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2008年7月08日

ハミルトン伝説の新たなステージを予感

 「日曜日の朝にサーキットに来るまでは正直、気分が重かった……」とルイス・ハミルトン。無理もない、グランドスタンドで超満員のファンが見守る母国、英国GPの予選で(何度も!)ミスを犯し、結局、ポールポジションを獲得したのは同じマクラーレンを駆るヘイキ・コバライネン。

 それどころかレッドブルのウェーバー、フェラーリのライコネンにも先行を許したハミルトンはまさかの4番手グリッドだ。カナダ、フランスと続いた「悪い流れ」を断ち切りたいハミルトンの思いとは裏腹に、日曜朝までの英国GPは文字通り、最悪の展開となっていたのである。

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 予選第3ステージ最後のアタック「1、2セクターは十分に速いんだから絶対に無理するな!」と無線でマクラーレンのピットから指示が飛ぶ。だが、ハミルトンはのしかかる重圧に打ち勝つことができなかった。センセーショナルなデビューを飾った昨年の活躍で、一気にスターへの道を駆け上ったハミルトンだが、2年目の今年は高まる期待の中で「完璧」に見えた彼のメンタルタフネスに綻(ほころ)びが見える。僕はそんな彼を「ああ、ハミルトンも人の子なんだなぁ……」と感じ、変な言い方だが少し「ホッ」としていたほどだった。

 だが、雨に翻弄された日曜日の決勝レースでハミルトンは再び「人の子」から「超人」となり、文字通りの「神がかり的」なドライビングで英国のファンたちを熱狂させる。その走りの素晴らしさを、正直、僕はどう表現したら良いのか分からない。濡れた路面での完璧なスタート! オープニングラップに見せたコバライネンとのサイドByサイドの接近戦、5ラップ目のストウコーナーで鮮やかにチームメイトを抜き去ると、そこからはもう「異次元」の速さで後続を引き離して行った。

 「朝、サーキットに着いて家族と会った瞬間に、沈んでいた僕の気持ちが変わったんだ。ゲートで待っていたファンのみんなや、子供たちの顔を見ていたら、再び自分の中にエネルギーが沸き上がってきた。予選では酷い失敗をしてしまったけれど、それからはただ、今日のレースでは自分の持てる力をすべて出し切ることだけに集中しようと考えた。こういう難しいコンディションのレースでは本当に100%の力が必要で、それ以上でもそれ以下でもいけない、集中力を常に切らさず、落ち着いて、冷静に……8位入賞でもかまわないから、ともかくそれだけを考えて今日のレースに臨むことにした」とハミルトン。

 最悪の展開の中で「余計な何か」を見事に振り切った彼は、常に変化し続ける路面コンディションをモノともせず「これまでで最高のレース」を見事に勝ち取って見せた。極限までまで追い詰められたアスリートが「大きな壁」を乗り越え、新たな高みに達する、その瞬間の輝きを、今回のハミルトンは確実に放っていたと思う。黒い雲と青空が何度もシルバーストンの上空を通過し、コース上でそのたびにいつくもの「ドラマ」が展開される……。その様子はあたかも「空」という巨大な舞台装置を背景とした壮大なオペラを見ているようだった。

 そして、英国GPの幕開けから1時間39分後、再びサーキット上空に訪れた太陽の光の中で、グランドスタンドを埋め尽くしたファンの大歓声に迎えられてハミルトンが誇らしげにチェッカーフラッグを受ける。レーシングドライバーとしてのハミルトンに、おそらくこの1戦がもたらす影響は計り知れないほど大きいに違いない。ここ数カ月の苦しみと、それを乗り越えた彼の現状を象徴するような、本当の美しい英国GPのフィナーレに「ルイス・ハミルトン伝説」の新たなステージを予感した。

※写真は優勝のルイス・ハミルトン(中央)(共同)


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F1放浪記
川喜田研(かわきた・けん)
 1965年(昭和40年)4月20日、横浜生まれ。91年から「F1速報」、「レーシングオン」のスタッフライターとして働き、99年からフリーのF1ジャーナリストに。  現在は「スポルティーバ」(集英社)「カーグラフィック」(二玄社)などに執筆中。  愛称の「ちんぱん」は、成人男子とは思えないほどの落ち着きの無さ(本人は旺盛な好奇心ゆえと認識していますが…)や、締め切り直前のパニック状態(昔は編集部で跳ねたり、踊ったり、叫び声を上げたりという奇行を演じていたようです)がチンパンジーに似ていたことに由来する。

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