日刊スポーツのニュースサイト、ニッカンスポーツ・コムです。


回転遊戯のイメージ画像

社内のパチンコ ・パチスロ好きの有志が集って2010年(平22)8月16日に発足。土日、祝日、平日の会社帰りといった、限りある「サラリーマンタイム」での勝利をつかむのが目標。主な活動拠点は東京都内だが、場合によっては遠征もあり。

【コラム】163回転目「射幸心を考える」

13年11月08日 [16:39]

 こんにちは、K松です。ふと気が付けば、このコラムも160回を超えていました。たまにサボりはしますが、基本的に毎週書いているので、いつの間にか3周年を過ぎ4年目に突入していたようです。まさか3年以上も続けるとは思ってもみなかったので、不思議なものですね。さて、そんな3年の中で、何度も書いたであろう「射幸心」という言葉。パチンコ・パチスロを語る上で、切っても切れないものです。そこで今回は原点回帰のように、この射幸心という言葉について考えてみます。

 パチ・スロ内では「射幸心をあおる」という固まりで見ることが多いですが、ひとまず言葉そのものの意味を調べましょう。射幸心の「幸」は、そもそも「倖」。意味はどちらも「しあわせ」ですが、ニュアンスが少々違うようで「倖」の方は偶然訪れたもの、要は「ラッキー♪」という意味合いが入っているようです。これに弓矢で射るという「射」がつきました。今でも宝くじのマークに弓矢の的が使われているように、当たり外れがあるものを連想させます。そこに「心」をつけてできた言葉が射幸心。現在、主にイメージされる「幸運によって幸せになりたいと願うこと」に、かなり近づいたのではないでしょうか。

 さて、ちょっと出てきた宝くじ。もともとは神事と結び付いています。おみくじも大吉が大当たり、凶が大はずれと考えると、宝くじと思えなくもないですね。さらにここから、ある一定の確率で当たったりはずれたりするものに、お金そのものを賭け始めたことでギャンブルになりました。この確率は、人がいくら願ったところでどうこうなるものでもありません。ただ、たまに大当たりをすることで「今日はついていた!」とか、まるで当たらないと「なんて運が悪いんだ...」とか思ったりします。この運任せで幸運=大金を得ようとする心が、今使われている「射幸心」になるわけです。

 では「射幸心をあおる」とは何なのでしょう。先に述べたように、ラッキーを願うわけですから、その時点であまり積極的な行動とは言えません。また、賭け事であれば、時によっては勝ちも続きますし、負けも続きます。負け続けて財布が空っぽの人の「射幸心をあおる」とどうなるか。まあ、中には一発逆転という人もいるでしょうけど、大概の人はさらに負けるというのが定番。よって、ギャンブルの類いでは射幸心をあおり過ぎないように注意喚起する必要があるわけです。

 ここまで考えると、近年一気に増えた「1等○億円」みたいなものは、かなり射幸心をあおるものだったりするわけです。ただ、パチ・スロについては、日本国中どこでも遊べて、数時間でプラスマイナス5~10万円くらいの損得があるというところが「ほとんど当たらない○億より、そこそこ当たる○万円なら」と、庶民の射幸心にすっぽりはまっているのでしょう。

 今後も語られていくであろう、パチ・スロと射幸心。夢のような金額を目のぶら下げれば、減りゆく参加人口も増えるかもしれませんが、当然そんなことはできません。厳しい状況の中で、業界がどうやって付き合っていくのか注目しています。【K松】

(業界コラム)

このコラム記事には全0件の日記があります。

回転遊戯の最新記事





日刊スポーツの購読申し込みはこちら