新曙温泉
バレーも銭湯も大事
銭湯密度日本一の町・生野区にスポーツ一家が営む湯があると聞いて、さっそく立ち寄った。ご主人の西村佳隆さん(55)は銭湯を営みながら、バレーボール全日本のコーチとしてアテネ五輪に出場するなど、別の顔を持つ。奥さんの弥江巳さん(56)も名門ユニチカの元選手で、圭太さんがコーチ時代に出会った。2人の息子も野球の道を歩み、長女はバレーからビーチバレーの世界へ進んだ。「わたしにとってはバレーも銭湯も両方大事。子供たちが横道にそれず、まっすぐ育ったのも、スポーツと銭湯があったから」。弥江巳さんは胸を張った。
銭湯は1969年に圭太さんのご両親が生野で開業した。「生野は職人の町。家の中に工作機械を置いていたので、風呂のスペースももったいなかった。それで銭湯が増えたらしい」。弥江巳さんが初代から聞いた話だ。当時は今より風呂屋も多く、近所に曙温泉に似た名前もあった。「店名の曙に新が付くのは、間違えられないように」。そう話す奥さんはママさんバレーの強豪「生野スカイクラブ」の監督も務める。「20年以上、Aリーグから落ちていない。それが何よりの自慢」。選手としても活躍したが、指導者としても優れていたようだ。
子供をまっすぐ育て導くことも間違えなかった。「銭湯でお年寄りと触れ合う機会は多いが、とにかく弱い者に優しく、ということだけは強く言うて来た」。3人の子供はもちろん、地域の子供たちをバレーで銭湯で優しく強く、見守って来た。「小学校のとき、バレーを教えた子がプロ選手になったり、お嫁に行ったり。近況を聞くのが楽しい」。最高の笑顔を見せた。
勝つことよりも、卑怯なことをせず、ルールを尊重している。「お風呂のマナーも同じ。うちはサウナで100円かかる。これは生野では珍しい。100円で買える安らぎを守るため、サウナのお客さんには専用のカギを渡す。それがルールになってるから、妥協はしない」。家に風呂が当たり前にある時代。それでも入りに来てくれるお客さんに、気持ちよく使ってもらいたい。銭湯を極楽空間に導く技もまたA級だ。

