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2007年7月27日

「笑顔のサイボーグ」対「人間アロンソ」

 ニュルブルクリングのヨーロッパGPでモナコ以来、久々の勝利を挙げ、いつにもまして表彰台で喜びを爆発させるフェルナンド・アロンソを見ながら「うーん、さすがのアロンソもやっぱりキツかったんだなぁ……」と実感した。

 もちろん、スタート直後とゴール直前、2度の雨が波乱を呼び、一度はフェラーリフェリッペ・マッサの手中に落ちたかと思われたレースを、終盤、鮮やかな逆転劇で奪い取っての勝利だ。アロンソが興奮をあらわにするのも無理はない。しかし、すい星のごとく現れた若きチームメートの活躍はダブルチャンピオンの彼にとっても大きなプレッシャーになっていたのだろう。そのハミルトンは今回、予選での大クラッシュ(原因はホイールナットの緩みだという)で予選10位となり、レースでもタイヤ交換のタイミングを誤り(これもおそらくはチームの判断ミス)で無得点に終わり、チャンピオンシップポイントでもトップのハミルトン(70ポイント)に対してアロンソが68ポイントと2点差に肉薄! 大荒れの展開の中、久々に王者の貫禄を見せ付けたアロンソはゲームをほぼ振り出しに戻すことに成功した。彼のあの表彰台での激しいアクションは、このところ若き新人に注目を独り占めされていた感のある王者があげた反撃の雄叫びなのだろう。

 だが、そんなアロンソの姿以上に印象的だったのは、デビュー以来の連続表彰台記録を9でストップさせ、いくつもの不運に見舞われて無得点に終わった一方のハミルトンが、レース後、驚くほどサバサバとして「明るかった」ことだ。「今回の週末は、これまでの9戦以上に多くのことを勉強できたよ、それにノーポイントでも未だにランキングトップだなんてすごいことだしね!」と笑顔のハミルトン。これを単なる「優等生的発言」や「キレイごとの負け惜しみ」と感じたり、更に「闘志が足りない」などと批判するのは簡単だが、恐ろしいのは、彼の表情を見る限り、ハミルトンが「本気」でそう思っているように感じられることだ。このデビューしたての新人は、多くの不運に見舞われてなお「チキショー!」とか「アイツのせいで」とか心を乱すことなく「うん、コレも勉強、あれも経験、僕は新人だし、チームのみんなも頑張ってくれてるし、誰にでも失敗はあるし、それでもまだポイントリーダーなんてすごいことだし……」とマジで考えているようなのだ。

 そもそも、予選で起きた時速250キロオーバーの大クラッシュの後で、まるで何事もなかったかのようにレースを戦えるコト自体が驚異的で、そのレースでもスタート直後の大雨で多くのドライバーが(まるでドタバタ喜劇映画のように)1コーナーのグラベルの餌食となる中、1人だけエンジンをストップさせずに「救出」の可能性を待っていたのがハミルトンだった。コースマーシャルのクレーンがハミルトンの乗ったマクラーレンをそのまま吊り上げた時には「ええっ、そんなのアリだっけ?」と思ったけれど。確かに規則では「危険な状態を回避する目的に限り、マーシャルの助けを借りて再スタートしてもいい」ということになっている。結果的にはノーポイントに終わったとはいえ、ハミルトンがあの時点でリタイアとならず、大雨による赤旗中断後に再スタートできたのも、彼が「救出」という可能性に賭けてエンジンを切らずにいたからであり、その冷静さには、ただただ驚かされるばかりだ。「この1戦で、これまでの9戦よりも多くの事を学んだ」というハミルトンの言葉ではないが、我々もまたこの1戦で、これまで以上にハミルトンのすごさを実感させられたような気がする。

 どこまでも貪欲に、そして精密機械のように勝利への可能性を追いつづけたミハエル・シューマッハーを人はよく「サイボーグ」や「ターミネーター」に例えた。しかし、そこにはしばしば、彼の強さと同時に「非情さ」や「冷酷さ」といったネガティブな「ヒールとしてのイメージも内包されていたように思う。だが、笑顔のハミルトンに、そんなネガティブなイメージはみじんも無い。どこまでも爽やかに、どこまでも謙虚に、笑顔で、そして常にポジティブな姿勢と思考で成長を続ける驚異の新人……。揺らぎや破綻を一切感じさせないその姿は、冷静に考えると逆にそら恐ろしくもあり、その感覚はニュルブルクリングの週末を通じて更に強まった。そう、あえて言えば、彼は「笑顔のサイボーグ」なのだ。にこやかに、爽やかに、ポジティブ思考と超人的なメンタルの強さで更なる成長を続ける驚異の新人……。誰からも愛されるそのキャラクターには「ヒール」のネガティブなイメージがないだけに、敵に回すにはかなり厄介な存在だといえそうだ。

 そんなハミルトンと比べると、表彰台で雄叫びを上げるアロンソが遥かに普通の人間に見えてくる。チャンピオンとしてのプライド、英国のチームで急成長を見せる「英国人ルーキー」をチームメートに持つ不安、それらをはね返そうと、自らを奮い立たせようとする彼の闘志がニュルブルクリングのレースにハッキリと現れ、レース終盤、雨の中で見せた果敢なオーバーテイクや、表彰台でみせた激しいアクションに繋がっていたのだろう。普段、それほど感情を表に出さないアロンソが、久々に素でエキサイトしている姿から、ここ数カ月続いた彼の内なる葛藤と、それを突き破ろうとする気持ちがダイレクトに伝わってきて、現場で見ている僕にはとても印象的だった。

 果たして、転んでも笑顔で立ち上がり、次に転ばないようにキッチリとプログラムを修正して走ってくる「笑顔のターミネーター」ハミルトンは、今後もその強靭なメンタルを意地し続けるのか? そして、彼の恐ろしさを最も肌で感じているはずのアロンソは、この身近なライバルにどう対峙(たいじ)し、王者のプライドを、そしてチームリーダの座を守るのか? いずれにせよ、ニュルブルクリングの1戦が今シーズンを更に面白くしたことは間違いない。ハミルトンとアロンソ、マクラーレンを駆る2人の戦いはフェラーリの2台を加えたチャンピオン争いの中で、確実にひとつの軸を形成していくことになるはずだ。

F1放浪記
川喜田研(かわきた・けん)
 1965年(昭和40年)4月20日、横浜生まれ。91年から「F1速報」、「レーシングオン」のスタッフライターとして働き、99年からフリーのF1ジャーナリストに。  現在は「スポルティーバ」(集英社)「カーグラフィック」(二玄社)などに執筆中。  愛称の「ちんぱん」は、成人男子とは思えないほどの落ち着きの無さ(本人は旺盛な好奇心ゆえと認識していますが…)や、締め切り直前のパニック状態(昔は編集部で跳ねたり、踊ったり、叫び声を上げたりという奇行を演じていたようです)がチンパンジーに似ていたことに由来する。

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