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おくやみ
日刊スポーツ評論家の鈴木保巳さん死去
06年3月25日、日本選手権が行われている立川競輪場の検車場で阿部康雄(右)をインタビューする鈴木保巳氏
元競輪選手で競輪解説者の草分けとしても活躍した鈴木保巳(すずき・やすみ)氏が08年2月9日午前4時33分、前橋市内の病院で亡くなった。76歳だった。鈴木氏はコーチとしても多くの名選手を育て、66年の現役引退後は日刊スポーツ新聞社の評論家として健筆を振るった。データを重視した鋭い予想は多くのファンを魅了。競輪界への辛口の提言でも支持を集めた。
病床でもペンを離さなかった。少しでも体調が良ければレース実況を見ていた。「レースを見て、予想することが一番の薬なんだ」。そう話していた。
鈴木さんは現役を離れてからの41年間、競輪評論家として、予想だけでなく競輪界へ辛口の提言を続けていた。それもすべて競輪への愛があったから。常に「おれの人生は競輪そのもの。競輪がすべて」と語っていた。
06年冬に体調を崩し、07年2月に入院。現場への復帰を目指し、闘病生活を送っていたが、帰らぬ人となった。
48年に前橋高野球部の主将として夏の甲子園大会に出場。翌49年の日大入学後も野球を続けていたが、競輪へ転身。51年9月に日本競輪学校1期生として京王閣でデビューした。A級1班(現在のS級1班)の選手として活躍する傍ら、現役中に「鈴木競輪道場」を開設。当時、乗り込み中心の練習だった競輪界に、科学的な理論やトレーニングを持ち込み、木村実成、福島正幸らスター選手を育て、競輪王国・群馬を築いた。
長男一正さん(47)は父の跡を継ぎ、現役選手としてバンクを走っている。道子夫人もかつては女子選手として鳴らした競輪ファミリー。
日刊スポーツ評論家時代は、選手1人1人の成績をノートに取り、最高上がりタイムやゴール時の時速で好不調を見極めるなど、それまでになかったきめ細かい予想を展開。繊細かつ大胆な予想はファンに絶大な人気を博した。テレビ解説者としても、分かりやすい解説で人気があった。
売り上げが右肩上がりだった90年代前半から競輪界に警鐘を鳴らし続け、構造改革や施設の改善、ファンサービスなどの提言を続けた。「もう1度、競輪界に恩返しをしたい」というのが夢だったが…。
11日、その棺は鈴木さんがこよなく愛したグリーンドーム前橋を1周する。そこから、きっと笑顔で天国へのペダルをこぐことだろう。
- ◆葬儀日程
- ▽通夜 10日午後6時から
- ▽告別式 11日正午から
- ▽場所 いずれも前橋市大友町1の1の5 メモリード前橋典礼会館
- ▽喪主 妻・鈴木道子(みちこ)さん