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宮川泰さん(作曲家)が虚血性心不全のため死去

 ザ・ピーナッツの「恋のバカンス」や人気アニメ「宇宙戦艦ヤマト」のテーマ曲などを手掛けた作曲家の宮川泰(みやがわ・ひろし)さんが21日、虚血性心不全のため都内の自宅で亡くなった。75歳。午前10時を過ぎても起きてこなかったため、妻禮子さん(73)が様子を見に行ったところ冷たくなっていたという。多くの名曲のほか、NHK紅白歌合戦の最後に「蛍の光」の指揮者を務めるなど、国民に親しまれた名音楽家がまた1人逝った。

 長男で作曲家の彬良さん(45)によると、宮川さんは前日20日の夕方、1人で近所に買い物に出て缶チューハイを10本買ってくるなど、変わった様子はなかったという。普段通り深夜0時に就寝したが、午前1時ごろ急死したとみられる。

 持病もなかった。好きだった酒を控えるようになり、散歩など適度な運動もするなど、健康には気を使っていたという。また、NHK「歌謡コンサート」のアドバイザーの仕事が先月で終了。レギュラーの仕事がなくなり、好きだった絵を描いたり、のんびり過ごしていたという。彬良さんは「苦しんだ様子もなく安らかな顔でした。大往生だったのでは」と話した。

 さまざまな側面から音楽の楽しさを伝えた人だった。ザ・ピーナッツの育ての親として知られ、「恋のバカンス」(63年)などの歌謡曲をはじめ「宇宙戦艦ヤマト」(74年)などの映画音楽、テレビやラジオ番組のテーマ曲まで、幅広いジャンルに楽曲を提供した。

 「相手を楽しませたくなるクセがある」という性格から生み出された、独特の派手な指揮法でも知られた。93年から藤山一郎さんの後を継ぎ、NHK紅白歌合戦のフィナーレを飾る「蛍の光」の指揮者を務め、昨年末も元気にタクトを振っていた。また「落語家か漫才師になりたかった」というほどの軽妙なトークで、「シャボン玉ホリデー」や「おもいッきりテレビ」などの番組にも出演した。

 彬良さんは大ヒット曲「マツケンサンバ2」を手掛けるなど、宮川さんの“後輩”でもある。「作曲家としては、エベレストのような高いところにいる存在。でも、素顔はギャグが受けないと落ち込んじゃうような人だった」としのんだ。

 今月下旬には演奏会出演も予定していた。「メロディーのきれいな息の長い曲を」をモットーに最期まで音楽の第一線を走り続けた生涯だった。

◆宮川泰(みやがわ・ひろし)
 1931年(昭和6年)3月18日、北海道留萌市生まれ。大阪学芸大音楽科を中退後、上京。「平岡精二クインテット」のメンバーとして活躍後「渡辺晋とシックスジョーンズ」に参加。独立後はピアニスト、編曲家、作曲家として活躍。「恋のバカンス」で日本レコード大賞編曲賞、「ウナ・セラ・ディ東京」で同賞作曲賞を獲得。1男1女。

◆葬儀日程

▼通夜 24日午後6時から、東京都港区南青山2の33の20、青山葬儀所で

▼葬儀・告別式 25日午前11時半から、同所で

▼喪主 長男彬良(あきら)さん



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