龍美温泉
炭酸泉につかり、見上げれば大阪城
大阪・海老江の銭湯で現代の「淀君」とでも呼びたくなるような笑顔の印象的なおかみさんに出会った。淀君と言えば、羽柴秀吉の側室で、戦乱の時代を強く生き抜いた女性として知られる。今回訪ねた龍美温泉は浴室の壁画タイルに、天下統一の舞台となった大阪城を描いたことで有名だ。輝く天守閣に見守られて「海老江の淀君」の笑顔も輝きが増す。
坂本はる子さん(58)が同い年のご主人・岩雄さんと松原から移って来たのは、1978年の3月だった。1歳になる長男を抱いて銭湯の前に立つと、まだ春風が肌寒かった。「梅田が近くて便利な場所やから」と以前の経営者の看板を引き継ぐ形で開店した。もともと長屋の多い福島の下町だが、東西線の開通もあって、ここ数年で新しいマンションが増えた。それでも、「ここら辺は神社と南桂寺のおかげで昔の雰囲気は変わらへんで」と、はる子さんは笑った。なるほど、玄関を出てすぐ左手の八坂神社の境内の落ち着いた空気は路地の入り組むこの地域を和ましている。
大阪城の壁画は1983年の改築のときに現われた。「池田の城南温泉や松原の天美中温泉と4つの銭湯で示し合わせて城の壁画を作ってん」と生い立ちを明かした。「うちは浴室が狭いから天守閣だけ。それでも当時はみんな喜んで壁画を見にきてくれた」と目を細めた。はる子さんはご主人と一緒に、お客さんに笑顔でくつろいでもらえるような場所作りに努めてきた。湯はホカホカ感の続く炭酸泉にこだわった。ロビーで生ビールやたこ焼き、焼そばなどの軽食を用意。お客さんとの会話も楽しみになっている。ほぼ年中無休なのも、お客さんの立場を徹底したからの判断だ。
マンションが増えて地域の人口は増えたが、客足は比例しない現実が横たわる。それでも「天守閣見たら元気になるから」。もう4半世紀、大阪城に見守られて、はる子さんも常連客も龍美温泉も歩んできた。ふと浴室を見上げると、そこには輝く天守閣。忙しく変わりゆくキタの風景を尻目に、何も変わらない絶景が湯煙ににじんだ。

