- 社会メニュー
-
おくやみ
高松英郎さん(俳優)が心筋梗塞のため死去
93年3月21日、長女智子さんの挙式に出席した花嫁の父、高松英郎さん
「柔道一直線」などのテレビドラマや映画の脇役として活躍した俳優高松英郎さん(本名・武市哲郎=たけいち・てつお)が07年2月26日午前、心筋梗塞(こうそく)のため自宅で死去した。77歳。温和なキャラクターから悪役まで幅広く演じ、外出時はいつでもスーツ姿というきちょうめんな人柄でも知られた。葬儀・告別式は親族のみで行う。
高松さんは、亡くなる前日の25日まで茨城・鹿嶋でテレビ東京ドラマ「猪熊夫婦の駐在日誌4」(放送日未定)の収録を行っていた。一段落ついたところで「気分が悪いので1度家に帰りたい」とスタッフに語り、鹿嶋から高速バスで帰京した。深夜に帰宅し就寝したが、翌26日午前6時半ごろ、寝室で亡くなっているのを家族が発見した。
二女の高橋幸子さんによると、発見した時はすでに心肺停止状態で、病院へ搬送したが手遅れだった。約30年前から糖尿病を患っていたものの、それ以外は大きな病気はなかった。7年前に神奈川県内に引っ越し、家族とともに暮らしていた。仕事以外は家で過ごすのが好きだったという。28日には、親しい人を集めて非公開でお別れの会を行う。
高松さんは51年、大映にニューフェースとして入社。長く悪役、敵役が続いたが、映画「黒の試走車」(62年)で自動車会社の部長を好演。62年に大映退社後はテレビに活動の場を移した。
69年には国民的人気番組となったTBSドラマ「柔道一直線」で、主人公の師匠である“講道館の鬼車”こと車周作役を演じた。車の編み出した必殺技「地獄車」も話題になった。その後もNHK連続テレビ小説「雲のじゅうたん」や大河ドラマ「八代将軍吉宗」などに出演。現代劇、時代劇を問わず、渋みのある男っぽい脇役として存在感を示した。88年に米アカデミー賞などを受賞した「ラストエンペラー」には軍曹役で出演している。
プライベートでは、62年に元モデルの陽子夫人とフジテレビ「テレビ結婚式」で結婚式を挙げ話題になった。テレビで式を挙げることによって結婚資金を浮かせ、社会施設に寄付したいとの思いからだった。スポンサーから贈られる電化製品やせっけんなどもすべて寄付している。
外出の際には必ずスーツとネクタイという律義な人柄でも知られた。ひょうひょうとしたキャラクターと堅物ぶりのギャップで最近はバラエティー番組でも親しまれた。
遺作となった「猪熊-」は研ナオコ、地井武男主演のシリーズもので、高松さんは定年退職した駐在役でゲスト出演していた。テレビ東京によると、高松さんの出演部分にはまだ撮り残しがあり、今後の対応は未定という。
悼む
「柔道一直線」で共演した桜木健一(58) 最後に会ったのは去年の夏。「柔道-」のDVD用の撮影でしたが、とてもお元気そうでした。開墾地に立てたような掘っ立て小屋で撮影していたので「きたねぇし、冬は寒くて嫌だったな」と苦笑いしながら振り返っていました。たばこは相変わらずかなり吸っていましたが、好々爺(や)になって、表情も優しくなってましたね。
役柄からプロデューサーに「絶対笑うな」と言われていたそうで、常に怖い表情をしていました。その上、もともと寡黙な方だったので最初は近寄りがたい印象がありましたが、実際はとても優しい方。「健ちゃん、こういう風にした方がいいんじゃない」とよく丁寧にアドバイスしてくれました。撮影では野良着のようなものを着ていましたが、俳優にしては珍しく、いつも背広にネクタイを締めていた。きちっとした姿が印象的でしたね。
- ◆高松英郎(たかまつ・ひでお)
- 本名・武市哲郎。1929年(昭4)10月24日、高知県生まれ。旧制早稲田中卒業後、演技の勉強を始め、51年大映第5期ニューフェースとして入社。53年「怒れ三平」で若尾文子の恋人役で俳優デビュー。大映退社後はテレビに活動の場を移し「藍より青く」「事件記者」「柔道一直線」などに出演。62年に5歳年下の陽子夫人と結婚。