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2009年5月14日

スポーツで日本人の心育てよ

 1年で最もさわやかな新緑の季節だが、世間では、新型インフルエンザの世界的流行の危機に騒然としている。その中で「日本の危機」をあらためて突きつけられた。大阪の小学4年の女児が、実の母親と同居の男によって虐待され、女児の遺体は奈良の墓地で発見された。

 かつての日本でこんなことが起こりえただろうか。ここ数年、わが子に手をかける親の凶行は何度も大きな社会問題になった。その都度、私は日本人がなくしつつある、世界に誇るべき価値観を思ってきた。

 鎖国を経て日本は外国の文明と出合い感化されてきた。また、日本を知った外国人は、島国の我々が互いに助け合いはぐくんできた国民性を「日本人はまれな国民」と称して祖国に伝え広めた。

 島国という特性は一見マイナス面が多いようだが、互助の精神を紡いできた大切な土壌であった。江戸末期から明治維新を経て、日本は主に西洋文化に触れ発展、進化してきた。しかし、生活水準が高まる半面、日本独自のものが薄まった。他人に無関心になり、互助の精神は希薄になった。私は思う。私が生まれる以前は、今よりもはるかに多く「世のため、人のため」の心が生きていたのではないか。そうした個々人は地域で見事に活躍し、その生きざまは、子や仲間に確実に伝えられてきた。

 この精神の衰退は深刻だ。だが、ただ憂えているだけではいけない。祖先が少しずつ独創性をつくりあげたように、わずかずつでもいいから、本来あるべき日本人に近づけるよう、戻れるよう、行動を起こすべきだ。幸い、私たちには大きな力を発揮する手段がある。スポーツだ。ルールを守ることで社会性に接し、弱者、強者の区別が存在する中で、弱い者に手を差し伸べる貴重な経験も生まれる。互いをいたわる気持ちも芽生える。重要なのは、この作業を際限なく繰り返すことにある。

 それが頭で考えずとも、反射的に応じる能力につながる。子供の心にすり込み、決して忘れないように。刻み込まれたものは、大人になっても廃れない。その意識は伝承され、やがて伝統、歴史になる。気が遠くなる作業だが、やりがいはある、誰しもが参加のできる値打ちある行為ではないか。

 世界的な大会で成果を挙げることはすばらしい。その中で、日本人がどう世界と戦い、いかに助け合い、団結するか。それは世界の人々に強くアピールするばかりではなく、日本人がそうした仲間の姿に心を打つ大切な瞬間でもある。今日のすさんだ日本が抱える心の問題をよく自覚し、特定のスポーツ界の繁栄だけでなく、底辺を支える日本人の心のありさまを深く、多角的に考える義務が、スポーツに携わる私たちにはある。


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川淵三郎「キャプテントーク」
川淵三郎(かわぶち・さぶろう)
 1936年(昭11)12月3日、大阪・高石市生まれ。早大時代の58年に日本代表に初選出。卒業後に古河電工に入社し、64年の東京五輪に出場、72年に現役引退した(国際Aマッチ26試合8得点)。古河電工、日本代表監督を歴任し、91年にはJリーグ初代チェアマンに就任。02年には日本協会会長となり3期6年務めた。7月から同協会名誉会長。現在、日本サッカーミュージアム館長も兼務している。

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