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2009年11月10日

息子の舞台で大サービス

 通天閣の界隈にある大衆演劇専門館「オーエス劇場」。9月のある日、劇団夢幻(むげん)をお目当てにやって来た人たちは、予想もしない“幸運”に遭遇した。

 何度目かの休憩の後、舞台に現れたのは松井誠。持ち歌「矢車草」を披露し、その横で夢幻の二人座長・和悠斗(かず・ゆうと=23歳)、颯(はやて)たかしがあでやかな女形で舞いを見せた。松井にとって、何十年ぶりになるこの劇場。なぜ、素顔で特別出演をしたのか。
 和は松井の長男で、いま売り出し中の大衆演劇役者。全国を飛び回る合間を縫って、息子の率いる劇団をお忍び? で見に来たのだが、持ち前のサービス精神が頭をもたげて舞台に立ったのだ。
 「それが若者感覚かもしれないけど…。赤毛とか金髪とか、カツラで『ゴレンジャー』できるんですよ」と息子の舞台姿に苦笑する松井。和は「そこは頭を柔らかくしてもらって」とさらりとかわした。
 離婚によって母と一緒に暮らしていた和は俳優養成所に通った時期もあったが、「やりたい事と違う」と辞めて、「ヤンキーだったこともあります」という。「前妻が相談があると私の家に連れて来て、そのまま置いていかれちゃったんですよ」。8年ぶりに子供と再会した瞬間を、松井は照れてこう話す。
 幼い頃、舞台に立ったことが忘れられない和は、「大衆演劇に入りたい」と父に申し出た。華やかな芸能界へのあこがれではなく、全国の小さな劇場を地道に回る役者を志しているのを知り、松井は承諾。父子は師弟になった。
 今年12月、和は金沢の「おぐら座」公演で「劇団悠」を旗揚げして、一人座長になる。
 「役者の血とはなんだろう」。松井は最近つくづくこう考える。衣装やカツラといった舞台のためや劇団員を連れて食事に行くことに惜しげもなく金を使う息子の姿に、「自分と似ているなあ」。そこには舞台人ではなく家庭人の顔があった。【N】

(松井誠)


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ニッカン座 人生劇場
ニッカン座・人生劇場
 笑いあり、涙あり、感動あり。毎日、日本のどこかで繰り広げられる人情舞台。その一瞬、一瞬に人生をかけて、全国巡業を続ける大衆演劇のヒーローを追います。
松井誠
 (まつい・まこと)1960年4月8日、福岡県大牟田生まれ。大衆演劇一座に生まれ育ち、85年に「劇団・誠」を結成。商業演劇の座長公演をはじめ、大河ドラマ「風林火山」などに出演。若手劇団「下町かぶき組」の育成のほか、舞踊「誠心流」家元、着物デザインなど幅広く活躍。
竜小太郎
 (りゅう・こたろう)1974年8月2日、東京生まれ。父は大衆演劇役者、母はダンサーで4歳の時に日舞を習い始め、森川長次郎劇団に入団。関西を中心に活躍して7歳の時に「初代・浪花のチビ玉」と呼ばれる人気者に。85年には「必殺・ブラウン館の怪物たち」で映画デビュー。舞台、映像と幅広く活動している。アイエス電話03・3355・3561。
大川良太郎
 (おおかわ・りょうたろう)1978年(昭53)3月6日、静岡県生まれ。大阪府育ち。劇団九州男(げきだんくすお)座長。輝く役者だけのユニット「シリウス(天狼組)」でも活動中。
橘大五郎
 (たちばな・だいごろう)1987年(昭62)1月27日、大分県生まれ。橘菊太郎劇団若座長。大衆演劇の若きカリスマ。2003年、北野武監督の映画「座頭市」に出演。2007年には早乙女太一らとのハワイ公演を成功させた。趣味はタップダンス、映画・舞台鑑賞。

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