2009年6月11日
(8)田辺「今も最高のお手本」

- ザ・スパイダースが主演した67年の日活映画「ザ・スパイダースのゴーゴー・向こう見ず作戦」の1シーン。左から大野克夫、井上順、堺正章、田辺昭知、かまやつひろし、井上堯之、加藤充(日活提供)
芸能プロダクション「田辺エージェンシー」の前身「スパイダクション」の社長を務めていた田辺昭知(70)は、昼すぎに仕事が一段落すると、都内でハイヤーに乗り込んだ。「熱海に向かってください」。当時36歳だった石原裕次郎が肺結核で国立熱海病院に入院したと関係者から知らされた。車窓からは満開の桜が見えた。裕次郎はのちに大病を何度も患うが、当時はタフガイのイメージが依然強かった。「療養所と聞いて驚きまして、入院も長くなるのかなと思い、とにかく駆けつけようと思ったわけです」。
病室のドアを開けると立っていた裕次郎が「おぉ、昭坊(しょうぼう)か。元気か。お前も忙しいのに悪いなあ」と気づかった。直立不動の田辺は「いえ、どうってことないです」と答えた。「何か食うか?」と言われたが「いえ、結構です」と丁重に断った。顔を見て安心したので「では、帰ります」。裕次郎は大笑いした。「おいおい、何だ昭坊。今来たばかりじゃねえか」。田辺もつられて笑った。3時間かけて駆けつけたが、病室にいたのは5分間。「お元気そうな顔も見られた。僕にとってはそれで十分だったんです」。
石原プロモーションを立ち上げて映画製作に乗り出した裕次郎。芸能プロダクションを設立して歌手やタレントの発掘、育成に注力し始めた田辺。進む道が異なり、仕事で接する機会こそ減ったが、田辺は裕次郎を慕い続けた。「最初にお会いした時に感じた身の震えるような感動が薄れることはありませんでした」。
実直な田辺を裕次郎も気にかけ続けた。仕事で音楽関係者に会うと「何かあったら田辺昭知の力になってやってくれ」とそれとなく伝えていた。
国立熱海病院の見舞いから16年後の1987年(昭62)1月。療養生活を送る裕次郎に会うため、ハワイの別荘を訪ねた。48歳になった自分を変わらず「昭坊」と呼んでくれることがうれしかった。「昭坊、よく来たな」「いえいえ、どうってことないです」。何年たっても変わらない2人がいた。「どうせ酒を飲まないんだから、何か食べていくか?」と裕次郎。「いえ、もうおなかいっぱいですから」と遠慮する田辺。海が見えるリビングで少し話をした。その半年後、裕次郎は他界した。最後になってしまったその日を思い浮かべると、今でも波音が聞こえてくる。
芸能界を動かす実力者の1人となった田辺は「(プロダクション運営における)理念に近しいものを石原さんから学んだ。それを実践できるようにタレントたちと向き合っています」という。「自分を自分でどう見せていくか。今は音楽もお笑いもセルフプロデュースが求められる時代です。石原さんの持つ天性の勘というものなのでしょうか。僕の目にはファンが求めるものに対し、いつも絶妙の答え方をしていたように映りました。それも過度でなく、いやらしくなく。今も最高のお手本です」。(この項終わり=敬称略)【特別取材班】
◆裕次郎とヨット 16歳の時に父親からヨットを与えられ、神奈川・逗子の海で練習。ヨットレースを続けた。初の太平洋単独横断を行った堀江謙一の実話を映画化した「太平洋ひとりぼっち」(63年)に主演。87年の死去後、「石原裕次郎メモリアルヨットレース」が始まる。93年の七回忌では、ヨット型の献花台が設置された。愛艇「コンテッサ3」は、北海道・小樽の記念館に展示中。
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