2009年6月10日
(7)田辺昭知と朝まで芸能プロ話

- サ・スパイダーズのシングル「いつまでも どこまでも」のジャケット
目を閉じるといつでも聞こえてくる。「昭坊(しょうぼう)、元気か」。一世を風靡(ふうび)したザ・スパイダースの元リーダー田辺昭知(70)。今はタモリらを擁する大手芸能プロ、田辺エージェンシー社長という芸能界の重鎮の1人だ。裕次郎との親交を知る人は限られるが、田辺は今も自分を呼ぶ裕次郎の声が忘れられない。
スパイダース結成直後。田辺は日活映画の伴奏音楽の仕事で東京・調布の撮影所に通った。グループサウンズブームに乗って人気者となり、出演作が日活で製作された。ある日、食堂で自分を呼ぶ声がした。「おぅ、きみ」。驚いた。雲の上の存在だった裕次郎だった。「監督は誰なんだい? 撮影はどう?」。「石原さんにとって僕らは物珍しく、何者? という感じだったはず。それでリーダーの僕に声を掛けてくださったのでは」(田辺)。あいさつを交わすようになり、「昭坊」と呼ばれた。「そう呼ばれてかわいがってくださったことがとにかくうれしかった」。裕次郎は28歳、田辺は24歳だった。
数カ月後「ウチに来いよ」と誘われた。ソファに座ると「なぜ音楽に興味を持ったのか」「今後どう生きるのか」などと聞かれた。話題は当時相次いで設立された渡辺プロなど大手芸能プロに及んだ。熱っぽい口調で「芸能プロというものをどういう感覚でとらえているんだ」と、質問が続いた。ドキドキしながら自分なりの考えを話した。
当時、裕次郎をはじめ映画スターは、映画会社大手5社に所属し、他社の作品に出演できない制約があった。制約を嫌った裕次郎は数年後、独立プロを立ち上げ、5社に対抗して映画製作に乗り出す。田辺は「今思えば私の話などお役に立ったと思いませんが、きっとそのころから石原さんの中にそうした情熱が芽生えていたのでしょう」。若者の意見にも耳を傾ける懐の深さは、その若者をも刺激したのだろうか。田辺はその後マネジメントに専念するため芸能プロ「スパイダクション」を設立した。
気づくと朝8時だった。裕次郎は「昭坊、このまま現場に行くしかないな」と笑った。妻まき子とそろって玄関で見送られた。
その後も「明日はどこだ? 撮影所だったら近いからウチに寄っていけよ」とたびたび誘われた。「ちゃんと食べていけるか心配してくださっていたのだと思います」。いったん帰宅して着替え、シャワーを浴びて石原邸に向かう。「あのやさしい目で『昭坊』と言われるだけで幸せで温かい気持ちになった」。酒を1滴も飲めない田辺に不快な顔を1度も見せず、1升瓶を空けながら必ず朝まで話し込んだ。「眠くなったことなんて1度もなかった」。リビング隣の和室に布団が敷かれていたが、そこで寝たことは1度もなかった。(敬称略)【特別取材班】
◆田辺昭知(たなべ・しょうち)1938年(昭和13年)11月15日、東京都生まれ。61年にグループサウンズの田辺昭知とザ・スパイダースを結成し、翌62年以降、井上堯之、大野克夫、堺正章、かまやつひろし、井上順らが参加。「夕陽が泣いている」「なんとなくなんとなく」などヒットを飛ばす。66年スパイダクションを設立、70年に現役引退。71年にザ・スパイダース解散。73年に田辺エージェンシーを設立。
◆田辺エージェンシー 1973年(昭和48年)4月設立。東京都目黒区。現在は堺正章、研ナオコ、由紀さおり、タモリ、永作博美、堺雅人、リップスライム、杏さゆり、道端ジェシカらが所属。「笑っていいとも ! 」「ミュージックステーション」「タモリ倶楽部」など人気番組の制作協力や企画協力も手掛ける。
◆裕次郎と歌 56年の映画「狂った果実」で初主演し、同名の主題歌をリリースして歌手デビュー。73万枚を売り上げた。87年に亡くなるまでに500曲以上を吹き込み、計5000万枚以上の売り上げを記録。牧村旬子とデュエットした61年のシングル「銀座の恋の物語」が、最多335万枚の大ヒット。所属先はテイチクレコード一筋で、同社内に専用マイクが保管されている。
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