2009年7月01日
(21)「なあ、正輝」笑顔で無茶な指令

- ハワイのゴルフ場で神田正輝(左)と石原石原裕次郎さん
「とにかく早く来てくれ」。神田正輝(58)はその日朝、ホノルル市内のホテルに到着したと、別荘にいる石原裕次郎に連絡すると、そのあわてた話しぶりに驚いた。とにかく急いでレンタカーに乗り込み、別荘に向かった。郊外にある建物に近づくと、門の外に見覚えのある人影が見えた。裕次郎だった。Tシャツに短パン、手にはビーチサンダル。両手を大きく広げて「中には入るなよ ! 」と叫び駆け寄ってきた。車に乗り込むと「早く出してくれ」。言われるままアクセルを踏むが、行き先が分からない。「どうしたんですか?」と聞くと「逃げるんだよ」と裕次郎。「とりあえず島を1周しよう」と指示された。
当時、裕次郎は解離性大動脈瘤(りゅう)手術後で年末年始恒例の石原プロハワイ旅行も、裕次郎の静養という意味合いが強まっていた時期だった。ハンドルを握る神田に「酒屋に入って、うまいシャンパンを探そう」と笑った。裕次郎は毎日30錠にも及ぶ大量の薬を規則正しく服用し、食事制限も実行中だった。アルコールは当然厳禁だった。島中くまなく探し回ったが、求めるものは見つからなかった。
気がつけば日は傾きかけていた。午後5時すぎにホノルル市内に着いた。ハイアットリージェンシーホテルを指さし「一杯飲んでいくぞ」。テラス席に座ると、塩がグラスの縁に付いた「ソルティドッグ」を注文した。塩分は特に厳しく制限されていたので神田はあわてて「社長、それはまずいです」と言ったが「いいんだよ」と静かに笑っていた。グラスをテーブルに置いたまま、オレンジ色に染まっていく海を黙って見つめた。1時間ほど過ぎた。「怒られますから、そろそろ帰りましょう」。「分かってるよ。パスポートもないんだから、日本まで逃げられるわけもないしな」。神田には分かった。少しだけ気分をリセットしたかっただけなのだ。悲壮感はない。ただ少しだけ課せられた日常から逃げたかっただけなんだと。
午後7時前、別荘に戻った。常に裕次郎のそばにいたスタッフの1人、金宇満司(76)は「何やっていたんだ、ばかやろう」と怒鳴ったが、神田と2人だけになると「ありがとうな」と言った。「体調を思えば仕方ないことでしたが、息詰まっていく裕次郎さんを見るのはきっとみんなもつらかったんです」。
新人時代、夕方になると撮影現場に裕次郎から連絡が入る。運転手として銀座や赤坂を移動するためだ。店に入ると自分を隣に座らせた。「車や外、店の隅などで(運転手を)待たせるのが嫌いな人でした。本当にやさしかった」。最後はいつも行きつけの渋谷の店。「僕は今日も撮影があるので帰りましょう」と言うと「おお、そうか」と店を出る。東京・成城の自宅まで送ると、撮影スタジオ駐車場に窓を開けたまま車を止める。仮眠しているとスタッフが起こしに来る。これが日常だった。「むちゃなことを言われても自然に心が動く。頭のてっぺんから足のつま先まで、言うことやることすべてがチャーミング。それでいて少しきかん坊。そばにいるだけで本当に楽しかった」。「なあ、正輝」と切り出し、むちゃな“指令”を出す時のちゃめっ気たっぷりの笑顔が今も忘れられない。(この項終わり=敬称略)【特別取材班】
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