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データマン野口の陸上記録のアレコレのイメージ画像

野口純正(のぐち・よしまさ) 兵庫県淡路島生まれ。小学校5年生の時から陸上競技やその記録に興味を持ち始め、以来、陸上競技ひと筋の人生を送る。陸上競技マガジン元編集長。国際陸上競技統計者協会(ATFS)会員。日本オリンピック委員会・専任情報・科学スタッフ(陸上競技担当)。日本陸連では競技運営委員会競技部委員(記録担当)と長距離・ロード特別対策委員会委員を務めるほか、大阪世界選手権・国際グランプリ大阪大会・日本選手権・スーパー陸上では競技場内ミニFM放送の解説を担当。世界的にも高く評価されている記録に関する知識や分析能力だけでなく、陸上競技全般に豊富な見識をもつ。現在、東京学芸大学中長距離ブロックコーチ。当人いわく「10年ほど前までヘッポコ長距離選手」でもあった。

世界選手権あれやこれやの話/その2(コラム最終回)

11年8月23日 [18:46]

 前回の続きです。

【最年長の金メダリストは?】
 01年エドモントン大会の女子円盤投げを制したエリナ・ズベレワ(ベラルーシ)の「40歳248日」が最年長。男子では、99年セビリア大会のマラソンのチャンピオンとなったアベル・アントン(スペイン)の「36歳308日」が最年長です。もしも、今回のテグ大会で室伏広治(74年10月8日生まれ)が金メダルを獲得すれば、「36歳326日」となって、「男子最年長金メダリスト」となります。

 なお、国際陸連では、男子50キロ競歩のみが行われた1976年の試合と女子の3000メートルと400メートルハードルの2種目のみが行われた80年の試合も「世界選手権」と位置づけており、「男子最年長金メダリスト」は、76年の優勝者ベニアミン・ソルダレンコ(ソ連)の「37歳258日」としていますが、このコーナーこでは上記2大会は除外しました。

 金銀銅を含めた「最年長メダリスト」は、男子が「40歳274日」(トロイ・ダグラス、オランダ、03年・400メートルリレー・3位)。女子が「40歳248日」で上述のズベレワ。

 「最年長ファイナリスト(決勝進出者)」は、男子が「45歳244日」(イバン・イバンシッチ、ユーゴ、83年・砲丸投げ・12位)。女子が「41歳302日」(イリナ・ヤッチェンコ、ベラルーシ、07年・円盤投げ・10位)。

 「最年長出場者」は、男子が「46歳85日」(パトリック・ドゥポウイー、仏領ポリネシア、07年・マラソン)。女子は「48歳276日」で、これまた上述のズベレワ(09年・円盤投げ)です。

 【最年少の金メダリストは?】
 個人種目では、03年パリ大会の女子5000メートルを制したティルネシュ・ディババ(エチオピア)の「17歳333日」が最年少記録です。男子では、93年シュツットガルト大会の男子5000メートルで勝ったイスマイル・キルイ(ケニア)の「18歳177日」が最も若い金メダリストになります。なお、リレーも含めると91年東京大会の女子400メートルリレーで優勝したジャマイカのマリーン・フレイザーの「17歳248日」が最年少です。なお、フレイザーは決勝は走りませんでしたが、予選のアンカーを走ったので金メダルが授与されました。

 「最年少メダリスト」は、男子が「18歳318日」(ダーレル・ブラウン、トリニダードトバゴ、03年・100メートル・2位)。女子が「15歳153日」(サリー・バルソシオ、ケニア、93年・10000メートル・3位)。

 「最年少ファイナリスト(決勝進出者)」は、男子が「16歳277日」(イブラヒム・メイテ。アイボリーコースト、93年・400メートルリレー・7位)。女子が「15歳138日」(張文秀・中国、01年・ハンマー投げ・11位)。

 「最年少出場者」は、男子が「15歳156日」(ダーレン・ツルット、モントセラト、95年・100メートル)。女子が「14歳5日」(テハニ・キルビー、北マリアナ諸島、91年・100メートル)です。

【最多出場回数は?】
 過去12大会のうち「10回」も出場した人がいます。ドイツの女子円盤投げ選手のフランカ・ディーチュとポルトガルの女子競歩選手のスザナ・フェイトルです。ともに91年東京大会から09年ベルリン大会まで10大会連続出場。

 ディーチュは、ベスト記録が99年の69メートル51で、99年セビリア大会、05年ヘルシンキ大会、07年大阪大会の優勝者(93年8位、95年7位、01年4位。五輪は96年4位、00年6位)です。68年1月22日生まれですから、現在は43歳。09年8月29日に58メートル20を投げたあとは試合に出場していないようで、今回のテグ大会には出てこないようですが20年あまりも世界のトップクラスで活躍してきました。

 もう1人のフェイトルは、75年1月28日生まれの36歳で20キロ競歩のベストが1時間27分55秒。ポルトガル記録保持者です。その他にも、3000メートル競歩の屋外と室内、5000メートル競歩、10キロ競歩、20000メートル競歩にポルトガル記録を持っています。99年セビリア大会で4位、05年ヘルシンキ大会3位、07年大阪大会5位と3大会で入賞を果たし、前回の09年ベルリンでも入賞まであと一歩の10位でした。

 ディーチュとは違ってこちらは今年も20キロ競歩を1時間30分44秒で歩き、ポルトガルの今季3位。テグでは「11回目」の世界選手権に出場してくる可能性が高そうです。

 男子では、「9回」が最多で3人います。カナダのティム・ベルレット(91~07年。20キロ競歩・50キロ競歩)、スペインのJ・A・ガルシア(93~09年、50キロ競歩)、ジャマイカのダニー・マクファーレン(93~09年、400メートル・400メートルハードル・1600メートルリレー)です。

【100メートルでの1~2着の最大差と最小差は?】
 「世界一速い人間」を決める100メートルで1着と2着の差が最も大きかったのは、男子は「0秒17差」です。05年ヘルシンキ大会で優勝したジャスティン・ガトリン(米国)が9秒88、2着のマイケル・フラター(ジャマイカ)が10秒05でした。女子の最大差は、87年ローマ大会での「0秒10差」で、ジルケ・グラディッシュ(東ドイツ)が10秒90でチームメイトのハイケ・ドレクスラーが11秒00でした。

 一方の「最小差」の方は、男子では、03年パリ大会で「0秒008差」というのがありました。正式記録は1着のキム・コリンズ(セントクリストファー・ネイビス)が10秒07、2着のダーレル・ブラウン(トリニダードトバゴ)が10秒08でその差は「0秒01」でしたが、千分の1秒単位の記録は、コリンズが「10秒065」でブラウンが「10秒073」でした。なお、正式記録は、千分の1秒の単位を次の百分の1秒の単位に切り上げるため「10秒065→10秒07」「10秒073→10秒08」となりました。なお、この時のレースは3着以下も大接戦で、正式記録では3着も2着と同タイムの10秒08(10秒076)、4着も10秒08(10秒079)、5着10秒11(10秒101)、6着10秒13(10秒128)、7着10秒21(10秒205)、8着10秒22(10秒211)で、上位の4人が0秒013の間になだれ込み、8人全員の差も0秒146しかありませんでした。ただし、のちになって当初の4着と5着の選手がドーピング違反で失格となって6着以下の順位が2つずつ繰り上がりました。

 女子の最小差は、93年シュツットガルト大会のゲイル・ディバース(米国)とマリーン・オッティー(ジャマイカ)の「千分の1秒差」が最小です。正式記録はともに10秒82ですが、ディバースが「10秒811」で、オッティーが「10秒812」でした。また、07年大阪大会の女子100メートルも正式記録は11秒01の同タイムでしたが、1着・ベロニカ・キャンベル(ジャマイカ)が「11秒006」、2着・ローリン・ウイリアムス(米国)が「11秒008」と「千分の2秒差」の僅差で決着がつきました。


 と、2回にわたって、過去のメダリストのデータを中心に紹介し、最後に男女47種目の代表として100メートルについての1、2着の最大差と最小差を紹介しました。
 が、この他にもすべての種目についての同様のデータや、あるいは「順位別最高記録」とか「ラウンド別(予選、準決勝など)最高記録」「落選者最高記録(準決勝や決勝に進めなかった最高記録)」「国別最高成績(順位の最高と記録の最高)」「国別得点」「個人別得点」「8月*日の最高記録」「韓国(あるいはテグ)で出された最高記録」などなど、すべてを紹介すると何百ページとか千ページを超えるような本になりそうです。ですので、このあたりで終わりにします。

 そして、2010年8月26日から毎週1回火曜日更新で1年間にわたってお届けしてきましたこのコラムも53回目の今回が「最終回」となりました。

 「陸上競技の記録(やデータ)には、こんな楽しみ方もあるんだ」と少しでも興味を持ってくださった方がいらしたら幸いと申しますか、小学生の時から陸上競技のことをこよなく愛してきた筆者にとっては嬉しい限りです。毎週、お読みくださいましてありがとうございました。

 それでは、私は25日からテグに行ってきます!!

※国名は当時のもの

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