2009年11月03日
「SMAPより好き~♪」
突き抜けてやる!
旅役者の家庭にあったが、芸を磨くことに目覚めたのは17歳。遅咲きだったかもしれない。しかし、突き抜けてやる、と固く決意したのは確かにその歳だった。劇団九州男・大川良太郎(31)。今では押しも押されもせぬ座長。パワフルで明るく楽しい舞台が人気を呼ぶ。
9月、劇団九州男は大阪新世界にある大衆演劇の老舗・朝日劇場で1か月公演を打った。スタート間もない4日、娘、孫、ひ孫らと芝居「夜鴉銀次(よがらすぎんじ)」に見入っていた女性は、「良ちゃんがいる間に、また何回か来るの。シリウスも見逃せないから」と話していた。
シリウス? 天狼…他劇団の役者とのスペシャルユニットがその正体。良太郎は25日、近江飛龍劇団座長・近江飛龍を迎え「シリウス」を展開。満席の観客をうならせた。客席の中には、あの女性の姿もあった。女性は、携帯電話を出して良太郎とのツーショット写真を見せてくれた。わがヒーローの活躍は何にも代えがたい。女性の表情はイキイキとしていた。
良太郎が舞台を始めたのは15歳の時だった。「でもパラパラしてましたよ」。楽屋から学校に通う生活ではあったが、良太郎は「全く興味がわかなかったですね。化粧する意味も、人前で踊る意味も分からなかった」。父・杉九州男も強制してできる仕事ではないからと、無理強いはしなかった。そんな良太郎がド胆を抜かれ「やばい!」と目を覚まさせられたのは「若竹会」。17歳の時だった。
16~18歳の役者が芸を競い合う若竹会。ちょうど1995年ころは若い役者ブームでもあった。恋川純弥、小泉たつみ、都若丸、桜春之丞らそうそうたる顔ぶれが参加した。今は堂々の座長ばかり。「同じ年代に自分の未熟さを思い知らされた。みんなスッゴイ努力しているんだなって肌で感じてしまって、これは、やらんと恥ずかしいぞって。その日からです。真剣に演劇に取り組み始めたのは…」。
しかし14年前のその日、良太郎の魅力に、若い女性たちは、すでに大きな声を上げていた。「SMAPより好き」。【H】
(大川良太郎)
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- ニッカン座・人生劇場
- 笑いあり、涙あり、感動あり。毎日、日本のどこかで繰り広げられる人情舞台。その一瞬、一瞬に人生をかけて、全国巡業を続ける大衆演劇のヒーローを追います。
- 松井誠
- (まつい・まこと)1960年4月8日、福岡県大牟田生まれ。大衆演劇一座に生まれ育ち、85年に「劇団・誠」を結成。商業演劇の座長公演をはじめ、大河ドラマ「風林火山」などに出演。若手劇団「下町かぶき組」の育成のほか、舞踊「誠心流」家元、着物デザインなど幅広く活躍。
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- (りゅう・こたろう)1974年8月2日、東京生まれ。父は大衆演劇役者、母はダンサーで4歳の時に日舞を習い始め、森川長次郎劇団に入団。関西を中心に活躍して7歳の時に「初代・浪花のチビ玉」と呼ばれる人気者に。85年には「必殺・ブラウン館の怪物たち」で映画デビュー。舞台、映像と幅広く活動している。アイエス電話03・3355・3561。
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- (おおかわ・りょうたろう)1978年(昭53)3月6日、静岡県生まれ。大阪府育ち。劇団九州男(げきだんくすお)座長。輝く役者だけのユニット「シリウス(天狼組)」でも活動中。
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- (たちばな・だいごろう)1987年(昭62)1月27日、大分県生まれ。橘菊太郎劇団若座長。大衆演劇の若きカリスマ。2003年、北野武監督の映画「座頭市」に出演。2007年には早乙女太一らとのハワイ公演を成功させた。趣味はタップダンス、映画・舞台鑑賞。
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