2009年6月30日
(20)顔見るたび「正輝、遊んでいるか?」

- ドラマ「太陽にほえろ」収録に現場復帰した石原裕次郎(手前)。後列左から下川辰平、露口茂、友直子、神田正輝
風のような人だった。1975年8月。神田正輝(58)は大学卒業後、スキーのコーチをしていた。当時24歳。知人と東京・赤坂東急ホテルの喫茶店で雑談をしていた。離れたテーブルに石原裕次郎を見つけた。偶然にも知人は裕次郎と知り合いだった。あいさつに出向く知人の後ろにいると裕次郎は気軽に声を掛けてきた。いつの間にか1つのテーブルを囲んでいた。話題がスキーになると裕次郎に聞かれた。「ところでスキーは何歳までやるつもり?」。「35歳になったら山小屋のオヤジになるつもりです」と答えた。裕次郎は「10年後か」とつぶやいた。遊びの話ばかりしていた裕次郎が「テレビに出てみないか」と切り出した。「テレビは好きじゃないですね」。裕次郎は笑いながら「そうか」と言って立ち上がり、「それじゃ」と手を上げ、さっそうと去って行った。
裕次郎はその日、翌年放送開始のドラマ「大都会」の新人選考のためホテルにいた。審査に行き詰まったからなのか、会場を抜け出しコーヒーを飲んでいた。
1週間後、自宅の電話が鳴った。「うちの会社に遊びに来い。映画で使った車も見せてやる。メシも食わせてやるぞ」。連絡先は知人から聞いたらしい。大スターなのに不思議なほど威圧感がない。石原プロモーションを訪れるとまた遊びの話ばかり。スキー、ゴルフ、車…。一体おれに何の用件があるのだろう。「今度は撮影所に来いよ」。夏スキーシーズンも終わり、時間はあった。日活撮影所に足を運ぶと裕次郎自ら案内してくれた。しばらくすると建物の隅を指さし「カメラで撮ってやるから、そこに隠れてこっちをのぞいてみろよ」。カメラテストだったことは後に気付く。
「冷やかしでいい。1本だけでいいから」と説得され、1カ月後に始まった「大都会」の撮影に参加した。1話目を撮り終えると「そろそろ山に行かないといけないので」と告げた。裕次郎は「そうか」と言った。山にこもっているとロッジの電話が鳴った。石原プロのスタッフだった。「1本だけというのは、最終回までという意味だ」と説明された。仕方なく山を下り、撮影所に戻ると裕次郎は笑って出迎えた。
スキーで生計を立てようとしていたので困ったが「ある程度やったら辞めればいい」と撮影所に通った。最終話が近づくと別のドラマの台本を渡された。裕次郎は自分の顔を見るたび「正輝、遊んでいるか?」と笑うばかりで、自分の演技のことにはまったく触れない。スタッフから「何であんな素人を使うのか」と聞かれた裕次郎が「あいつは必ずものになる」と言ったのは後で知る。
裕次郎に背中を押されるまま10年が過ぎた。ある日東京・成城の自宅に呼ばれた。「よく10年も持ったな」と、神田の名前が入った高価なブレスレットを手渡された。自分の導きで1人の若者の運命を変えたことに対する言葉などなかったが「おまえは外国ばかりに遊びに行くから、金が無くなったらこれでも売れば飛行機代ぐらいにはなるぞ」と笑っていた。ぶっきらぼうな言葉に隠された、やさしさがうれしかった。
「なぜ自分を俳優の道に進ませたのか、理由は聞きませんでした。たとえ聞いても、きっと裕次郎さんは笑うだけでしょう。『そんなことより、遊んでいるか?』って」。(敬称略)【特別取材班】
◆裕次郎とスキー 父の転任で3歳から9歳まで北海道・小樽で過ごし、父からスキーを教わった。冬は同地の天狗山で兄慎太郎とスキーを楽しんだ。自宅から稲穂国民学校(現在の稲穂小学校)まで、スキーで通った。61年には長野・志賀高原のスキー場で、女性スキーヤーと衝突。右足首を粉砕複雑骨折した。映画「黒部の太陽」(68年)撮影の休憩時間には、富山県黒部でスキーをした。
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