権を得られないモータースポーツの存在を何とか支えていこうと努力してきた多くの人たちの気持ちに対しても…。モータースポーツの世界で生きる人たちの目線から見れば、今回の撤退は、実に無責任な裏切りだと言わざるを得ない。仮に企業としての判断でF1から撤退せざるを得ないとしても、その余りに大きな影響を考えれば、ある程度のリードタイムを持って撤退することが最低限の責任だろう。今回のように突如として、それも一方的にすべてを投げ出すことは、多くのファンをはじめとして、ともにレースを戦ってきた人たちに対して、あまりに身勝手な、自己中心的な行動だと思う。 

 これまで、ホンダが事あるごとに批判してきたFIAのマックス・モズレー会長は、ホンダ撤退のニュースを聞いて「ホンダの撤退は、私の主張が正しかったことを証明した。今後、他のメーカーがこうした動きに追随する可能性もあり、コスト削減に向けた共通エンジンの導入などを進めていく必要がある」と勢いづいている。一方、F1界のボス、バーニー・エクレストンは「ホンダ撤退」によるF1のイメージ悪化を何とか食い止めようと「F1の現状は他の経済に比べればはるかに健全だ!」と火消しに必死だ。

 それも当然だろう、ホンダに限らず、今やF1に参戦しているすべての自動車メーカーは、世界経済の急激な悪化で深刻な状況に追い込まれている。「F1撤退」を求める逆風は、企業の株主はもちろん、それぞれの社内からも湧き上がっているはずだ。だからこそ、これまで「一体」になれなかった各自動車メーカー、チームが一体となり、FOTA(フォーミュラ・ワン・チーム・アソシエーション)を結成してコスト削減やレギュレーションの改革に向けて動き始めていたではないか?

 こうした逆風の中で、何とかF1の火を消さない方法を模索していた彼らの努力はしかし、今回のホンダ撤退によって、更に強い逆風にさらされることになるだろう。前回のコラムで書いたような「レースの外の視点」で今回のホンダの判断が正当化されたとき、それはホンダ以外のすべてのメーカーやF1そのものへの逆風として、一般化され、やがてはモータースポーツ全体のイメージを著しく傷つていくのだ。

 「あのレース好きで知られるホンダが、なりふり構わずF1を投げ出したんだ。こりゃ、今の時代、自動車レースなんてやっている場合じゃないってコトだね…」。ホンダのF1撤退は、普段モータースポーツに興味を示さない、多くの「一般の人たち」にそうしたメッセージを与えることになった。そのネガティブな影響は計り知れない。(続く)


この記事には全0件の日記があります。


ソーシャルブックマークへ投稿

  • Yahoo!ブックマークに登録
  • はてなブックマークに追加
  • Buzzurlにブックマーク
  • livedoorクリップに投稿

ソーシャルブックマークとは

F1放浪記
川喜田研(かわきた・けん)
 1965年(昭和40年)4月20日、横浜生まれ。91年から「F1速報」、「レーシングオン」のスタッフライターとして働き、99年からフリーのF1ジャーナリストに。  現在は「スポルティーバ」(集英社)「カーグラフィック」(二玄社)などに執筆中。  愛称の「ちんぱん」は、成人男子とは思えないほどの落ち着きの無さ(本人は旺盛な好奇心ゆえと認識していますが…)や、締め切り直前のパニック状態(昔は編集部で跳ねたり、踊ったり、叫び声を上げたりという奇行を演じていたようです)がチンパンジーに似ていたことに由来する。

最近のエントリー





日刊スポーツの購読申し込みはこちら

  1. ニッカンスポーツ・コムホーム
  2. モータースポーツ
  3. コラム
  4. F1放浪記

データ提供

日本プロ野球(NPB):
日刊編集センター(編集著作)/NPB BIS(公式記録)
国内サッカー:
(株)日刊編集センター
欧州サッカー:
(株)日刊編集センター/InfostradaSports
MLB:
(株)日刊編集センター/(株)共同通信/STATS LLC

ここからフッターナビゲーションです