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2009年11月17日

舟木との“兄弟共演”目標

 いまから14年前に最愛の母が亡くなり、天涯孤独の身となった竜小太郎。ちょうどその頃、彼の前に兄とも慕う人物が現れる。

 「最初にお会いしたのは、17歳のとき。東京・中野サンプラザで行われたコンサートで、僕は女形として舞ったのを覚えています。『じゃあ、弟としてかわいがるか』と言ってくださって…。その時はほとんど話すことはなかったのですが、それがきっかけでお芝居でも共演させていただけることになったのです」と竜は振り返る。

 それが舟木一夫だった。

当時、彼は舞台俳優としての活動を再開、東京や名古屋、大阪などの劇場で座長公演を行うようになっていた。1994年の「次男坊鴉」(名古屋・中日劇場)を皮切りに、竜はたびたび共演するようになっていった。

 「幼い頃から大衆演劇で鍛え上げられているから、芝居も所作も舞も熟知していて、僕が注文をつけることはないんですよ」と舟木は言う。自らの半生を基にした舞台「おやじの背中」にも描かれているように、舟木の父親は劇場を経営していた。「大衆演劇の一座もよく来ていました。小さかったので、ほとんど覚えていないのですが、『モチヅキ・ユウノスケ』という看板が掛かっていたのだけはなぜか覚えているんですよ」。

 遠い日の記憶の中に残るかすかな役者の匂い。それを竜にも感じた。

 竜も「舟木さんには好きなこと言わせてもらっています。時には所作などを聞いてこられることもあるし、僕のほうは踊りの型や舞台衣装などをアドバイスしてもらっています」と“兄”を信頼している。

「多芸多才というのは僕らの世界では器用貧乏にもなる。自分の若い頃もそうだったけど、全部お客さんに見せたくなるけれど、それではいけない。今回の公演ではこの部分をメインにしてあとは“箸休め”にするというように見せるのを我慢するのが身につくと、爆発力が違いますよ」とエールを送る舟木。

 それを受けて「もうひと回り大きくなって、また同じ舞台に」と竜は“兄弟共演”を1つの目標にしている。【N】

(竜小太郎)


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 (まつい・まこと)1960年4月8日、福岡県大牟田生まれ。大衆演劇一座に生まれ育ち、85年に「劇団・誠」を結成。商業演劇の座長公演をはじめ、大河ドラマ「風林火山」などに出演。若手劇団「下町かぶき組」の育成のほか、舞踊「誠心流」家元、着物デザインなど幅広く活躍。
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