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2009年4月05日

荒川「らしさ」全開アメリカ生活スタート

 荒川の所属するFCゴールドプライドのホームタウンは「ベイエリア」となっているが、これは街の名前ではない。サンフランシスコ市を取り囲む小さな都市群の総称である。ゴールドプライドは、その中でもシリコンバレー地域のサンタクララ、クパティーノといった街を活動拠点としている。

 クラブのオーナーは、ウェブフィルター(子供に有害サイトを見せなくするなど、パソコンユーザーのウェブ閲覧に特定の制限を加えるシステム)を開発、販売する『ブルーコート』という会社の創業者。いわゆるIT長者である。この会社は日本にもオフィスを構えているらしい。

 ただチームは自前の練習場はもちろん、毎日決まった場所を借り受けることもできておらず、近隣大学のグラウンドなどを転々としている。訪れた日は地元短大の人工芝ピッチを使用していた。

 今年の正月以来久々に見た荒川は、アフロの<盛り>が厚くなっていた。アメリカに着いてから20日少々だが、まだ美容院に行けていないらしい。あの髪型には特殊な技術がいるようで、車で小1時間ほどのサンフランシスコ市内にようやく対応できるヘアサロンを見つけたとのこと。

o-kawasaki-090405-0301.jpgホームステイ先のリビングで。荒川の左がホストファミリーの穴山さん

 監督からの指示はもちろん英語。非英語圏選手は荒川のほかにブラジル人がいて、彼女たちが分からない時は同じブラジル出身である女性アシスタントコーチのシシ(往年のブラジル代表の名選手)が通訳する。しかし、荒川にはそのような存在がいないので、周りの選手が簡単にした英単語や身振り手振りで伝えてくれる。ただやはり、そうした方法では限界もある。

 ある日のフォーメーション練習。最初「キープ・ザ・ボール…」から始まってなんとなく分かっていた監督の指示が、だんだん早口になってまったく理解不能になった。監督は指示の最後に荒川に向かって「エリコ、分かったか?」。しかし荒川の返事は「I don’t get it(分かりません)」。すると監督はそれ以上の説明をあきらめ、彼女に対してただ一言、「Score(点取れ!)」と言った。

 この『I don’t get it』は、彼女が渡米直前にたまたま見ていたNHK教育のテレビ英会話でやっていたフレーズで、<使える!>と思って覚えてきたそうだ。

 あるいはチームミーティグの場所に車で向かっていて道を間違え、午後1時の開始時間に遅れそうになった時のこと。慌てた彼女はチームメートのミルブレットという選手に携帯電話をかけた。その時の言葉が「うーん…アイ・ゴー・トゥー・ドライブ。うーん…ワン・オクロック。うーん…ミステーク。うーん…ソーリー」。驚いたことにミルブレットは荒川の言わんとしたことをくみ取り「分かった。エリコが遅れそうだって監督に伝えとくから」と返事したそうだ。

 ミルブレットは現在36歳。かつてのバブル期、日本のLリーグ各チームが外国の有力女子選手を集めていたのだが、彼女は当時シロキというチームでプレーしていた経験を持つ。荒川には「私には、言葉の分からない外国でのプレーがどんなに大変だか分かる。だからエリコは、私のことをアメリカのお母さんだと思ってね」と、普段からいろいろと面倒を見てくれている。

 ゴールドプライドにはもう1人、シロキでのプレー経験を持つ選手がいる。キャプテンのチャスティンで、現在40歳。彼女も荒川を自宅に招いたり、よく話し相手になったりしている。

 96年アトランタ五輪と99年のアメリカ女子W杯の優勝メンバーである2人は見事に体型がシェイプされている上に動きも良く、チームの先頭を切って練習に取り組んでいる。長年の節制のたまものにほかならない。若い選手たちにとっては、自分が幼いころテレビでその活躍を見ていたあこがれの対象が、変わらぬ姿でプレーしてくれているのだから、格好のお手本である。

 ただ若手たちが2人をリスペクトしすぎ、ちょっと気後れしているところもあるようだ。荒川によれば「練習中にチャスティンが『さあ、頑張っていこう!』みたいに声を出しても、私だけが『イエーッ』って返事して若い子が反応してこなかったり。そういう時チャスティンは私に向かって<そうよ、それよ>みたいな感じで合図送ってくるんですけど」。

 確かに宮間のロサンゼルスに比べれば、練習中の選手の様子がいかにもおとなしい。全員でその場を盛り上げたり、チームメートのプレーに対して歓声を上げたりといったことが少ないのだ。

 ただ立ち上がったばかりのチームには、選手構成によってこのようなことが当然起こりうる。今後お互いを理解し合えてくれば、一体感が高まってくるのだろう。案外、荒川の持つ天衣無縫な雰囲気がその媒介となるかもしれない。

 チーム練習後は、荒川のホームステイ先にもお邪魔した。ゴールドプライドでは近隣に自宅を持つ者以外、選手はルームシェアかホームステイをすることになっている。荒川は地元在住の穴山さん一家にお世話になっており、毎日を快適に過ごしている。プライベートで食事や言葉の心配をしなくてすむのは、外国から来た選手にとって非常に心休まる環境だ。この点、荒川は恵まれている。

o-kawasaki-090405-0302.jpgシリコンバレーでの「愛車」の運転席に座る荒川

 穴山家から練習場やクラブオフィスまでの彼女の足は、赤いミニクーパーのコンバーチブル。荒川がチーム合流2日目の練習試合で1得点1アシストを決めたのを喜んだクラブオーナーが、ご褒美がわりに自らの愛車の1台をその場で貸し与えてくれたものだ。少々派手ではあるが、荒川のキャラクターにぴったり合ってもいる。今後どんどんゴールを決めて、周囲に「さすがエリコはスターらしい車に乗っている」と思わせればいいだけのことだ。

 オンピッチでもオフピッチでも、いかにも彼女らしいアメリカ生活のスタートが切れた様子を見聞きして、ちょっと安心した。


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WPS
 Women‘s Professional Soccer、03年に休止したWUSA(Women‘s United Soccer Association)の後を受ける形で、運営組織を新たにして09年から再開された米女子プロサッカーリーグ。初年度の参加チームはボストン、シカゴ、ベイエリア、ロサンゼルス、ニューヨーク/ニュージャージー、セントルイス、ワシントンの7つ。10年にはフィラデルフィアとアトランタの2チームが加わることになっている。08年秋に行われた海外選手対象のドラフトでは日本から沢穂希、宮間あや、大野忍、荒川恵理子の4人が指名され、沢はワシントン、宮間はロサンゼルス、荒川はベイエリアへ入団したが、大野は日テレに残留した。WPSにはほかに、北京五輪優勝の米国代表全選手や世界NO・1女子選手とされるブラジルのマルタらが在籍している。
河崎三行「なでしこ in USA」
河崎三行(かわさき・さんぎょう)
 1965年(昭40)8月13日、高松市生まれ。港湾労働者、建設作業員、スポーツ新聞社勤務等を経てフリーランスライターに。時に自動車産業、ミシュランガイド東京版、チェ・ゲバラ、環境問題などについての記事を執筆することもあるが、主な取材対象はサッカーをはじめとするスポーツ。近年は日本の女子サッカーとオーストラリアのサッカーを継続的に追いかけている。著書に『チュックダン!』(双葉社)。

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