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2006年11月23日

受賞の知らせの日、祖父が亡くなった

「誕生!女流監督編3」

 「ゆれる」西川美和(32)、「かもめ食堂」荻上直子(34)と気を吐く女性監督陣。その後を追うように続々と登場してスクリーンをにぎわせている。三重県伊賀市のご当地映画「酒井家のしあわせ」(12月23日公開)を撮ったのは29歳の呉美保(お・みぽ)監督。もちろんこれがデビュー作である。監督経験などまったくなかった女性の「監督への道」を聞いてみた。

 呉監督は大阪芸術大学映像学科を卒業し、「何か作りたい」思いに駆られてCMや映像関係会社の就職試験を受けまくった。約10社に及んだ果てしなき挑戦は全滅。「見た目でダメ、でした」と悔しそうに振り返る。失礼ながらとってもかわいいルックスで小柄、見た目は高校生、もしかしたら小中学生に間違えられるかもしれない。映像関係ははっきりいって男社会。少女にしか見えない監督が「見た目」ではねられたのも無理はなかった。

 「大学4年の冬、東京で試験受けて帰る時、新宿で階段から落っこちたんですよ。がっかりしていた時にとっても屈辱を感じた」という。だが、彼女はあきらめなかった。屈辱をバネに、あくまで映像作家への道を探してもがいた。北海道・芦別で大林宣彦監督主宰のビデオの映画祭があり、これまでに撮っていたホームビデオを大学の機材を使って編集、3分にまとめた。題材はぼけが始まった「ハラブジ(祖父)」の記録だった。

 会場では間違って「ハブラシ」と紹介されたそうだが、これが審査員賞を受賞した。その知らせは、祖父が亡くなった日に届いた。授賞式は祖父の四十九日だったというから、彼女の船出は祖父の導きだったのかも知れない。パーティー会場で、彼女は意を決して大林監督に「映画の現場を見せて下さい」と直訴した。

 監督にはほとんどしかとされたそうだが「プロデューサーを務めていた奥さんが名刺をくれたんです。それで卒業後、貯金30万円をおろして伊賀から訪ねて行きました。奥さんは『本当に来たの?』という感じだったけど、撮影が始まる時に連絡する、ということで」。1本のビデオ、1枚の名刺から彼女の未来が開き始めたのだった。

 大手映画会社の撮影所がほとんど貸しスタジオと化し、人材育成システムが崩壊した今、映画監督になる道はもはやない、といっていい。本広克行監督(踊る大捜査線)や中島哲也監督(下妻物語)のようにテレビドラマのヒットメーカーが映画監督に転身して主流を占めているが、まったく別の道をはい上がるしたたかさは、もしかしたら女性の専売特許なのかもしれない。(つづく)

 (このコラムは毎日更新します)

安永五郎(やすなが・ごろう、大阪日刊スポーツ新聞社映画担当)
安永五郎の顔写真  1948年(昭和23年)8月24日、大阪市生まれ。小学校時代に「荒野の七人」、中学校時代に「史上最大の作戦」、高校時代に勝新太郎「座頭市」シリーズ、関大時代に大島渚、今村昌平監督作品にハマり、映研で16ミリの製作を手がける。シネラマのOS劇場でアルバイト。
 大学卒業後、大阪日刊スポーツに。1973年から、東映、大映、松竹の京都撮影所を担当。1980年からプロ野球記者として、阪神、阪急(現オリックス)を担当。編集委員等を経て、2004年から2度目の映画担当。
 阪神担当時代、米国キャンプに同行した際、当時、日本では手に入りにくかったサウンドトラック盤のレコード約50枚を購入した経験を持つなど、映画に関しては相当の「オタク」。


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