2006年11月30日
渡辺謙の底力
-硫黄島からの手紙(12月9日公開)-
一線級といわれる俳優でも、発する“オーラ”の量が多い時期があれば少ない時期もある。そのグラフが山に差し掛かったときを「脂が乗り切った」などと評するのだろう。最近の渡辺謙は文字通り、その山の頂にいるように思う。演じるのが激しい人物だろうと、静かな人物だろうと、映像から浮き出てくるような、存在が前に出ている印象がある。
今回演じた栗林忠道陸軍中将は実に多面的だ。5日で終わるといわれた硫黄島の攻防戦を36日間戦い抜いた闘将であり、独自のトンネル作戦を考案する知将であり、“玉砕”こそ名誉とされた軍にあって生き抜いて戦うことにこだわる合理主義者でもあった。さらに家族思いでもあり…。
人物への理解が浅いと、それぞれの表現が唐突になってしまったり、多重人格的に見えてしまいそうだが、不思議なほど滑らかに1人の人間像が形成されている。例えば、洞窟(どうくつ)の司令部の薄明かりの中で、垣間見せるちょっとした笑顔が家族への思いを連想させる。さりげない表情がしっかりと心の中を表しているのだ。
「栗林中将」に関する資料を読み込み、心情を重ねてきた渡辺は硫黄島に降り立ったときに思わず涙したそうだ。1人海岸線を歩く後ろ姿のシルエットがなんとも悲しく見えるのも、そんな思いが反映されているからかもしれない。
出演を受諾する前にクリント・イーストウッド監督とは徹底的に話し合ったそうだ。その深い考えに触れて、初めて出演を決めたという。“ハリウッド映画”に決して浮かれることなく、中身を見極めようとするところがこの人の大きさだろう。
イーストウッド監督の2部作は先行して公開中の「父親たちの星条旗」が米国から見た硫黄島であり、今作が日本から見たそれだ。戦場の残酷さ、不条理から目をそらさない姿勢が貫かれ、米軍による不法な捕虜殺害シーンもある。
二宮和也、伊原剛、中村獅童らの“これがベスト演技”という意気込みも伝わってくる。栗林中将を始め、彼らが演じたそれぞれの人物がそれなりのしんを持って生きているのに対し、加瀬亮演じる元憲兵は何とも悲しい。飼い主一家に懇願されて犬を殺せなかったことが上官の逆鱗(げきりん)に触れ、憲兵隊を追い出されて前線に送られた彼は“優しさ”が最後まであだになる。妙に感情移入して見てしまった。現代から見ればもっとも分かりやすいキャラクターなのかもしれない。
(このコラムは毎週木曜の更新です)
- 相原斎(あいはら・ひとし)
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1956年5月27日、東京生まれ。早大卒。1980年入社。
文化社会部では主に映画を担当。同部デスク、部長、編集局次長を経て現在総務局長。著書に「寅さんは生きている」(朝日ソノラマ)。