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アジア杯2007特集

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海島健「アラーの国のフットボール」

イラクに始まりイラクに終わった、さよならアジア杯

2007年7月31日

初優勝を果たし雄たけびを上げるイラク代表のY・マハムード、“逆サクラ”に感謝?(AP=共同)
初優勝を果たし雄たけびを上げるイラク代表のY・マハムード、“逆サクラ”に感謝?(AP=共同)

 準決勝2試合を終えて日本と韓国がファイナル進出ならず、決勝戦のカードがイラク-サウジアラビアに決まった時、インドネシアのアジア杯開催責任者ヌグラハ氏は頭を抱えたという。ベスト4が出そろった段階でこの組み合わせが一番客が入りにくいものだと踏んでいたからである。インドネシアのマスコミには、このアラブ勢同士の決勝カードを「捨て札(使えないカード)である」との見出しも出たぐらいである。

 要は日本と韓国の少なくともどちらかが絡むカードがよかった、できれば日韓による決勝戦が最も望ましかったということのようだ。
 決勝戦の2日前の時点で売れたチケットは開催責任者側の発表によると収容人員10万人のスタジアムで3万枚弱。サウジ応援団は「カテゴリー4」の5万ルピア(約700円)のチケットを1万5000枚購入。対するイラク側が買ったのは100枚のみで、「カテゴリー1」の50万ルピア(約7000円)のものだという。あれ? オイルマネーで金満なはずのサウジが何で安いチケットばかり買ってるの? と思った人は多いだろう。この答は後で分かることになる。なお、1万枚は「ワールドスポーツグループ」という団体がプロモーションのために買ったということだ。

 たとえインドネシア人がこのプロモーションでやってきたとしても、地理的にも心理的にも距離のあるアラブ勢同士の対決に感情移入のしようもなさそうだし、当日のスタンドは客が少ないながらもチケットを1万5000枚買ったサウジアラビアのホームと化すと予想されていた。

 だが、スタジアムについてみると意外と多くの客がつめかけていた。バックスタンドにはサウジアラビアのではなく、イラクの大応援団が陣取っていた。そしてゲーム前からなぜかイラクを肩入れしているインドネシア人が多いことに気づいた。ゲームが始まると「イーラク、イーラク!!」の大声援がイラク応援団はもとより、地元インドネシア人からもたくさん寄せられる。インドネシア人の7割から8割くらいはイラク寄りだろうか。

 後半26分にCKをY・マハムードがヘッドを決めると、スタジアムのほとんどが喜んで興奮している。彼らをよく見てみるとサウジの小旗を振っているインドネシア人や(I love Saudi Arabia)と書かれたTシャツを着ているインドネシア人も大喜びしているではないか。そしてこの後はこの雰囲気がスタジアム全体を包み込み、まるで参院選の民主党のように地滑り的にイラクの支持率も上がり、スタジアムは一方的に(イラク勝ってくれ)に近い応援風景となったのである。優勝決定後はほとんどのインドネシア人が「イーラーク」の絶叫に合わせて太鼓を打ちならし、歓喜するイラク人と一緒にお祭りを楽しんだ。

 ラテン的でお祭り好きなインドネシア人ではあるが、色々と分かりにくい。その答の一部が翌30日のインドネシアの現地紙コンパスに載っていた。「サウジのお金でイラクを応援」とのタイトルで「決勝戦を見に来たインドネシア人はサウジが買ってくれたチケットを手に来場したが、スタジアムでは声を限りにイラクの応援をした」と報道。…そう、サウジアラビアが買った1万5000枚のチケットは現地インドネシアの人に“プレゼント”するためのものだったのだ。コンパス紙側はこういったサポーターの行動を「恥知らず」と否定的だ。ところが“動員された”サポーターの1人は、インタビューに対して「だって、イラクがかわいそう。国はいろいろな問題を抱えているでしょう? だから国民が喜ぶように優勝してほしかったんだ。サウジはもう何度も優勝しているし、お金持ちの国だから」と応じている。これはいかにもインドネシアっぽい受け答えで、思わず吹きだしてしまったが。

 サウジアラビアにすれば自腹を切って“サクラ”を集めたら、そろいもそろって“逆サクラ”になってしまい、その上、試合は負けて“サクラ散る”では「お前らいい加減にしろ!」とインドネシア人に八つ当たりしたくもなるだろう。湾岸戦争ではイラクからミサイルが飛んできたし、国際社会は金持ちには住みにくいところのようだ。

 インドネシア人の多くがイラクに同情的になる大きな理由の1つは、アジア杯の決勝トーナメントが進むにつれ、イラク国内の悲惨な状況に関するリポートが増え、サッカーの時だけはそういったものから解放されるといった報道が非常に多かったからでもある。

 たとえば「サッカーでイラクに平和が」のタイトルの記事の中でのバグダッド市民のコメントはこうだった。「試合中の2時間は違う世界にいるようだ。爆弾におびえることもなく、人間に戻ったよう。普段はカフェなどは爆弾テロの対象となるがゲーム中は違う(イラクでは電力の供給がうまくいかず、多くのイラク人はカフェで観戦している)。サッカーだけがスンニ派やシーア派、クルド人の枠をこえて国民を1つにできるのだ。」

 準決勝の韓国戦勝利の後の「国民、祝砲で祝う」の記事も紹介しておこう。「準々決勝ベトナム戦勝利の時に、すでに(祝砲の流れ弾で)3人の死者を出しているが、イラク国民はそれでも祝砲を空に向けて打ち上げ、メソポタミアのライオン流のやり方で勝利を祝った。警察、軍隊、反政府派などの立場の違いを越え、みんなで祝った。韓国戦の前日からこの祝砲のための燃料と弾丸を集めて準備していた。電気の供給がままならないため、自家発電でテレビを見るために20リットルのガソリンを準備した者もいた。あるバグダッド市民は、(国の現実を見るとつらく悲しくなる。だからイラク代表にはどんどん国際試合に参加してもらい、われわれを楽しませてほしい)と言った」。

 インドネシア語に堪能でインドネシア事情に詳しいジャカルタ在住の久世つきこ氏によると「こういったドラマにインドネシア人は酔ったのかもしれない」と解説してくれた。

 もっとも下世話な理由もありそうだ。こちらのサッカーファンの一部には、1次リーグでのインドネシア-サウジアラビア戦の影響も無視できないと言っていた。このゲーム主審は同じ湾岸のUAEの人が笛を吹いていたのだが、こちらの人にはかなり「サウジ寄り」の判定が多かったと見られていたようで、試合後(1-2でインドネシアの敗戦)はデモ騒ぎにまで発展している。ロスタイムに失点の惜敗だけにインドネシア人にちょっとした反サウジ感情が生まれていたのかもしれない。

 理由がどうであれ、インドネシアからは縁遠いように思われるアラブ両国の対決にやってきてお祭り騒ぎにしてしまうセンスが素晴らしいと思うが、いかがでしょうか(インドネシアにアジア杯=サッカーを見に来たつもりが、いつの間にかインドネシア人ウオッチになってしまった)。

 思い返せば7月7日、バンコクでの開幕戦タイ-イラク(1-1引き分け)を雨の中で観戦した時、決勝戦の地ジャカルタで再びイラクを見るとは思ってもいなかった。今回はイラクに始まりイラクに終わった、イラクのためのアジア杯だったのかもしれない。

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優勝がもたらすのは・・・一時の幻想?

中東研究者の大野元裕さま・・出水が敬愛申し上げている方(*v.v)。・・のブログで、昨日更新がございました。 『アジア大会優勝:イラク人再登場』との記事...

送信元:戯ればみ草子|2007年8月 3日

コメント

サウジにはインドネシアから沢山の出稼ぎ労働者(主に家政婦)が行っていて、いろいろと問題も起きていますし、同じイスラム教徒の国ですから、日本に負けず劣らず縁は深いですよ。

投稿者:重戦車アモカチ|2007年7月31日 03:19

相変わらずの面白く興味深い内容でまた楽しく読ませていただきました。アジア杯編は今回で終わりですよね。何か寂しい気がしますが、新たな連載楽しみにしています。

投稿者:DiegoArmando|2007年7月31日 07:09

決勝戦はイラクが勝つとは思えず、つい応援してしまいました。サウジから見れば「何で?」って思える様な判定もかなりありましたが、あの審判ならあきらめるしかない。イラクは名前は覚えてませんが、ボランチ(この正しい名称は是非、論議して欲しい)の選手はかなり光ってました是非、日本サッカーにもこんな素晴らしい選手に出て欲しい

投稿者:白書ん|2007年7月31日 08:58

  決勝は自分もイラクをインドネシア人のように応援していました。98年W杯のフランス優勝を少し思い出しました。あの大会の前のフランス代表には白人以外の選手が多く、心無いファンから批判や罵声を浴びることもしばしばだったのですが、多くの民族が集う代表チームが勝ち進み、力を合わせれば皆が信じないような素晴らしい事が成し遂げられることを自国民に実現して見せた大会でした。本当に素晴らしい初優勝でした。(ちなみに私事ですが、パリのサンドニのフランス競技場の外のレストランでブラジル人とフランス人と一緒に見ました・・優勝とその後の自然発生した祭典に感動しました!)
  今大会はイラクの地元では無いけれど(はたしていつイラクでアジア大会が開催できるでしょう・・)、国の分裂による苦難は何億倍にもなるでしょう・・その中でのアジア・チャンピオンとしての戴冠・・代表チームにはスンナ派シーア派双方の選手がいるでしょう・・。選手たちの間は恐らくサッカーを愛する者としての友情で結ばれているでしょう。ニュースからは、過去数年間の選手や代表チームの困難は相当なものだと想像できます。その選手たちが力を合わせて大会前には他国人が想像もできなかった優勝を成し遂げたのです。
  イラク代表が優れていることは知っていました・・けれど代表チームとしての準備や取り巻く環境は日本・韓国・サウジ・イラン・中国・豪州など比較すれば極端に悪いことは推測できました。選手たちには母国に住む家族が苦しみの中にある者も多いはずです。
  ブラジルでも貧しい人々が多く、そういった人々の多くにとって困難を忘れて幸せになれる時が、ブラジル代表の勝利だと何度か聞いたことがあります。私たち日本人をもこれだけ興奮させる代表の試合と勝敗なのですから、他に楽しみが無く困難と苦境に囲まれた人々にとっては、その勝利は何倍もの興奮と幸福感をもたらすのでしょう。
  アテネ五輪のベスト4に続き、彼らイラクは日本代表よりも良い成績を叩き出しました。「苦しむ母国の人々に喜びをもたらしたい・・」代表選手を突き動かした原動力になったのは、ただこの気持ちだけだったのではないでしょうか?バグダッドの政府に優勝ボーナスを払える余裕は当然ありませんし、石油精製施設はほぼ全て破壊されています。ただ母国を想うその気持ちがきっと彼らの「勝ちたい!」という最後まで走る気迫を湧き出させ、勝利をもたらしたのだと思います。
  戦禍に苦しむイラクの人々のために、今後もイラク代表の健闘を祈るとともに、ずっと恵まれた環境にある日本代表の選手たちが彼らを上回る成果を残してくれることを望みたいと思います。
  今回の勝利を世界で最も欲していたイラク代表の選手たちと勝利を祝うイラクの人々に心から言いたいと思います。「優勝、おめでとう!!!」

投稿者:Ani !|2007年7月31日 16:00

  海島さんもきっとSenayanで決勝を見ていて、圧倒的なIraqに対するインドネシア人の応援に就いて書いてくれると思っておりました。ちなみにインドネシア語の「e」の音は英語の「e」と「u」の間位の音なので、セナヤン競技場では無く、スナヤンなのですね。当方10数年前にも駐在しており、今回が2回目なのですが、以前(スハルト大統領時代)はスナヤン競技場と呼ばれていたのに今回赴任してブンカルノ(スカルノ元大統領の愛称)に名前が変っていて、時代の遷り変りを実感しておりました。この競技場の歴史は実に政治的で、62年の建設資金はソ連政府から出ており、丁度当時のスカルノ大統領が共産主義傾向を強めていた頃と重なります。その後67年に失脚、スハルト政権は30年近く続き、そしてご存知アジア危機に続くスハルト政権崩壊、2001年のムガワティ(スカルノ大統領の長女)大統領誕生がこの改名(公式のスカルノ復権?)に繋がるのですね。
  スハルト時代は強権で経済発展にマイナスと考えられたイスラム勢力を押し込めていましたが、ワヒド(グス・ドゥール、宗教指導者)大統領辺りからインドネシアもイスラム色が強くなって来たと感じております。ジルバブ(バーレーンではヒジャーブと言うのですよね、ちょっと形が違いますが)は前は余り見なかったのですが、今は外資系事務所でも普通に女性がしているのを見る様になっています。その中での米国のイラク侵攻で、イ国政府としても親米路線は保持したいが、既に開けてしまったパンドラの箱は閉まらず、どうしても宗教色の濃いデモが頻発する様になっています。親米派のサウジに対抗してイラク同情はこの国の大衆には必然だったのでしょうね。
  所で決勝の審判は実に良かったですよね。それでなくても大袈裟な中東の両チーム、取る反則と取らない物と実に良く見極めていましたね。とかくこう言う試合は最後の時間稼ぎや倒れ込みで興味がそがれるのですが、この審判のお蔭で選手も無駄なDivingも無く、試合が盛り上がった気がします。
  今回のアジア杯、存分に楽しませて貰いました。ジャカルタでは切符を買えなかった観客が切符売場を焼き討ちにしたり、機動隊と激しく応酬したりの騒ぎも一部有りましたが、概して諦めも早くなって集団騒動にならなかったのは評価出来るのでしょうね。仰る様に、この国の人は明るく楽しむ事が上手で憎めない連中です。海島さんもお疲れ様でした。又オリンピック最終予選で楽しませて下さいね!

投稿者:リッチ・ボーモント|2007年7月31日 16:24

イラクの快挙を祝福しますが、非常に残念なことがあります。今回の優勝で高額の報奨金が出るようですが、イラクでは高額の収入があるスポーツ選手は誘拐される危険性があるという記事を目にしました。複雑な宗教問題がかかわってくるのでイスラム教徒ではない私が深くコメントすることは差し控えたいのですが、一部の武装勢力の行ってることは文明社会の国々では立派な犯罪行為です。それをアメリカの占領からの開放だとかいって無差別に市民をテロに巻き込む行為は絶対に許されるべきことではありません。そこに今回優勝したイラク代表は本来英雄視されるべき存在なのに、ある選手は帰国したら殺されるかもしれないとコメントしていたことに衝撃を受けています。凱旋帰国せずに所属している湾岸諸国のクラブに直接合流するという話を聞くと非常に残念に思います。本来関係ないことだと思いますが、今回のイラク代表のメンバーの宗派までは知りませんが、各宗派の選手がいたと思います。これこそ混乱しているイラクに光明をもたらす存在だと思えるのに、目立ちたがり屋の各宗派の武装勢力のエゴで平和が訪れるきっかけすらならないイラクの優勝が残念です。

投稿者:ジェームス|2007年8月 1日 02:40

イラクは見てて魂が伝わってきます。 それにしてもイラク代表のヴィエラ監督のうでは素晴しいですね。

投稿者:ふろんた|2007年8月 1日 15:27

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