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企画特集


2010年8月01日

洗濯モノとお天道さま

 自分のパンツは自分で洗いますよ。カミさん、とうの昔に洗ってくれなくなったから。お湯を流して、せっけんでグシャグシャと擦って、それを絞ってオシマイ。不衛生? そんなことないよ。後で日干しで、消毒するんだからね。文句あっか! ってな訳で今回のテーマは「洗濯モノとお天道さま」―。


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 開店休業のコインランドリー(東京・目黒区)

洗濯モノ干しを禁じるって…
 「メシ、風呂、寝る」といえば、亭主関白を象徴する常套句(じょうとうく)。もはや死語になったか、3点セット自体が化石のような肌合いをまとって聞こえる。草食系男子にはアンシンジラブル(信じられない)だろうが、「洗濯」だって前述セット語の親せきみたいな文言で、箸(はし)の上げ下げ同様に、男子達にはアンタッチャブルな所作であった。

 町のコインランドリーの普及期は、いつごろだったか。自身のあいまいな記憶では、フォークソングの「神田川」がヒットした70年代だったような気がする。ふたりで横町にある風呂屋へ行って。赤い手ぬぐい、マフラー、小さな石けん、そして3畳1間の小さな下宿…きっとコインランドリーにも通っていたのに違いない。むつまじい歌詞とメロディーが、時代の気分を見事なまでに演出して、どんなにまぶしかったことか。

 コインランドリーのよさは、大量の洗濯物が一気にさばける上に、乾燥までが手間要らずなことにつきる。私なぞは大いに重用していたが、今では見つけるのもひと苦労である。俗にいう「白物家電」メーカーが、あの手この手の全自動機能をひっさげて、これでもかと新型を投入して買い替え需要を喚起する。その一方、主に郊外では、大型衣類から毛布・布団までまるごと面倒を見てくれる、駐車場付き大型コインランドリーが人気である。庶民の味方だった町の小さなコインランドリーが、寂しげな音をさせて回っていて、傍らの空き地にはしばしば家庭用の洗濯機が無残にも打ち捨てられている。それがこの国の偽わざる、普通に見られる景色である。

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 王道「案山子干し」に惚れ惚れ(栃木県日光市)


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 可憐な花の向こうにシーツがひるがえる(長野県南木曽町)

 それはそうと、都会あたりでは残念ながら、美観を損ねるという理由で、洗濯モノ干しを禁じている地域や集合住宅が少なくない。お天道さまをたっぷり浴びたシャツに袖を通したり、1日が終わって布団にもぐり込む時の何ともいえない幸せ感…と思うのだが。そのへんの論議というか、洗濯モノ干しの是非がされなさすぎる! とかねがね疑問に思っている。いや、思うだけでなく、洗濯モノ干しの“禁”を破ってまで、外干しをやらかしている。有言実行であるのだ。

 海外の、アメリカあたりでは、かつてはかまびすしかった景観論争を超えて、いま洗濯モノ干しが静かな広がりをみせているという。乾燥機を使わなくなれば、二酸化炭素(C02)排出量を減らせ電気代の節約にもなり、エコだし結構ずくめである。なんとホワイトハウスの庭に洗濯モノを干すように、オバマ大統領夫妻に要求する署名運動まであるというから、天晴れな国である。

 彼の国では、文明の行き過ぎに歯止めがかかって、いみじくも人間性の回帰が叫ばれる。それを対岸の火事として涼しい顔で見ているだけか、どうか。たかが洗濯モノ、されど洗濯モノ。…洗濯モノひとつにも、人の志が問われるのだ。 

 洗濯モノが風に翻る光景を見ると、ココロが安らぐ。かつて私の友人は、住宅メーカーへの広告プレゼンの席で「奥方の洗濯モノの干しかたで人柄・家柄がわかる」という名セリフを吐いて参列者をうならせたものだが、けだし寸鉄だった。

 列島の各地を行くにつけ、そんな光景にふと出合えて、どれほどの安堵(あんど)を覚えてきたことだろうか。ちなみに私の好みは、もうだんぜん「案山子(かかし)干し」である。【ピート小林】

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 嗚呼、「三種の神器」の末路(富山県高岡市)


洗濯機の普及で消えた風景

 病み上がりの、やせこけた体を「ほんとに洗濯板みたいになっちまって」と言ったのは昭和30年代半ばぐらいまでだった。

 縦60センチ、幅30センチ、厚さ1センチほどの栓(せん)の木か桜材。その表面に弧を描いて波状のぎざぎざが彫り上げてある。浮き上がったあばら骨様の洗濯板は日常に欠かせないものだった。
 思い出すのは母親の、しゃがみ込んで、前のめりでゴシゴシと洗う後ろ姿である。洗濯が終わると、夏なら洗濯板をのけて、たらいで行水もできた。

 「腹、減った!」。

 声をかけると、

 「もう少し待ちな。これが終わったらね」。

 後ろ姿のかっぽう着が前後に揺れて、返事をした。

 そんな風景が消えたのは洗濯機の普及が契機であった。町内で初めてそれを見かけたのは小学校低学年のときだろうか。テレビも冷蔵庫も早かった、その家に洗濯機が届いたのを聞きつけた子どもたちは、学校が終わると一目散に駆け込んで、水槽をのぞき込んだ。

 太い軸棒に三角形の羽がついており、これが回転して水流を起こし、洗濯物をかき混ぜた。洗い終わると絞り器に掛る。洗い上がったばかりの洗濯物をローラー状のそれに挟み込み、ハンドルを回転させるとシャツが、ズボンが、スカートが“のしイカ”みたいになってズルズルと押し出されてきた。ぺったんこになったそれをパンパンとたたいて、物干しざおに掛ていった。太陽の逆光の中、真っ白いシャツは青空に透かされて水色に光った。

 正式には「噴流式洗濯機絞り機付き」と呼んだそうで、1954年(昭29)に発売されている。いわゆるテレビ、電気冷蔵庫を加えて「三種の神器」―。【石井秀一】

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ピート小林と歩く こころの日本遺産
ピート小林(ぴーと・こばやし)
 前世紀生まれ。駐留軍基地と米国で肉体労働者、バーテンダー、Brooks Brothers勤務などの後、広告業界へ。ME博報堂、電通などを経て独立。コピーライターでもあり、“さくらストーカー”の異名で桜前線を酔狂に追い、“ノスタルジジィ”の異称で「こころの日本遺産」を撮る酔眼カメラマンでもある。チープシックが金科玉条で「青春18きっぷ」のヘビーユーザー。青山学院大卒、サンフランシスコ・アート・インスティチュート写真科中退。著書に「アメリカ語トレーニング」(主婦の友社)「股旅桜」(日本カメラ特別付録)「美人のひと言」(PHP・英語ナビゲーター)「にっぽんお宝桜撮影行」(枻文庫)「北海道さくら旅」(北海道新聞社)。近著の全国の案山子(かかし)を訪ね歩く写真集「カカシバイブル」(東京書籍)は好評発売中。ホームページはこちら。
石井秀一(いしい・ひでかず)
 1953年(昭和28)、東京生まれ。78年、日刊スポーツ入社。80年秋、野球部へ異動。長嶋解任直後の巨人を担当、その後横浜大洋(現横浜)担当を経て、巨人担当キャップ、遊軍記者を歴任。野球デスク、野球部長、編集局次長。昨年より編集局文化社会部編集委員。

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