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2008年11月05日

ハミルトンとマッサ劇的幕切れ生んだふたつの「心」

 最終戦の最終コーナー、ラスト10秒で決まった、たった1ポイント差の王座……。あまりにも劇的な2008年F1GPの幕切れに、あれからしばらく呆然としていた。トップでチェッカーを受けたマッサがチャンピオン獲得の喜びを感じられたのはわずか40秒足らず、今シーズン後半、何度もレースの行方を左右した「雨」が今回のブラジル決戦でもドラマを演出した。

 レース終盤、コースを濡らし始めた雨のタイミングがあと少し違っていたら? トヨタのティモ・グロックがあとコーナー1つだけ粘れていたら? マッサが逆転でタイトルを獲得していたかもしれなかった……。いくつもの要素が、いくつもの偶然が、ひとつひとつ、複雑に絡み合いながら誰も予想しなかったエンディングへと繋がった。長いあいだF1を見ていると、時々、こんな瞬間に出くわすことがある。まるで「神の見えざる手」が空からすべてを操っていたかのような感覚……。このレースだけではない。長いシーズンのすべての出来事が、あのエンディングに向けて用意されていたかのような、本当にドラマチックなチャンピオン決定の瞬間だった。

 何よりも嬉しいのが、この素晴らしい最終戦を成立させた大切な要素がタイトルを争うふたりのドライバー、つまり「人」という要素であったことだ。ハミルトンに7ポイント差をつけられ、もはや「自力逆転」が不可能であったマッサにとって、母国ブラジルのレースの優勝は絶対条件だった。そして彼は、大きなプレッシャーの中でそれを完璧にやってのけた。サンパウロの週末を通して彼らが見せた「100%」のパフォーマンスが無ければ、その時点でドラマは成立しなかった。

 一方、ハミルトンは何としても完走し、5位以内でフィニッシュすることを最優先し、普段とは違う「守り」のレースに徹した。それは彼にとって高いハードルではなかったはずだが、1年前、今年と同じ7ポイント差のリードで臨んだ最終戦でまさかの逆転をくらった苦い記憶は、この決して高くないハードルの「見え方」を大きく変えただろう。そして、普段とは違う「守り」のアプローチがまた、別の種類のプレッシャーを彼に与えていたと思う。

 ブラジルGP決勝中に、タイトルを争うふたりのマシンが交錯するシーンは全く無かった。だが、ひとりひとりの心が、ひとりひとりの「内なる戦い」が手に取るように見えるレースは、それを見る人の心を大きく動かす力があったと思う。自分に残された僅かな希望に向け全力を注ぎ込むマッサと、タイトルへの最後の一歩の重圧に立ち向かうハミルトンの限界ギリギリの「心」が、最終ラップ、わずか40秒のドラマに交錯し、目もくらむような光を放った。そして、それを実現したのは強靭なふたつの「心」であり、技術の粋を集めて作られたマシンのコクピットに納まる「人」の力だ。

 史上初の黒人F1チャンピオンとなったハミルトンは、F1の歴史に新たなページを刻み、敗れたマッサはこの1年でドライバーとしても人間としても大きな成長を遂げた。舞台裏ではドロドロとした政治や、世界的な経済危機の影響など、決して明るい話題ばかりではなかった今シーズンのF1だが、こうして「人」の力が素晴らしい最終戦のドラマを作り上げ、多くのファンの心を動かしたことは、F1の未来に大きな希望を与えてくれたと思う。そして僕も、2008年のF1を「ありがとう」という気持ちと共に終えられたことに、今はただ、心から感謝している。


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F1放浪記
川喜田研(かわきた・けん)
 1965年(昭和40年)4月20日、横浜生まれ。91年から「F1速報」、「レーシングオン」のスタッフライターとして働き、99年からフリーのF1ジャーナリストに。  現在は「スポルティーバ」(集英社)「カーグラフィック」(二玄社)などに執筆中。  愛称の「ちんぱん」は、成人男子とは思えないほどの落ち着きの無さ(本人は旺盛な好奇心ゆえと認識していますが…)や、締め切り直前のパニック状態(昔は編集部で跳ねたり、踊ったり、叫び声を上げたりという奇行を演じていたようです)がチンパンジーに似ていたことに由来する。

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