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<title>コラム_スポーツ：九州スポーツ担当日記</title>
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<title>ものすごい遼くんフィーバー</title>
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<summary type="text/plain">　うわさには聞いていたが、これほどすごいとは…。今週から福岡で開催されているバナ...</summary>
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<![CDATA[<p>　うわさには聞いていたが、これほどすごいとは…。今週から福岡で開催されているバナＨ杯ＫＢＣオーガスタの取材に来ている。「ハニカミ王子」石川遼クンも出場。何がすごいって「遼くんフィーバー」のすごさといったら。この大会を何度か取材しているが、目を見張るばかりなのだ。</p>]]>
<![CDATA[<p>　クラブハウスを出て目の前には練習グリーンがある。ふと見ると、練習グリーンを囲んで大きな人垣が出来ている。ギャラリーの視線の先には、パットの練習をする遼くんの姿が。とにかく、コースに出ていても、練習していても、クラブハウスに向かうときも、遠目から見てもどこに遼くんがいるかがすぐわかる。何台ものカメラと報道陣とファンの大きな人の山が遼くんを中心に移動するのだ。本戦だけなら納得いくが、試合前の練習ラウンドからその状態。大きな人垣が遼くんを囲んでいた。</p>

<p>　けれど、当の遼くんは平気な顔。カメラを向けられても笑顔を見せ、インタビューでは自分の言葉で堂々としゃべる。ちょっと前まで甲子園で取材していた高校球児と同じ高校生だ。しっかりしてるなあ～。いくら注目されることに慣れてるといっても、１６歳の少年にとってはさぞかしストレスになるだろうに。遼くんを見れば見るほど、感心するばかりだ。</p>

<p>　初日のギャラリーの数は２３０７人。前年は好天で１３２７人だった。今年は雨風が吹き付けた悪天候にもかかわらず昨年より１０００人増、という数字でも遼くん人気のすごさがわかるというもの。前売りは例年の２倍の売れ行きで、主催者側は駐車場も例年よりも大幅に確保し、遼くんフィーバーに備えている。</p>

<p>　実は、報道陣にも「遼くんフィーバー」の影響が襲った。例年、クラブハウスのレストランで食べる食事が記者の間でも評判だったのだが、今年は報道陣の数が増加したためレストランが使用できず、食事は主催者側が用意するお弁当となった。ううう、食事が大きな楽しみの１つだったのだが。記者の食事にまで影響するとは…、遼くん人気おそるべし。１６歳のプロゴルファーのすごさを身をもって感じてしまった。</p>]]>
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<title>個の力があってこそ…</title>
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<![CDATA[<p>　北京五輪もいよいよ終盤戦に突入。普段担当しているサッカー以外にも、様々な競技をテレビで見る機会が増えるこの時期、日本の球技のスケールの小ささを痛感しています。</p>]]>
<![CDATA[<p>　初の金メダルを目指しているソフトボール。ガッチリとした体格のバッターが中軸に座る米国、豪州などに対し、日本は判を押したように１番から左打者が並んでます。巧打者ぞろいの左打線なんでしょうが、準決勝では、米国が誇る長身サウスポー２人の前に凡打の山を築き、守っては米国の巨漢４番に豪快な本塁打をたたきこまれてました。</p>

<p>　その試合を見て、先日、我が家で起こった珍事を思い出しました。家族４人でバッティングセンターに行くと、高校時代にはソフトボール部に所属していた妻が左打席で悪戦苦闘。左腕に力が入ったスイングは波を打ち、なかなか打球が前に飛びませんでした。高校時代に変更した左打ちだが、あまりにバラバラなスイングに「そんなに左腕に力が入るなら、右打ちの方がいいよ」。そう声をかけると、素振りをしないままでも１球目から快音を連発。２０年近く無理矢理？　左打ちしていた指導は「なんだったんだろう」と、思わずに考え込んでしまった。</p>

<p>　妻によると、入部した直後から強制的に左打ちを練習させられたとのこと。塁間が短いソフトボールは、一塁に近い左打席が有利だと言われる。確かにそうかもしれないが、人それぞれに腕力や脚力などは違うもの。そのバランスを考慮して左打ちになるのは分かるが、妻の件からしても、ソフトボールは左打ちが有利だからというイメージからくる指導が、あまりにも先行してしまっているようだ。</p>

<p>　北京五輪の代表を見ても、米国のサウスポーと力勝負できるような豪快な右打者は不在なようだ。あまりにもメンバー構成が「左打ちの巧打者」に偏りすぎているように感じた。選手の個性を伸ばして「すごい打者」にするのでなく、「いい打者」というイメージにあてはまる選手ばかりを育ててきた弊害のように思えてならなかった。</p>

<p>　３戦全敗で敗退したサッカー男子の選手の多くは「通じたところもあった」と、日本の組織力には手応えを見せていたが、それだけでは世界で勝てないこともはっきりした。大分ＤＦ森重は「個人のところで世界との差がはっきり分かった」と、１人１人の力量がベースになることを痛感していた。日本の組織力は魅力だが、あまりにも偏った指導で選手の個性を消してはいないか。そんなことを思い知らされた北京五輪だった。</p>]]>
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<title>高校野球と家族のきずな</title>
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<![CDATA[<p>　甲子園も３回戦まで進み、続々とベスト８が決まっている。九州、沖縄、山口の地元勢も悲喜こもごもの試合を繰り広げている。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　初戦で敗れた佐賀商の津田捕手は、取材を受けながらポツリと言った。「おじいちゃんとおばあちゃんにいい報告がしたかったけど、だめでした」。祖父母が大好きだったという津田。いつも野球を見に来てくれていた祖父は中学時代に亡くなり、祖母は夏の大会前に亡くなった。津田は２人の写真を部屋に飾り、朝晩手を合わせていたという。試合当日にはバッグに写真を入れてベンチ入り。だが、２人に勝利を見せてあげることはできなかった。</p>

<p>　「野球の神様が私たちにプレゼントしてくれたって思うんですよね」。飯塚のエース辛島の祖父・弘明さんは誰よりも孫の甲子園出場を喜んでいた。３０年にわたって少年野球リーグの運営に携わってきた祖父と、辛島の中学時代、毎日車で３０～４０分もあるグラウンドまで送り迎えをしてきた祖母。ずっと野球にかかわってきた２人に神様は「孫の甲子園出場」という最高のプレゼントをくれたのだと、弘明さんは話してくれた。「甲子園まで連れてきてくれて、本当に感謝していますよ」と言っていたのは宮崎商のエース赤川の父典夫さん。敗れはしたものの、延長まで投げ抜いた息子を誇りに思っているだろう。「県大会からずっと投げてきて疲れてるだろうと思う。もういいから、本当は代えてもらいたいんですよね」。あるチームのエースのお父さんはマウンドで黙々と投げ続ける息子を見ながらポツリ。チームの勝利よりも、何よりも息子が大事。これもまた偽りない親心だろう。</p>

<p>　甲子園で取材をしていると「家族のきずな」をひしひしと感じる。小さい頃から野球に打ち込む選手をずっと見守ってきたのは家族だ。地方大会などでスタンドに取材に行くと、選手のお母さんたちに「お茶どうぞ」とか「暑いでしょう。大変ですね」と冷たい飲み物をいただいたりする。いくら我が子のためとはいえ、炎天下のスタンドでずっと見ているお母さんたちの方が大変ですよ、とあるお母さんに話したことがある。「息子が暑い中頑張っているんですからね。私たちは見ることしかできませから」とそのお母さんは笑って言った。</p>

<p>　親が子、子が親を殺すという信じられない悲惨な事件をよく目にする最近の日本。だけど、高校野球を見る限り、家族のきずなはまだなくなっていない。アルプスで応援する家族を取材するたび「日本はまだ大丈夫。捨てたもんじゃないぞ」と心の中でつぶやいている。<br />
</p>]]>
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<title>元アスリートが歌う応援ソング</title>
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<summary type="text/plain">　アスリートの心をつかんでいる歌がある。タイトルもスバリ「勝利ノウタ」。広島出身...</summary>
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<![CDATA[<p>　アスリートの心をつかんでいる歌がある。タイトルもスバリ「勝利ノウタ」。広島出身の男性２人組ユニット、ＧｉＦＴ（ギフト）が昨年１１月に発表したメジャーデビューシングルだ。弱気心を捨て、困難な道にもあきらめず、信じた道を進んで行こう。そして、勝利の歌を歌おうよ―。そういった内容の歌詞が、メロディーに乗って伝えられている。</p>]]>
<![CDATA[<p>　今シーズン途中からホーム九石ドームでＣＤを流し始めたＪ１大分は、そこからホーム公式戦は８戦７勝１分けの無敗。野球の北京五輪日本代表、星野監督が若者の成長と夢の実現を支援するために主宰する「ホシノドリームズ・プロジェクト」の応援ソングにも起用され、プロ野球巨人の高橋尚投手が、打席に向かうときのテーマソングにも採用されている。</p>

<p>　メジャーデビュー前の０５年には、リュ・シウォンに楽曲提供した「桜」が、日本レコード大賞・大衆賞を受賞。その後、インディーズで活躍していた２人が、メジューデビュー作に起用したのが、この「勝利ノウタ」だった。竹本洋介は、昨夏の甲子園でも準優勝した広島の名門、広陵高の野球部出身。松田幸治は、中学時代に陸上で県大会出場経験があるアスリート。そんな２人が、世界陸上をテレビで見ているときに「ふっと（頭の中にメロディーが）降りてきた」（竹本）曲が、この「勝利ノウタ」だという。</p>

<p>　５日、ギフトの２人は大分の練習場を訪れ、シャムスカ監督と対面した。「プレーヤーのみならず、スタッフのみなさんの気持ちを１つにして戦って、１位を目指して頑張っていただきたい」（松田）とエールを送った。アスリートの苦しみ、困難を知る２人だからこそ、アスリートの心をつかんだ曲ができた。そう思えた瞬間だった。</p>]]>
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<title>佐賀大会の「ベストファミリー賞」</title>
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<summary type="text/plain">　前田記者が高校野球名鑑（８月２日付掲載です。お楽しみに）作成中につき、代打しま...</summary>
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<![CDATA[<p>　前田記者が高校野球名鑑（８月２日付掲載です。お楽しみに）作成中につき、代打します。</p>]]>
<![CDATA[<p>　高校野球の取材に向かうタクシーの中で「息子さんが出るんですか？」と聞かれるのは、もはや恒例の記者。実は独身アラフォーなので、スタンドで取材する本物のお母さんには、かなわないと思うことばかりだ。この夏、佐賀大会の取材で出会った、Ｈ選手一家には「ベスト・ファミリー賞」を差し上げたい。</p>

<p>　シード校の中軸、Ｈ選手に「打撃の参考にしているのは？」と聞くと「お母さんの作るＤＶＤ」という答えが返ってきた。小学時代から、母は息子の試合をビデオカメラで撮影してきた。最初は８ミリからＶＨＳへの編集だったが、高校に入るとＤＶＤに。１００枚を超えるディスクの中から、調子の良い時の打撃を見てはフォーム修正に役立ててきた。</p>

<p>　ＤＶＤレコーダー草創期からドラマの編集に凝っている記者は、野球への効果よりも映像の編集方法に興味がわいた。Ｈ選手は「うちでは８ミリと録画機をラインでつないで、延々、試合の映像をそのまま流しながら移して、ＤＶＤに焼いています」と説明してくれた。試合時間が２時間なら２時間、３時間なら３時間、茶の間のテレビに高校野球が映り続ける。「ほかの人は、別の番組見たいとか、言わないの？」と、子供時代のチャンネル争いを思い出しながら尋ねると、笑われてしまった。「留守番の、ばあちゃんが一番楽しみに見てくれる。誰も文句言いません」。</p>

<p>　夏の初戦、Ｈ選手の母はビデオを持っていなかった。「今日はテレビの中継が、あるけんですね」。地元テレビ局の生中継を録画するため、自宅では前の試合の延長に備えて、２台のビデオデッキがフル稼働。「一番長いテープを、両方のデッキに３倍で仕込んできました」と、準備は万端だ。ＤＶＤを作るのは楽しいですか？　と聞くと「息子を録るのに夢中で、試合の内容は意外と覚えていないもんです。みんなで一緒に、ここはこげんやった、あげんやったと話すのが、家族の団らんにもなりますね」。Ｈ選手の祖母は、元呉服店勤務の和裁名人。少年野球時代から必ず、ユニホームの背番号を縫い付ける役目だ。「もう８０歳近いので、一応、真っすぐに縫えているか、こっそりチェックするけど（笑い）曲がってませんね。ストッキングの穴も、縫ってふさぐんじゃなくて、新しい糸とほつれた所を編み合わせてくれるので、長持ちします」。この話をする母の胸は、心なしか自慢げに張っていた。</p>

<p>　祖母が背番号を付けたユニホームは試合前夜、中学時代に亡くなった祖父の仏壇に供えられる。「あの子（Ｈ選手）は小学生のころから力が強かったから、おじいちゃんをトイレに連れて行ったり、介護を手伝ってくれたんです。毎朝、仏壇をおがんだ後に、おばあちゃんと握手して出掛けています」。私とは話さんけど、と言いながらも、母はうれしそうな表情だ。佐賀大会開会式の日、帰宅したＨ選手は真っ先に祖母に声をかけた。「みどりの森（県営球場）にはエレベーターも、車いすで見られる場所もあったけん、ばあちゃん、応援に来て！」。足腰に不安があり、周囲の負担を心配していた祖母が「決勝に出たら」と外出を決意した。Ｈ選手は４強で敗退し、約束は果たせなかったが、家族全員で高校野球に打ち込む姿は、印象に残った。物欲に走り、実家の仏壇参りを後回しにしがちな記者は、人間としてＨ選手一家に教わるものが多かった。</p>]]>
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<title>だから、白球を追いかける</title>
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<modified>2008-07-24T10:38:11Z</modified>
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<summary type="text/plain">　日田林工の優勝で幕を閉じた今夏の全国高校野球大分大会。１９日に行われた準決勝で...</summary>
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<![CDATA[<p>　日田林工の優勝で幕を閉じた今夏の全国高校野球大分大会。１９日に行われた準決勝で、１人の名将がグラウンドを去っていった。日田林工と藤蔭の２校を、春夏通算５度の甲子園出場に導いた藤蔭の原田博文監督（６２）。日田林工時代には源五郎丸洋（元阪神）、藤蔭では森章剛（日本ハム）を育てた指導者だ。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　日田林工監督就任４年目の７３年夏、甲子園に初出場。７６年春のセンバツでは４強に導くなど、その名を全国にとどろかせた。９０年に藤蔭の監督に就任し、その夏にもいきなり甲子園出場を果たした。「藤蔭の最初と最後を甲子園で飾りたい」。勇退を決めて臨んだ今大会。１８年ぶりの夏切符まで「あと２勝」に迫っていたが、９回逆転サヨナラ負けで、その夢は絶たれた。<br />
　球場脇の木陰で円陣を組んだ試合後のミーティング。涙を流す選手に、原田監督は、こう言葉をかけた。「甲子園というのは２つあると思う。『心の甲子園』というのが。君たちは、最後まで立派に戦った」。甲子園切符に劣らない財産を選手たちが、この大会で手に入れたことを最後に伝えていた。<br />
　通算６度目の甲子園に届かなかった原田監督は、これまでの３９年の長いキャリアを思い起こすように口にした。「甲子園というのは、近そうで本当に遠い夢。でも、だからこそ、甲子園という夢を追いかけてきた」。９０回の記念大会。白球を追いかける球児、そして指導者たちの夢の大きさをあらためて感じた夏だった。</p>]]>
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<title>普通の高校生に戻っていた</title>
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<summary type="text/plain">　沖縄尚学が沖縄大会決勝で敗れ、春夏連覇の夢が消えた。センバツでは頂点に立った沖...</summary>
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<![CDATA[<p>　沖縄尚学が沖縄大会決勝で敗れ、春夏連覇の夢が消えた。センバツでは頂点に立った沖縄尚学ナインも夏の甲子園は永遠の夢に終わった。沖縄尚学だけではない。センバツ決勝で戦った聖望学園、準決勝で対戦した東洋大姫路も地方大会で姿を消した。春夏連続出場がいかに難しいか、プレッシャーがどれだけきついか、改めて知らされた。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　センバツ優勝してからの沖縄尚学ナインの周囲は、それは大変だったという。センバツ後１カ月は報告会や祝賀会でほとんど練習らしい練習も出来なかった。主力選手が祝賀会だ、取材だとほとんど練習に出られない中で、控え組は黙々と練習していた。「主力と控えでチームが２つに分裂することが一番怖かったです。比嘉（公也）先生（監督）にもそれを言われていました」と西銘主将はセンバツ後、チームのまとまりに一番心を砕いた。エース東浜はセンバツから帰ってきて、那覇市内に買い物に出ることも出来なくなった。「必要は物は全部親に買ってきてもらいました。整体とかに行くときは大変でしたけど」と東浜は話していた。夏の大会でも、試合後Ｖナインを一目見ようと詰めかける人たちのために数人の部員が選手の周りを囲み「観客整備」に当たっていた。</p>

<p>　期待と注目を一身に浴びた夏。決勝戦は１万１０００人の観客で外野スタンドまで満員だった。相当なプレッシャーがあったのだと思う。敗れてひとしきり泣いた後の沖縄尚学ナインはみんな晴れ晴れとしていた。グラウンドで記念写真を撮ったり、スタンドの仲間と話したり「Ｖナイン」の呪縛が解けて、普通の高校生の顔に戻っていた。「負けて悔しいけど、重圧から解放されたという気もします」と話した東浜の言葉がナイン全員の本当の気持ちだと思う。</p>

<p>　「この１年ずっと続いてきた感じだったけど、これでやっと終わった気がします」と言ったのは佐賀大会で敗れた昨夏の優勝校・佐賀北の百崎監督。佐賀北、沖縄尚学ナインには本当にお疲れさまと言いたい。普通の高校生ではありえない環境の中で頑張った日々は、きっと、彼らの今後の人生に大きな糧となると信じたい。（前田泰子）</p>]]>
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<title>前田これぞ“髪技シュート”!?</title>
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<modified>2008-07-09T08:56:47Z</modified>
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<summary type="text/plain">　“髪がかり”的な活躍というべきだろうか。大分ＦＷ前田が絶好調だ。７月２日のナビ...</summary>
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<![CDATA[<p>　“髪がかり”的な活躍というべきだろうか。大分ＦＷ前田が絶好調だ。７月２日のナビスコ杯決勝トーナメント第１戦、東京戦と６日のリーグ京都戦で、自身プロ初の公式戦２試合連続ゴール中。「いま、コンディションが上がってきてるんで」。自らの言葉通り、リーグ前半戦で決定力不足と言われた大分ＦＷ陣で奮闘している。</p>]]>
<![CDATA[<p>　その前田の活躍の裏で、何かと注目を浴びているのが髪型だ。アウェーでの千葉戦を翌日に控えた５月１６日。さらさらで、きれいな金色に髪を染めた前田が前日調整でクラブハウスに現れると、選手、スタッフは大爆笑。「（プロレスラーの）高山だ」（注＝記者には上田馬之助に見えたが…）とか、「似合わない」と言われ、シャムスカ監督からはミーティングで「広島から移籍してきた柏木選手です」とからかわれた。周囲のあまりの冷たい反応に、昼に遠征先の千葉出発が控えていたにもかかわらず、午前練習後、遠征出発までの時間（２時間弱しかなかったが）で髪の染め直しを敢行。今の好調ぶりを示すような？　決断と行動力の速さだった。</p>

<p>　その試合後、パーマを当て直し、往年のサッカー選手「バルデラマ」風の風ぼうに記者たちもようやく見慣れてきたところだったが、７月２日の東京戦は一転してストレートの黒い髪で登場。前日１日の練習から、またも一瞬にしてヘアスタイル変更に踏み切った。</p>

<p>　その試合で決めた先制ゴールは、相手ＤＦと競り合ったこぼれ球を、難しい態勢からボレーで押し込んだ技ありゴールだった。京都戦では、新スタイルの頭で決めた。今の前田にとっては神技じゃなくて“髪技”ゴールというべきの千金弾の連続。まさに“髪がかり”的な活躍だ。東京戦後に「しばらくこの（黒髪）ままで」。新スタイルに手応えを見せた前田が、さらにゴール量産を狙っている。</p>]]>
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<title>雑草たちのリベンジの夏</title>
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<modified>2008-06-30T16:01:52Z</modified>
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<summary type="text/plain">　「自分が東京ドームに行くなんて、誰も思ってなかったっすよ。アイツがってびっくり...</summary>
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<![CDATA[<p>　「自分が東京ドームに行くなんて、誰も思ってなかったっすよ。アイツがってびっくりされますよ」。２度目の都市対抗出場を決めた熊本ゴールデンラークスの井口貴文はそう言って笑った。第２代表決定戦の日産自動車九州戦に指名打者でスタメン出場した。</p>]]>
<![CDATA[<p>　人生なんてどう転ぶかわからない。佐賀の龍谷から明大に進んだ。高校時代には九州大会まで経験したが、大学でのリーグ戦出場は代打の１打席だけ。「特に３年になってからはまったくやる気もなくて、ほとんど練習もしてなかったですね」と話す。それが熊本ゴールデンラークスに入部して「もう１度野球をやるチャンスを与えられた」と気持ちをリセットして真剣に野球と向き合った。チームは創部２年目で都市対抗初出場。今年、２年連続の出場切符を得た。井口も２年連続で東京ドームに立つチャンスをつかんだ。</p>

<p>　井口に限らず、このチームには変わった経歴を持った選手も多い。大学を中退して入部した選手など、決して「エリート」とは呼べない選手が集まり野球の夢を追っている。だからか、チーム全体にスマートではないが、たくましく泥くさいムードが漂う。選手からは「野球をやる喜び」がプレーにあふれている。「野球をやらせてもらって恩返ししたい」という選手の言葉を何度か聞いた。</p>

<p>　選手はほとんどが、チームの母体であるスーパーの売り場に立つ。鮮魚売り場で魚をさばいたり、青果売り場で野菜を売ったりしている。接客の相手は百戦錬磨の主婦のおばちゃんたち。「野球よりもお客さんの方が怖いです」なんて言う選手もいる。大会に出場している時も、日程的に数日間空きがあれば職場に戻ることもあるそうだ。昨年はそんな話題と目新しさから話題になったが、今年はしっかり実力を備えたチームとして周囲から認識されてきた。</p>

<p>　２度目の今年はどんな戦いを見せてくれるだろう。「昨年は訳がわからないまま終わってしまった。今年はしっかり勝利を狙いたい」。エース香月良仁は言った。雑草たちが全国をアッと言わせるような快進撃を見せてほしいと、ひそかに期待している。</p>]]>
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<title>２人のＤＦモリシゲマサト</title>
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<summary type="text/plain">　ＤＦモリシゲマサトがいるチームは？　そんな質問に、みなさんは「どこ」と答えます...</summary>
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<![CDATA[<p>　ＤＦモリシゲマサトがいるチームは？　そんな質問に、みなさんは「どこ」と答えますか。ほとんどの方が「大分トリニータ」と答えるでしょう。ところが、トリニータでないチームに「ＤＦモリシゲマサト」がいるんです。そのチームが６月１９日、大分と練習試合を行いました。</p>]]>
<![CDATA[<p>　この試合、Ｕ－２３日本代表の親善試合で足を痛めた大分のＤＦ森重真人（２１）は、大事を取って欠場。ところが、対戦相手の九産大で２２歳の「モリシゲマサト」選手が出場しました。漢字で書くと「森重雅人」と、ひと文字違いですが、北京五輪代表候補と同姓同名。ポジションも同じＤＦというのには、さすがに驚きました。</p>

<p>　ところが、このモリシゲマサト選手。大分とはさらに深い縁でつながっていました。前所属は大分トリニータユース。ＧＫ西川やＭＦ梅崎（現浦和）と同期としてプレーしていたというから、さらにまた驚きです。西川や梅崎は、ユースではＤＦ森重雅人選手とプレーし、トップではＤＦ森重真人選手とプレーしたことになるんですね。こうやって書いているうちに、記者の頭の中もこんがらがってきました。</p>

<p>　さらに、おもしろい話をもうひとつ。大分の森重真人は、もともと守備的ＭＦが本職。プロ２年目の昨夏にＤＦにコンバートされ、能力を一気に開花させました。九産大の森重雅人選手も、中学時代まではＧＫが本職で、ＤＦは大分ユースで本格的にコンバートされたポジションだそうです。名前だけでなく、コンバートされてＤＦとなって経緯までそっくりです。</p>

<p>　森重真人選手と森重雅人選手は、西川を通して面識はあったようですが、この日は残念ながらツーショットを見ることはできませんでした。「じゃあ、来年、大分に入団して『モリシゲマサト・ダブルＤＦ』を見てみたい」。そういう思いにもかられますが、森重雅人選手は「卒業後は就職して、サッカーはもうやらない」と決めているそうです。九産大は７月、総理大臣杯全日本大学選手権に九州代表として出場します。森重雅人選手は「大学日本一」を目指し、森重真人選手は選出が期待されるＵ－２３日本代表で「五輪金メダル」を狙う。２人のモリシゲマサトの熱い夏が、もうすぐ始まります。</p>]]>
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<title>あるぞ、宮古から甲子園</title>
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<summary type="text/plain">　高校野球が幕を開けた。沖縄では開幕戦がいきなり引き分け再試合。今年の夏も、昨年...</summary>
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<![CDATA[<p>　高校野球が幕を開けた。沖縄では開幕戦がいきなり引き分け再試合。今年の夏も、昨年以上に何かすごいことが起こる予感がする。</p>]]>
<![CDATA[<p>　今年は離島勢が面白い。２年前に甲子園で旋風を起こした八重山商工は優勝候補だったシード校の中部商をコールドで撃破。中部商の盛根一美監督は「甲子園にかける思いの強さは本島の子の比じゃないぐらい強いですね」と八重山商工ナインの勝利への執念を感じたという。離島勢は８校中５校が２回戦進出を決めた。「相手が離島の学校だから勝てるなんていうのは今や間違いですよ」と本島のチームの監督は話していた。</p>

<p>　離島勢の中でも楽しみなチームが出てきた。開幕戦で浦添工と延長１５回引き分けの熱戦を演じ、翌日の再試合で見事に勝利を決めた宮古だ。指揮を執るのは那覇商を甲子園に導いた神山昂監督だ。「島の子たちは本当に能力が高いんですよ。１回教えたらすぐできちゃうんですから、びっくりですよ」と４月に赴任して、驚きの連続だったという。</p>

<p>　実力のある子はほとんどが島外に出て行ってしまう環境で、残った選手の野球に対する意識も高くはなかった。甲子園出場経験を持つ監督の練習に耐えられるのだろうか、と思ったのだが、試合中の選手の表情でその考えは消えた。みんなすごく楽しそうなのだ。イニングの交代ごとに集まり、ベンチ前で神山監督を囲んでニコニコしている。「野球って楽しいだろう？　おれは野球を３０年以上もやってるけど、こんなシビれる試合をやれて楽しくて仕方ないよ」と神山監督は再試合のときずっと、選手に話しかけていた。</p>

<p>　八重山商工の甲子園出場が島の選手の大きな励みになったことは確かだ。そして「うちの島からも甲子園へ」という地元のムードの高まりがチームを後押しする。</p>

<p>　本島から単身赴任で宮古島で暮らしているという神山監督。本島とも全く違う島の風土や習慣に驚かされながらも「専用のグラウンドもあるし、楽しくやっていますよ」と話してくれた。「宮古のチームで勝ちたいんです」とエース垣花慶彦はきっぱりと言った。もしかしたら、宮古から甲子園出場という夢がかなう日も、そんなに遠くはないかもしれない。</p>]]>
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<title>Ｊリーグも「難」から「軟」へ</title>
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<summary type="text/plain">　Ｊ２福岡が、遊技機メーカー大都技研（本社、東京）から支援を受ける方向で進めてい...</summary>
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<![CDATA[<p>　Ｊ２福岡が、遊技機メーカー大都技研（本社、東京）から支援を受ける方向で進めていた交渉に、Ｊリーグが「難色」を示した。自粛対象業種であるという理由からだ。Ｊ２熊本でも、酒造会社のユニホーム胸スポンサーの問題が起こったことが記憶に新しい。大分もＪ１で唯一、胸スポンサーが空白のまま戦っている。地方クラブの経営の難しさがここにきて、また浮き彫りになってきた。</p>]]>
<![CDATA[<p>　スポンサー問題で、いつも問題となってくるのが「自粛」という言葉だ。福岡も自粛対象業種であることは分かっている上で、Ｊリーグに伺いを立てた。グレーゾーンだが、完全なレッドゾーンとは規定されていない。そのあいまいな規定にすがらなければならないほど、経営的に厳しい立場に立たされているということだ。それでも、Ｊリーグの答えは「難色」だった。それならば…。ダメだという答えをいつも出すのならば「自粛」という言葉を使わず、最初から「禁止」という規定にすればよかったのではないだろうか。</p>

<p>　Ｊリーグが自粛の理由にいつも上げるのが「青少年の健全育成」のためだということ。青少年の健全育成にふさわしくない業界は受け入れられないということだ。だが、大分のユニホーム胸スポンサーを外れ、スペシャルスポンサーになった会社は、プロ野球のヘルメットスポンサーになってブラウン管に写っている。そのヘルメットを見た青少年が、すぐにパチンコに興じるとは私は考えづらい。</p>

<p>　パチンコメーカー、あるいはホール業だから「いい」「悪い」という基準で語られることもあるが、すべては、Ｊリーグの「あいまい」な規定が起因しているように思える。「自粛」というグレーゾーンを設けてしまったＪリーグに問題はないのか。我那覇問題でのＪリーグの対応も、世間からみたら不可解だ。世間も時代も、Ｊリーグ発足時から変わっている。その時代、時代にあった対応が必要だと思うが、Ｊリーグはその流れに乗れていないよう思える。グレーゾーンを頭ごなしに「ダメ」とするＪリーグに、もうちょっと「柔軟」な姿勢を見せてほしい。</p>]]>
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<title>出会いが生んだ初優勝</title>
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<summary type="text/plain">　人生にはいくつかの出会いがある。出会いの大切さを思わせる優勝だった。...</summary>
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<![CDATA[<p>　人生にはいくつかの出会いがある。出会いの大切さを思わせる優勝だった。</p>]]>
<![CDATA[<p>　九州のアマチュアゴルファーのトップを決める九州アマチュアゴルフで、２３歳の方志憲二が大会史上初のアンダースコアでの優勝を決めた。この優勝の裏には九州トップアマの尾家清孝さんとの大きな出会いがあった。</p>

<p>　尾家さんは九州では最多６度の九州アマ優勝経験を持ち、８９年には日本アマで優勝。世界アマなど数々の国際大会に出場し、アジア大会では金メダルも獲得した。プロゴルファーも一目置く、九州どころか日本のトップ中のトップアマだ。方志は大学で勉強もゴルフも中途半端で中退したときに尾家さんに声をかけられ、以来“弟子“としてプレーや私生活で面倒を見てもらった。「プレーもそうだけど、社会人として学ぶものが多かった」と方志は言う。方志が驚いたのは、尾家さんの人への接し方だったという。「尾家さんはスコアが９０台の人でも、８０台、７０台でも、自分と同じぐらいの腕の人でもみんな同じ接し方をするんです。普通、上手いひとは『自分は上手いんだぞ』っていう態度になっちゃうけど、尾家さんは絶対そんなことないんです」。尾家さんは現在、後進育成のため日本ゴルフ協会の競技運営部会の委員、ナショナルチーム委員会の副委員長などを務めているが、今回の大会でもその姿勢は見られた。ホールアウトした選手に丁寧に話しかける。ジュニアの選手にも「どうだったか」とか「よく頑張ったな」とか、積極的に話しかけて会話をしていた。</p>

<p>　方志の優勝は、プレーというよりは人間的な向上が大きかったのではないかと思う。優勝が決まると、九州アマゴルフ界ではそうそうたるトップアマが方志を囲み胴上げし、みんなで記念写真を撮っていた。尾家さんの人柄もあるだろうが、尾家さんに真摯（しんし）についていった方志の姿勢もまた、周囲に受け入れられたのだろう。幸運な出会いをしたと思う。</p>

<p>　「明日からまた朝からトレーニングさせないかんなあ」。優勝カップを抱えた方志を見て、尾家さんは言った。それを聞いた方志は「え～っ」と顔をしかめたが、その表情に２人の信頼関係を見ることができた。</p>

<p>　人生にはいくつかの大切な出会いがある。出会いを逃さず、相手を信頼し受け入れれば今までの自分を越えることだって出来る。男女だけではない。友達、師弟すべてで人との出会いは大切にしなければ。取材で人と会う機会が多いだけに、出会った人たちを大切にしたいと思った。</p>]]>
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<title>Ｊ２福岡に反省の「兆し」はない</title>
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<issued>2008-05-26T06:52:29Z</issued>
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<summary type="text/plain">　耳を疑う発言が止まらない。チームは連敗を止めても、Ｊ２福岡のクラブ運営がいい方...</summary>
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<![CDATA[<p>　耳を疑う発言が止まらない。チームは連敗を止めても、Ｊ２福岡のクラブ運営がいい方向に向かっている「兆し」を私は感じ取ることができない。２４日のサポーターとの意見交換会。３００人を超えるサポーターに浴びせた都筑社長の「（５連敗目となったＣ大阪戦は）安心してみていられる負け方だった」という言葉に、プロ球団の社長という自覚は感じ取れなかった。サポーターの存在を完全に無視した発言に、こちらが情けないものを感じた。</p>]]>
<![CDATA[<p>　追試３戦全敗でも続投で一応の決着を見たリトバルスキー監督の去就問題。だが、サポーター、そして選手のクラブへの不信は、修復できないところまで溝を深めたように思う。都筑社長の発言は、さらに続いた。</p>

<p>　「（応援コールを拒否した）サポーターがどんな応援をしようと私には関係ない」。</p>

<p>　「（意見交換会出席は）来いと言われたから、会場にいって話しただけ」。</p>

<p>　クルーク・ヘッドコーチの「無免許運転問題」が明るみにでた２５日の仙台戦当日も、最終的にはベンチ入り自粛した格好となったが、当初のメンバー交換ではベンチ入り登録で発表されていた。試合前、詰めかけたマスコミの多さで事の重大さが分かったように登録が変更されたが、この件に関しても社長の口から反省の言葉はなく、最後は「（問題となったのは）お宅（日刊スポーツ）が書いたからでしょう」と吐き捨てた。報道によって明るみにでてしまったので、しょうがなく対応に迫られた。そういわんばかりの態度に反省の「兆し」はなかった。</p>

<p>　その前夜、意見交換会に出席した私は、あまりの低レベルのクラブ対応、発言に、サポーターとともに失笑した。メディアとして不謹慎な行為とクラブ職員から指摘されたが、社長の発言、対応こそクラブ責任者として不謹慎だといい返した。その言葉は、１日たっても社長の耳には届いていなかったようだ。</p>

<p>　観客があってこそ成り立つプロスポーツ興行だが、今の福岡の経営陣は、会社の存続、経営のものさしだけでクラブを運営しているように見える。意見交換会では、毎回のように「クラブのビジョンを示してほしい」との言葉が上がるが、今回もクラブとしてのビジョンは示されることはなかった。自分の意見として「１０年後にＪ１に定着しているクラブにしたい」と語った田部ＧＭですら「（これから）ビジョンを一緒に作っていきましょう」とサポーターに呼びかける始末だ。プロチームが大きな夢を描き、それに向かって進む姿に共感したサポーターが、文字通りチームをサポートする―。それがプロチームのあり方だと思うが、福岡はそんな夢を自ら描くことすらできないクラグに成り下がってしまった。</p>

<p>　あるＪクラブの幹部は、こう口にした。「Ｊ２で（予算）１０億円以上のクラブは、Ｊ１昇格争いにからむ義務がある」。数多くのスポンサーから援助を受け、サポーターが高いチケット代を払って見に来て成り立っている会社にもかかわらず「負けても安心」発言を繰り出す経営陣の姿勢が変わらない限り、クラブ不信は今後も“続く”だろう。いつになったら福岡が変身する兆しは見えるのか。</p>]]>
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<title>「アラフォー」という言葉を知っていますか？</title>
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<modified>2008-05-19T06:47:50Z</modified>
<issued>2008-05-19T06:47:13Z</issued>
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<summary type="text/plain">　「アラウンド４０」。４０歳前後の世代の人たちを言うのだそうで、テレビドラマのタ...</summary>
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<![CDATA[<p>　「アラウンド４０」。４０歳前後の世代の人たちを言うのだそうで、テレビドラマのタイトルにもなっている。「不惑」を迎えるにあたってこの先の人生を考えたり、若いころ夢に見ていた未来と大きく違う現実の姿を痛感したりと悩み多き世代だ。私自身もアラフォー世代。体力は２０代から明らかに落ちた。シミやシワも目について「アンチエイジング」に興味が出てきた。若さで突っ走ってきたこれまでと明らかに違うと感じる今日このごろだ。</p>]]>
<![CDATA[<p>　この前行われた福岡国際テニスでそんなアラフォー世代の選手を取材した。３７歳でテニス界に復帰したクルム伊達だ。１００メートルを完走できるかどうかも怪しい私から見れば、クルム伊達のプレーは人間わざではなかった。連日、コートを走り回り１０歳以上も年下の選手と対戦する姿に目を見張るばかり。次々と若手選手を破る姿に日本テニス協会の小浦武志強化部長は「伊達は技術が向上した。現役の時には出来なかったプレーを見せることがある。現役の時にこのプレーができればもっと上に行けたのではないか」と舌を巻いていた。</p>

<p>　お肌の老化が気になり出すこの世代。紫外線防止のため忍者のような服装でスタンド観戦する女性が見守る中で、伊達はそんなこと気にすることもなく炎天下で真っ黒になってプレーしていた。伊達が記者会見で言っていた。「年がたつことは輝きを失うことではない。今は２０代にはない充実度があります。年齢を重ねても意識次第で輝いていけると思います」。伊達がプレーしているのは日本テニス界の向上やテニス環境の改善を訴えるためだという。目的を持って突き進む姿が輝いて見えるのだ。</p>

<p>　確かにスポーツ界の「アラフォー」世代を見ると、活躍めざましい。プロ野球では阪神をけん引する金本アニキを筆頭に、パ・リーグの首位打者を走っている山崎武は３９歳、セ・リーグで防御率トップに立っているのも広島の高橋３９歳。４０歳になったばかりの阪神下柳は高橋とリーグトップの５勝で並んでいる。</p>

<p>　クルム伊達は試合後の会見の最後に「伊達さん、穏やかになりましたね」と昔からのなじみの記者に声をかけられた。「私も成長したってことですかね。えへへ」と照れたように伊達は笑った。その笑顔を見ると、年をとるってこともそんなに悪くないかもしれないなと少し思えた。</p>]]>
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