2007年2月28日
大阪の映画祭3完
昨年復活して今年第2回目を迎える「おおさかシネマフェスティバル」(3月16~18日、心斎橋・そごう劇場)。今回は「地元大阪、関西ゆかりの人」に絞って選考した結果、主演男優賞に上方落語界の重鎮、桂春団治(そうかもしれない)、主演女優賞に宝塚歌劇出身の檀れい(武士の一分)という他の映画祭とは違ったユニークな顔触れになった。中でも、大阪以外にはあり得ない、と誇るべき? なのが新人賞である。
新人賞3人の顔触れは、落語家の桂雀々、南海キャンディーズのしずちゃん、こと山崎静代、それに天才少女、谷村美月。もうひとつ、新人監督賞には小林聖太郎監督が選ばれた。今年の賞レースでひときわ輝いた「フラガール」のしずちゃんは分かる人が多いだろうが、あとの3人は? 実は彼らは大阪・十三のご当地映画「かぞくのひけつ」組である。
といってもなお分からないかもしれない。昨年12月にホームグラウンドの十三・第七藝術劇場で公開され、いまなお1日に1~2回ぐらいは上映されている。だが、神戸での公開が決まったぐらいで全国公開はまだこれから。まさに大阪の映画祭ならではの受賞なのである。
雀々は、関西では知られた存在だが、映画は初主演。ベテラン女優、秋野暢子とのコンビで不動産屋夫婦を演じた。主人の愛人(ちすん)が店にやって来て騒動を巻き起こす人情喜劇で、2人の息子に久野雅弘、そのガールフレンドを演じたのが谷村である。ちすんも含めて、主要キャスト全員が大阪出身という徹底ぶり。文字通りの「ご当地映画」である。
これが初メガホンになる小林聖太郎監督は、井筒和幸監督の「パッチギ!」(05年)でサード助監督を務めるなど、助監督としては知られた存在だった。といっても、あくまで3番手だから1本立ちまでにはまだ時間がかかるはずだったが、そんな彼にチャンスを与えたのがシマフィルムの志摩敏樹プロデューサーである。といっても、この人、本業は京都府舞鶴市の機械リース会社の社長さん。映画好きが高じて映画製作に乗り出したもので、相米慎二監督の「風花」(00年)、森崎東監督の「ニワトリはハダシだ」(05年)など、意欲的な作品を援助してきた。
昨年公開された若松孝二監督の「17歳の風景 少年は何を見たのか」は製作費5000万円全額出資した。若松監督が新宿ゴールデン街で飲みながら作品の構想を語り「5000万円あったら出来るんだが」と話した時、たまたま同席していたのが志摩氏だった。「私が出しましょう」とその場で意気投合したそうだが、監督は「酒の席のこと、どうせ忘れている」と本気にしなかったの。だが、志摩氏はちゃんと覚えていて、この野心作が出来上がったそうだ。
「かぞくのひけつ」も同様。十三の第七藝術劇場が経営をめぐるトラブルから休館に追い込まれたのだが、なんとか危機を脱した時、「応援するために映画を作ろう」とポンと千数百万円を出した。昨年夏、小林監督や桂雀々ら、フレッシュなスタッフ、キャストでわずか17日間で撮りあげた。映画は、まだ30代の監督らしいハツラツタッチ。大阪ならではの人情味を加えて、笑ってしんみりさせる出来。こんな小味な作品こそ、大阪の映画祭にふさわしい。昨年は邦画と洋画の興行収入が逆転、ちょっとした邦画バブルである。だが、こうした地に足着いた手作り映画こそが、これからの日本映画を支えていくように思う。(完)
※長い間、ご愛読ありがとうございました。
- 安永五郎(やすなが・ごろう、大阪日刊スポーツ新聞社映画担当)
-
1948年(昭和23年)8月24日、大阪市生まれ。小学校時代に「荒野の七人」、中学校時代に「史上最大の作戦」、高校時代に勝新太郎「座頭市」シリーズ、関大時代に大島渚、今村昌平監督作品にハマり、映研で16ミリの製作を手がける。シネラマのOS劇場でアルバイト。
大学卒業後、大阪日刊スポーツに。1973年から、東映、大映、松竹の京都撮影所を担当。1980年からプロ野球記者として、阪神、阪急(現オリックス)を担当。編集委員等を経て、2004年から2度目の映画担当。
阪神担当時代、米国キャンプに同行した際、当時、日本では手に入りにくかったサウンドトラック盤のレコード約50枚を購入した経験を持つなど、映画に関しては相当の「オタク」。