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2009年3月31日

宮間にあり、沢にはなかったチームの信頼

<WPS:ロサンゼルス2-0ワシントン>◇29日(日本時間30日)◇米カリフォルニア州カーソン
 このコラムのデスクから「毎日宮間やソルのことばかり書いてないで、他のWPSネタにも触れるべし」と注文を受けた。
 だから今日はロサンゼルス対ワシントンの開幕戦における沢のプレーを中心につづるつもりでいたのだが、その試合で宮間の大活躍を目の当たりにしてしまった。となるとやはり、彼女に触れないわけにはいかない。

Chinpan.jpgスタジアムの一角には宮間の巨大タワーが

 ロサンゼルス・ソルは紛れもなく、宮間が動かしているチームだった。司令塔争いのライバルだったフランス代表のアビリーの体調が戻ってトップ下に入ったため、宮間は左MFとして先発。キックオフ直後から積極的にボールを呼び込み、少ないタッチでシンプルに前線へパスを供給した。

 見せ場はすぐにやってきた。ソルが6分にペナルティーエリア右外、約30メートルの距離からの直接FKを得る。練習時からそうであるように、キッカーは宮間。彼女はゴール前に詰めていた183センチの長身DFのフォークと相手GKスカリーの間のわずかな空間にピンポイントでライナー性のボールを送り、これがWPSファーストゴールのアシストになった。フォークが頭で合わせた後にスカリーと接触してキャッチミスを誘っていたから、レフェリーによってはキーパーチャージを取ったかもしれない。しかし宮間が両者の位置を冷静に見極め、ここしかないという場所に蹴ったからこそ生まれた得点であったことは確かだ。

 「アヤから信じられないくらい素晴らしいボールが来たから、私はただ合わせるだけでよかった」。
 22歳の誕生日を2日後に控え、プロサッカー選手として初めて出場した公式試合でリーグ第1号ゴールを決めたフォークの言葉である。この初ゴールのボールと、試合前に両監督の間で交換されたスタメン表は、ニューヨークにあるアメリカ・サッカー殿堂に所蔵されることになった。

 理想的な形で試合に入れた宮間は湯郷ベルやなでしこジャパンでのプレー同様、いや、それ以上に攻撃の起点になった。FWマルタとのコンビはまだ完ぺきとまではいかないが、けた外れの快足の彼女でもぎりぎり届くかどうか、しかしこれが通れば1点、のスペースに厳しく勝負パスを出し続けた。宮間の意図はマルタも理解していて<今のはばっちり!>あるいは<さっきのはもう少し左に欲しかった>などのゼスチャーを送って、試合中に2人でタイミングを調整し合っていた。

 実は開幕前日、僕は宮間に「ソルは質の高い選手ばかりだから、自分がパスのコントロールを多少ミスしても相手が帳消しにしてくれる。それに慣れて日本でプレーしていた時のようなきめの細かいパス回しの感覚を忘れないよう、アメリカに来てからいつも意識している?」と尋ねていた。すると彼女はやや不服そうに「私はソルでも受け手任せにしないで、日本にいた時と同じ気持ちでパスを出してます」と口をとがらせたのだった。

 その言葉通りだった。
 世界最高FWに甘えるでも、過信するでもない。マルタの常人離れした才能とその限界をしっかり把握したパスを、ワシントン戦の宮間は繰り出そうとしていたのだった。そしてその姿勢は、他の自軍選手に対する場合も変わらない。スペースに走り込みたいのか、足元につけてほしいのか。足の速さやテクニックは。各選手の特徴に応じてボールの質をその都度変えていた。

 しかも彼女が貢献したのは自分が直接攻撃に関わっている時だけではない。ボールを持った自軍選手にパスコースを示す。自陣がまだ整ってないと見るや、GKにパントキックのタイミングを遅らせるよう指示を出す。ワシントンと攻守逆転するとすぐさま激しいチェックでボールを奪いに行く。あるいはスペースを埋めたりパスコースを限定したりして、相手のアタックを遅らせる。時に最終ラインまで戻ることさえあったが、ワシントンの微妙なスルーパスに対してすかさず手を挙げて線審にオフサイドの旗を上げさせたのも、宮間だった。

 ピッチのどこにでも、彼女はいた。
 もちろん宮間の本来の役目はディフェンスではない。守備の要としては主将のボックス=アメリカ代表の主力であるボランチ=が身体能力の高さを生かし、ことごとく相手の攻撃の芽を摘み取る役目を担っている。このボックスがワシントンのボールを奪うたび、必ず居場所を探してパスを出す先が宮間だった。アメリカを代表する一流選手が、練習に合流して1カ月とたたない宮間の実力をすでに認めているのである。試合後のミックスゾーンで宮間と少し話をしたのだが、マルタへのパスの質の素晴らしさを評価したことなどより、ボックスから得ている信頼の大きさについて触れた時、「そうですかねえ」ととぼけながら何よりうれしそうな顔をした。

 後半42分にソルの2点目となるだめ押しゴールを挙げたのは、ドリブル突破したマルタからフリーでパスを受けたアビリーだった。強烈なライナーを予想して低く構えたGKの頭上を越える絶妙なループシュート。前半の彼女は運動量が少ない上にプレーのアイデアが乏しく、攻撃の流れをせき止めてばかりいた。そこでロサンゼルスのロジャーズ監督は後半からアビリーを右MFに回し、宮間をトップ下に据えていたのだ。宮間のライバルが、最後に意地と技術を見せたわけだ。

 アビリーと宮間の間では、試合中に次のような場面があった。
 【その1】相手ペナルティーエリア前、ちょうど2人の中間地点にルーズボールが転がってきた。両者とも自分が拾おうとボールに走り寄ったので接触。だが宮間は決して譲らず、アビリーから奪い取るようにして自分のボールにした後でスルーパスを出した(もちろんその後で、ぶつかったことをアビリーに謝っていたけれど)。

 【その2】後半、アビリーが右MFに回ってからのこと。ロサンゼルスが攻めにかかっていて、宮間が中央の絶好の場所でフリーになっていた。パスを受けられれば全員の攻め上がる勢いを殺さずに、様々な選択肢が広がる地点だった。右サイドでボールを持っていたのはアビリー。当然宮間は自分にボールを出すよう、彼女に要求していた。だがアビリーは宮間ではなく、マイナス方向の味方へパス。おかげで攻撃がスローダウンし、チャンスがついえた。すると宮間は大声と身振りで<なんでよ!>とアビリーに怒りをあらわにしていた。

 宮間のアビリーに対するライバル心について言及したいわけではない。アビリーに対してだけでなく、練習でも試合でも彼女は日本にいたころより、自分という選手を強くアピールしている。
 チームメートの好プレーには大げさなほど拍手や賞賛の声を送るし、仲間から受けるちょっかいにも全身で楽しげに反応している。練習の合間にはアクロバティックなリフティングを披露し、周囲の目を丸くさせる。と思えばミニゲームの最中で同僚に対して急に声を荒げたので聞いてみると「競り合いの中でわざと足を踏んできたんです。あの選手、いつもやるから『やめて』って言ってたのに」。

 アメリカはとにかく、<自分はここにいるのだ><自分はこんな人間なのだ>と言い続けなければ認めてもらえない自己主張の国。プロスポーツの世界ともなればさらに弱肉強食の度合いは強まる。しかも彼女はまだ英語で自由に意思疎通をすることができない。それに加えて、日本とアメリカでは選手がスポーツに取り組む姿勢や周囲の雰囲気がまったく違う。そうしたことを踏まえて彼女はあえて新しい人格に自分を切り替え、アメリカやソルでの立ち位置を固めようとしているのだろう(だからといって、マリナーズ城島がホームランを打った後のようなアメリカかぶれのパフォーマンスを披露したりしないのが、彼女の賢明なところである)。

 宮間に先立ってアメリカでプレーした経験を持つワシントンの沢だが、WPS開幕戦においては気の毒としか言いようがなかった。中盤がダイヤモンド形のロサンゼルスに対し、ワシントンはフラットな4枚。沢はその中央右で出場した。つまり北京五輪でのなでしこジャパンと同じポジションなのだが、チームの中での役割はまるで違った。

 ワシントンのエースは、アメリカ代表のストライカーであるワンバック。このワンバックが180センチ超のがっしりした体格と突進力にものを言わせ、ワシントンの攻撃をすべて1人でやろうとするのである。周りの選手を使えば楽に抜け出せる場面でもボールを放さず、ゴリゴリと突っ込んではつぶされる。この繰り返しだった。

 そうした中でも沢は戦術眼があるだけに、マルタや宮間といった相手の攻撃の柱を自由にさせまいと応対に動き回る。だからなおさら前へ出て行くことができないでいた。時おり何とか彼女が前線をサポートできる場所まで上がっても、ワンバックは沢を視界に入れているにもかかわらずパスを出さない。あるいは逆に、沢がボールを持って万全の態勢でスルーパスを出そうとしているのにワンバックが動き出さず、絶好の得点機を逃す。

 試合が進むにつれワンバックは前線で孤立し、不満を募らせて荒っぽいファウルを連発するようになる。ここで勝負あり。

 現時点ではワンバックと沢の間に、信頼関係らしきものはまったく見えなかった。特にワンバックに、チームメートと共に戦う意志が見えないのが致命的だ。

 28日のコラムでロサンゼルスにはチーム戦術がないと書いたが、それでもマルタ、宮間、ボックスらの個人戦術が組み合わさって攻撃や守備の形ができていた。ロジャーズ監督は開幕戦前日にロサンゼルスの仕上がり具合について「チームらしくなるのは、主力がけがで欠場したりしないと仮定しても、6月ぐらいになるんじゃないかな」と語っていたが、その時期はもう少し早まるかもしれない。一方のワシントンは、まだお山の大将が好き勝手にやっているだけの寄せ集め集団である。試合後、沢は「うちはけが人が多くて、主力全員がそろっての練習がなかなかできなかった。これから選手がそろってくれば、まとまりもでてくると思います」とさばさばした表情で語った。確かに、この日途中出場したオーストラリア代表の快足FWデバンナが負傷から完全復活すれば、ワンバックと面白い組み合わせになりそうだ(ワンバックがデバンナを相棒として認めれば、の話だが)。そうすればこの2人に沢が絡んで、さらに攻め手が広がることになる。場数を踏んだ沢のことだ。焦らず、どっしり構えて自分とチームの巻き返しを図っていくことだろう。

 記念すべき試合の90分を戦い終え、ほとんどの選手がロッカーに引き揚げる中、宮間はチームメートのサリと連れ立って2人でロサンゼルスサポーターが陣取るゴール裏へ向かい、次から次に求められるサインに応じた。その中には、チームがマルタの応援用に配布した『MARTA MANIAC』(マルタマニア)と印刷されてあるボードを裏返して差し出し、「アヤ! アヤ!」と宮間のサインを求める子供たちも少なくなかった。

Chinpan.jpg試合後、ゴール裏のファンにサインする宮間

 試合後、開幕戦の最優秀選手はリーグ初得点を決めたフォークと発表された。しかしひいき目を抜きにしても、それは鋭い突破を何度も見せたマルタか、ゲームに君臨し続けた宮間に与えられるべきであったと思う。

 ロサンゼルス-ワシントン戦の有料入場者数は1万4832人。当初予想された数字は上回ったが、NBAやカレッジバスケットの佳境、そして大リーグ開幕とメジャースポーツに囲まれ、WPSはスポーツファンの大きな注目の中で船出したとは正直言いがたい。試合翌日の地元紙ロサンゼルスタイムズでさえ、扱いこそそれなりに大きかったものの、記事内容の大半はリーグ初ゴールがキーパーチャージであったかどうかというお粗末なものだった。

 だが、ワシントンのガバラ監督は「(WPSの前身である)WUSAの発足時より、今日の試合の方がレベルは上だ」と断言する。そしてスタジアムはおよそ半分が空席だったとはいえ、そこは盛り上げ上手なアメリカのスポーツ演出とノリのいいアメリカ人観客のこと。試合中の盛り上がりは日本基準にして7~8割は埋まった会場を思わせた

 チームメートにもスタジアムにも観衆にも恵まれ、宮間はさらに大きく成長できるステージを手に入れたようだ。


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WPS
 Women‘s Professional Soccer、03年に休止したWUSA(Women‘s United Soccer Association)の後を受ける形で、運営組織を新たにして09年から再開された米女子プロサッカーリーグ。初年度の参加チームはボストン、シカゴ、ベイエリア、ロサンゼルス、ニューヨーク/ニュージャージー、セントルイス、ワシントンの7つ。10年にはフィラデルフィアとアトランタの2チームが加わることになっている。08年秋に行われた海外選手対象のドラフトでは日本から沢穂希、宮間あや、大野忍、荒川恵理子の4人が指名され、沢はワシントン、宮間はロサンゼルス、荒川はベイエリアへ入団したが、大野は日テレに残留した。WPSにはほかに、北京五輪優勝の米国代表全選手や世界NO・1女子選手とされるブラジルのマルタらが在籍している。
河崎三行「なでしこ in USA」
河崎三行(かわさき・さんぎょう)
 1965年(昭40)8月13日、高松市生まれ。港湾労働者、建設作業員、スポーツ新聞社勤務等を経てフリーランスライターに。時に自動車産業、ミシュランガイド東京版、チェ・ゲバラ、環境問題などについての記事を執筆することもあるが、主な取材対象はサッカーをはじめとするスポーツ。近年は日本の女子サッカーとオーストラリアのサッカーを継続的に追いかけている。著書に『チュックダン!』(双葉社)。

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