2007年3月21日
ワクワクしながらむなしさを感じる理由
「うれしいけれど、微妙な気持ち……」開幕戦オーストラリアGPでスーパーアグリが見せた文字通り「予想を遥かに超えた」活躍にワクワクしながら、その反面、何だか複雑な、ちょっと居心地の悪い気分を感じているのは、果たして僕だけだろうか?
誤解しないで欲しいのだが、この僕だって当然、琢磨とスーパーアグリの活躍を期待しているひとりだし、土曜日の予選で琢磨が上位10台の最終ステージに進んだときには、「やったぁ、スゲー!」とモニターを見ながら思わず声を挙げてしまうぐらい嬉しかった。ほんの1年前まで「開幕戦にマシンが間に合うだけでも奇跡」と呼ばれ、昨シーズンは最後尾グループの常連で、規模でも経験でも、そして資金面でも「弱小チーム」の象徴だったあのスーパーアグリが、2007年の開幕戦でいきなり予選トップ10に食い込むことなんて、一体誰が想像していただろう?
ハイレベルの競争が続く現代のF1では、もはや“マグレ”なんてあり得ない。チームメイトのアンソニー・デイビッドソンも予選11番手に付けているし、翌日のレースでも琢磨は入賞こそできなかったものの、トヨタやレッドブルに遜色ないペースで走りきり12位完走。このマシンが混戦状態の中段グループで十分に戦える力があることを証明して見せたと思う。
それじゃぁ何が問題なのさ? 「今や日本のF1人気を支えているのは佐藤琢磨とスーパーアグリなんだから、それってこれ以上ない、最高の展開じゃない?」と思う人も多いだろう。確かに去年は弱小チームだったスーパーアグリがこれだけ大幅な戦力アップに成功すれば、テレビを見ている日本のファンが去年とは比べ物にならいほど、ワクワクしながらF1中継を見ることができるのは間違いない。メルボルンのレースを見る限り、今のスーパーアグリの実力はフェラーリ、マクラーレン、BMW、ルノーの順で構成されるトップグループから少し離れた混戦の第2集団、すなわちウイリアムズ、トヨタ、ホンダ、レッドブルからなる集団の、しかもかなり前の方にいるように見えた。
もちろん、資金力やチームの規模を考えれば、シーズン中のマシンの進化という意味で大きいチームには敵わないし、上位4チームで構成されるトップグループとの差は大きいから、この位置にいても8位内入賞=ポイント獲得というのは並大抵のことではないが、長いシーズンの、特に不確定要素が多い序盤戦はメルボルンで見せたように十分なチャンスがある。予選10番手からスタートし、ピットストップでのタイムロスで12位完走となった琢磨が、完走を喜ぶどころか“凄く悔しそう”な顔をしていたのを見て「ああ、これでまた、本来の貪欲な佐藤琢磨が帰ってきたな!」と嬉しい気持ちになった。去年は黙々と苦境に耐える姿で僕たちを感動させた彼が、今年は再び、貪欲に戦う姿を見せてくれるだけで、世界は180度変わって見えるに違いない。
……にもかかわらず、僕が複雑な気持ちを感じているのは、開幕戦オーストラリアで表面化した、本家、ホンダワークスとの明暗があまりにもに大きかったためだ。今シーズン、スーパーアグリが使用しているニューマシン、SA07がホンダ栃木研究所の全面的な協力の下、昨年のホンダF1、RA06をベースに開発されたマシンであることはもはや公然の秘密と言っていい。もちろん、2台のマシンは車体の土台となるモノコックも別物だし「コンストラクターはすべて独自に開発したマシンで参戦しなければならない」というルールに適合するため、スーパーアグリとホンダのあいだに技術系コンサルタント会社を介して技術支援を行うなど、FIAのレギュレーションや各チーム間の取り決めである「コンコルド協定」に違反しないための配慮がなされていて、形の上では「スーパーアグリ独自のマシン」ということになっているのだが、エンジン、ギヤボックスというパワーとレインはもちろん、他の部分でも06年型ホンダからの流用パーツに近いものは多く、このマシンがホンダの全面的な協力無しにはあり得なかったことは事実だろう。
ところが、そうしてスーパーアグリを支えたホンダのワークスチームが、あろうことか予選でスーパーアグリに惨敗を喫し、レースでも辛うじてバリチェロが11で琢磨を上回ったものの、メルボルンの週末を通じて「悲惨」と言ってもいいほどの戦闘力不足を露呈する結果となってしまった。当然、ワークスホンダとスーパーアグリではマシン開発のアプローチも違うし、たった1戦で大騒ぎするのはどうかとは思うけれど、チームの予算も規模も、経験だって比べ物にならないほど小さなスーパーアグリがワークスホンダを「食ってしまう」なんてコトは今のF1では普通、どう考えたってあり得ないことなのだ。
「ホンダの援助でなんとか成り立っている」はずのチームに、全社を挙げて取り組んでいる参戦8年目のワークスホンダが負けてしまうという、ひどくネジれた現状に、何だかとても「空(むな)しい」気持ちがしてしまうのだ。
今シーズンのホンダは開発のアプローチを大きく変えて「失敗を恐れずにリスクを負ってでもチャレンジする姿勢」でデザインを大きく変更。つまり「攻めの姿勢」に転じてニューマシンのRA07を造り上げた。冬のテストからここまでを見る限り、今はその攻めの姿勢が裏目に出て、「リスク」の部分だけが表面化してしまっているが、それも覚悟の上であえてチャレンジしたのだから、当然不本意ではあるだろうが、今の苦境はある意味「想定の範囲内」だと言えるかもしれない。当初は自信満々でF1に復帰したものの、これまでの7年で過去の栄光がすっかり霞んでしまうほどプライドがボロボロになったホンダが、それでも泥臭く、ホンダ流を貫いてもう一度トップグループに帰ってこれるなら、僕は多少時間がかかっても、個人的にはそれを見てみたいとも思う。
だが、大多数の人たちは、そんな理屈っぽい、込み入った事情や背景などは関係なく、もっとシビアに「結果」や「見た目」からモノゴトを判断するわけで、誰もそれを批判できないし、広い意味で考えれば、ここまでの8年間も、そして現在の苦しい状況もすべてはホンダ自身が招いたものだというのも事実だ。だから、開幕戦のオーストラリアGPを観た人が素直に「なーんだホンダは情けないなぁ、これならスーパーアグリのほうがいいじゃん!」と思うのは当然だし、半ば自分たちが生み出したスーパーアグリというチームの存在によって、ホンダF1苦しい現状が惨めなほど浮き彫りになるという、何とも皮肉な状況を招いてしまっているのである。
あーあ……、今から8年前、僕たちが期待に胸膨らませてスタートしたホンダの第3期F1活動が、どうしてこんなにオカシナことになってしまったのだろう。古くからのホンダファンなら多少なりとも、この空しい気持ちを理解しれくれるはずだ。単なるマシンの出来、不出来という問題じゃない。ビジョンも戦略も一貫性も欠く「レーシング」とは言えないこれまでのホンダの姿勢が、今の不思議なゆがみを生み出していることを、彼らは本当に理解しているのだろうか?
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