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2009年5月14日

本栖みちヒルクライム17キロ<青葉300・その3>

 国道20号(甲州街道)から県道20号を経て釜無川を渡ると、野牛島西の交差点で国道52号に出る。バイパスである甲西道路の下を走り、増穂町付近からは富士川沿いの身延みち(国道52号)を走って、30キロ先の上沢交差点を目指す。

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甲西バイパス下の国道52号へ入る(山梨・南アルプス市)

 野牛島西交差点を左へ曲がった途端、嵐が吹き荒れ始めた。

 言葉のあやではない。まさしく嵐なのだ。これが追い風だったら文句はないのだが、残念ながら風はおやじの行く手を阻むように、強烈におやじの体目がけて吹き付けてきた。

 この付近は風の通り道なのだろうか。ここを昼間に走るのは3度目なのだが、3度とも向かい風だった。道は平たんだが、向かい風のためにまるでヒルクライムのよう。時速は20キロ前後をいったりきたり。時には10キロを切るんじゃないかということもあった。ヘタレおやじとしては、平たん区間は時間を稼ぐ格好の場なのだが、これじゃ逆に時間を食いつぶしてしまう。

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富士川沿いの国道52号(山梨・身延町)

 無風であれば、ここは広大な富士川を左手に、周囲の山を見渡しながら楽しく走れる区間。それが今や、体を丸めて風の抵抗を減らし、必死にペダルを回す地獄の区間と化していた。

 1人じゃ辛い。誰か仲間を…。

 ちょうど信号で2人になった。2人で先頭を回して行けば、風と闘うエネルギーは半分で済む。ラッキー♪ ところが、お互いに後ろについた途端にズルズルと後退していく。前に出たときの反動か。楽なはずの後ろにいるのに、付いていくことができない。いや、違う。風が強すぎるんだ。

 お互いが離ればなれになったり、近づいて2両連結のトレインとなったりしながら風と闘った。気の遠くなるような30キロだった。少ない信号にもほとんど引っかからなかったことも辛かった。かかった時間は1時間25分。障害物のない一本道なのに、グロス平均時速は21・5キロだ。もし、逆を走ったら平均時速30キロ近くは出るだろう。気持ち良さそうだ…。

 国道52号から離れることになる上沢交差点のコントロールポイント(PC)に着いたのは午後4時前。距離は約160キロ。残りは140キロ。まだまだゴールは遠い。先のことを考えても仕方ないし、とりあえずメシかな。さて、何を食べるかなとコンビニエンスストアのお弁当コーナーへ行ってみたが、選択肢がほとんどない。先行するライダーに食べ尽くされたのか。あるいは時間帯が半端だから品揃えが薄いのか。ともかく、この先30キロ、つまり河口湖付近まで行かないと補給できる所はない。残っていたパスタを食べ、なんとか満腹になりコンビニを後にする。

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富山橋で富士川を渡る(山梨・身延町)

 PCを出て上沢の交差点を左へ曲がり本栖みち(国道300号)に出た途端、真正面にで~んと立ちふさがっている山が見えた。「何だ? あの山。あれを越えるのか?」。とんでもない所までおやじは来ちゃったみたいだぞ。家に帰れる気がしなくなってきた。

 3つの峠を越えてやってきたが、メーンディッシュの峠は160キロを走った今から始まるのだ。

 「本栖まで25キロ」という道標を見た瞬間は思い切り凹んだ。しかし、よく考えるとそれはピークを越えた先の本栖交差点あたりまでの距離だ。上りが延々と25キロ続くわけではない。

 下部温泉郷を右手に見ながら緩やかなアップダウンが続く。JR身延線甲斐常葉駅の手前を右へ行くと左手に道の駅「しもべ」が見えてくる。緩やかだった上りも、このあたりからきつい勾配となってくる。集落が現れてもそれは変わらない。ただ、新しく設計された道なので、とんでもない勾配はない。10%以下の勾配で大きくうねりながら上っていくのだ。

 上り始めてボトルの水が少なくなっているのに気が付いた。集落が点在しているし、そのうち自販機でもあるだろうと気楽に考えていたが、自販機も見つからないまま集落も途切れ、やがて本格的な山道となっていった。貴重品となった水をちびりちびりと飲みながら、ゆっくりと上っていく。勾配は5%から7%ぐらいだろうか。常に上り続けているので脚を休める場所がない。

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本栖みち(山梨・身延町)

 展望が開けるところがあったので下を覗いてみると、おぉ!まさに山岳コース! 向こう側の集落から手前のクネクネ道を上ってきたんだ。達成感を感じる風景だ。といっても、まだ半分も上っていない。その証拠に振り返って行く手を見ると…

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あそこまで上るのか…(山梨・身延町)

 山の中に白い線が見えた。それも上下に2本(写真の黄色い矢印)。「あの道は違う道だな、きっと。林道か何かだろう」と無理矢理納得させようとするが、山の中にそう何本も道があるはずもなく、あのガードレールは本栖みち以外の何ものでもない。先が見えないのも困るが、先が見えるというのはもっと困る。一気に気持ちが萎えてくる。

 本栖みちをおやじが上るのは4度目。初めて上った4年前は休憩だらけだったのだが、2年前の2度目は足つきなしで上れた。ところが昨年は痛恨の1度の足つき。展望台の少し手前だった。4度目の今回は足つきなしを目指したが、ダメだった。展望台の遙か手前で力尽きた。50歳の大台に乗り、体力は後退の一途なのか。

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本栖みち展望台(山梨・身延町)

 少し休憩したら脚も軽くなった。といいながら、ピーク手前2キロぐらいの展望台でもしっかり休んだ。まぁ、急ぐ旅でもないし…。

 南アルプスの山々が一望できる展望台は標高850メートル。ピークの本栖湖は940メートル。あと110メートル上ればいい。長かった登坂もようやく先が見えてきた。

 と同時に、寒さを感じるようになってきた。時刻は午後5時半前後。甲府では25度の夏日だったが、ここから季節は一気に冬になる。寒暖の差が激しいことがこの時期のツーリングの難易度を上げている。寒がりのおやじはもちろん準備万端。まず、アームウオーマーを付け薄手のウインドブレーカーを着て最後の登坂に出発した。

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中之倉トンネル(山梨・身延町)

 あれ? ピークまでこんなに長かった? また休憩する? いや、もう少しだから頑張ろう−などどヘタレな心の葛藤を繰り返す。そしてやっと見えた中之倉トンネル。ようやくピークに着いた!

 トンネルの入口付近は上りだが、だんだんと道は下っていく。軽快にペダルを回して天然クーラーが効きすぎて震えるぐらい寒いトンネルを一気に突破する。そして…

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中之倉トンネルを出ると…(山梨・身延町)

 トンネルを抜けると富士山が待っていた。ここまで頑張って上ってきて良かったと素直に感激する一瞬だ。街灯と標識が邪魔だが…我慢しよう。

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本栖湖と富士山(山梨・身延町)

 このブルベ、実はスタートから180キロ地点のここまで、明るいうちにたどり着けるかどうかも楽しみのひとつだ。また、たとえ着いたとしても絶景が拝めるかどうかは天候次第。ブルベとしては3度目の今回も間に合い、富士山をデジカメに収めることができた。おまけにここからはゴールまではほとんどが下り。ブルベは終わったも同然だ♪

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夕暮れ迫る青木ケ原大橋(山梨・富士河口湖町)

 本栖湖からはまず下り基調。右手にある本栖湖と富士山を名残惜しげに眺めながら、20キロ近くの登坂に苦しんだ鬱憤(うっぷん)を晴らすようにペダルを高速回転させる。青木ケ原大橋を過ぎ、本栖交差点を左折。ここからはアップダウンの富士パノラマライン(国道139号)。樹海の中を精進湖、西湖と過ぎるあたりは下り基調になる。夕闇の中を次のPCの山中湖までひた走るつもりが、鳴沢氷穴付近で小休止。いや、疲れたからでなくて、ボトルの水が切れたからだ。口実かな?

 実は国道139~138号と続く道は、富士五湖道路の富士吉田ICの先の上宿あたりから山中湖手前までの約10キロが上り基調になる。勾配は緩いのだが結構、脚にこたえる。そのせいか、イヤになるほど長く感じるのだ。少しは休まないと、走る意欲が沸いてこない。

 明神前交差点で国道138号を離れ、山中湖方面へUターン気味に曲がる。山中湖の湖畔の道はホテルやレストランが途切れると真っ暗。道幅も狭いし神経を使う区間だ。その真っ暗な中を「ままの森」を上って下ると、最終PCである山中湖平野のコンビニエンスストアに到着する。時刻は午後8時前だった。残りは約80キロ。そのうち20キロ以上が道志みちの下りだ。漕ぐのは60キロ弱でいい。ゴールは近いぞ。

 このころになると気温は10度近くまで下がっていた。最後の峠である山伏峠が残っているが、厳しい上りの距離は2キロ程度。ピークのトンネルで着替えるのも面倒なので、ここでインナーを長袖にかえ、厚手のウインドブレーカーも着込んで山伏峠からの長いダウンヒルに備えた。

 平野の交差点から道志みちに入る。ペンションなどが途切れると周囲は街灯もなく真っ暗。前照灯4つとヘルメットにつけたヘッドライトで前方を照らし、標高1100メートルの山伏トンネルを目指す。

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山伏トンネル(山梨・山中湖村)

 厳しいワインディングを2回こなすと、山伏峠のバス停、そしてトンネルが見えてくる。

 午後8時半前後に最後の峠を攻略した。ここから先の20キロほどはずっと下り。おやじの天国だ。

 道志みちは真っ暗な区間もあるが、カーブごとに街灯があって意外と明るい。たまにしか来ない車は、後方からライトを照らしてくれるので分かりやすい。ただし、タヌキの飛び出しには注意が必要だ。この日も確か道のど真ん中にいて、驚いた。

 山梨から神奈川へ入る月夜野で延々と続いたダンヒルはいったん終了。ここから勾配9%の急坂を上り、青根のアップダウンを越えて青山交差点で国道412号に入る。あとは往路を逆にトレースしてスタート地点のあざみ野へ戻る。

 さすがに山中湖からあざみ野までの80キロを一気に走る体力もないので、一度休憩して甘いものを食べてリフレッシュしてゴールを目指した。

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ゴール(神奈川・横浜市青葉区)

 ゴールは午前0時の少し前。タイムは16時間台だった。

 おやじがこのコースを走るのは3度目。毎年、コースは多少変わっているが、山岳部分は基本的に変わらない。初めて走った3年前は復路の本栖湖から山中湖が土砂降りだったこともあり18時間台。2度目の昨年は道志みちの終盤が雨で17時間台。3度目の今回でようやく晴れとなり、タイムは16時間台。天候やコースへの慣れもあるだろうが、毎年1時間ずつ短縮するという快挙をおやじは成し遂げた♪

 50歳になってもタイムが伸びるなんて…。だから自転車は面白い。<この項終わり>

【電子メディア局 石井政己】


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休日は風になる 〜イベント・レースレポ〜
石井政己(いしい・まさみ)
 1958年10月30日、岡山県生まれ。慶大卒。82年日刊スポーツ入社。広告局、編集局整理部などを経て08年11月より電子メディア局勤務。04年45歳のとき、減量のためMTB「UGO 片山右京モデル」を購入。休日サイクリングを始める。翌05年に小径車「BD−1」、さらに06年にはロードバイク「FELT F5C」購入と自転車熱はエスカレートした。レース初参加となった「日産スタジアムサイクルパークフェスティバル」(06年12月)で3位入賞(といっても9チーム中)。07年からヒルクライム、ブルベなどに参加。体重は自転車をやる前からは約15キロ減。
柴田隆二(しばた・りゅうじ)
 福島県出身の56歳。明大卒。編集局写真部。自転車はスペシャライズド(約13万円)で、自転車歴は6年ぐらい。写真部デスク時代、社内でエアロバイクで運動不足の解消をしている最中に、外に出て自転車をやろうと決意した。いい加減な練習のため(月10日から15日の練習。1日、時速25キロから27キロで休憩をはさみ40キロ)、現在も趣味として続行中。シマノの鈴鹿大会に2年連続参加(20キロ)、「ツール・ド・ちば」には3年連続出場し昨年、初めて3日間389キロを完走し「オヤジでもまだまだやれることを実感」した。3日目には自分の前を走る元F1ドライバー片山右京さんの背中を見つめて約20キロを走る。「千葉ツインレイクエコサイクリング2008」の130キロ佐原コースの手賀沼、印旛沼、利根川サイクリングロードは最高のコースだと走るたびに感動している。

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