日刊スポーツのニュースサイト、ニッカンスポーツ・コムのサッカーページです。



ここからこのサイトのナビゲーションです

共通メニュー

企画特集


2009年2月24日

攻撃追求“恋人”フィンケ監督に期待

 先日、一時帰国中にフィンケ監督と再会しました。今年から浦和の指揮を執る彼は、実は私にとっても20年来の“恋人”です。結果重視の考え方が広まり、手堅い戦術を執る監督が増える欧州にあって、結果と同時に美しい攻撃サッカーも追求する貴重な存在。育成面や営業面など、ピッチ外にも気を配られる、視野の広さもすばらしい。彼がフライブルクの監督のころから「いつか一緒に仕事をしたい」と思っていました。

 昨年2月、うちのバズタレビッチ監督から電話番号を教わり、彼と話す機会を持ちました。その後頻繁に連絡を取り合う仲になり、9月にはホームのボルドー戦にも招待しました。そして私はついに「もしも将来日本に戻ってクラブのGMをすることになったら、誰よりもあなたと一緒に仕事をしたい」と打ち明けたのです。しかしフィンケさんはその直後、何と浦和からオファーを受けました。

 私は残念と思うよりも、彼が来日するチャンスの到来を、うれしく思いました。なぜならフィンケさんは、日本に「走るサッカー」を広めたオシムさんと同様に、日本サッカー界全体にいい影響を与えてくれるだけの力、そして哲学をお持ちの方だからです。本人から相談も受けましたが「ぜひオファーを受けてください」と強く勧めました。

 本人も日本で、腰を据えて仕事をするつもりのようです。一部では「フィンケは日本食が苦手で、母国から食べ物を取り寄せている」と言われているようですが、実は日本食が大好き。自宅のリビングには、日本の文化についての本が、何十冊も山積みになっていました。自分だけでなく奥様にも、日本語の特訓コースを受講させています。その姿は、日本を文化面からも分析して、日本人に合うサッカーを追求された、オシムさんにも重なります。

 オシムさんも1人で仕事をすることはできませんでした。フィンケさんにも、周囲の方々の手厚いサポートが必要です。サポーターのみなさんにも、どうか長い目で見ていただきたい。この人は必ず、いい仕事をしますから。浦和がフィンケさんとともに、世界に向けて羽ばたいてくれる日を、楽しみにしています。(グルノーブル代表)


このニュースには全0件の日記があります。


ソーシャルブックマークへ投稿

  • Yahoo!ブックマークに登録
  • はてなブックマークに追加
  • Buzzurlにブックマーク
  • livedoorクリップに投稿

ソーシャルブックマークとは

コメントする



公開されません



コメントを書くには日刊スポーツIDでログインしてください。日刊スポーツIDについてはこちら

祖母井秀隆「日本人代表奮闘記」
祖母井秀隆(うばがい・ひでたか)
 1951年(昭26)9月2日、兵庫・神戸市生まれ。報徳学園から大体大をへて、読売クラブに加入。すぐに西ドイツへ単身渡航し、ケルン体育大でコーチ学を学ぶ。帰国後に大体大の講師に就任し、同サッカー部と同好会の「体大蹴鞠団」で選手指導。95年からJリーグの市原(現千葉)に招かれ、育成部長に就任。97年からは10年契約でチーム統括本部長に就任した。オシム監督など欧州の有能な指揮官を次々招き、万年降格候補のクラブを劇的に強化。05、06年にはナビスコ杯で連覇を果たした。07年グルノーブルのGMに就任。08年に1部昇格を果たし、直後に会長職に就任した。

最近のエントリー





日刊スポーツの購読申し込みはこちら

  1. ニッカンスポーツ・コムホーム
  2. サッカー
  3. コラム
  4. 祖母井秀隆「日本人代表奮闘記」

データ提供

日本プロ野球(NPB):
日刊編集センター(編集著作)/NPB BIS(公式記録)
国内サッカー:
(株)日刊編集センター
欧州サッカー:
(株)日刊編集センター/InfostradaSports
MLB:
(株)日刊編集センター/(株)共同通信/STATS LLC

ここからフッターナビゲーションです