2008年10月13日
1年かけてリベンジ…富士に20万人の笑顔
夜7時半、F1日本GPを終えた富士スピードウェイのバス乗り場で、僕は観客たちの声を集めていた…。といっても、もうすっかり日の暮れたサーキットに人影はまばらで、ゆっくりとレースの余韻を楽しんだ人たちが、ところどころにポツリ、ポツリと残る程度。ちなみに最終バスは8時半出発の予定だが、観戦客の大半は5時すぎまでにバスで会場を後にし、既にそれぞれの家路へと就いている。
「去年は本当に大変だったけど、今年は快適にF1観戦ができました。この3日間、バスを待たされることも、渋滞もなかったですね」「点を付けるなら80点かな? でも、20点分の不満があるわけじゃなくて、2年後にはもっと良くなって欲しいという期待を込めて」「満足です、初めて生のF1を見て感動しました。レース後もゆっくりサーキットを見て回って、チームが片付けをしている夜のピットってきれいなんですね…」「鈴鹿の、あのお祭りのような一体感がないのがちょっと残念だけど、それを除けばまったく快適な観戦でした…」。楽しかった日本GPの週末を、ひとりひとりの笑顔に刻みながら、満足して富士スピードウェイを去ってゆく、そんな彼らの声を聞いているうちに、なぜだか僕の目頭までが熱くなってきた…。明るい照明に照らされた静かな夜のバス乗り場で、案内係の人たちの表情にも笑顔と安堵の色が浮かんでいた。
1年前のあの日、確かにこの場所は「地獄」だった。降りしきる雨でサーキット内の道路が陥没したこともあり、シャトルバスによる観客の輸送計画は完全に破綻…。泥だらけの道をズブ濡れになりながらバス乗り場へと向かう人たちの列は6時間以上も続き、情報不足による混乱が彼らの疲労とイライラに拍車をかけた。また、場内で対応にあたる係員も「想定外」の状況にどうしてよいか分からず、サーキット全体が殺気立っていたのを今でもハッキリと思い出す。メディアセンターで開かれた富士スピードウェイによる緊急記者会見では混乱を招いたサーキットの責任や状況に対する質問が相次ぎ、会場全体を暗く、重苦しい空気が包んでいた…。1時間近くにも及んだ会見が終わった後、広報を担当する富士スピードウェイの西川広報総括課長に「とりあえず、きちんと社長の緊急会見を開いただけでも良かったですね」と声をかけると、突然、西川さんの目から涙があふれ出した…。大人の男の人が涙を流して泣くのを見るのは、本当に久しぶりだった…。
「ああ、去年は川喜田さんに泣かされちゃいましたねぇ(笑い)。あの涙は悔し涙だったんです。いえ、メディアの皆さんにいろいろ批判されたことが悔しくて泣いたんじゃないんです。1年目のF1開催に向けて自分たちは一生懸命準備してきたつもりだったのに、結果的にあんなコトになってしまって、多くの観客のみなさんに辛い思いをさせてしまったことが、本当に情けなくて、そういう自分たちの至らなさが悔しくて、涙を抑えられなくなってしまったんだと思います…」。2年目の富士、日本GPを迎えたスピードウェイのメディアセンターで西川さんはそう言って、辛かった1年前の思い出を語り始めた。
「日曜日の深夜、とりあえず、すべてが終わった直後は、あまりの疲労で少し感覚がマヒしていた感じだったのですが、翌日から東京の本社にはお客様からの抗議の電話が殺到し、対応に追われる女子社員が泣き出してしまうほど悲惨な状況になっていました。その後、自分は広報として、毎日のように寄せられるお客様の声を可能な限り文書にまとめ、社内にレポートする立場にいたわけですが、そうしたひとつひとつの声が胸に刺さり、本当に申し訳なく、また、悔しく感じたのを今でもハッキリと覚えています」。
「事件」による逆風はものすごい勢いで吹き荒れた。普段ならF1になど見向きもしない一般メディアまでがこぞって日本GPの大混乱を大きく報じ、ついにはシャトルバスの遅れでレースに間に合わなかった一部の観客が富士スピードウェイに損害賠償を請求するという、訴訟問題にまで発展。ただでさえ、ホンダや鈴鹿日本GPの熱烈なファンが多い日本では「トヨタが鈴鹿からF1を奪い取った」と見るファンも少なくなく、富士スピードウェイでのF1開催に対して少なからぬ「逆風」が吹いていた中での「敵失」であったため「アンチ富士」「アンチトヨタ」の傾向を持つ一部のファンたちは「それみたことか!」と勢いづいた。自動車レースには何の興味もない人たちも「巨人トヨタが珍しく犯した大失態」という切り口でこの事件を捕らえ、それはトヨタという会社の強大さゆえに一般大衆の微妙な心理を刺激し、興味を集めることとなった。もちろん、実際に雨の中で悲惨な体験を強いられた観客たちの「心の傷」は言うまでもない。こうして富士スピードウェイでの出来事は既にトヨタにとっても予想を超えた「スキャンダル」となった。
あれから1年間、2年目の日本GPに向けて、富士スピードウェイとトヨタは可能な限りの対策を講じてきた。陥没事故を起こした箇所を含めてサーキット内の道路を整備し直し、観客や関係者、バスなどの動線を見直し、観客の輸送を行うバスも昨年のシャトル方式から、すべてのバスを場内に準備しておく「留め置き方式」へと変更。去年の日本GPで破綻してしまった「人の流れ」「クルマの流れ」を徹底的に検証して改善を図った。また、場内の照明やトイレの増設のほか、屋根のついた休憩スペースの設置し情報提供のためのスピーカー増設、さまざまな手段を使った観客への情報提供など、ハード、ソフトの両面で細かな対策を積み重ね、さらには赤字覚悟で日曜日の入場者数も大幅に絞り「安全マージン」を確保するという念の入れようである。そこには「2度と失敗は許されない」という主催者側の悲壮なまでの決意が表れていた。
「昨年の失敗を徹底的に検証して、ハード、ソフトの両面で可能な限りの対応をしてきたつもりですが、去年の我々に何よりも欠けていたのは、自分たちが責任を持って扱っているのは何万人もの『お客様』だという、本当に基本的な部分への意識が不足していたという1点に尽きると感じました。『アタマの中で効率の良い計画を立てて、まるで工場のラインを流すようなつもりで考えていたのではないか?』というご批判も一部でいただいたのですが、今年のF1開催に向けては、もう1度原点に返って、ひとりひとりのお客様が快適にF1を楽しんでいただけるために、自分たちは何をすべきなのか? 何ができるのか? ということを常に意識の中心に置いて取り組んできました」と西川さん。
もちろん、結果的に訴訟問題にまで発展してしまった激しい逆風と、昨今の風潮を考えれば、富士スピードウェイや日本を代表する大企業としてのトヨタ社内にも、この問題に対して様々な声があっことは想像に難くないし、その中には「リスク回避」という名の下に自己防衛を重視する考え方も存在したに違いない。だが、2年目の富士F1に向けた社内の取り組みの中で「ともかくお客様目線の問題意識で取り組もうと務めてきた」という西川さんたちの姿勢は今年、2年目の富士F1にしっかりと反映されていたと思う。
すっかり人気も少なくなったバス乗り場での観客の取材を終えて、夜のメディアセンターに帰ると西川さんがいた。「良かったですね、今年はすべえ順調に進んで」と声をかける僕に「ええ、8時半に最終のバスも無事出発したようですし」と安堵の表情を浮かべる西川さん。続いて、僕がバス乗り場で拾った観客たちの「今年の観戦が本当に快適で楽しかった」という声を伝えると、西川さんの目から再び涙があふれ出した。「そうですか…、レース週末中は忙しくて、ほとんど外に出る時間もなかったので、お客様に直接触れる機会がなかったのですが、今、こうして、そういうお客様の声が聞けたことが何よりもうれしいです…」と目を赤くするその姿が、1年前の記者会見直後に見た、あの時の彼の涙とつながり、僕もまた何だか胸が熱くなるのを感じた…。
こうして、1年間に及ぶ「リベンジ」が終わった。涙が出るほど悔しく、情けない気持ちの中から必死で立ち上がり、ひとつひとつの努力を積み重ねて彼らが守ったのは、去年の失敗で富士スピードウェイやトヨタの「メンツ」ではなく、日本GPの週末を訪れたのべ20万近いの人たちの「笑顔」であり「F1を楽しんだ思い出」であることを西川さんをはじめとする多くのスピードウェイ関係者は分かっているはずだ。もちろん、今年のチケットの売れ行きが思わしくなかったことにも表れているように、去年の大きな失敗で失った信頼を完全に取り戻すには、もうすこし時間が必要かもしれないし、僕自身、世界で唯一「自家用車でサーキットに行くことが許されてない」という富士日本GPの開催形態については、やはりF1開催国で唯一「地上派で生中継のF1をほとんど見ることができない」という極めて特殊な状況と同様に「できれば普通であってほしい」という思いを、今でも強く持っている。また、ある意味、採算を度外視しても万全の対策を取った今年はともかく、来年の鈴鹿開催をはさんで2年後の富士までには新たな課題もあるだろう。
だが、西川さんたちが原点としたあの気持ちを、2年目の富士で流した「うれし涙」の意味を、富士スピードウェイやトヨタが今後も大切にしていけるなら、富士での日本GPは将来、きっと素晴らしいイベントに育っていくと信じている。一方、日本のモータースポーツファンたちも「ホンダは鈴鹿」「トヨタは富士」といった狭いモノの見方から、いい加減に開放されるべきだろう。迫力あるシーンの連続だった日本GP決勝レースを見れば、富士スピードウェイのコースが鈴鹿とはまた別の魅力を持ち、エキサイティングなレースを演出してくれる場所であることがハッキリと証明されていたと思う。日本には鈴鹿と富士という2つの素晴らしいサーキットがあり、その2つで交互にF1が開催されることで、より多くの人たちが「ナマのF1」に触れ、その魅力を肌で感じられるというのは、日本のモータースポーツにとって本当に幸せなコトではないか?
サーキットは自動車レースを愛する人と人が出会い、ともにワクワクと心躍らせる場所だ。そんな幸せな場所を実現するため、必死に努力してきた人たちと直接、触れ合えたことが、そしてその「成果」を自分の肌で感じられたことが、今年の日本GPで得た僕の最大の収穫だった気がする。
※日記を書く方法はこちらで紹介しています。
この記事には全0件の日記があります。
- ストーナーがPP/MotoGP [8日09:31]
- NSXが引退レースでPP/スーパーGT [8日09:27]
- 可夢偉4つの新チームに照準 [8日07:38]
- 欧州も大揺れルノーもF1撤退協議 [6日10:08]
- 豊田社長苦渋の決断「経済状況厳しい」 [5日09:10]
- 「タイヤの謎」その2 (須黒清華のレブリミット) [11月6日]
- トヨタF1撤退(1)ナンバー1自動車メーカーの決断が世界に与える大きなインパクト (ちんぱん川喜田のF1放浪記) [11月6日]
- 引退記者会見を終えて (NAKANO56) [11月4日]
- 可夢偉の「夢の続き」を見せてくれ (ちんぱん川喜田のF1放浪記) [11月4日]
- 引退セレモニー (NAKANO56) [11月2日]
