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<title>ちんぱん川喜田のＦ１放浪記</title>
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<title>トヨタＦ１撤退（１）ナンバー１自動車メーカーの決断が世界に与える大きなインパクト</title>
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<summary type="text/plain">　トヨタがＦ１からの撤退を発表した、それも今季限りでの撤退。いろいろな人から感想...</summary>
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<![CDATA[<p>　トヨタがＦ１からの撤退を発表した、それも今季限りでの撤退。いろいろな人から感想を聞かれたが、率直な気持ちを言えば「あっけない」という感じだろうか？　昨年のスーパーアグリ、ホンダＦ１、スバルやスズキのＷＲＣ撤退に三菱のダカールラリー……。この僅か２年ほどで、あまりに多くの「お葬式」に立ち会ったので、既に自分の感覚が麻痺しつつあるような気もする。</p>]]>
<![CDATA[<p>　いや、それはおそらく、日本の社会全体も同じだろう。昨日の会見から一夜明けた今朝の新聞は１面で大きく「トヨタＦ１撤退」を告げ、昨今の経済危機だけではなく、自動車を取り巻く社会環境の変化の中で、自動車メーカーがモータースポーツに積極的に関わっていく事が難しくなっていると解説。皮肉な話だが、全国紙でＦ１がこれほど大きく扱われたのは、今回の「トヨタ撤退」を伝えるニュースが初めてではないだろうか？</p>

<p>　そういえば、午後５時から行われた昨日の記者会見でも民放各局が中継車まで出して、夕方のニュース番組に対応してたっけ。世界でも数少ない「地上波ではＦ１中継を生で見られない国」なのに、Ｆ１撤退のニュースは生放送かぁ……。悲しいけれど、これがニッポンＦ１が根本から抱える、「厳しいＦ１の現実」なのかもしれない。</p>

<p>　また、こうしたメディアの対応は同時に「世界一の自動車メーカー」であるトヨタの決断が、社会全体に対していかに大きなメッセージとなり得るかを、とても分かりやすく象徴している。「もう、自動車メーカーがエフワンなんかに関わっている時代じゃない」という考え方は今回のトヨタの撤退を契機に、日本国内のみならず、世界へも発信され、この国よりもずっと深くモータースポーツが社会に根付いていたはずのヨーロッパでも、次第に一般化していくのかもしれない。グローバルな市場での意識の変化は、時としてそれぞれの地域に根ざし、定着していた「文化」や「伝統」さえ、いとも簡単に破壊してしまうエネルギーを持っている。「日本のメーカーがＦ１を止めても、本場、ヨーロッパは大丈夫」という感覚が、今後も通用するとは限らない。</p>

<p>　既にこの夏、ＢＭＷがホンダの後を追い、経営不振に加えて、先ごろ発覚した「シンガポールＧＰ八百長疑惑」でのイメージダウンに苦しむルノーにも撤退の影が付きまとう。この１０年、自動車メーカーの積極的な参入で拡大、繁栄、膨張を続けてきたＦ１ＧＰだが、昨年、ホンダが蹴破った「Ｆ１撤退」という非常口から、こうして自動車メーカーが次々と脱出すれば「風船（バブル）」に開いた傷口は更に広がり、その流れを止めることは難しいだろう。バブルが過ぎ去った後が「バブル前」より遥かに悲惨で、難しい状況となるのは、Ｆ１に限らず、どんな世界でも同じことだ。トヨタの撤退で加速するであろうバブルの完全崩壊が、今後、他のメーカーにどんな影響を及ぼすのか？　Ｆ１の残された彼らがこの流れを画一的に捉えず、むしろ一種の好機と捉える柔軟な発想で「したたかに」活かしながら、何とかＦ１を支えていって欲しいのだが……。</p>]]>
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<title>可夢偉の「夢の続き」を見せてくれ</title>
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<summary type="text/plain">　セバスチャン･ベッテルの今季４勝目で幕を閉じた２００９年のＦ１ＧＰ。砂漠の中の...</summary>
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<![CDATA[<p>　セバスチャン･ベッテルの今季４勝目で幕を閉じた２００９年のＦ１ＧＰ。砂漠の中の未来都市といった雰囲気のヤス・マリーナーサーキットで行われた最終戦、アブダビＧＰはいろいろな意味で今シーズンを象徴するようなレースだったと思う。</p>]]>
<![CDATA[<p>　チャンピオンは取ったけど、後半戦の戦いぶりはイマイチだったバトンはプレッシャーから開放されたはずの今回も「有終の美」を飾ることができなかったし、結局、ドライバーズランキング３位を守れなかったバリチェロも「やっぱり」という感じ。単純にマシンの戦闘力で「前半戦はブラウン、後半戦はレッドブル」という構図があったことも確かだが、ブラウン勢のふたりに「迫力不足」を感じたのは僕だけだろうか？</p>

<p>　逆にアブダビでも完璧なレースを見せたセバスチャン･ベッテルには、今回もドライバーとしての「輝き」を感じた。チームメイトのウィーバーもレース終盤にバトンからの猛攻を押さえ込んでベテランの「意地」を見せたが、シーズンを通してみれば若いベッテルとの差は明らかな気がする。凄く頑張ってるのは分かるし、それなりの速さ、強さもあるのだけど、やっぱり漂うデイビッド･クルサードやバリチェロのような「脇役キャラ」感。その構図は来季以降、さらに強まって行く気がする。</p>

<p>　一方、今季、予想外の不振に苦しんだ名門２チーム、マクラーレンとフェラーリの最終戦もそれぞれ象徴的な内容だった。終盤戦に入ってそれなりの速さを見せるようになったマクラーレンは予選でハミルトンが圧倒的な速さを見せるも、決勝レースではマシントラブルでリタイアを喫し、信頼性を含めた総合力で最後まで本来の強さを示すことはできなかったし、フェラーリに至っては「悲惨」の一語に尽きる寂しいシーズンの幕切れ。今季限りでチームを去るライコネンは入賞すらできず、フィジケラに至っては最下位グループを惨めに這い回る状況……。来季、ルノーからの移籍が決まったアロンソに「跳ね馬再建」への期待が集まるが、今季の不振を徹底的に検証し、問題を徹底的に洗い出す努力が無ければ、この泥沼を抜け出すことは難しそうだ。</p>

<p>　歯車が合えば「そこそこ」いい戦いが出来るけれど、やっぱり優勝争いには手が届かないトヨタ、チャンピオン争いへの期待が完全に外れ、撤退へと追い込まれたＢＭＷも、ハイドフェルドが最後の意地で５位の座を得たが、行けても「ここまで」だったからこそ、本社が撤退を決めたともいえるかもしれない。アブダビＧＰの翌日にはタイヤサプライヤーのブリヂストンも２０１０年いっぱいでのＦ１撤退を発表。華やかなアブダビＧＰの雰囲気とは対照的に、Ｆ１を中心としたモータースポーツ界からの「引き潮」は相変わらず止まらない。２年目のシーズンを期待された中嶋一貴は結局、１ポイントも獲得できないまま、ウイリアムズを去ることが決まった……。</p>

<p>　そんな中、僕たちに唯一の「希望」を与えてくれたのは、前戦に続いてティモ･グロックの代役を務めたルーキー、小林可夢偉の大活躍だった。ブラジル、アブダビの終盤２戦で突如として舞い込んだＦ１デビューのチャンスを活かして、僅か２戦で６位入賞で３ポイントを獲得した可夢偉！　レース中、チャンピオンのバトンを鮮やかに抜き去り、３位を快走するその姿は世界中に「カムイ･コバヤシ」の存在感を強烈にアピールしてみせた。　中嶋一貴を輩出したトヨタのドライバー育成プログラム、ＴＤＰの「本命」と目され、10代から本場ヨーロッパで経験を積んできた可夢偉だが、２年目のシーズンとなった今季のＧＰ２では所属チームとの関係にも悩み、ランキング１６位と大苦戦。夏に一時帰国した際「どーすんだよ？」と聞いたら「もー最悪ですわ、俺にもどーなるのか分かりません」と半ば諦め顔で答えていたのがウソのような「大逆転劇」だ。</p>

<p>　海外メディアからのインタビューに「今からほんの４週間前まではレース辞めて、尼崎にある実家の寿司屋で働こうと思ってました」と答えたという可夢偉。トヨタのチーム代表、ジョン･ハウエットも今回の６位入賞を受けて、来季のレギュラードライバー昇格を強く示唆するコメントを残している。今月中旬に行われる本社の役員会で最終的な承認が下されるまでは２０１０年のＦ１活動にゴーサインが出せないトヨタだが、モータースポーツ界を包み込む一連の「引き潮」に飲み込まれることなく、可夢偉の「夢の続き」を僕たちに見せて欲しい。</p>]]>
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<title>ブラウンＧＰの「血中ホンダ濃度」（２）</title>
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<summary type="text/plain">　前回のブログでは、主に技術面、体制面からブラウンＧＰの「血中ホンダ濃度」につい...</summary>
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<![CDATA[<p>　前回のブログでは、主に技術面、体制面からブラウンＧＰの「血中ホンダ濃度」について考えてみた。前回から少し時間があいてしまったので、もう一度簡単に振り返ると、まず、２００９年のチャンピオンマシン、ブラウンＧＰのＢＧＰ－０１が、もともとはホンダの０９年度マシンとしてＦ１界でも１、２を争う巨額の開発予算とホンダの独自技術を注ぎ込まれたマシンであるということ。</p>]]>
<![CDATA[<p>　ただし、エンジンに関しては今季搭載したメルセデスのほうが性能が高く、一般には高性能だと信じられていたホンダエンジンが実際には「足かせ」になっていたということ。また、ＫＥＲＳ採用の是非やシーズン中の様々な判断に関して、ホンダが抜けた結果、チーム代表のロス･ブラウンにシッカリと権限が集約され、結果として現実的で効率の良いチーム運営が可能になった……という点などだ。<br />
　それでは、技術面、体制面とならぶ、もうひとつのキーポイント「資金面」についてはどうだろうか？　ここでも０９年のブラウンＧＰは「ホンダ」微妙かつ密接な関係にある。</p>

<p>　２００９年のＦ１ＧＰ「奇妙なシーズン」だと感じるのは、これまで、一部の例外を除けば「資金力」＝「戦闘力」に近い構図が常識だったＦ１にあって、自動車メーカーの直接支援も大手スポンサーも持たないチームがシーズンをリードし続け、最終的にダブルタイトルを獲得してしまったからだ。開幕当初にウワサされた英国、ヴァージングループの関与も結局、本格的なメインスポンサー契約には発展せず、シーズンを通じて幾つかの小口スポンサー、スポット広告スポンサーが現れたものの、バトンとバリチェロがドライブるするブラウンＧＰのマシンはパッと見「貧乏チーム」を絵に描いたような真っ白のカラーリング。２人のドライバーがどんなに勝ち星を重ねようと「白いマシン」に劇的な変化は無かった。そんなブラウンＧＰはいかにして２００９年の参戦コストを賄っていたのか？　おそらく、最大の「見えないスポンサー」はホンダだったはずだ。</p>

<p>　昨年末、ホンダ上層部がＦ１からの撤退を決めた時点で当初考えていたのはチームの売却による存続でなく「Ｆ１チームの解散・清算」であったことは以前に触れたとおり、もちろん、突然のＦ１撤退とチームの清算にはそれなりの「コスト」が掛かるわけで、その経費として形状された予算が「およそ１００億円」だったと言われている。しかし、ホンダからチームの清算を指示されたロス･ブラウンとニック･フライは、その予算を活動資金としてチームを存続するというプランをホンダ側に逆提案。最終的には本社サイドがこれを受け入れ、ブラウンに対するチーム売却と参戦継続を承認したのだ。</p>

<p>　それまでＦ１プロジェクトにに年間４００億とも５００億とも言われる巨費を投じてきたホンダにすれば、おそらく「わずか１００億の予算ではシーズン中盤までも持たないだろう」という感覚があったかもしれない。しかし、ブラウンはこの「ホンダから手切れ金」を有効に活かして新チームを無事、新チームを開幕戦のスターティンググリッドに送り出し、それどころか並居るライバルたちを圧倒！　ホンダが何年も夢に描きながら、触れることすらできなかったＦ１世界チャンピオンの座をアッサリと手に入れてみせた。</p>

<p>　ヴァージン･グループとの交渉が結果的に実を結ばなかったことや、ブラウンＧＰが圧倒的な強さを見せた後も、大手スポンサーが付かなかった理由については、正直、分からないことも多いのだが、いずれにせよ、そうした状況下でもブラウンＧＰが参戦を継続できたのは、ホンダから得た「手切れ金」があったからだ。つまりは、あの「白いマシン」のカウルには「見えない文字」で「スポンサードＢＹホンダ」のロゴが刻まれていたのである。更に言えば、そもそもブラウンＧＰが誕生できたものも、ホンダが長年に渡って巨額の投資を行ってきた旧ＢＡＲホンダ～ホンダＦ１チーム（ＨＲＦ１）とその施設を「タダ同然」でロス･ブラウンに売却したからではなかったか？　例えるならブラウンＧＰの「家」をタダで譲り「当面の生活費」も払っているホンダがその事実を大っぴらに世間に公言することなく、チームを影から支えていたであって、その意味で今季のブラウンＧＰは資金面における「血中ホンダ濃度」がかなり高かったと言うことができるだろう。</p>

<p>　もちろん、ホンダからの手切れ金が一説に言われているとおり「１００億円」に近い額だったとしても、近年のＦ１チーム予算としてはかなり「控えめな額」であるし、その少ない予算を有効に活かしきったロス･ブラウンの運営手腕は本当に素晴らしかったと思う。ただし、ホンダからの「手切れ金」があるのは今シーズンのみ、２年目以降の活動資金をどうやって捻出するのか？　というのはブラウンＧＰの存続にも関わる大きな課題であり、、今のところ「目に見える形」でその方向性は示されていない。果たして１シーズン「白いマシン」を走らせ続けたチーム経営陣には、何らかの隠しダマが存在するのだろうか？</p>

<p>　ちなみに、現時点で最も実現の可能性が高いと思われる「ウワサ」は中東、アブダビ投資会社グループがシーズン終了後にブラウンＧＰに対する資本参加を行い、チームを同グループの傘下に入れるという説である。加えてこの投資グループ、メルセデスの親会社であるダイムラーＡＧの大株主でもあり、マクラーレンの株も大量に所有している企業ということだから、数年前から一部でウワサされている「ブラウンＧＰメルセデスの第２チーム化」との関連が気になるところだ。</p>

<p>　中東のオイルマネーを使って、メルセデスがマクラーレンの他に「第２のＦ１チーム設立」を狙っているというハナシはこれまで何度も耳にしている。仮にそれが事実なら、今シーズン、同じメルセデスエンジンを積む「本家」のマクラーレンを圧倒したロス･ブラウンのチームが単なるエンジン供給先ではなく、名実共にメルセデス陣営の一角に食い込まれるのは、将来が見えにくいＦ１界での「リスク分散」という意味で、メルセデスにとって魅力的に映っても不思議ではない。状況次第ではブラウンＧＰをマクラーレンよりもよりメルセデス色の強い「ワークスチーム」に仕立て上げることだって可能だろう。</p>

<p>　今シーズン、マクラーレンの苦戦で歯がゆい思いをし続けたメルセデスとすれば、内心は複雑な心境かもしれないが、少なくともエンジン供給チームであるブラウンＧＰのダブルタイトル獲得で、外見上はチャンピオンの栄誉を得ることがきたし、ひとつの実績としてそれを世間にアピールできたのは、技術面や資金面で「人知れず」ブラウンＧＰの勝利に貢献しているホンダの立場からすれば、かなり皮肉な状況だったと言えるだろう。仮に今後、ブラウンＧＰとメルセデスの距離が更に接近し、先に述べたような関係へと発展することなれば、おそらくその悔しさは更に強まるに違いない。もちろん、こうした複雑な状況を生んだのは他ならぬ「ホンダ自身」なのであり、誰を責めることもできないはずなのだが、それゆえに口惜しさもただならぬものがあるはずだ……。（続く）</p>]]>
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<title>ブラウンＧＰの「血中ホンダ濃度」（１）</title>
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<modified>2009-10-23T16:45:23Z</modified>
<issued>2009-10-23T12:43:54Z</issued>
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<summary type="text/plain">　自動車メーカーの直接支援も、大手企業のメインスポンサーも持たない“新チーム”ブ...</summary>
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<![CDATA[<p>　自動車メーカーの直接支援も、大手企業のメインスポンサーも持たない“新チーム”ブラウンＧＰがなぜ、変化の年、２００９年のチャンピオンとなり得たのか？　そこにはブラウンＧＰの強さの秘密のみならず「不思議なシーズン」２００９年を読み解くための重大なヒントがいくつも隠されているような気がする。そこでまず、「ブラウンＧＰ」とはナニモノなのか？　彼らは本当に「新チーム」なのだろうかという点から考えてみたい。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　ご存知のようにブラウンＧＰは昨年までの「ホンダＦ１チーム」（ＨＲＦ１）をその母体とし、ホンダのＦ１撤退で残されたイギリス側スタッフと旧ホンダＦ１の施設を引き継いだ形で作られたチームだ。２００７年末にフェラーリから移籍したロス･ブラウン代表の下、新たな体制でチーム再建を進めていたＨＲＦ１は、昨年１２月、リーマン･ショックの直撃を受けたホンダ本社の判断でＦ１からの撤退を余儀なくされ、ホンダ本社は直ちにＨＲＦ１の清算に着手。それまで２００９年シーズンに向けて着々と参戦準備を進めてきたチームは突如として「売却」もしくは「解散・整理」の対象となってしまったのである。</p>

<p>　冬の間、いくつかの「売却話」がメディアを賑わわせたものの、なかなかチームの処分に関する結論は出ず、最終的にチーム代表のロス･ブラウンが自ら「タダ同然」の安値でホンダＦ１チームを買収して「ブラウンＧＰ」という名称で引き継ぐという「マネージメントバイアウト」の形でチームの存続・参戦継続が正式に決まったのが今年２月のこと。もちろん、それ以前の段階でも残されたチームスタッフはブラウン代表の下、参戦を信じて地道な準備を続けていたのだが、チームが正式に誕生したのが開幕戦のわずか数週間前という意味では、これ以上新しいチームは無いと言ってもいいだろう。</p>

<p>　そこで気になるのが、ブラウンＧＰの「血中ホンダＦ１濃度」だ。通常、Ｆ１チームは翌年のマシン開発に春頃から着手し、夏から秋の段階ではマシンの基本的な設計がある程度固まり、具体的な開発へと着手するというのが一般的だ。もちろん、ホンダＦ１も例外ではなく、今季のＦ１を制覇したブラウンＧＰのマシンの基本的な設計は昨年１２月の段階でほとんど固まっていたと考えていいだろう。つまり、ブラウンＧＰのマシンの骨格は、当初０９年型ホンダＦ１としてデザインされたものだったということになる。</p>

<p>　ブラウンＧＰのマシンの骨格が「０９年型ホンダＦ１」であったということは、当然の事ながら、その開発にはホンダ側の資金やＦ１プロジェクトに関わっていたホンダのエンジニアの技術、アイディアが反映されていることを意味している。０８年シーズン、惨めなほどの低迷を続けたホンダＦ１だったが、ブラウン代表は一貫して「本当の勝負はレギュレーションが大きく変わる０９年であり、全てのリソースを０９年用マシンに集中することが重要だ」と言い続けていた。</p>

<p>　年間の開発予算が５００億円とも６００億円とも言われ、当時「Ｆ１界で最も多くの資金を費やしている」と言われていたホンダだが、その予算の多くが０９年型ホンダＦ１の開発に注がれていたとすれば、０９年型ホンダＦ１の骨格を引き継ぐブラウンＧＰのマシンはある意味「Ｆ１界でもトップクラスの潤沢な開発予算と最先端の設備を用いて開発されたマシン」と捉えることもできる。</p>

<p>　もちろん、資金や設備だけではなく、非常にコンパクトで高機能なギアボックスや、軽量なカーボン複合素材の関連技術など、ホンダならではの技術がマシンの各所に活かされており、そうしたホンダ技術者たちの「置き土産」がブラウンＧＰ大活躍の一端を担っていることも事実だろう。こうしてみると、今季のダブルタイトルを獲得したブラウンＧＰのマシン、ＢＧＰ－００１はロス･ブラウンの指揮の下、ホンダの豊かな資金力や技術力も反映された形で生み出されたマシンであり、純粋な意味で「新チームの１台目」と考えるのはあまり適切ではなさそうだ。</p>

<p>　それでは、もし、ホンダがＦ１から撤退せず、そのまま２００９年シーズンを戦っていたら、ブラウンＧＰと同じようにチャンピオンになれただろうか？　おそらくはそうならなかっただろう…というのが、僕の個人的な考えだ。ここまでの流れが、どちらかといえばブラウンＧＰとホンダＦ１の「重なり」に注目してきたとすれば、今度は両者の「違い」について少し掘り下げてみたい。</p>

<p>　まずは単純に「エンジンが違う」。ホンダはＦ１撤退に際してチームとしての参戦のみならず、エンジン供給も完全にストップする方針を採ったため、残された「ブラウンＧＰ」が参戦を継続するためには、まず代わりのエンジンを探さなければならなかった。その結果、最終的に獲得したのがメルセデスのエンジンだが、このホンダからメルセデスへのエンジン変更は結果的にチームの大きな「プラス要素」となったのだ。</p>

<p>　そう、ホンダファンからすれば実に切ない話だが、０８年の時点でホンダのエンジンは性能でライバルに大きく遅れを取っており「マイナス要素」でしかなかったのだ。常識的に考えれば、マシン全体のバランスに影響を及ぼす参戦直前のエンジン変更は大きなマイナス要因なのだが、純粋にメルセデスエンジンの戦闘力がホンダのそれを大きく上回っていたために、それを超える大きなメリットを産み出すことになったのである。</p>

<p>　また、今季話題となった新機構「ＫＥＲＳ」に関しても、一部のサーキットでＫＥＲＳ搭載車のアドバンテージが目立ったとはいえ、シーズンを通じてみればブラウンＧＰ、レッドブルなど、ＫＥＲＳ非搭載のマシンがチャンピオンシップを優位な展開で進めており結果的に「ＫＥＲＳをあえて使わない勇気」がシーズンの明暗を分けたという部分があった。年間予算に乏しいブラウンＧＰに関して言えば「勇気」というよりも「割り切り」と表現したほうが適切かもしれないが、いずれにせよ「ＫＥＲＳ」に頼らず、マシンの基本性能を磨くことに徹した戦略が見事に成功したわけで、積極的なＫＥＲＳの搭載でシーズン序盤に苦戦を強いられたフェラーリやマクラーレンとは対照的な形だ。</p>

<p>　だが、仮にホンダが撤退していなかったら、彼らは「ＫＥＲＳを捨てる」という割り切りが出来ただろうか？　その答えはおそらく「ノー」だったろう。ホンダは昨年から積極的にＫＥＲＳの開発を続けていたし、アースカラーのカラーリングで「環境技術」への取り組みを前面に押し出していたホンダが一種の「回生ブレーキによるエネルギー再利用装置」であるＫＥＲＳを搭載しないという選択肢を選ぶのは企業行としての立場から見ても難しかったに違いない。</p>

<p>　もちろん、ホンダの開発したＫＥＲＳが素晴らしいものであった可能性もゼロではないし、それによってシーズンを更に有利に戦えた可能性もあったかもしれない…。だが、結果論とはいえ、ブラウンＧＰはＫＥＲＳ無しでもこうしてチャンピオンを獲得できたのだ。ＫＥＲＳ搭載による不確実性がマイナスの方向で作用していたら…。０９年のホンダがフェラーリやマクラーレンと同様に「ドツボ」にはまっていた可能性もまた、十分にあったように思う…。（続く）</p>]]>
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<title>ブラウンＧＰのＷタイトル…不思議な09年</title>
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<issued>2009-10-21T12:35:53Z</issued>
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<summary type="text/plain">　ブラジルＧＰでジェンソン･バトンが５位入賞を果たし、ついに念願の世界チャンピオ...</summary>
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<![CDATA[<p>　ブラジルＧＰでジェンソン･バトンが５位入賞を果たし、ついに念願の世界チャンピオンに輝いた。これと同時にブラウンＧＰのコンストラクターズタイトル獲得も決定。昨年までのホンダＦ１チームを母体とするブラウンを純粋な意味で「新チーム」と言えるのかについては異論があるものの、とりあえずＦ１史上初めて参戦初年度でダブルタイトルを獲得したチームとなったのだ。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　開幕戦を終えたフェラーリのフェリペ･マッサが「夏までにはバトンのチャンピオンが決まっちゃうんじゃないの…」とボヤいたほど圧倒的だった序盤戦の強さからすれば「ようやく決まった」という感も無いわけではないブラウンＧＰのタイトル獲得だが、このチームが今からわずか８ヶ月前まで「解散、消滅」の危機に瀕していたことを考えると、「Ｆ１の歴史でもこれほどダイナミックな出来事はない」というバトンの言葉もうなずける。昨年末にホンダがＦ１撤退を発表してからの数ヶ月、ドライバーも含め、全てのチーム関係者が全く先の見えない「不確実性」の中で、チーム存続への希望を捨てずに地道な努力を続けてきたからこそ、この栄光があるのだ。</p>

<p>　あるチーム関係者から聞いた話だが、ホンダは撤退を正式発表する前の段階までチームを売却等で存続する考えはなく、チームの解散～清算のための予算を確保した上で、その具体的な作業に着手するように、イギリス側のチーム首脳に指示していたという。そうした本社側の指示に対して「何とかチームを存続しＦ１参戦を継続したい」と訴えたロス･ブラウン以下、現チーム経営陣の抵抗がなければ、ブラウンＧＰはこの世に存在しえず、従って「Ｆ１史上に残るダイナミックな出来事」も起き得なかった。全く先の見えない状況の中で「最後まであきらめなかった人たち」の勇気が、今こうしてダブルタイトル獲得という最高の形で報われたことを、多くの人たちと共に僕も心から祝福したい。</p>

<p>　それにしても、２００９年は「不思議なシーズン」だったと、今、改めて思う。空力を中心とした大幅なテクニカルレギュレーションの変更やスリックタイヤの復活などで、今年がＦ１にとって大きな「変化の年」となることはある程度予想していたが、正直に言って、これほどまでにダイナミックな地殻変動を目にするとは思っても見なかった。開幕直前のテストでようやく走り出したブラウンＧＰのマシンが「尋常じゃない速さを見せている」と聞いた時の「マジかよ？」という驚きが、結局、そのまま２００９年の「縦糸」として貫通してしまったワケだ。</p>

<p>　しかも、シーズン中盤以降、そのブラウンＧＰにとって唯一の「脅威」となり得たのが、フェラーリやマクラーレンではなく、ブラウンＧＰ同様、プライベーターのレッドブルであったという事が、我々の目にした地殻変動の大きさをハッキリと物語っている。この１０年ほどＦ１を支配し続けた「自動車メーカーの強大な力」とそれを前提とした「資金力≒チーム力」という構図が根本から崩れたかに見える戦力地図の大きな変化は、今季のＦ１の至るところに見て取れた。フェラーリ、マクラーレンが見せた予想外のつまづき、ＢＭＷの低迷と撤退宣言、時に本家、トヨタを上回って見せたウイリアムズの大健闘、更にはトップ争いに絡むフォース･インディア…。そのどれもが、これまでの「常識」では簡単に説明できない出来事であり、メーカーの直接支援どころか、メインスポンサーすら持たない、真っ白なマシンのブラウンＧＰによるダブルタイトル獲得は、まさのその象徴的な出来事ということができるのではないだろうか？</p>

<p>　ほんの８ヶ月前まで「消滅の危機」に瀕していたブラウンＧＰがなぜ、こうして頂点に上り詰めたのか？　そして「不思議な２００９年シーズン」で僕たちが目にした大きな地殻変動は何を意味しているのか？　明日からこのブログで、いくつかの視点に整理しながら、２００９年シーズンが見せた「不思議」と正面から向き合い、改めて考えてみたいと思う。仮に僕たちがＦ１の「大きな変化」に直面しているのだとすれば、その「変化」の中身を僕なりに検証することで「Ｆ１の将来」が見えてくるのではないかと思うからだ。最初のテーマは「ブラウンＧＰとは何か？」シーズンを通じて感じていた「モヤモヤ」を整理する旅に、しばらくお付き合い頂きたい。</p>]]>
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<title>鈴鹿で見た「ニッポンＦ１」最後の財産</title>
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<summary type="text/plain">　すっかりご無沙汰になってしまったけれど、このブログではできるだけ僕の本音を書く...</summary>
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<![CDATA[<p>　すっかりご無沙汰になってしまったけれど、このブログではできるだけ僕の本音を書くように心がけてきたので、鈴鹿の日本ＧＰが終わってから自分のアタマの中を整理するのに少し時間が掛かってしまったのだ。</p>]]>
<![CDATA[<p>　実を言うと、夏ごろから僕の気持ちは重苦しい雰囲気に包まれていて、Ｆ１に関してモノゴトがポジティブに考えられない状態が続いていた。春先から続いていた「Ｆ１分裂騒動」がギリギリのところで回避され、「新コンコルド協定」の成立が見えたというタイミングでＢＭＷがＦ１撤退を宣言。ホンダに続いてＦ１撤退を決めたのが、ホンダ同様、常にモータースポーツへの情熱を企業イメージとしてアピールし、ここ数年続いた自動車メーカー連合の動きでも常に中心的な役割を果たしてきたはずのＢＭＷが、そうした努力の成果をこれから現実に移してゆこうというタイミングで「Ｆ１から逃げ出した」コトは僕にとっても大きなショックだった。</p>

<p>　ＢＭＷ撤退のニュースに接したとき、当然のことながら、僕の内側にはＢＭＷの決断に対する「怒り」や「失望」が浮き上がってきた。ホンダの無責任な撤退をあれほど強い勢いで批判した僕なのだから、ＢＭＷに対しても当然、同じ態度を取るべきだったと思う。以前から思っていたのだが、ホンダとＢＭＷは驚くほど良く似た会社だ。モータースポーツへの情熱、自社技術への高い自信、そして一度はエンジンサプライヤーとしてＦ１で頂点を極めながら「車体技術、チーム運営も含めてのＦ１制覇」を目指した経緯も、既存チームとのジョイントから100％資本の「ワークスチーム体制」に参戦形態を変化させていった過程も含めて、両者の間には多くの共通点を見出すことができる。だが、情けなく、無責任な撤退の形まで同じであって欲しくなかった…。そのショックに僕は、もはやＢＭＷの決断を批判したり、怒ったりする力すら失い、ウンザリしてしまったのだ。</p>

<p>　その後も、フェリッペ･マッサの不運な事故やシューマッハーの復帰を巡る一連の騒動でコース外のニュースは賑やかだったが、正直、そうしたニュースに心躍ることは無かった。結局、シューマッハーの復帰は実現せず、負傷したマッサの代わりにフェラーリのステアリングを握ったベテランのルカ･バドエルやジャンカルロ･フィジケラは、見ている方が切なくなるほどの不振をかこい「フェラーリドライバー」の栄誉と引き換えに、彼らのキャリアを大きく傷つけてしまった（彼らは結局、今年のフェラーリがいかに扱いにくいマシンであり、そんなマシンで健闘するライコネンの才能を証明したにすぎなかった）。昨年のシンガポールＧＰをめぐるルノーの八百長事件に至っては、故意にアクシデントを起こしてまでアロンソを勝たせようとしたルノーの発想にも、また、その指示を受けてイカサマの片棒を担ぎながら、自分がクビになった腹いせにすべてをぶちまけたピケの程度の低さにも言葉がないほど失望した。</p>

<p>　それだけじゃない、これほど深刻かつ悪質な不正の事実が明らかになったにも関わらず、ルノーに対しては「執行猶予つき」（つまりは実質的にお咎め無し）のペナルティが下され、「実行犯」のピケも罪を問われず、すべての責任をフラビオ･ブリアトーレとパット･シモンズのふたりに押し付けてＦ１界から追放する形で「手を打った」ＦＩＡの裁定も、これ以上、自動車メーカーの撤退を招きたくないＦＩＡとルノーのあいだの「裏取引」があってのことで、つまりは「八百長」なのだが、こうしたＦＩＡの非公正性についても、今や怒りよりも諦めの気持ちのほうが強い。今度のＦＩＡ会長選挙でアリ･バタネン氏が勝てば少しは好転するかもしれないが、マックス･モズレー現会長の支持を受ける対立候補のジャン･トッドが勝てば状況は間違いなく悪化してしまうだろう…。</p>

<p>　日本のチームやドライバーついても、なかなかポジティブな話題は無かった。開幕直後には「勝利の匂い」が見えそうな位置にいたトヨタはシーズンが進むにつれてライバルの進歩の中で埋没し、ウイリアムズでチームメイトのロズベルグが大健闘を見せる傍らで、中嶋一貴は全く歯車の合わない戦いを続けた。再就職先が見つからないまま「浪人」を続ける佐藤琢磨をテレビコマーシャルで見るたびに、いつもやり切れない気持ちになった。Ｆ１への登竜門であるＧＰ２シリーズを戦う小林可夢偉も、今季は全くペースがつかめないまま出口のない戦いを続けていた…。そして、チーム関係者が繰り返しその可能性を否定しても、パドックを漂い続ける「トヨタ撤退」のウワサ。「ニッポンのＦ１」にこの先、何を期待したらいいのか？　希望はどこにあるのか？　僕にはすっかり見えなくなっていたのだ。</p>

<p>　だが、そんな、なんとも重苦しい気持ちで向かった鈴鹿の日本ＧＰの週末が、暗い考えにとらわれきっていた僕に、忘れかけていた大切なモノを思い出させてくれた。３年ぶりに鈴鹿へと帰って来たＦ１を待ちわびていた多くのファンたちのなんと楽しそうなコトか！　もちろん不況の影響はゼロではなく、グランドスタンドも超満員というワケには行かなかったが、この鈴鹿を愛し、日本ＧＰの週末を思い思いのスタイルで満喫する多くのファンの姿が、長い間ネガティブな気持ちにとらわれていた僕の目にまぶしく映った。この国にはまだ、こんなに沢山のＦ１を愛する人たちがいる、鈴鹿の日本ＧＰで過ごす週末を楽しみに待ち続けていたファンがいる。「鈴鹿のファンは世界一」忘れかけていたそんなフレーズを木曜日からスタンドに集まる人たちを見ながら思い出だした。</p>

<p>　鈴鹿のファンが世界一なら、鈴鹿のコースも世界一だ。ルイス･ハミルトンが、セバスチャン･ベッテルが、いや、ほとんど全てのドライバーが鈴鹿サーキットへのチャレンジをうっとりとした表情で語り、その素晴らしさを何度も何度も繰り返し語っていた。「世界最高のサーキット」（ハミルトン）「まるで神様がデザインしたみたいだ」（べッテル）「鈴鹿で完璧なラップを決めた時の快感は言葉にしようがない」（ハイドフェルド）。ハイスピードドライビングの楽しさと難しさを、他のどのサーキットよりも教えてくれる鈴鹿のコースは、ドライバーたちのチャレンジスピリットを掻き立て、「ホンモノ」には「ドライビングハイ」に近い快感を、そうでないものは手痛いクラッシュを…という具合に、分かりやすい結果で見せてくれる。</p>

<p>　日本にはまだ、世界最高のサーキットと世界最高のファンがいる。いまやこれがニッポンのＦ１に残された最後の、そしてかけがえの無い財産だと、僕は鈴鹿の週末を通じて改めて実感した。このかけがえのない財産を今後も守って行くために、僕たちは何ができるのか？　日本のモータースポーツ界は何を目指してゆくべきなのか？　その答えが日本のモータースポーツの未来を握っているような気がした。</p>]]>
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<title>ブラウンGPタイトル目前…微妙な気持ち</title>
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<summary type="text/plain">　５月のモナコＧＰ以来となるブラウンＧＰ１－２フィニッシュで幕を閉じた今年のイタ...</summary>
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<![CDATA[<p>　５月のモナコＧＰ以来となるブラウンＧＰ１－２フィニッシュで幕を閉じた今年のイタリアＧＰ。今回、ライバルのレッドブル勢がセバスチャン･ベッテルの８位、１ポイントのみに終わったこともあり、チャンピオン争いは実質的にバトン（８０ポイント）とバリチェロ（６４ポイント）のチームメイト同士による一騎打ちになったと見ていいだろう。</p>]]>
<![CDATA[<p>　今シーズンも残すところシンガポール、鈴鹿、ブラジル、アブダビの４戦のみ、数字の上で見れば１戦平均で４ポイントずつ差を縮めなければならないバリチェロにはシビアな戦いとなるが、シーズン中盤以降、やや｢守りに入った｣感のあるポイントリーダーのバトンに対して、もはや失うものがないバリチェロはよりアグレッシブな姿勢で残りのレースに臨めるはず。彼にとってはこれが「万年ナンバー２ドライバー」の烙印から逃れる最後のチャンスとなるだけに、ブラウンＧＰのふたりによる激しいタイトル争いが繰り広げられれば、シーズン終盤の大きな見所になりそうだ。</p>

<p>　それにしても、これでいよいよブラウンＧＰが１年目にしてタイトルを獲得する可能性が高まってきたことになるわけだ。記録的には「新チームがデビューイヤーでチャンピオン」ということになるのだろうが、ご存知のようにブラウンＧＰの実質的な母体は昨年末にＦ１を撤退したホンダＦ１チーム。マシンも、もともとはホンダの０９年型マシンとして開発されていた車体だった…。</p>

<p>　こうして、ブラウンＧＰのタイトル獲得が少しずつ、現実味を帯びてくると共に、今年の開幕戦、オーストラリアＧＰで感じた、あの、何とも言えない｢微妙な気持ち」があの時よりハッキリとした形で蘇ってきてしまう。長い間、日本の多くのファンたちの熱い期待を集めながら、そうした期待よりも大きな失望と共に消えていった、あの第３期ホンダＦ１チームが、たった１年でこれほどまでに劇的な変化を遂げ、今まさにタイトルに手を掛けようとしているという事実を、僕と同じようにうまく消化できず、どう受け止めていいのか戸惑っている人は多いのではないだろうか？</p>

<p>　もちろん、ブラウンＧＰだけでなく、ベルギー、モンツァと２戦連続でフォース･インディアが大活躍するシーンを見れば、大きくレギュレーションが変わり、コスト削減でテストが禁止された今シーズンのＦ１が、多くの人たちの想像を遥かに超える｢変化」を遂げたことは間違いないと思う。そして、その「変化」がブラウンＧＰ躍進の主な要因であることも確かだろう。また、フォース･インディアの活躍は今季、ブラウンＧＰが搭載するメルセデスＶ８の高い戦闘力もハッキリと証明している。ブラウンＧＰのマシンが昨年までのホンダからメルセデスへとエンジンを変えた影響も、やはり大きかったのだなぁ…と今さらながら、納得させられたりもする。</p>

<p>　だが、そうしたＦ１全体を取り巻く変化やエンジンの違いを認めた上でなお、去年のホンダと今年のブラウンＧＰを隔てる｢ギャップ」は余りにも大きすぎて、何とも言えない、「空しさ」や「やり切れなさ」あるいは｢悲しさ」にも似た感覚となって、僕の心の奥底のほうで澱んだ水のように、漂っているのだ。本当に長い間「日本とＦ１」の距離が近づくことを夢見てきた自分にとって、今こうして見ている現実は「遠いＦ１」のひとつの象徴のように感じてしまうのだ…。</p>

<p>　ちなみに、イタリアＧＰの少し前あたりから「メルセデス･ベンツが将来、ブラウンＧＰに資本参加するのではないか」というウワサが欧州で流れ始めている。長い間、マクラーレンとの緊密な関係を築いてきたメルセデスは現在、マクラーレンの株式も４０％保有しているのだが、今から２年ほど前にはこれと平行して、同社がより直接的な影響力を行使できる「Ｂチーム」を作ろうという動きも確かにあった。「本家」のマクラーレンよりも同じ自社製エンジンを積んだブラウンＧＰが活躍し、チーム規模で遥かに劣るフォースインディア･メルセデスが驚きの速さを見せている現状を考えれば、メルセデスが「マクラーレン中心」でやってきたこれまでの戦略を、将来的に大きく転換する可能性もゼロではないかもしれない。</p>

<p>　それまで巨額の資金をつぎ込んできたホンダが「タダ同然で」いや、今季の活動資金という「手切れ金」まで付けて放り出したチームが、僅か１年でタイトル獲得を目前にしているだけでも何だか微妙な気持ちなのに、メルセデスがそのチームに資本参加して「有効に活用しよう」と計画しているというウワサが本当だとしたら…「それって一体ナンなんだよ！」って叫びだしたいのは、きっと僕だけじゃないはずだ。これを「長期的戦略の欠如」と呼ぶのか、「したたかさの差」か、あるいは｢経験の差」とでも呼ぶのかな？　</p>

<p>　そうそう、こんな事を書いていたら、今から１０年以上前、日本のコンストラクター、童夢がＦ１参戦を計画していた当時、社長の林みのる氏が自ら手がけた企画書中にあった、なんとも｢痛い」キャッチコピーをふと思い出した。曰く「日本の鳥と言えば鶴ですが、モータースポーツの世界ではカモのようです」。嗚呼、僕の目の黒いうちに、Ｆ１の世界でニッポンが「いいカモ｣じゃなくなる日は本当にやってくるのだろうか？　子供の頃からかれこれ３０年以上も「その日」を夢見てきたのになぁ…。</p>]]>
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<title>説明できぬ番狂わせ…いまだ「発展途上」</title>
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<modified>2009-09-03T12:32:22Z</modified>
<issued>2009-09-02T12:24:15Z</issued>
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<summary type="text/plain">　ベルギーＧＰから３日経った今も、何やらキツネにつままれた感じ…。フォースインデ...</summary>
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<![CDATA[<p>　ベルギーＧＰから３日経った今も、何やらキツネにつままれた感じ…。フォースインディアのジャンカルロ･フィジケラが予選でポールポジションを獲得し、決勝ではキミ･ライコネンから０・９３９秒差の２位でフィニッシュした「スパフラコルシャンの奇跡？」。もちろん、個人的に大好きなドライバーでもあるフィジケラの優勝は嬉しかったし、レースを見ていて興奮もしたのだが…。かれこれ２０年近くもＦ１に関わる仕事をしてきた自分が「なんでこんな事が起きるの？」という問いへの答えを瞬時に説明できないのがちょっと恥ずかしいというか、ただ驚いているだけという状態なのはマズいよなぁ…という気分でちょっと居心地が悪かった。</p>]]>
<![CDATA[<p>　今回、フィジケラがポールポジションを獲得した予選も、そしてライコネンとトップ争いを展開した決勝レースも、アクシデントによる赤旗中断やセイフティカーといった「トラブル」に助けられたわけではなく、通称「スパウェザー」と呼ばれる変化しやすい天候が展開を大きく左右したわけでもない。つまり極めてフツーの条件の下、全くのガチンコ勝負で予選トップ＆決勝２位の大活躍なのである。レース中のペースだってトップのフェラーリとそん色なかったし、むしろオープニングラップのセイフティカーが無ければ、フィジケラが優勝してた可能性だってあったような気がする。</p>

<p>　インド人オーナー、ヴィジャイ・マラヤ氏率いるフォースインディアがいくら地道な努力を重ねてきたとはいえ、冷静に考えれば今季のＦ１では最小、最弱チームのひとつのはず。チーム規模でも資金でも他のトップチームと比べるまでもないほど貧弱なこのチームが、ガチンコでこれだけの活躍をするなんて、正直、誰も予想してはいなかったに違いない。他ならぬフィジケラだって「スパに来る前は８位あたりが期待の最大値だった」と言っているぐらいなのだ。そんなワケで僕も「オメデトウ、フィジコ！」と、中年ファイターの活躍を心から祝福しつつも、「なんでこーなるの？」と頭を捻り、考え込んでしまったというワケだ。</p>

<p>　で、少し考えてみた。まずひとつ言えるのは、先週末のスパフランコルシャンが「２００９年仕様のＦ１マシン」にとってかなり特殊な条件だったということだろう。マクラーレンが優勝したハンガリー、１週間前のバレンシアと、やや低速気味のコースが続いた夏のヨーロッパラウンドだったが、名物コーナー、オー･ルージュ改装後、以前よりもミディアムダウンフォースの高速コースという性格が強まった現在のスパでは、ラップタイムの上で直線スピードが大きくモノを言う。加えて、秋を迎えたアルデンヌ山中の低い気温と路面温度が「タイヤの温まり」の重要性を押し上げた。</p>

<p>　フィジケラだけでなく、チームメイトのスーティルも予選１１位＆入賞を果たしたフォース･インディアや、今シーズンいいトコ無しだったＢＭＷ勢の活躍。トゥルーリ自身が｢ミステリー」と表現したトヨタの速さとは対照的に、ブラウンＧＰやレッドブル、マクラーレン、ウイリアムズなどが予想以上に苦しんでいたベルギーＧＰの予選結果を見ると、スパフランコルシャンのコース特性と今シーズンのタイヤ、そして温度や路面コンディションなどを含めたすべての条件が、相対的にみてやや｢特殊」なものだったと考えざるを得ない気がする。</p>

<p>　言い方を変えるなら、新しい２００９年版レギュレーションに則って作られたマシンは、まだまだ未完成で、仮にトップチームのマシンであっても、コース特性や条件によって大きく左右される可能性が高いということなのだろう。つまり、シーズン序盤、あれほどの強さを誇ったブラウンＧＰやレッドブルも、また、過去２戦で復活をアピールしたかに見えたマクラーレンも、先週末のような特定の条件下では一気に戦闘力を失い。反対に、これまで苦戦してきたチームが突如として速さを見せることもあるということだ。今シーズンのレギュレーション変更のインパクトがいかに大きかったか？　そして、各チームのマシンが未だに｢未完成な状態」であるかを改めて感じずにはいられない。</p>

<p>　そう考えると、今シーズンのＦ１で見てきたいろいろな事柄の理由もすこしハッキリと見えてくる気がする。シーズン序盤、ブラウンＧＰがあれほどの好スタートを切り、マクラーレンやフェラーリといった名門が大きくつまづいたのも、ここまで各チームの戦闘力がサーキットやレースによって大きく上下して安定しないのも、すべては新しい２００９年レギュレーションに基づく今シーズンのマシンがいまだ｢発展途上」の段階にあり、まだ｢手探り」の状態だから結果の変化量もまた大きいのだ。</p>

<p>　仮に昨年までのように、何年も（ほぼ）同じレギュレーションが続いていれば、自然と各チームのマシンはその完成度を増し、更なる磨きを掛けるためにはトップチームの潤沢な資金力や豊富なデータの蓄積がモノを言う。しかし、今はまだ新レギュレーションに対する｢正解の幅」がまだハッキリと定まっておらず、各チームがそれぞれが試行錯誤を繰り返している時期なので、資金や経験に恵まれたトップチームであってもこれまでのうよな｢横綱相撲」を取れないし、今回のベルギーＧＰのように特定の条件下では｢番狂わせ」も起き易いということなのだろう。</p>

<p>　僕は常々、Ｆ１で勝つためには、まず「資金力」＋「技術力」（人材や設備を含む）＋「経験」の総和が大きく、更にそれを確実に活かすための戦略を備えていることが絶対に必要だと唱えてきた。だが、ブラウンやレッドブルが活躍し、フォースインディアまでが突風を吹かせてしまう今シーズンのＦ１は必ずしもこの公式に当てはまらない。その理由は２００９年レギュレーションというＦ１に新たに課された「宿題」が、思っていた以上に難しく、結果、従来に比べて平均点が大幅に低下しているからなのかもしれない。まだまだ平均点が低い今だから、事前の予習でヤマがあたったり、たまたま得意分野が試験に出たりすると、これまで優等生じゃなかったような生徒がいきなりテストで１番取ったりするという……。そういう構図なのではないだろうかと思うのだ。</p>

<p>　いずれにせよ｢勝負」を外から見る立場にとって、今回みたいな｢予想外の展開｣は大歓迎。だって「簡単に読めない、想像できない」というのは、そのまま対象の奥深さを象徴することだからねぇ。昔から良く言われている。そんなワケで「レースは何が起きるか分からない」というフレーズこそが、｢レースの楽しさ」であることを、改めて思い出させてくれたベルギーＧＰの週末だった。</p>]]>
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<title>バリチェロとバドエル“ナンバー２”明暗</title>
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<modified>2009-08-27T08:30:58Z</modified>
<issued>2009-08-27T08:26:35Z</issued>
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<summary type="text/plain">　ルーベンス･バリチェロがやっと勝てた…。今シーズンの開幕以来｢勝てるマシン」を...</summary>
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<![CDATA[<p>　ルーベンス･バリチェロがやっと勝てた…。今シーズンの開幕以来｢勝てるマシン」を手にしながら、チームメイトのジェンソン･バトンに文字通りの「やられっぱなし」だったバリチェロがフェラーリ在籍時以来、実に５年ぶりの優勝をバレンシアで飾ったのだ。</p>]]>
<![CDATA[<p>　とはいえ以前からバリチェロのコトを全然評価していない僕なので「ああ、どーせ今回もマクラーレンのミス（注：ハミルトンとチームの間で無線交信のミスがあり、ピットストップのタイミングを誤ったこと）があったから勝てたんでしょ…」と少しイジワルな視線で切り捨ててしまいそうになるのだが、それと同時に「そんなバリチェロに大差で負けてしまったバトン」のスキを指摘しないのは、フェアじゃないだろう。</p>

<p>　で、白状するなら｢全然評価も期待もしていない」はずだったバリチェロの今季初優勝に、実はちょっとグッと来てしまった…という自己矛盾が自分でもちょっと恥ずかしい。いや、同じ｢アラフォー」と言っても、こっちは４０台半ばだから｢同世代」みたいに括られたら３７歳のバリチェロには失礼なのだが、僕自身が彼に浴びせかけてきた｢罵声」も含め、周囲の厳しい目やプレッシャーの中で「中年の意地」を見せたバリチェロの気持ちに、無意識にシンクロしてしまったりするのである。</p>

<p>　長年、ミハエル･シューマッハーの忠実なナンバー２ドライバーを務めてきたバリチェロの事を、僕は「シューマッハーのポチ」と呼んでいた。断っておくが、バリチェロは決して悪いドライバーじゃない。いや、スチュワートＧＰ（現在のレッドブルの前身、ジャガーのそのまた前身）で頭角を顕したころのバリチェロは野心バリバリでいい感じのドライバだったとも思う。だが、フェラーリのシートと引き換えに跳ね馬の忠実な下僕となったバリチェロの姿が僕はどーにもイヤだった。バリチェロだけじゃない、シューマッハーのナンバー２のドライバーはほぼ例外なく、フェラーリとの契約と引き換えに「常に頂点を目指す」というＧＰドライバーの魂を売り飛ばしてしまう運命にあるのだが、ずっとその立場に甘んじ続ける姿を見るのは、Ｆ１ファンとしてあまり気持ちのいい物じゃない。</p>

<p>　そんなバリチェロにとってブラウンＧＰで久々に｢勝てるマシン｣を得た今季は、大きな期待と不安が背中合わせのシーズンだったと思う。もちろん、彼自身は自分の能力を信じるしかなかっただろうが、それはとても｢孤独な戦い」であったに違いない。シーズンが進むにつれて高まるプレッシャーの中で、このまま磨耗して、どこかで心が「ポキリ」と折れても不思議じゃない状況の中で、ついに掴んだこの１勝が、孤独な戦いを続ける中年Ｆ１ドライバーにとっていかに大きな意味を持つのか！　その気持ちを想像するとき「バリチェロ嫌い」を自認する僕の胸にも、何だかグッと来てしまうものがあったのだ。</p>

<p>　ちなみに、同じ欧州ＧＰでは「もうひとりの中年ドライバー」３８歳のルカ･バドエルが「マッサの代役のシューマッハーのそのまた代役」という微妙な立場で、こちらは何と１０年ぶりのＦ１に臨んだが、予選も決勝もボロボロの最下位……。事前テストもほとんど出来ず、１０年ぶりのＦ１復帰というかなり無理のある条件を考えれば、バドエルに多くの期待するのがそもそも無理というモノだが、シューマッハーのナンバー２でも、とりあえずレースに出場できたバリチェロと違い、長年、レースにも出ずにテストドライバーとして影でフェラーリの黄金時代を支えてきた苦労人のバドエルが、今回も｢損な役回り」でスポットライトを浴びている姿にも、フクザツな気持ちにさせられる。</p>

<p>　そういや、バリチェロとバドエルは国際Ｆ３０００時代からのライバルだし、Ｆ１デビューも共に９３年南アフリカＧＰという全くの同期生。フェラーリで脇役としてシューマッハー全盛期を支えたそんなふたりのドラマに、中年心を揺さぶられたヨーロッパＧＰ、バレンシアの週末だった。</p>]]>
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<title>「フォーミュラ」が守るべきものは何か？</title>
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<modified>2009-07-28T07:33:06Z</modified>
<issued>2009-07-28T06:06:17Z</issued>
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<summary type="text/plain">　ほんの１週間前に往年のＦ１世界チャンピオン、ジョン･サーティースの息子、ヘンリ...</summary>
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<![CDATA[<p>　ほんの１週間前に往年のＦ１世界チャンピオン、ジョン･サーティースの息子、ヘンリー･サーティースがイギリスのＦ２レースで事故死したという訃報に接したばかりなのに、ハンガリーＧＰではフェリペ･マッサが予選中の事故で重症を負ってしまった。ヘンリー･サーティースの事故はアクシデントで外れた他のマシンのタイヤが、その後方を走っていたヘンリーのヘルメットを直撃。マッサもバリチェロのマシンから外れたサスペンションパーツがヘルメットに当たり、意識を失った状態でタイヤバリアへと突っ込んだ…。</p>]]>
<![CDATA[<p>　奇しくもハンガリーＧＰの決勝ではアロンソのマシンからフロントタイヤが脱落するという事故も発生。幸い、そのタイヤが後続のマシンに当たることは無かったが、ひとつ間違えれば、マッサの事故以上に、深刻なアクシデントを引き起こしていた可能性もあったと思う。そんなハンガリーのＧＰの週末を終えた今、僕は９９％のモータースポーツファンを敵に回す覚悟でこう提案したいと思う。「そろそろ“フォーミュラカー”の定義を根本的に見直してはどうだろうか…」と。</p>

<p>　ご存知のようにＦ１はフォーミュラカーレースの頂点に位置していると言われている。ちなみに「フォーミュラカー」とは何かと言えばフォーミュラ（規定、規格、公式…）という言葉が示すように、本来は「一定の規格（レギュレーション）に基づいたレーシングカー」を意味するのだが、一般的なイメージはむしろ「屋根無し＋１人乗り＋タイヤむき出しで専用設計の純粋なレーシングカー」といった方がシックリ来るだろう。北米などで使われる「シングルシーター、オープンホイール」という表現のほうが、現実の「フォーミュラカー」のイメージをより的確に表しているともいえる。</p>

<p>　６０年代までは「葉巻型レーシングカー」などとも呼ばれていたフォーミュラカーが、こうして「屋根無し＋１人乗り＋タイヤむき出し」の形になった主な理由は、当時の技術ではこれが「最速の形」だったからだ。最高速を上げるためには、全面投影面積を可能な限り小さくして空気抵抗を削減する必要があり、そのためにはコクピットを覆う屋根も、大きなタイヤを覆うフェンダーも無い方がいい。また、レーシングカーにとってもうひとつの重要な要素である、軽量化・低重心化という面でも「屋根無し＋タイヤむき出し」は大いに有利だったはずだ。</p>

<p>　このように、当初は「速さ」を求める歴史の中で形作られてきた「フォーミュラカー」の基本形だが、いつしか、市販車ベースのマシンで戦う｢ツーリングカーレース」「ＧＴカーレース」や、古くは市販スポーツカーにルーツを持ちつつも、そこから派生したスポーツプロトタイプカーレース（レース専用設計の２座席＋フェンダー付き＋場合によっては屋根つきもありのレーシングカー、現在ではル･マンカーなどとも呼ばれる）との差別化が大きな意味を占めるようになった。つまり、｢速さ」を追求するのではなく「フォーミュラカー」のアイデンティティを維持するために、「屋根無し＋タイヤむき出し」という基本形が維持され続けてきたのだ。</p>

<p>　技術の進歩と共に｢速さ」を決める条件は大きく変化している。特に「空力」に関する進歩は著しく、今やレーシングカーの性能を最も大きく左右する要素といってもいいだろう。例えばこの「空力」で見た場合「タイヤむき出し＋屋根無し」は大きなマイナス要素だ。高速で回転する４つの大型タイヤは大きな抵抗を生み出し、空力エンジニアを悩ませる要素のひとつだし、屋根無し、むき出しのコックピットやヘルメット周りの整流は簡単ではない。航空機などと比べてフォーミュラカーの空力設計が難しいひとつの理由は、そもそも空力的に「理にかなっていない」フォーミュラの基本形にあるとも言えるのである。　</p>

<p>　現代のレーシングカーでは単なる｢空気抵抗低減」ではなく、空気抵抗とダウンフォースのバランスや、空力特性の安定性などが速さを決める重要な要素となるが、かつて「速さの追求」のために導き出された「屋根無し＋タイヤむき出し」というフォーミュラの基本形は、空力的にも「フォーミュラカーの足かせ」となっており、その足かせを克服するためにＦ１では全てのチームが多額の資金を投じて風洞実験やコンピューターシミュレーションを繰り返している。つまり「理にかなわないフォーミュラの形」ゆえの難問を前に日々悪戦苦闘しているのだ。これって全然、科学的じゃないと思うのは僕だけだろうか？</p>

<p>　だが、何よりも問題なのは、「屋根無し＋タイヤむき出し」というフォーミュラカーの基本形が、このカテゴリーにおける重大事故の危険性を大きく高めているという点だろう。高速で回転するむき出しのタイヤ同士が接触すれば、マシンは簡単に宙を舞い、深刻なアクシデントへとつながるし、屋根の無いむき出しのコックピットによってドライバーの頭部は常に深刻な危険に晒されている。アクシデントはもちろんだが、ハンガリーＧＰのマッサのように、コース上に落ちた小さな部品（デブリ）がヘルメットを直撃しただけでも、最悪の事態へと繋がることがあり得るのだ。</p>

<p>　だが、僕たちは多くの悲劇に接しながら、「何のためにドライバーをこのような危険に晒し続けているのだろう？」という根本的な問いを、これまで意図的に避け続けていたのではないだろうか？　「フォーミュラカーとはそういうものだ」という、決して本質的とは思えない言葉の前に、我々が何を守ろうとし、その代償として何を危険に晒し、その結果、どれほど貴重なものを失ってきたのかということを、そろそろ真剣に考えるべきではないかと思うのだ。</p>

<p>　この２０年ほどの間に、多くのモータースポーツ関係者の努力と技術の進歩によって、フォーミュラカーを中心としたレーシングカーの安全性が飛躍的な進歩を遂げたことは間違いない。カーボンファイバー製の強固なモノコックが信じられないほど激しいアクシデントから多くのドライバーたちを無傷で生還させ、サーキットが安全性向上への努力を重ねた結果、死亡事故は驚くほど減少している。一部では｢サーキットで行われるレースのほうが死亡事故の多発する一般道よりも安全だ」などという人もいるほどだ。</p>

<p>　だが、こうした人たちはサーキットで起きた多くの重大事故で「幸運」が味方したケースも少なくないことを忘れてはいるように思う。「あと少し角度が悪ければ……」「幸いヘルメットを直撃しなかったから…」。深刻な事故につながらなかった「紙一重」の奇跡を、僕自身も何度となくサーキットで目撃している。ほんのわずかな偶然が最悪の事態を防いでくれたということは、その逆もまたあり得るのだということを、我々はどれだけ深刻に受け止めてきただろうか？　そのとき失われかねないのは、何にも変えがたいドライバーの命だといういうことを、どれほど深く考えてきただろうか？</p>

<p>　Ｆ１マシンの安全性向上に、これまで数百万ドルを超える資金が注がれてきたのは事実だが、むき出しのタイヤをフェンダーで覆い、コックピットに戦闘機のような強化ポリカーボネートのキャノピーを取り付けるだけで、重大な事故のリスクを大幅に低減させることができるのは明らかだ。当然、マシンは少し重くなり、全面投影面積も増えるだろうが、ここ１０年ほどのＦ１レギュレーション改正が常に「速くなり過ぎたマシンのスピードやラップタイムを抑制する」目的で行われていたことを忘れてはならないだろう。そもそも、みんなが同じ条件＝「フォーミュラ」で戦うのが「フォーミュラカーレース」の原点なのである。それに単に速さを求めるのなら、他にいくらでも方法はあるはずだ…。</p>

<p>　それに、むき出しのタイヤやコクピットという「空力面の足かせ」がなくなった「屋根付き＋フェンダー付きＦ１」はより洗練されたエアロダイナミクスを手に入れ、各チームの空力開発の効率化、ひいては無駄の削減によるコスト効率の向上をもたらす可能性もあるだろう。洗練された空力は結果として、これまでのフォーミュラとは異なる、新たな単座レーシングカーの美しさを産み出すかもしれない。また、キャノピーで覆ってしまうと、ヘルメットによるドライバーの識別が難しいという人もいるだろうが、今だって似たようなヘルメットばかりで、見分けるのは一苦労だなんじゃないだろうか？　だったらフェンダーやキャノピーで表面積が増えた分は、ドライバーの識別がハッキリできるカラーリングを施し、余ったスペースは新規のスポンサー用スペースとして売り出せばいい。</p>

<p>　「Ｆ１とは何ですか？」と問われて「モータースポーツの最高峰です」と答えるたびに、僕はちょっとした居心地の悪さを感じずにはいられない。「むき出しのタイヤとコクピット」という「葉巻型Ｆ１時代に作られた最速の文法」をベースとしたフォーミュラカーは「世界最速のマシン」を名乗るには、あまりにも洗練を欠いているし、ガソリンを燃料とした内燃機関が主役の座を終えようとしている時代に、大量の燃料から巨大なパワーを産み出しつつも、その多くを｢熱｣の形で消費しているＦ１のパワートレインも、決して自動車技術の最高峰や未来系を示すものでは無いような気がするからだ。時代に合わない形で特異な進化を続け、拡大を続けてきたという意味では、「進化」より、むしろ「恐竜化」という言葉で表現するほうが良いのではないかと思うこともある。</p>

<p>　今のＦ１とは似ても似つかない｢屋根付き＋フェンダー＋電気モーター駆動」という、まるで「巨大ミニ四駆」のようなＦ１を目指すべきだ！　などと僕が主張すれば、大多数のＦ１ファン、モータースポーツファンから呆れられ、批判され、見放されるかも知れないが、僕は本気で、それこそが｢モータースポーツの世界最高峰」を標榜するＦ１の進むべき道だと思っている。洗練されたエアロダイナミクスによる美しいボディ形状と、高性能モーターが産み出す暴力的な加速力…そして、何よりも大切なのは、そうした「世界最速のマシン」を操り、競い合うドライバーたちの安全性を飛躍的に高めることが、既存のフォーミュラの呪縛を離れることで可能になるということだ。</p>

<p>　Ｆ１だけじゃない、すべてのフォーミュラカーレース、特に多くの若者が明日を目指して戦ってる下位カテゴリーでも｢守るべきものは何なのか？」という原点に帰って、フォーミュラカーの定義を見直すべきではないだろうか？　大昔に作られた「フォーミュラの基本形」を守ることで、かけがえの無い命が危険にさらされ続けている現状に、もっと多くの人たちが「素朴な疑問」を抱いて欲しいと思うのだが…。</p>]]>
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<title>苦労人ウェバーの初Ｖに感じた心地良さ</title>
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<summary type="text/plain">　先週末のドイツＧＰでレッドブルのマーク･ウェバーが念願のグランプリ初勝利を挙げ...</summary>
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<![CDATA[<p>　先週末のドイツＧＰでレッドブルのマーク･ウェバーが念願のグランプリ初勝利を挙げた。０２年のＦ１デビューから足掛け８年目、通算１３２戦目での初優勝はルーベンス・バリチェロの１２４戦目を大きく更新する「Ｆ１史上、最遅初優勝記録」である。正直に白状すると、僕はこれまでウェバーが表彰台の真ん中に立つ姿をほとんど想像したことが無かったのだが、粘り強く、そして、我慢強く、あきらめずにチャンスを待ち続けた男の晴れ姿はテレビ画面で見ていても新鮮で、本当に気持ちのいいものだった。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　ちなみに、オーストラリア人ドライバーの優勝は８１年ラスベガスＧＰのアラン･ジョーンズ以来、実に２８年ぶりのこと。８０年の世界チャンピオンでもあるジョーンズや、５９、６０、６６年と３度の世界王座を獲得した英雄、ジャック･ブラバムなど、偉大な母国の先輩を持つウェバーにとって、今回の優勝は万感胸に迫るものがあるに違いない。毎年、オーストラリアＧＰを訪れるたびに、オージーたちのＦ１に対する熱い想いを感じるのだが、そうした情熱は彼の国が産み出した偉大な先輩たちの歴史の上に育てられてきたものだ。そんな母国の期待を一身に背負いながら戦い続けたウェバーの日々が、ニュルブルクリングの表彰台で大きく花開いたのだ。</p>

<p>　昨今のＦ１ドライバーとしては珍しい長身と、ひと昔前（いや、ふた昔前？）のハリウッド男優のような（もしくは“奥様は魔女”のダーリンのような？）アゴ割れ系二枚目のルックス。予選などで時折「一発の速さ」を見せるものの、それが結果に繋がらないことの多いウェバーはハッキリ言って地味な存在だったと思う。彼がオーストラリアからＦ１に至る道も決して平坦ではなく、そもそも本格的にレーシングカーとを始めたのが１７歳の時というから、最近のドライバーのなかではかなり遅めのスタートである。</p>

<p>　その後、２０歳で単身ヨーロッパに渡り、フォーミュラ･フォード、イギリスＦ３などで好成績を挙げるも、常に資金難に苦しみ続け、９８年には一旦、フォーミュラカーを離れて、メルセデス･ベンツの育成ドライバーのひとりとしてスポーツカーチームに加入。だが、ここでも順調というわけにはいかず、９９年のル･マン24時間の大クラッシュで宙を舞い、九死に一生を得た後、メルセデスの育成ドライバー枠から離脱…。１度は掴みかけた自動車メーカーの支援も失ってしまう。</p>

<p>　ちなみに、ウェバーの名誉のために触れておくが、ル･マンでの事故はメルセデスのマシンの空力に致命的な欠陥があったことが原因で、この年のル･マンでは２台のメルセデスＣＬＫ－ＧＴＲが突然、木の葉のように宙を舞う大事故が続けざまに発生している。幸い、いずれもドライバーに大きなケガは無かったが、そのとき、ル･マンの現場にいた僕は、事故直後の青ざめた表情のウェバーを今でもハッキリと覚えている。</p>

<p>　００年、Ｆ１という目標に向けて、同じオーストラリア出身のポール・ストッダードの支援で国際Ｆ３０００でフォーミュラに参戦したしたウェバーは、０２年、ストッダードがミナルディを買収したのをきっかけに彼のチームから念願のＦ１デビュー。地元メルボルンで開催されたその年の開幕戦では弱小チームのミナルディで、デビュー戦初入賞を飾り、オージーたちを歓喜させる。しかし、その後はジャガー、ウイリアムズと名門チームを渡り歩きながらも、それらのチームが不振に苦しんでいるタイミングであったため、トップグループを争うチャンスにはなかなか恵まれることがなかった。</p>

<p>　そんなウェバーにとって「勝てるマシン」を手に入れた今シーズンへの期待は本当に大きかったに違いない。シーズン前半はブラウンＧＰの圧倒的な速さが目立った０９年シーズンだが、エイドリアン・ニューイ率いるレッドブルの技術陣はブラウンＧＰをキャッチアップ！　イギリス、ドイツで連続１－２フィニッシュという結果を見る限り、レッドブルのマシンは今や、ブラウンＧＰと互角か、それ以上の戦闘力を発揮しつある言って良さそうだ。８年目にして訪れた最大のチャンスを何としてもモノにしたい…。待ち続けたベテランには、例えば、彼のチームメイト、セバスチャン･ベッテルのような伸び盛りの若手ドライバーには想像もできないような重圧がのしかかっていたに違いない。</p>

<p>　だが、ニュルブルクリンクのウェバーはそうした重圧を見事に跳ね返し、完璧な内容で待望の初勝利をその手に納めた。世間の耳目が若いベッテルに集まる中、レース後、２位でフィニッシュしたそのベッテルが「今日のマークにはお手上げだったよ！」と笑顔で降参するほどの、力強い走りで、自らの運命を切り開いた…。決して平坦ではなかったオーストラリアからＦ１への道と、Ｆ１でも苦闘しながら、耐え続けた時間があるからこそ、表彰台の真ん中に立つ彼の姿に、僕の心もまた大きく動かされたのだと思う。</p>

<p>　冒頭にも触れたように、これまでマーク･ウェバーという選手に特別な想いはなかった僕なのに、なぜか、見ていて本当に心地良い気持ちにさせられたドイツＧＰの表彰台だった。さまざまなドライバーの想いが、そして、その背景にあるひとつひとつの人生がコース上で激しく火花を散らして交錯するからこそ、自動車レースは面白いのだということを…本当に嬉しそうな彼の表情を見ながら、改めて気付かされた気がした。</p>]]>
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<title>分裂回避、やはり最後は「モズレーの首」</title>
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<summary type="text/plain">　Ｆ１分裂の危機は直前で回避された。そう、主要８チームで構成されるＦＯＴＡ（Ｆ１...</summary>
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<![CDATA[<p>　Ｆ１分裂の危機は直前で回避された。そう、主要８チームで構成されるＦＯＴＡ（Ｆ１チーム協会）による“クーデター”は成功に終わったのだ。６月２４日のＦＩＡ世界評議会に先駆けて行われた、ＦＩＡ会長、マックス･モズレーとＦＯＴＡ代表、ルカ･ディ･モンテゼモロ、そしてバーニー･エクレストンの３者会談で、モズレーが事実上の「全面降伏」に追い込まれ、ＦＯＴＡ側も新シリーズ立ち上げの計画を中止。全チームが２０１２年までの「新コンコルド協定」にサインすることで「平和」が実現した。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　合意内容の詳細については現時点で明らかになっていないが、モズレーは１０月のＦＩＡ会長選挙に再出馬しないことを約束し、事実上の「更迭」が決定。懸案となってた予算総額制限（バジェットキャップ）を含むＦＩＡ提案の２０１０年新レギュレーションについても白紙撤回が受け入れられたと見ていいだろう。もちろん、Ｆ１のコスト削減に関しては、ＦＯＴＡ側の提案をベースにしながら、新規参入チームへの支援策も盛り込みつつ、「１９９０年代のレベルを目標に」新たな道筋を固めて行くことになる。</p>

<p>　２日前のコラムでも書いたように、やはり最後のキーポイントは「モズレーの首」だったようだ。より正確な表現を使えば「モズレーによるＦＩＡの個人支配」の打破と、「新たなＦＩＡガバナンスの確立」というべきだろうか？　世界のモータースポーツを管轄するＦＩＡ（国際自動車連盟）の権力は、１９９３年にＦＩＡ会長の座について以来、４期に渡るモズレー政権の間に大幅に強化されたが、その一方で権力の集中や運営面、意思決定における透明性の欠如などもことあるごとに問題視されてきた。</p>

<p>　だが、そうした問題点への指摘はモズレーの巧みな政治手腕によって、ほぼ例外なく潰され、そのたびにモズレーへの権力集中が進むという悪循環を招いてきた。２年前、おそらくは誰かの謀略によって「彼の私生活」が暴かれ、ＳＭプレイに興じるモズレーの姿がイギリスのタブロイド紙やネット上に流出した際も、こうした「謀略」によって個人の私生活が暴かれることの問題はさておき、ＦＩＡのように国際的な機関の顔であるモズレーが「ＦＩＡ内の投票というプロセスを経て」会長のポストを守り切れたことが、ＦＩＡという組織の機能不全、自浄作用の欠如を象徴していたと思う。</p>

<p>　ここ数カ月続いた、ＦＩＡとＦＯＴＡとの対立や、Ｆ１分裂の危機を招いた根本的な原因のひとつは、こうしたモズレーへの権力集中やＦＩＡ組織の機能不全にあっただけに、今回、チーム側のクーデターが「Ｆ１分裂」という最悪の手段ではなく「無血クーデター」に終わり「新たなＦＩＡのガバナンス」が確立されるのであれば、Ｆ１のみならず、すべてのモータースポーツにとって大きな価値があるはずだ。また、今回の「政変」が成功した背景には、Ｆ１界の牛耳るもうひとりの「ドン」であるバーニー･エクレストンが、最終的にチーム側につき「モズレー降ろし」に加わった点も大きいだろう。一時は「盟友」としてモズレーと二人三脚状態にあったエクレストンだが、ここ数年は両者の間にも微妙なすきま風が吹いていた…。</p>

<p>　いずれにせよ、これで不毛な「政治抗争」が一段落し、Ｆ１が２シリーズへの分裂という最悪の事態を回避したことを、まずは素直に喜びたい。もちろん、将来に向けた大幅なコスト削減を初めととした、多くの課題が現在のＦ１には山積しており、晴れて２０１０年のエントリーリストに並んだ全１３チームにとっては、ここからが本当の勝負ということもできるだろう。ＦＯＴＡ側は、一旦除籍されたウイリアムズやフォース･インディアのＦＯＴＡ復帰や新規参入の３チームについても、新たなメンバーとして迎え入れる姿勢を示しており、全１３チームが一体となり、危機感や問題意識を共有しながら、Ｆ１の将来について考え、行動してゆくことの大切さを、今回の一件から学んで欲しいと思う。</p>

<p>　Ｆ１のコスト削減については、かれこれ５年以上も議論が続いてきたにも関わらず、なかなかチーム間での合意に至れなかったのが実情だった。何かと悪役扱いされるモズレーだが、昨年来の世界的な経済危機と、モズレーによる強行なコスト削減案を突きつけなければ、今回のようなチーム間の共闘や問題意識の共有は実現しなかったに違いない。とりあえず「Ｆ１分裂」という最悪の事態は回避したが、Ｆ１界全体の将来が依然として多くの問題を抱え「大きな危機に直面している」という状況に変わりは無いということを、このスポーツに関わるすべての当事者が忘れてはならないだろう。</p>]]>
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<title>不毛な分裂騒動…目的はモズレー降ろし？</title>
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<summary type="text/plain">　懸念されていた「Ｆ１大分裂」がいよいよ現実味を帯びてきた。予算総額制限（バジェ...</summary>
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<![CDATA[<p>　懸念されていた「Ｆ１大分裂」がいよいよ現実味を帯びてきた。予算総額制限（バジェットキャップ）の導入を柱とした新レギュレーションの是非を巡り、この２カ月ほど続いていたＦＩＡとＦＯＴＡ（Ｆ１チーム協会）の対立は、ＦＩＡ側が最終期限としていた６月１９日までに解決せず、ウイリアムズ、フォースインディアの２チームの除く既存８チームで構成されるＦＯＴＡは「これ以上ＦＩＡと交渉を重ねる意味はない」と、Ｆ１に代わる独自シリーズの立ち上げを正式に宣言。来季からの開催に向けて、各国のプロモーターやサーキット、テレビ局などと具体的な準備に入る予定だ。</p>]]>
<![CDATA[<p>一方、ＦＩＡは１９日に発表予定だった２０１０年の最終エントリーリスト発表を延期し、新シリーズ立ち上げに向けて動き出したＦＯＴＡやフェラーリに対して「法的な手段を講じる」意向を表明しているが、現時点でＦＩＡ側についているのはウイリアムズ、フォースインディアに新規参入組のＵＳＦ１、カンポスレーシング、マノーを加えた計５チームのみ。ＦＩＡのモズレー会長はこれまで「既存チームがＦ１から撤退しても、新規参入を望むチームはいくらでもいる」と強気だったが、イギリスＧＰの段階で既にローラとイタリアのＮスピードが既にエントリー申請の取消しを表明。もうひとつの有力チームであるプロドライブもＦＩＡの「Ｆ１」ではなく、ＦＯＴＡによる新シリーズへの参入を検討しているという。</p>

<p>　４月のＦＩＡ総会以来、僕はこの問題についてコラムで書くことを意図的に避けてきた。なぜなら、毎週のようにヨーロッパから届く最新情報を追いかけても、それが結局「徒労」に終わるような気がして、いささかウンザリしていたからだ。その根底にあったのは、「ＦＩＡもチーム側も、最終的にＦ１の価値をドブに捨てるほどバカではないはずだ…」あるいは「日々の情報にメディアもファンもさんざん振り回された挙句、最終的には当事者たちが適当な“落としどころ”を見つけざるを得ないだろう」という、今となってはいささか楽観的に過ぎる考えだったのだが、現実はよりシビアだった＝彼らは想像以上にバカだった…というコトか？　ちなみに短期的に見れば現状は「モズレーの敗北」で、「ＦＯＴＡ」の勝利と見ることもできるが、長期的にみればＦ１に関わるすべての人たちにとって「敗北」となりうる危険をはらんでいると思う。</p>

<p>　分かりやすく表現すれば、今起きているのはＦＯＴＡによる一種の「クーデター」だ。巧みな政治手腕でＦＩＡに事実上の「独裁政権」を確立したモズレーに対して、強大な力を持つ自動車メーカー・有力チームが公然と反旗を翻し、超法規行為の実力行使に出たという構図である。ちなみに、クーデターで一番重要なのは「裏切り者」を出さないこと。Ｆ１に参戦する自動車メーカー各社は数年前にも、ＧＰＷＣという連合を組んで、モズレーによるＦＩＡ支配、バーニー･エクレストンによるＦ１商業権支配に抵抗しようとしたが、この時はフェラーリの裏切りによってすべてが台無しになってしまった。今回もウイリアムズ、フォースインディアの２チームがＦＯＴＡの方針に反して、結果的にＦＩＡ側に付くことになったが、モズレーの意に反してこうした離反の動きは広がらず、フェラーリはトヨタと共にＦＯＴＡ側のリーダーシップを発揮。残る８チームが結束を保ちながら、強い姿勢でＦＩＡとの戦いに臨んだことがモズレーを追い込む結果へとつながった。</p>

<p>　それでは、Ｆ１は本当にこのまま「分裂」してしまうのだろうか？　来季からはＦＩＡ公認の「本家Ｆ１」とＦＯＴＡ系チームを中心とした新団体による「新シリーズ」が別々に競い合う状況になるのか？　当面の動きで最も注目されるのは６月２４日に予定されているＦＩＡ世界評議会の成り行きだろう。Ｆ１大分裂の回避に向けた唯一の希望は、今回の世界評議会でＦＩＡ内部でも「反乱」が起き、モズレー会長の解任が実現。新体制へと改められたＦＩＡとＦＯＴＡとのあいだで「和平」へと向けた新たな対話が再開する…というシナリオである。「楽観的に過ぎる」とバカにされてしまうかもしれないが、僕は一連の騒動がすべて、このＦＩＡ総会での「モズレー降ろし」を最終的なターゲットに進められていて、この１週間ほど不気味な沈黙を守り続けているバーニー･エクレストンも、それを承知しているのではないかと思っている。</p>

<p>　だが、仮に今回のＦＩＡ総会でもこうした「モズレー降ろし」が実現せず、逆に彼がＦＩＡ内での基盤を固めるようなコトになれば、Ｆ１分裂回避に向けた和平への道は完全に閉ざされてしまうに違いない。仮に新シリーズが順調にスタートし、それなりの成功を納めたとしても戦後、６０年近くに及ぶ歴史の中で築かれてきた「Ｆ１」の伝統や権威は瞬く間に失われ、それは長期的に見て、Ｆ１はもちろん、モータースポーツ界全体にとって、取り返しのつかない大きな損失となるはずだ。「ＦＩＡの世界評議会で何が決まろうと、もはや我々には関係ない。新シリーズの立ち上げに向けて動き出すだけだ」と語るルノーのフラビオ･ブリアトーレだが、そのコメントが「ダメ押しの脅し文句」であることを祈らずにはいられない。不毛なエゴとエゴのぶつかり合いが、すべてを破滅に導く危険は、既に目の前に迫っているのだから…。</p>]]>
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<title>拡大と発展…“バーニーズモデル”崩壊</title>
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<summary type="text/plain"> 　トルコＧＰが行われたイスタンブール･サーキットの観客席は深刻な“ガラガラ状態...</summary>
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<![CDATA[<p> 　トルコＧＰが行われたイスタンブール･サーキットの観客席は深刻な“ガラガラ状態”だったようだ。トルコに限らず、上海やマレーシアなど、アジア圏内のＧＰはここ数年、深刻な観客数の減少に悩まされているが、今年はヨーロッパのレースでもハッキリとその傾向が現れており、スペインＧＰもグランドスタンドには空席が目立ったし、あのモナコですら、決勝レース当日でもチケットが売れ残っているという明らかな異常事態。地元のタクシー運転手も「こんなに寂しいモナコＧＰの週末は初めて……、お客さんは少ないし、渋滞もない、近隣のホテルも空室がいっぱいらしいよ」と嘆いていた。<br />
　</p>]]>
<![CDATA[<p>　歴史と伝統を誇るＦ１ＧＰの代名詞、あのモナコですらこのアリサマなのだから、マレーシアや上海、バーレーン、トルコなど、決してＦ１の人気が高いとは思えない国々でこの１０年余りに生まれた「Ｆ１新興国」のＧＰが苦境に陥るのは、当然の流れだろう。今年のトルコＧＰの観客動員は公式発表で３万６千人。仮に公式発表の数字が事実だとしても、１３万人収容のサーキットでこの人数では「ガラガラ」に見えるはずである。もちろん、来年以降のＦ１開催を危ぶむ声がでていることは言うまでもない。トルコだけじゃない、世界中の多くのＦ１開催地が同様の危機に瀕している。</p>

<p>　なぜ、観客数が大幅に減少しているのか？　もちろん、理由はひとつだけではない。「人気チームのフェラーりが低迷しているから」とか、トルコも制し、ここまで７戦６勝を挙げている「バトン＆ブラウンＧＰが強すぎて退屈だから」とか「シューマッハーのようなスターがいない」とか、「レース中の追い抜きが少ない……」とか、細かい理由をいくつも探すことは可能だろう。何より「世界経済の深刻な不況」がＦ１ＧＰ全体の急減速に大きな影響を与えていることは間違いない。</p>

<p>　だが、今、僕たちが目にしているのは、今、Ｆ１ＧＰが直面しているのは、それよりももっと本質的な問題なのではないかという気がしてならない。それはひと言で言えば「拡大と発展」をすべての前提にＦ１を膨張させてきた「バーニー･エクレストン・モデル」の崩壊だ。</p>

<p>　１９８０年代初頭に全チームのまとめ役となり、その後、Ｆ１ＧＰの商業権を握ったバーニーが、Ｆ１ＧＰ発展の偉大なる立役者であることは間違いない。彼はテレビという国際的なメディアとスポーツを結びつけ、一大スポーツイベント＆エンタテインメントとしてのＦ１のブランド価値を高め、そのブランド価値を用いて更なる「マネー」を世界中から集めることで、Ｆ１の更なる拡大と発展を実現してきた。</p>

<p>　特に、大手自動車メーカーがこぞって次々とＦ１へと参入したここ１０年余りは、こうした自動車メーカーの存在と、アメリカを中心とした世界的な好況にも後押しされる形で莫大な資金がＦ１ビジネスへと流れ込み、最高潮に達した「宴」の華やかさにつられて、中東やアジアの新興国の「マネーまでがＦ１という巨大なパーティーに吸い寄せられていた。</p>

<p>　だが、自動車メーカー間の過当競争がＦ１チームの参戦コストを非現実的なレベルまで押し上げ、Ｆ１ＧＰ開催権料やテレビ放送権料は高騰、その反動は自動車メーカーやチーム、主催者、テレビ局などに重くのしかかり、誰もが「Ｆ１に関する将来」を再考せざるを得ない状況に追い込まれている。そして何より、Ｆ１はもちろん、すべてのモータースポーツにとって、本当の「基礎」となるべき、一般の自動車レースファンから、Ｆ１を遠ざけ始めていることを、関係者すべてが深刻に受け止めるべきではないだろうか？</p>

<p>　エクレストンの要求通り、莫大な費用を投じて建設された巨大なサーキットがＦ１開催断念によって放置され、砂漠やジャングルや、荒野の真ん中で「巨大Ｆ１遺跡」となって朽ち果てていく…という景色は遠い未来のモノではないだろう。また、そうした新興サーキットの参入でＦ１ＧＰ開催権を失った、歴史ある幾つかのサーキットでＦ１は「現在」ではなく「過去」の記憶として、多くの熱心なファンと共に失われ行く運命にある。</p>

<p>　ちょっと大げさに聞こえるかもしれないが、Ｆ１に限らず、今、世界が直面しつつあるの問題の根底にあるのは、永遠に続く「拡大と発展」を前提にしたシステムの崩壊なのだと思う。Ｆ１のような、本当の世界から比べれば本当にちっぽけな世界起きているのは、そうした問題の実に分かりやすい縮小版であり、そこには「拡大と発展」あるいはそれを端的に示す指標である「マネー」を盲信し、それを追い求め続けて行く過程で「失われて行く大切な何か」への警鐘が隠されている気がしてならない。</p>

<p>　Ｆ１の将来がどうなるのか？　今の僕には全く想像できない。だが、バーニーが築き上げた「拡大と発展」のモデルがついに崩壊を始めた今、Ｆ１の未来が大きな岐路に立たされていることは間違いないだろう。問題はそうした危機感を当事者たちがどれだけハッキリと共有し、つまらない「エゴ」と「エゴ」とのぶつかり合いを離れて、新たな方向性を打ち出せるかだ？　連日のように伝えられるＦＩＡとチーム間の対立を眺めていると、どうにもあまり楽観的な気持ちにはなれないのだが…。</p>]]>
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<title>強いブラウンＧＰ！でもお金の事が心配…</title>
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<summary type="text/plain">　ブラウンＧＰの勢いが止まらない。超低速コースのモナコＧＰでもバトンとバリチェロ...</summary>
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<![CDATA[<p>　ブラウンＧＰの勢いが止まらない。超低速コースのモナコＧＰでもバトンとバリチェロが１－２フィニッシュ！　特にバトンは文句のつけようのない完璧な勝ちっぷりだ。本人は「タフなレースだった……」と振り返るが、ヘルメットを被ったまま表彰台に走って行く姿を見て、体力的にも精神的にも余裕があったんだなぁ……と改めて感心してしまった。ちなみに今回も２位のバリチェロは、汗だくで体力も使い果たしたような様子だったから、あれでイッパイイッパイだったんだろう。レース後半、シートベルトが緩んでいたということだから、それもキツかったのかも知れないが、この人、「万年ナンバー２」の運命からは最後まで逃れなれないんだろうなぁ……。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　それにしても、ブラウンＧＰの強さはホンモノだ。開幕戦のメルボルンも確かに圧倒的な強さだったし、その後の成績を見れば「何を今さら」と思うかもしれないが、ロス･ブラウンの手になるマシンの出来がどんなに良かったとしても、今のブラウンＧＰが自動車メーカーの支援を受けない……、それどころかロクなメインスポンサーすら持たないプライベートチームであることに変わりは無い。もちろん、今季の参戦費用については、ホンダからの少なからぬ補償金で賄われているのだから、あの白い、カッコ悪いボディーが示すほどにはお金に困っていないのだろうが、仮にホンダからの「補償金」（手切れ金？）が巷でウワサされているように１００億円近くあったとしても、それって他のトップチームに比べれば、決して多い予算ではないはずだ。</p>

<p>　今シーズンのＦ１を見れば、ブラウンＧＰやレッドブルが活躍し、かなり金欠なはずのウィリアムズなんかも、そこそこ速かったりして「以外とＦ１はお金ばかりじゃないんだなぁ」と改めて新鮮な気持ちになったりするが、とはいえ、お金があると無いでは大違いだ。出だしで完全に躓いたフェラーリやマクラーレンはもちろん、「惜しいトコ」まで来てたように見えたトヨタやＢＭＷが潤沢な資金と自動車メーカーの意地をかけて開発にムチを入れてきたとき、開発予算にも限りがあるはずのブラウンＧＰが本当に優位を守れるのか？　それとも、序盤の活躍で大口のスポンサーを見つけて、ヨーロッパラウンドからは資金力でもトップチームと肩を並べることができるのか？　シーズンの三分の１あたりが過ぎた頃には、その辺が見えてくるだろうと、興味シンシンだったのである。</p>

<p>　で、結論から言えば、ブラウンＧＰは依然ライバルに対してシッカリとした優位を保っていると今回のモナコを見て感じた。もちろん、ライバルとの差は少しずつだが詰まっている。例えば、今回のフェラーリ。スペインＧＰからのアップデートでＦ６０Ｂとなったマシンは確実な進歩を示しており、レース中のペースはブラウンと同等の速さを見せたシーンもあった。予選での戦い方やタイヤの使い方がもう少し向上すれば、フェラーリ復活をアピールする日も近いだろう。一方、序盤戦、ブラウンを追う存在だったレッドブル、トヨタ、ＢＭＷはモナコのコースにかなり苦戦していた、中でも特に酷かったのが、トヨタとＢＭＷで、予選では日独の自動車メーカー直営チームが予選最後尾と後ろから２列目を独占！　完全にアタマを抱えている状態だった。</p>

<p>　超低速で路面コンディションも独特なモナコは、一般的に空力よりもメカニカルグリップが重要なコースと言われている。いかに４輪を安定して設置させ、滑りやすい路面で確実にトラクションを得ることができるか？　が勝負となるわけで、エアロダイナミクスへの依存度が高いマシンはそのあたりの弱点が露呈しやすい……とブリヂストンの浜島氏。そんなモナコの特性がここ数戦とは異なる「戦力地図」を描き出したのだとすれば「スペインでもモナコでも、圧倒的に速かった」ブラウンＧＰのマシンが、いかに空力とメカニカルグリップを高いレベルで両立させた「傑作」であるかが分かるだろう。同じ、ロス･ブラウン作のマシンということを別にしても。モナコのコースを優雅に走り抜ける、その姿が全盛期のフェラーリと重なって見えたのは、決して僕だけではないはずだ。</p>

<p>　それではブラウンＧＰに死角はないのか？　僕はやっぱり「お金」のコトが心配だ。メインスポンサーになると思われたヴァージンとの本契約に向けた交渉は、少なくとも外から見る限り一向に進んでいないように思われるし、それほどの資金が出ているとも思えない。一部のメディアでは「ブラウンＧＰは他の大企業と交渉中で、ヴァージンも他チームに移るかも」という報道も流れている。まぁ、本当にアテがあるなら、別にヴァージンじゃなくてもいいのだが、来季のバジェットキャップ制（各チームの予算総額を最高４０００万ポンドに制限するというＦＩＡの新レギュレーション案）を巡るモズレーとチームの対立や、世界経済の状況を停滞ぶりを考えると、いくらブラウンＧＰが強くても、すんなりと大口スポンサーがつくほど、世の中甘くないような気がする。</p>

<p>　仮にホンダからもらった今年の予算が１００億円あったとしても、それで来季のマシン開発を賄う余裕は無いはずだ。来季に向けたマシン開発は通常、夏前には本格的にスタートしなければならないし、素晴らしいマシンで既にポイントで大きなリードを築いたとはいえ、これから追い上げてくるライバルたちと戦うためには、今シーズン中のマシン開発も手を緩めるわけには行かないだろう。あの、白ベースに蛍光イエローと黒のどーしようもなくダサいカラーリングのままで、シーズン末まで戦うようなことになれば、さすがに苦しいんじゃないかと思うのは、果たしてお節介だろうか？</p>

<p>　来季のレギュレーションがどう落ち着くかにもよるが、Ｆ１は技術とお金の両輪が揃わなければ進まない。素晴らしいマシンで破竹の快進撃を続けるブラウンＧＰではあるが、今のままでは「不完全な、もしくは不自然なチーム」であることが、僕はどうも気になってならないのだ。</p>]]>
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