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   <title>終了_銭湯ナビ</title>
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   <title>東方ローマ温泉（後編）</title>
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   <published>2008-01-29T03:27:24Z</published>
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      　東方ローマ温泉の豪華浴室を堪能した後、脱衣所へ向かおうと来た通路を戻ろうとすると、例のボーイに拒まれた。そのボディランゲージから読みとると、どうも戻り専用通路があるようだ。再び水槽のアーチを抜けて脱衣所に入ると、ボーイがバスタオルを広げて待っていてくれた。こちらは素っ裸なのでかなり恥ずかしい。
      <![CDATA[<p>　白くて清潔なバスタオルは何枚でも使える。大きな鏡台の前にドライヤー、ローションなど複数の整髪剤が並ぶ。やはり日本のスーパー銭湯とダブるが、ボーイが常駐している点が日本にはない特徴だ。無事に着替え、脱衣所を出ると、ロビーで料金を支払う。ホテルのフロントのようなカウンターに女性が２人。１２月に訪れたので、スタッフもサンタクロースの赤い帽子をかぶり、クリスマスシーズンを演出している。この点は日本と同じだ。</p>

<p>　ロビーの天井は高い。茶色の大理石風の柱が外観と同じ神殿形式を印象づける。場内に複数、青と白のおしゃれなツリーが輝く。一見、くす玉のような真っ赤な玉が天井から下がる。トナカイのデコレーション飾りも日本でよく見るものだ。</p>

<p>　入り口脇には黄金色の関羽像が祀られていた。三国時代の武将で商売繁盛の神様として奉られる存在と聞く。ロウソクや果物が供えられ、賽銭箱もあった。これは中国独特だろう。</p>

<p>　料金清算後、最後に預けていた靴を受け取る。銭湯でサッパリした以上に、不慣れな外国のスーパー銭湯から無事出て来れたことにホッとした。</p>

<p>　ほかにも上海には日本でいう「スーパー銭湯」レベルの浴場が多い。昌平路３９７にある花園浴場（写真左下）はホテルを思わす立派なビルにある。２４時間営業、年中無休でロビーも大通りに面した開放感いっぱいのガラス張りで心地よい。５８元（約８７０円）と比較的安い。一方、西康路の海上海浴場（写真右下）は、車庫も豊富な大きな敷地内にある。こちらは６４元（約９６０円）で２４時間営業、年中無休だ。上海はいわゆる「銭湯」より高級な「スーパー銭湯」が主流、風呂の種類より、マッサージや脱衣所に常駐するボーイのサービスなどが特徴的だ。</p>

<p>　世界の「湯」は想像以上に多彩だ。中でも銭湯は暮らしを映す鏡だろう。世界の土地土地で愛される風呂文化に触れることは、日本人にとってまた一興だと、強く感じた。</p>


<img alt="銭湯写真" src="http://www5.nikkansports.com/osaka/special/sentou/photo/46_3-2.jpg" /><img alt="銭湯写真" src="http://www5.nikkansports.com/osaka/special/sentou/photo/46_3-3.jpg" />]]>
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   <title>東方ローマ温泉（中編）</title>
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   <published>2008-01-22T05:33:31Z</published>
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      　脱衣所入り口にはボーイと思われる男性が待っていた。脱衣スペースは広く、アンティーク調の美しい木製ロッカーが並んでいる。その数はかなりのもので、ロッカーに取り付けられたカギ番号も１０００を超えていた。ボーイにカギ番号を示すと、笑顔で案内してくれた。そのまま笑顔で待機している。服を脱ぎたいので立ち去って欲しいが、どうも脱衣を手伝ってくれるようだ。背広をハンガーにかけてくれ、シャツもズボンも。さすがに下着はいいからと、ボディーランゲージで手を交差させると、１歩下がってくれた。それでも、お客から離れようとしない。これがサービスなんだろう。
      <![CDATA[<p>　素っ裸になると、白いタオルを渡してくれた。サンダルを履いて、カギをかけた。ボーイに案内されるまま、奥へ進むと、水槽のトンネルが現れた。「こちらへお進みください」と言わんばかりのボーイの笑顔。その向こうの水槽には銀鱗の魚に加え、ウミガメが遊泳している。八景島とか天保山で見た水族館の風景そのままだ。</p>

<p>　約１０ｍ続く水槽のアーチをくぐり、いよいよ浴室へ。お客さんは少ないが、西洋人がシャワーを浴びていた。次はどんな仕掛けが待ち受けているのだろう、などと心落ち着かない。浴室の中央にローマ風の彫像が立っていた。今にも遠征に出発しそうな馬と戦士の像で、まったく落ち着かない。彫像を囲むように湯船が並ぶ。中央は深湯、両脇は水風呂とジェットバスで日本の銭湯でもスタンダードなものだ。湯船は温めでホッとした。見上げた天井は濃紺で、北斗七星など星座が象られている。ロマンチックな人は神話の世界に浸れるのかもしれない。</p>

<p>　シャンプー、リンス、ボディソープに使い捨て歯ブラシ、使い捨てひげ剃りや、クリームまでそろう。歯ブラシは歯磨き粉のついていないタイプで、別に歯磨き粉チューブも据え置かれる。サウナは２段式の２０人仕様でガラス張りで大きい。【続く】</p>

<img alt="銭湯写真" src="http://www5.nikkansports.com/osaka/special/sentou/photo/46_2-2.jpg" /><img alt="銭湯写真" src="http://www5.nikkansports.com/osaka/special/sentou/photo/46_2-3.jpg" />]]>
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   <title>東方ローマ温泉（前編）</title>
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   <published>2008-01-15T04:40:23Z</published>
   <updated>2008-01-15T05:05:26Z</updated>
   
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      　豪華絢爛なたたずまいに目を疑った。タクシーで行き先を告げ、降ろされると、そこには荘厳な石柱に支えられたローマ建築風の神殿があった。１２月ということで、巨大なサンタクロースのビニール人形３体が壁に吊られるように立っている。なぜか万歳している。
      <![CDATA[<p>　外観だけなら、ここは一体、何の施設か分からないだろう。ここは日本でいうスーパー銭湯、入浴料６８元（日本円で約１０００円）とかなり高級だ。銭湯側の交差点には４車線の道路をまたぐように石のアーチがかかる。そこには赤字で「東方ローマ温泉」と掲げられ、このエリアのシンボル的な存在になっている。<br />
　入り口への階段を上ろうとすると、背中越しに大きな声が浴びせられた。振り向くと、警備員と思われる男性２人が立って最敬礼している。おそらく「いらっしゃいませ、ご主人様」的な演出だろうが、中国語のため真相は不明だ。</p>

<p>　恐る恐る回転扉を開けると、中にはサンタ帽をかぶった女性職員２人が笑顔でお出迎え。１人の胸には「研修中」のバッジが光る。丁寧な対応も、研修のたまものなのだろう。やはり中国でも高級店にもなると、日本では当たり前のこういう研修も徹底されているようで見直した。ロビーは広く、ソファが配置されて、まるでホテルのようだ。中心には白いクリスマスツリー、右手にフロント、奥には階段が２階へと続く。女湯があり、上層階では宿泊も可能とのこと。男湯は１階らしい。</p>

<p>　料金は後払いシステムで、まず階段脇の受付へ進む。スタッフ男女３人がいて、靴を脱ぐよう言われた。日本のボーリング場の受付けのように靴を預ける。代わりにゴムサンダルを受け取った。このときサイズ指定はできない。その後、右手奥に進む。男性スタッフが大きな木製扉を開けてくれた。この先が男湯の脱衣所のようだ。この後、衝撃の光景が待ち受けていた…。【続く】</p>

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   <title>晋海浴室（後編）</title>
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   <published>2008-01-08T06:10:21Z</published>
   <updated>2008-01-15T08:47:00Z</updated>
   
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      　タイル張りの廊下の奥にはシャワーが３つ。左側には深湯と、その向こう側に子供用のプールがある。プールは大人のひざまでの浅い水風呂だが誰も入っていない。この銭湯のメーンは深湯だろう。本当に深い。１ｍほど湯が溜まっているので、風呂というより温水プールだ。３方が壁に囲まれていて、入浴は１方向からのみ。プール用のハシゴがあって、泳ぐにはいいかもしれない。しかし湯が白いのが気になる。何の白さだろう。何か市販の「温泉の素」のようなものだろうか。いや、温泉の香もないし、単に濁っているだけの気もする…。
      <![CDATA[<p>　ガイドの陳さん（２１）によると、上海市民は、いわゆる“銭湯”にはあまり行かないようだ。そもそも湯舟につかる習慣がなく、シャワーのみ。自宅にはシャワーがあるため、わざわざ浴場には行かないとのこと。例えばマッサージやサウナで汗を流すため、「スパ」などにいくことはあるが、１０元（約１５０円）程度の浴室にはまず行かないとのこと。宿がない旅行者が汗を流すために入ることはあるようだ。一方、北京など中国でも北方の寒冷地では湯舟につかる習慣もあるというから、やはり中国は広い。</p>

<p>　さらに上海は地価が高騰、都心の浴場は土地を売って廃業することも多いと言う。では、「スパ」ではなく、市民が通う銭湯はないのか？　</p>

<p>　「ありますよ」。陳さんは笑顔で教えてくれた。「８０～１００元（約１２００～１５００円）と少し高いですが、清潔で大きなサウナもあります」。なるほど、銭湯と「スパ」の中間くらいのレベルか。日本で言う「スーパー銭湯」か。</p>

<p>　いずれにしても、晋元路の喧騒を後に、教えてもらった「東方ローマ浴室」へと向かった。（続く）</p>

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   <title>晋海浴室（前編）</title>
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   <published>2007-12-28T04:53:24Z</published>
   <updated>2008-01-15T08:45:57Z</updated>
   
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      　「中国にも銭湯がある」。そんな情報をキャッチして中国・上海へ向かった。上海の風呂は上、中、下３つのレベルに分かれるという。レベル「下」は６～１０元（１元＝約１５円）程度の浴室とシャワーだけの施設で、旅行者はおろか地元の人もあまり立ち寄らないとのこと。レベル「中」は８０～１００元程度で、衛生的な大型浴場。日本で言うスーパー銭湯か。さらに最上級のレベル「上」になると、いわゆる「スパ」で、上海でも高級ホテルなどに入るブランド店も増えているとのこと。今回は「下町フローライフ」らしく、「中」「下」レベルに入浴した。
      <![CDATA[<p>　上海駅からほど近い晋元路沿いに浴場はあった。中国の経済の中心・上海は今や世界中でもっとも勢いを持った都市かもしれない。人口の多さと成長経済を背景に高層ビルが増え続け、都心を浸食していく。地価が跳ね上がり、ダウンタウンもビルの林に囲まれるようだ。晋海浴室のある晋元路も建ち並ぶマンションと昔ながらの食堂や市場が同居する下町ならではの雰囲気が漂う。</p>

<p>　大きな看板があるが、店内はどうなっているのだろうか。おそるおそる木製の重いドアを開けた。奥はひんやり、右側にフロントがある。言葉が分からず、料金も分からない。女性店員の愛想は悪い。地元の人間以外が来るのが珍しいのだろうか。まったく笑ってくれない。身振り手振りで交渉の末、ようやく１０元（約１５０円）と分かった。靴を脱いで店員に預ける。代わりにサンダルとロッカーのカギをくれた。</p>

<p>　サンダルに履き替えてフロントを抜け廊下へ進む。廊下の左側、突き当たりに女湯、その手前に男湯に進む扉あった。恐る恐る男湯の扉を開けると、薄暗いロッカールームだ。一昔前のジムの更衣室のように、灰色の金属製２段ロッカーが並ぶ。床机が置かれているが、誰のものだろうか？　衣服が脱ぎ散らかされている。自分の渡されたカギの番号と合致するロッカーを探す。あった！　恐る恐るロッカーの扉を開ける。</p>




<p>　空だ！</p>




<p>　ホッとした。何か入っているのでは？　と不安から恐ろしくなった。脇を見ると、簡易な上着と半ズボンががたたんで積んである。中国人はこれを履いて風呂に入るのか？　サンダルは脱げばいいのか？　不安がよぎる。</p>

<p>　そのとき、１人のおじさんが風呂からあがって来た。裸だ。サンダルは履いていた。記者も、おじさんと同じ格好で浴室へと進んだ。</p>

<p>　浴室はまだ奥のようだ。廊下の左側に３人用のサウナがある。入ってみたが、摂氏３０度位で熱くない。別のおじさんが寝て占拠している。まったく、迷惑な話だ。こういう客はどの国にもいる。</p>

<p>　サウナの隣はトイレ。奥には間仕切り付きのシャワールームが３部屋ある。サンダルを履いたままシャワーを浴びている。中国のボディシャンプーが置かれていた。使い捨ての歯ブラシも８本置かれていた。これは、さっきのおじさんの私物ではないようだが…。【続く】</p>

<img alt="銭湯写真" src="http://www5.nikkansports.com/osaka/special/sentou/photo/45-2.jpg" /><img alt="銭湯写真" src="http://www5.nikkansports.com/osaka/special/sentou/photo/45-3.jpg" />]]>
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   <title>なごみ湯</title>
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   <published>2007-12-25T06:53:03Z</published>
   <updated>2007-12-25T07:09:27Z</updated>
   
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      <![CDATA[　関西国際空港のお膝元、りんくうタウンに隣接する住宅街に「なごみ湯」はある。昭和４２年から「笠松温泉」として地元に愛されてきたが、０６年５月２３日に店舗を全面リニューアルして、名前も変えた。「何より、なごんでもらいたいから」。２代目の手塚甚樹さん（３７）は工務店に細かな指示を出しながら、くつろげるスペースを作り上げた。通り沿いのガラス越しにロビーが見え、満天の採光とともに、気持ちまでオープンになる。
<br /><br />
　ホテル風のフロントロビーでは軟水を無料で持って帰ることができる。飲食用にペットボトルを持参するお客さんも目立つ。浴場は大きなドーム状態になっていて、地震などの災害に強い耐震構造とのこと。高い天井の浴室内に加えて、露天風呂も気持ちいい。
<br /><br />
　午後３時前。開店を待ちわびるお客さんがざっと２０人並ぶ。いろんな銭湯を見てきたが、こんなに列ができているのはあまり見ない景色だ。年中無休、入浴料３００円と、利用者にとっては使い勝手のいい条件がそろう。そしてそれ以上に、ご主人の出すアイデアがファンを増やし続ける。例えば、２月６日「風呂の日」にはビール半額はもちろん、食パン１斤をプレゼントする。「なぜパンか？　う～ん。１番喜ばれるからかなあ」。地元のパン屋で仕入れたパンを、銭湯に来た地域の人が求める。まさに地元の基地的存在だ。
]]>
      <![CDATA[<p>　フロントで興味深い商品を見つけた。「アレッポの石けん」と書かれている。「うちは、軟水やから。普通の石けんは軟水に対して泡立ちがよすぎる。アレッポの石けんは泡立ち成分もなく、無添加で、うちの湯にピッタリや」。こんなところにも、ご主人のこだわりが垣間見られる。</p>

<p>　１３年前に関空が開港して以来、「空港から１番近い湯」として有名になった。トランジットの合間を縫うように入りに来てくれる遠方の客も多い。旅人は疲れを癒し“なごむ”。ふと見上げると、泉佐野沖からジェット機が離陸して行く。そうだ。ここは、旅人でなくとも、見果てぬ世界への憧れがわき立つ、そんな湯だろう。</p>

<img alt="銭湯写真" src="http://www5.nikkansports.com/osaka/special/sentou/photo/44-2.jpg" /><img alt="銭湯写真" src="http://www5.nikkansports.com/osaka/special/sentou/photo/44-3.jpg" />]]>
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   <title>宝湯</title>
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   <published>2007-12-18T07:22:46Z</published>
   <updated>2007-12-18T07:35:37Z</updated>
   
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      <![CDATA[　阪急十三駅すぐそばで、５０年以上も「宝湯」は十三の街を眺めてきた。十三といえば「ミナミ」「キタ」と並ぶ歓楽街。駅の西南側の栄町通りを中心に飲食店や風俗店が並び、電車の窓から見えるラブホテル密集地帯は目立つ。しかし十三の街の顔は「大人の夜の街」だけではない。ミニシアターの「第七藝術劇場」や、ねぎ焼きの「やまもと」、「がんこ」寿司・和食の複合大型店第１号店として開店した十三本店など、栄町エリアには他府県から訪れる観光スポットが混在する。
<br /><br />
　駅の東側、西側には商店街や学校やマンションなどが広がる。駅東出口から商店街を抜けてすぐの「宝湯」。年々、銭湯に通うお客さんの顔ぶれが変化してきた。十三の街で遊んだ後に、銭湯に寄り道するというパターンが減少している。「十三の街自体の活気がね…」と宝湯３代目ご主人下司太三さん（５０）は街の将来を心配する。以前より増えてきた風俗店の影響で、飲食目的のお客さんの足が、十三の街から遠のいているのでは…と日々感じているという。

]]>
      <![CDATA[<p>　では、現在の利用層は…というと明るい話題もある。ハイキングの帰りに十三で途中下車、駅近の宝湯に直行、その後は銭湯近辺の居酒屋で打ち上げ会を行うグループをよく見るようになった。宝湯の本格的な広々したサウナで汗を流して、生ビールに喉を鳴らせば、ハイキングの疲れもとれそうだ。あとはもう１つ、気になる若者の銭湯利用の事情。十三駅周辺のマンションは、単身者用マンションが多く、ファミリータイプが少ない。独身者が銭湯に併設してあるコインランドリーを利用するついでに、銭湯に来るパターンが多く、利用客それぞれの利便性が見えて面白い。</p>

<p>　そんな「宝湯」で０４年に「銭湯ジャズ」と名付けられたライブが開催された。音楽で十三の街に活気を取り戻そうと立ち上がった「十三ジャズ実行委員会」によって企画された。ライブ会場の男湯脱衣場は、満員御礼の大盛況ぶり。ミュージシャン鎌倉研さんんのギター弾き語りを堪能した後に、一番風呂を楽しむという趣向だった。その模様はマスコミ各社から報道されて、話題性たっぷりのイベントは大成功を納めた。そして今年１１月に、久しぶりに「宝湯」でまたジャズライブが開催された。前回にも増して盛り上がりをみせ、アンコール演奏では音楽に合わせて、お客さん全員が浴場に行進する熱気につつまれた。かつては社交場として栄えた銭湯の役割がまた復活したような賑わいだった。宝湯ご主人は、今後また機会があれば、ジャズの演奏以外にも、落語などの開催に対しても歓迎ムード。お客さんと共に銭湯と十三の街を盛り上げていきたいと話すご主人の表情は輝いていた。</p>


<img alt="銭湯写真" src="http://www5.nikkansports.com/osaka/special/sentou/photo/43-2.jpg" /><img alt="銭湯写真" src="http://www5.nikkansports.com/osaka/special/sentou/photo/43-3.jpg" />]]>
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   <title>新曙温泉</title>
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   <published>2007-12-11T06:12:36Z</published>
   <updated>2008-01-10T09:04:37Z</updated>
   
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      <![CDATA[　銭湯密度日本一の町・生野区にスポーツ一家が営む湯があると聞いて、さっそく立ち寄った。ご主人の西村佳隆さん（５５）は銭湯を営みながら、バレーボール全日本のコーチとしてアテネ五輪に出場するなど、別の顔を持つ。奥さんの弥江巳さん（５６）も名門ユニチカの元選手で、圭太さんがコーチ時代に出会った。２人の息子も野球の道を歩み、長女はバレーからビーチバレーの世界へ進んだ。「わたしにとってはバレーも銭湯も両方大事。子供たちが横道にそれず、まっすぐ育ったのも、スポーツと銭湯があったから」。弥江巳さんは胸を張った。
<br><br>
　銭湯は１９６９年に圭太さんのご両親が生野で開業した。「生野は職人の町。家の中に工作機械を置いていたので、風呂のスペースももったいなかった。それで銭湯が増えたらしい」。弥江巳さんが初代から聞いた話だ。当時は今より風呂屋も多く、近所に曙温泉に似た名前もあった。「店名の曙に新が付くのは、間違えられないように」。そう話す奥さんはママさんバレーの強豪「生野スカイクラブ」の監督も務める。「２０年以上、Ａリーグから落ちていない。それが何よりの自慢」。選手としても活躍したが、指導者としても優れていたようだ。
]]>
      <![CDATA[<p>　子供をまっすぐ育て導くことも間違えなかった。「銭湯でお年寄りと触れ合う機会は多いが、とにかく弱い者に優しく、ということだけは強く言うて来た」。３人の子供はもちろん、地域の子供たちをバレーで銭湯で優しく強く、見守って来た。「小学校のとき、バレーを教えた子がプロ選手になったり、お嫁に行ったり。近況を聞くのが楽しい」。最高の笑顔を見せた。</p>

<p>　勝つことよりも、卑怯なことをせず、ルールを尊重している。「お風呂のマナーも同じ。うちはサウナで１００円かかる。これは生野では珍しい。１００円で買える安らぎを守るため、サウナのお客さんには専用のカギを渡す。それがルールになってるから、妥協はしない」。家に風呂が当たり前にある時代。それでも入りに来てくれるお客さんに、気持ちよく使ってもらいたい。銭湯を極楽空間に導く技もまたＡ級だ。</p>

<img alt="銭湯写真" src="http://www5.nikkansports.com/osaka/special/sentou/photo/42-2.jpg" /><img alt="銭湯写真" src="http://www5.nikkansports.com/osaka/special/sentou/photo/42-3.jpg" />]]>
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   <title>緑湯</title>
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   <published>2007-12-05T09:36:16Z</published>
   <updated>2007-12-05T10:00:03Z</updated>
   
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      <![CDATA[　銭湯といえば、壁いちめんに描かれた雄大な富士山の絵を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。<br /><br />

　「緑湯」のタイル絵は、定番の富士ではなく、外国の風景画。男湯と女湯では違う風景が描かれている。ある時、お客さんから「男湯、女湯の入れ替えはないのですか」という問い合わせが店にあったそうだ。見る機会は訪れないであろう、もう片方のタイル絵を見たい！　という気持ちが質問させたのではないだろうか。]]>
      <![CDATA[<p>　「緑湯」のタイル絵は、色の付いた小さいタイルを貼り絵状にしてデザインしたもの。男湯には、スイス風の山、湖に浮かぶヨットと白鳥。雄大なイメージで、青や紫のさわやかな色使い。一方の女湯は、メルヘンチックなイメージ。オランダ風の風車の前に流れる川、可愛らしい家が建ち、ピンク色の混じった空には雲が浮かんでいる。</p>

<p>　「緑湯」は先代の善七さんが昭和３６年に創業。昭和５０年から２代目のご主人・高橋善則さん（５８）も一緒に銭湯経営を始められた。このタイル絵は先代の善七さんから受け継がれたもの。９５年の阪神大震災の後、「緑湯」は１カ月かけてリニューアルした。でもこのタイル絵は銭湯の顔でもあり、家族全員の愛着も強く、そのまま残された。「緑湯」では、このタイル絵をはじめ、浴場内の壁や床、浴槽は手洗いで丁寧に行う。大きな亀の子タワシ、デッキブラシを駆使して「時間がかかっても、人間の手で手間ひまをかけるのが、一番きれいに洗えます」と奥様の秀美さんは話す。</p>

<p>　女湯にはお馴染みの「ベビーベッド」。最近は利用者がほとんどいないため、設置してあるベッド数は減っている。このベビーベッド、昭和４０年代頃の銭湯全盛期には、赤ちゃんを抱えた母親が銭湯にくるときは、まずはベッドの確保が優先、混雑で取り合い状態だった。混雑ぶりを物語るエピソードでは「正月２日の『初風呂』の利用者が大勢すぎて、カラン（蛇口）のお湯がなくなったこともありました」と秀美さんは当時を振り返る。</p>

<p>　小さい子供のときは、自由に出入りできた男湯、女湯。その両湯の間に仕切られた浴場の壁。「緑湯」はリニューアルした９５年まで、壁の上側の一部が、珍しいガラス造りになっていたそうだ。ガラスといっても、向こう側が透けて見えない「ガラスブロック」。昭和の香りが残る味のある壁だったが、仕切りにガラス素材を使用するのは、現在の風潮からは難しいかもしれない。</p>

<p>　番台越しに女湯を覗こうとする男性の視線は、店側の工夫が伝わってくる「鉄壁ガード」でシャットアウトされる。木製の衝立とカーテンの仕切りで番台は囲まれている。そして営業時間の大半は、番台に奥様の秀美さんが座られる。驚くほどの「鉄壁ガード」でも、お客さんの中には「見えないか」と気にされる女性もいるらしい。しかし、番台でなく、脱衣所と切り離したカウンター形式とすると、店と客とのスキンシップ、銭湯特有の風情はなくなる。式亭三馬の代表作で江戸庶民を描く「浮世風呂」のような、井戸端会議を風呂に持ち込んだような銭湯の味わいを残すためには、「番台」制度は、やはり必須のアイテムなのだろう。</p>

<img alt="銭湯写真" src="http://www5.nikkansports.com/osaka/special/sentou/photo/41-2.jpg" /><img alt="銭湯写真" src="http://www5.nikkansports.com/osaka/special/sentou/photo/41-3.jpg" />]]>
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   <title>錦湯</title>
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   <published>2007-11-27T05:20:53Z</published>
   <updated>2007-11-27T05:30:55Z</updated>
   
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      <![CDATA[　錦の銭湯として洛中に知られる。東西に延びる京の台所・錦市場を堺町筋沿いに曲がると「湯」と書かれた長屋がある。スタジオジブリの映画作品「千と千尋の神隠し」に登場する温泉旅館のようなどっしりとした３階建ての外観（実際は２階建て）で存在感があり、どこか懐かしい。主人の横山さんは、たまにサングラスをかけていたりするので、映画に登場する「釜爺」そのものだ。
<br><br>
　元々、八百屋があった場所だという。江戸時代の絵師・伊藤若冲の生家の八百屋「升達」も錦にあったり、昔は「角々に八百屋があった」。昭和２年に初代が銭湯にして、３代目まで守った。脱衣所の棚には、今では珍しくなった柳行李が並ぶ。所有者の名前が書かれ、籠の中にシャンプーなど道具を入れてキープする。「おじいさんが使っていた籠を、今では孫の娘さんが受け継いで使ってはる。長く使っても籠が壊れてない。昔の職人さんのいい仕事や」。浴室のタイルなども昭和風モダンレトロなもので、こだわりが見える。湯船には子供が乗った鯉の口から湯が注がれて、おもしろい。

]]>
      <![CDATA[<p>　馴染みの客が多い一方で、最近はＷＥＢで知って立ち寄る遠方の客が増えたことが特徴だ。「京都に遊びに来るたびに入りに来てくれる。楽しみに来てくれるんやわ」。また、比較的若い客層が多いのもこのためか。</p>

<p>　「若いお客さんはイベントを楽しみにしてくれはる。そういう私の楽しみでもあるけどね」。「イベント」とは銭湯の脱衣所スペースを使って行われる、剣劇からフレンチジャズまで、毎月１回程度のペースで行っている。元々、銭湯の客だったＤＪと、ご主人との世間話から始まり、「Ｄｏ　湯　ｋｎｏｗ　ライブ？」として男性脱衣所をイベントスペースに、女性側を控え室にして開催、なかなかの盛況だったとか。「内容によっては２００人くらい来るので前売りで完売や」。寄席のときは銭湯に「まねき」を揚げ、現代美術作品の展示には浴室も開放する本格派だ。そしてご主人にとっては、イベント後の打ち上げが「何よりの楽しみ」とのこと。「噺家、役者、アーティストとしゃべって、飲んですぐに午前様や」。豪快に笑うご主人、というか親方の姿は、やっぱり「釜爺」そのものだった。</p>

<img alt="銭湯写真" src="http://www5.nikkansports.com/osaka/special/sentou/photo/40-2.jpg" /><img alt="銭湯写真" src="http://www5.nikkansports.com/osaka/special/sentou/photo/40-3.jpg" />]]>
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   <title>石橋温泉</title>
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   <published>2007-11-20T06:10:27Z</published>
   <updated>2007-11-20T06:32:16Z</updated>
   
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      <![CDATA[　子供の時代に戻れるものなら、親にせがんで毎日でもやってくるだろう。仲間を誘って遊びにくるだろう。「石橋温泉」はまるで遊園地のような銭湯だ。「えっ！」「わぁ！」と驚きの連続。プール、滑り台に露天風呂。階段を巧みに使って、ジャングル探検のように遊び心を満喫させてくれる。<br><br>
　お風呂、サウナを合計すると１１種類の設備が、銭湯内にある階段により、上下左右に散らばっている。まずは１階に、円形の大きな浴槽が３つある。目を引くのは「あわあわ風呂」と呼ばれるクリニックバス。入浴剤入り気泡風呂には溢れんばかりの細かい泡がはじけ、パチパチと音をたてる。すべての湯には軟水が使用されているため、肌や髪がツルツルして美肌効果がある。主風呂は深めの造りでゆったり腰かけられる。隣の浅風呂は、一部の仕切内だけ電気風呂も兼ねている。
]]>
      <![CDATA[<p>　１階から、２階への階段は左右２カ所に設置。２階の「フィンランド式サウナ」（有料）につながる階段途中で「水風呂」と遭遇。２階サウナの隣には、クーラーの効いた「レストルーム」もあり、ゆっくりとくつろげる。</p>
<p>　もう片側の階段の先は「露天風呂」エリアへつながる。薬湯と、すべり台付き８メートルプールが空の下で楽しめる。露天エリアからまた階段を上がると無料のラドンスチームを発見。このプールの利用者の年齢層が気になった。子供だけではなく、大人も楽しく滑っているらしい。例えば近所に下宿する阪大生らをはじめ、男女問わず幅広く愛されている。水温は３３度の設定。スチームサウナでしっかり汗を流した後に、プールへジャボンと豪快に入れば気分爽快。プール奥には、肩こり解消に抜群の打たせ湯もある。隣の薬湯には、大人気のヒマラヤ岩塩の湯と、漢方の湯がローテで楽しめる。体が芯から温まるためファンが多い。</p>
<p>　「石橋温泉」は、５７年(昭和３２年)に先代の岡田徳さんが創業。８８年(昭和６３年)に２代目ご主人岡田勲成さん（６５）がリニューアルオープンさせた。開店当初は、銭湯とは思えない斬新なデザインと設備のため「石橋温泉」は注目の的だった。同業者の方が四国から見学に来られたり、ＴＶ取材もあり、他府県からの問い合わせで大忙し。面白いのは銭湯の建物自体も外から見ると、ちょっと銭湯ぽくない。１階が駐車場で、外観はガラス張りの近代的な建物。そのためホテルや飲食店によく間違われたというエピソ－ドも。</p>
<p>　「同じ池田市に本社をかまえるダイハツ工業の陸上部の選手が、以前は利用してくれて…」と懐かしそうに話すご主人。ダイハツ工業陸上部といえば、９３年世界選手権女子マラソン優勝の浅利純子選手を輩出するなど有名なチ－ムだ。ご主人は有名選手が来店しても、あえて声をかけずに見守っていたというが、「石橋温泉」はアスリートたちを心身ともに癒やし、明日の元気を育んだに違いない。</p>

<img alt="銭湯写真" src="http://www5.nikkansports.com/osaka/special/sentou/photo/39-2.jpg" /><img alt="銭湯写真" src="http://www5.nikkansports.com/osaka/special/sentou/photo/39-3.jpg" />]]>
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   <title>出世湯</title>
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   <published>2007-11-16T04:32:57Z</published>
   <updated>2007-11-16T05:00:38Z</updated>
   
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      　ＪＲ環状線の桃谷駅と寺田町駅の中間に「出世湯」はある。生野の風呂屋はいきなり細い路地裏にあったりして、見つけにくい場合もある。だが、この湯の場合とても分かりやすいので助かる。さらに、入り口も南北に２カ所。訪ねた午後２時前には開店を待ちきれないお客さんでいっぱい。風変わりな名前もそうだが、興味津々でのれんをくぐった。


      <![CDATA[<p>　「普通の銭湯やで」。ご主人の向田繁男さん（５８）は何を聞いても飾らない。１９８５年、それまで寝屋川で経営していた銭湯を手放し、生野で店を開いた。「当時から出世湯という名前やったから。細かな名前の由来は知らへん。でも縁起ええ名前やろ」。店名を聞いて誰もがそう思うだろう。</p>

<p>　あえて銭湯激戦区の生野で勝負した理由は何か？　「ここやったら、ニーズがあると思ったから」。なるほど。軒先で開店を待つお客さんを見る限り、とても必要とされていることが分かる。</p>

<p>　８９年に全面改装した。当時はまだ珍しかったフロント形式を導入、ロビーが広く、ちょっとしたビジネスホテルのようだ。ソファーの背後の壁いっぱいに張られたチューリップの写真も嫌みなく、なじんでいる。ご主人の雰囲気も、年中無休で営業されているからだろうか、空気のように気にならず、ボーッとできる癒やしの空間を演出する。</p>

<p>　浴室に入って驚くのは壁面のテレビだ。サウナではなく、湯船に浸かりながら、番組を見ることができる。ありそうで、あまりなかった設備だ。そういえば段差がない全面バリアフリー設計で、例えば軽くひねるだけで途中で止まることのない軟水シャワーなど、よく見ないと気づかないような細かな工夫がうれしい。もちろん２階サウナから見下ろす露天風呂も絶景だ。</p>

<p>　帰り道、２カ所の入り口のうち、どちらが玄関か聞いた。「お客さんが来られるときは、迂回（うかい）せずに。帰るときには湯冷めしないように。家から近いほうの入り口から、どうぞお入り下さい」。なるほど。これも細かな工夫だった。</p>

<img alt="銭湯写真" src="http://www5.nikkansports.com/osaka/special/sentou/photo/38-2.jpg" /><img alt="銭湯写真" src="http://www5.nikkansports.com/osaka/special/sentou/photo/38-3.jpg" />]]>
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   <title>めがね温泉</title>
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   <published>2007-11-13T07:20:27Z</published>
   <updated>2007-11-16T04:59:52Z</updated>
   
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      　生野区を南北に貫く今里筋を南下、田島地区、村田病院の南の通りを入ったところに個性的な名前の銭湯はある。「この銭湯ができた当時、昭和２０～３０年頃までは、生野区はレンズ産業が盛んやってん。プラスチックじゃない、ガラスレンズや。東洋一やで」。２代目ご主人の宮前博一さん（５１）は得意げに教えてくれた。「田島のめがねレンズ」は、“生野区よいとこ田島のめがね”と明治・大正の古い本にも紹介されているように、その名を知られた。お客さんも関連工場の労働者が多く、店名も「めがね温泉」とした。正確には前の営業者から看板ごと引き継いだ。「銭湯自体は大正時代からここにあった」。

      <![CDATA[<p>　生野は銭湯の町といっても過言ではないほど風呂屋が密集する。「密度やったら日本一や」。思えば源ヶ橋温泉や福徳温泉といった個性豊かな湯も、生野の湯だった。「数が多い理由？　お客さんのニーズがあるからやろ」。一方で「どうすればお客さんが来てくれるかを考えている風呂が多いんやろ」。そう言うご主人は“日本一”の生野を束ねる浴場組合理事長でもある。</p>

<p>　「めがね温泉」も例に漏れず、浴室中に珍しい湯船が目につく。例えば、露天風呂はピンクソルトとブラックソルトの岩塩風呂だ。「ピンク」は鉄分を多く含む塩で冷え性や肩こりに効果的な「熱の湯」、一方の「ブラック」は酸化還元力に優れるとのこと。他にもサウナは富士山溶岩の放熱効果を取り入れたり、ゲルマニウムやラドンスチーム。湯は白湯仕立てで、これらを順々に入って回るのも楽しい。</p>

<p>　もちろん、馴染み客を喜ばせるだけではない。新しい客、現代っ子に来てもらえるかが勝負だと言う。「今の子供は銭湯来たことないって言うけど、当然や。その両親が来たことないねんもん。スーパー銭湯しか行ったことない子が、どうやったら来るかが大事や」。なるほど、改装を重ねた浴場は訪れるに度に新しい発見がある。最近まで試みた「トウガラシ湯」はご主人自ら鶴橋の市場で買い求めた唐辛子を刻んで湯に馴染ませた。「誰も教えてくれへんから、アイデアは自分で編み出す」。平成８年には番台を廃しロビー化。これも人前で裸になったことがない現代っ子を意識した。決して色めがねで現代を見ず、自分のビジョンで「楽しい湯、飽きない風呂」を考え、進化を止めない。</p>

<p>　一方で「銭湯は日本文化そのもの」と言い切る。「子供が地域の大人に社会のマナーやルールを含めて勉強する場」。確かに浴室で走ったり、他人に迷惑を掛けるような行動は、知らないおじさんが怒鳴りつけていた。そんな空気が今も確かにここにはあるようだ。「うちは小学生の客も多い。日曜の午後は学校ごとにグループで連れ持って来る」。浴場の課題に「若い世代をいかに取り込むか」というテーマがあったが、ここでは問題にもしない。「自分がお金払って行きたいと思う風呂を形にしてるだけ」。ご主人の快活な発言と自信。自分の曇ったレンズ越しに見えたご主人の笑顔に、「銭湯」はこれからも残ると確信した。</p>

<img alt="銭湯写真" src="http://www5.nikkansports.com/osaka/special/sentou/photo/37-2.jpg" /><img alt="銭湯写真" src="http://www5.nikkansports.com/osaka/special/sentou/photo/37-3.jpg" />]]>
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   <title>紅梅温泉</title>
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   <published>2007-11-09T04:13:27Z</published>
   <updated>2007-11-19T11:01:45Z</updated>
   
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      <![CDATA[ 日本一の長さを誇る天神橋筋商店街のそばに「紅梅温泉」はある。大阪天満宮横の天満天神繁昌亭からわずか４００メートル。寄席のあとに銭湯で汗を流すなんていう、粋な和の世界が目に浮かぶ。<br /><br />
　昭和３７年に初代の田中正男さん（８８）が開業した。昔の地名「紅梅町」にちなんで紅梅温泉と名付けられた。銭湯内は天井が高く、日の光が差し込み気持ちがいい。中央に主風呂、奥には超音波気泡風呂、水風呂、薬湯と並ぶ。この薬湯は電気風呂も兼ねており、よく体が温まる。体の湿疹がよくなったと喜ばれるお客さんの声もあった。水風呂と薬湯は「ライオンの口」から水がでるという昔懐かしい造りで、見ているだけでもなぜか飽きない。 
]]>
      <![CDATA[<p>　ここでは、シャンプー、リンス、石鹸が各３０円、タオルのレンタルはたったの１０円とリーズナブル。入浴料３９０円（大人）と入浴セットの１００円があれば、フラリと立ち寄ることができる。最近は手ぶらで訪れる若い人たちが増えてきたそうだ。</p>

<p>　紅梅温泉が１年で最もにぎわうのは「天神祭」の日である。普段着で友人らと一緒に来店し、サッパリと汗を流した後、浴衣に着替えて祭りに出かけるのが主流なのだ。春には近辺の花見をかねて、湯につかりに来るお客さんも多い。</p>

<p>　銭湯ののれんを見ながら若い人たちの浴衣姿を想像していると、名曲「神田川」が頭に流れた。「現代版『神田川』ってありますか？」と思わず店の人に尋ねてしまった。「最近は『洗い髪が芯まで冷えて』なんて歌詞のように、出口で待つカップルはいませんね。私も考えていたんですよ。なんで神田川の世界では髪が冷えるまで外で待っていたのかと。多分ね、昔の若い人は、店内の壁越しに大声で声をかけあうことが恥ずかしかったんですよ。最近では普通に大声で確認しあって、一緒に帰って行かれますよ。あと番台に座っている私達に『あの人いますか』と確認したりね。若い人は活気があって、店も明るくなるし微笑ましいよ」。今度のデートは現代版「神田川」を体験しにきてね、と勧められたが、苦笑するしかなかった。</p>

<img alt="銭湯写真" src="http://www5.nikkansports.com/osaka/special/sentou/photo/36-2.jpg" /><img alt="銭湯写真" src="http://www5.nikkansports.com/osaka/special/sentou/photo/36-3.jpg" />]]>
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   <title>清水湯</title>
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   <published>2007-11-06T05:08:49Z</published>
   <updated>2007-11-06T05:40:55Z</updated>
   
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      　大阪ミナミは心斎橋アメリカ村に来た。古着屋やサーフショップなどが集う関西の一大カルチャー発信地だ。その繁華街の中心に清水湯はある。ご主人の八田計三さん（７４）はキャリア５７年のベテランで、３０歳のとき北海道から大阪へ来た。いまでは全国的に有名な銭湯となった「清水湯」を取材した。

      <![CDATA[<p>　八田さんは昭和８年、北海道は小樽で生まれた。終戦後の地元バラックで１７歳から銭湯を開業、人気を集めて２店目も出すなど順調だった。最初の転機は３０歳で訪れた。大阪の知人が銭湯を開かないかと誘ってくれた。小樽から奥さんと来阪、「難波の裏町で、料理店従業員の寮が多かった」という西心斎橋に「清水湯」を開いた。「昔は夜９時には静かな街でねえ。土着のお客さんが多かった」と懐かしそうに目を細めた。当時のアドレスは清水町だった。何でも江戸時代から水が湧き出す場所として、その名を知られた。</p>

<p>　転機は３５歳に再び訪れた。「あまりにも銭湯の衰退が激しくてね。家族はもう店を閉めろと言うし。一か八かで朝から働いた」。朝風呂を始めたのだ。午前６時開店は当時まずなかった時間帯だった。ＮＨＫの全国ニュースで２分も放送されたと言う。それでも「受け入れられるまでは苦労した」。営業が軌道に乗り掛けた昭和６０年、５２歳が３度目の転機となるとは。本当にショックだったという火災焼失。それでも再建を望む多くのファンの声に背中を押されるように復興。現在のビル形式で、１階をロビー、２階をフロントと脱衣所、３階を浴場とした。「当時の大阪市の担当の方も偉い方で、設計も含めていろんな意味で新しい試みができたと思います。正直、この清水湯の銭湯定義を拡大解釈した形がいまのスーパー銭湯で、その原点になったんです」。当時のロビーは豪華な作りで、「ちょっとしたホテルより見栄えがした」。ただ、食べ物を持ち込んだり、寝転がったり、若者の態度が悪く、仕方なく１階部分を閉鎖した。今はコンビニが入居している。</p>

<p>　やはりアメ村での銭湯営業は大変なのだろうか。「そんなこと思ったこと１回もありません。ひどい問題起きたことないから。ただ、店を開けていると若い人が安心できる場所って言うてくれる。風呂に来てホッとできるって」。いまや長距離バスや出張で来阪する地方からのリピーターも増えた。脱衣所が広く、ハンガー付きのロッカーも使いやすい。ＷＥＢの口コミで来る客層も絶えない。「気軽に行ける銭湯が、これからもずっと残ってくれたらいいと思いますねん」。八田さんの祈りに似た優しい眼差しが心に残った。</p>

<img alt="銭湯写真" src="http://www5.nikkansports.com/osaka/special/sentou/photo/35-2.jpg" /><img alt="銭湯写真" src="http://www5.nikkansports.com/osaka/special/sentou/photo/35-3.jpg" />]]>
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