2008年6月11日
“ラッキーパンチ”の条件とBMW躍進の意味するところ
ロベルト・クビツァとニック・ハイドフェルドのBMW勢が鮮やかな1、2フィニッシュを飾った先週末のカナダGP。ポーランド人ドライバーがF1で優勝するのは史上初の快挙! BMW・ザウバーとしては2006年の初参戦から、わずか3年目で待望の初勝利である。
しかも、ここまで7戦を消化した時点でクビツァがドライバーズランキング首位に浮上し、コンストラクターズポイントでもBMWがマクラーレンを抜いて首位フェラーリからわずか3ポイント差の2位に躍り出た。BMWにとっては文字通り、これ以上ない最高の結果だったといえるだろう。

ところで、この1勝をどう評価すれば良いのだろうか? シビアな見方をすれば、BMWの1、2フィニッシュが一種の「ラッキーパンチ」だったという面は否定できないと思う。19周目に発生したピットレーン出口の「事故」でライコネンとハミルトンが消え、ロズベルグ、マッサ、コバライネンなどの上位陣が大幅なタイムロスを喫したことが、カナダGPの流れを変えたことは事実だ。もちろん、レース全体のペースを考えればクビツァが上位でフィニッシュしていただろうが、序盤のハミルトンが着々とマージンを築いていたことなどを考えると、あの「事故」がなければ、レースは別の展開に流れていた可能性は否定できない。故にこの勝利や現時点でのチャンピオンシップだけを見て「今シーズンは完全にフェラーリ、BMW、マクラーレンの3強体制に突入した」と論じるのは、さすがに無理がある(誰もそんなコト言ってないか……)。
しかし、こうして訪れたチャンスを逃さず、必殺の“ラッキーパンチ”を決めるには、それなりの条件を越えなければならないのも事実。波乱の展開となったカナダGPでBMWがクビツァの優勝だけでなく、ハイドフェルドとの1、2フィニッシュを飾れたということも、彼らがこのチャンスを享受できる資格を十分に備えていたことを意味している。2ストップ作戦のクビツァと1ストップ作戦のハイドフェルド……と2つの異なる戦略を選び、結果的にその2台がトップを争うという理想的な展開はすべての基本となるマシンのスピードと戦略を含めたレースマネージメント、そしてクルーのピット作業が完全に機能し、その上で2人のドライバーが理想的な働きを見せなければ実現しなかった。そう考えると今回の勝利は十分に賞賛に値するものであり、BMWザウバーが過去2シーズンで築き上げてきたものをフルに発揮した成果だと言えるだろう。
ちなみに「こうして勝てたことは本当にうれしいが、我々はまだフェラーリやマクラーレンの半歩後ろにいると考えている」と語るのは、BMWのテクニカル・ディレクター、ウィリー・ランプ。自分たちの実力をシビアに見極めるその目が彼らの強さの原動力であり、将来への希望でもある。
ちなみに、このBMWの躍進は多くの点で興味深い出来事だと思う。それは彼らのアプローチが多くの点でF1の「メインストリーム」と異なっているからだ。ちなみに、ここで言うメインストリームとは、伝統的なイギリス中心のレース運営と自動車メーカーの持つ巨大な資金力、技術力のコンビネーションを指す。例えば、マクラーレン+メルセデスや実質的には旧ベネトン+ルノーという構造を持つルノーF1がそれにあたり、イタリアに本拠地を置くフェラーリもチーム運営の組織構造はロス・ブラウンとローリー・バーンの旧ベネトンコンビがジャン・トッドの指揮下で作り上げた「イギリス流」で、それをフィアットという自動車メーカーが下支えする形で成り立っている。
シンプルに表現するなら長年、モータースポーツの世界で生きてきた「英国のF1のプロ」のを核とし、それを自動車メーカーがサポートするというのが現代F1の主な潮流であり、ドイツのメルセデスやフランスのルノーがチームの本拠地をイギリスに置いている理由の1つもそこにある。だが、BMWの本拠地はイギリスではなくスイスのハインフィルという小さな街、チームの母体となったのもマクラーレンやルノー、フェラーリといったF1の名門ではなく、ザウバーという比較的小規模なスイスのプライベートチームである。この「イギリスに本拠地を置かない」「実績ある英国名門チームを母体としない」という2点においてBMWは明確にライバルと別の道を歩んでいるのであり、言い換えるなら、それが彼らの「挑戦」、またはその根底に流れるフィロソフィーだと言うことになる。
実を言えば、BMWも当初は「メインストリーム」でのF1挑戦を続けていた。2000年から6年間続いたBMW・ウイリアムズとしての参戦がそれにあたり、一時はタイトル争いに絡むレベルまで到達していた。だが、2005年末にあえてウイリアムズとの関係を解消し、小規模チームのザウバーを買収という新たな体制への方向転換を図ったのは、彼らに「自分たち独自のアプローチ」へのこだわりがあったからであり、そのためには振り出しに戻るという「回り道」も辞さないという強い意志があったからに他ならない。当初はウイリアムズの全面的な買収を考えていたBMWだったが、それが難しいと判った時点で大きく舵(かじ)を切り、自力でF1の大海原に漕(こ)ぎ出すことを決意した時点で、彼らは「別ルート」でF1の頂上を目指す道を選んだのだ。そして、そのBMWが幾多の困難を乗り越えながら3シーズン目で頂上の目前、登山で言えば、最終キャンプ地点まで到達しているのである。「別ルート」でここまでたどり着いたというのは、それだけでもすごいことだと思う。
それに、BMWの成功は、ホンダとトヨタにとっても、多くのヒントを与えてくれる気がする。なぜならこれら2チームもある意味「メインストリーム」とは異なる、別のルートで頂点を目指していたチームだったからだ。大手自動車メーカーがトップチームではなく、2流(?)のチームを母体としてF1チームを設立したという点では、旧BARを母体とするホンダF1に、また、イギリスではなくヨーロッパ大陸側に本拠地を置くという意味では、ドイツのケルンに本拠を置くトヨタとの共通点があり、いわゆる「有名テクニカル・ディレクター」の存在なしでチーム運営を行っていたという意味でも(ホンダが昨年末にロス・ブラウンを獲得するまでは……)ホンダやトヨタに近い体制だったと言えるだろう。チーム代表としてBMW・ザウバーの総指揮を取るマリオ・タイセン博士はBMWの生え抜きエンジニアであり、いわゆる「F1村」の住人ではない。また、テクニカル・ディレクターのウィリー・ランフもBMWからザウバーという経歴の持ち主で、イギリス中心のF1エンジニアリングの世界では、ある意味「傍流」にある人物だ。そうした、決して「一般的」ではない条件の中で、最終キャンプまでたどり着いたBMWから日本の2メーカーが学べる点は少なくないはずだ。
ただし、BMWがここから本当に「頂上」を極められるのかは未知数だ。「最終キャンプ」から頂上へと挑む最後のアタックが、F1という高所登山における最大の難関であり、その過程で足を踏み外して一気に転落……という事故もF1の歴史の中では数多く起きている。そこには、頂点に立ったことのある人間にしか持ち得ない経験やノウハウがあり、加えて、新規ルートでの登頂にはより多くのリスクが伴うことも覚悟する必要があるだろう。
こうしてみると、自動車メーカー時代のF1には「勝つこと」という結果と共に「どんなルートで勝つのか?」という「方法」が大きな意味を持っていることをあらためて感じずにはいられない。「最短ルート」での登頂なのか? 「無酸素」か?「単独登頂」それとも「新規ルート開拓」なのか? 自動車メーカー時代のF1は「そこにナニを求めるのか?」という点によって、その意味も難易度も大きく異なってくるのである。
もちろん、我々のような第3者が「この方法でやるべきだ」などと口をはさむべきではないのだろうし、どれが正しいというワケでもない。ただし、「F1挑戦に何を求めるのか」という根本的な考え方が定まっていなければば、どんなに時間をかけても最終キャンプにすら到達で到達することはできないはずだ。
最後になったが、初勝利をつかんだロベルト・クビツァには心からおめでとうと言いたい。ヨーロッパ圏内とはいえ、F1も開催されない、大手自動車メーカーもない、良く知らないけれど国内レースだって決して盛んじゃない(はずの)ポーランドからこうしてF1へと上り詰め、こうして勝利を手にした彼の姿を見ていると「F1は日本から遠い……」などという日本人ドライバーの言い訳など通用しないことが良くわかる。また、そんなクビツァの才能をしっかりと見極め、大切に育ててきたBMWのドライバー運用も見事だった。決してカッコいいというタイプじゃないし、何とも不思議なキャラクターの持ち主なのだが、この1勝を契機にクビツァが新たな飛躍を見せ、近い将来、ポーランド人初のチャンピオンを狙う日が来ることを心から期待したい。
※写真はカナダGPを制したロベルト・クビツァ(AP)
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