2009年11月02日
元祖「チビ玉」は家出の常習犯
芝居は生もの。思いもしない事が起こる。先月上演された竜小太郎の座長公演(東京・シアター1010)でのこと。9月17日初日の前日、共演を予定していたベテラン俳優が急病で倒れた。急遽、代役が立てられ1回目の公演の幕が開いた。
口上で竜は観客へ丁寧に事情を説明して、芝居「ご存知忠臣蔵・千住座の巻」へ。初めて挑む三枚目で客席を沸かせ、劇中劇では浅野内匠頭と大石内蔵助を堂に入った所作で鮮やかに演じ分けた。そこには豊富な舞台経験を積み、想定外の出来事にも動じない座長としての風格が漂っていた。
来年が芸能生活25周年。本格的にデビューした10歳から数えたものだが、その前にも輝かしいキャリアがある。
達者な踊りを見せる幼い男の子をマスコミは「チビッ子玉三郎」と命名するが、その元祖こそ竜であった。大衆演劇の役者だった父と一緒に大阪へ来た彼は4歳で初舞台。女の子? と思わせるあでやかな舞台姿に「浪花のチビ玉」という愛称が付けられて人気者になっていった。
しかし、「親の言いなりで入ったので、小学校5、6年くらいまで白粉を塗るのもイヤでした」と家出の常習犯。「おばあちゃんの家や全然知らないお客さんの家に泊まったりしていました」と、いまでは笑って振り返る。自らの思いとは無関係に付けられた「チビ玉」。しかし、奇妙な縁(えにし)で後に“本家”の坂東玉三郎との巡り会いがあるのだが、それはまた後の機会に…。
その人気が芸能事務所の目に止まりスカウトされて上京、本格的に芸能界に。それまで入学と転校を繰り返していた学校生活だが、中学の3年間はそれがなくなり、学校に行きながら歌のレッスンに通う日々。「ようやく芸事がおもしろいなと思うようになりました」。
なによりもうれしかったのは、ずっと離ればなれだった母親と一緒に暮らせること。「母を養おうというために頑張ってきた部分が大きいですね」。映画やテレビにも出演、順風満帆に思えていた21歳のとき、最愛の母が54歳で胃癌のために逝った。父はすでに亡く、天涯孤独になった竜。「もう辞めよう」と考え始めたのを押しとどめたのはファンの熱い思い、それに兄と慕うようになるある人物との出会いだった…。【N】
(竜小太郎)
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- ニッカン座・人生劇場
- 笑いあり、涙あり、感動あり。毎日、日本のどこかで繰り広げられる人情舞台。その一瞬、一瞬に人生をかけて、全国巡業を続ける大衆演劇のヒーローを追います。
- 松井誠
- (まつい・まこと)1960年4月8日、福岡県大牟田生まれ。大衆演劇一座に生まれ育ち、85年に「劇団・誠」を結成。商業演劇の座長公演をはじめ、大河ドラマ「風林火山」などに出演。若手劇団「下町かぶき組」の育成のほか、舞踊「誠心流」家元、着物デザインなど幅広く活躍。
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- 竜小太郎
- (りゅう・こたろう)1974年8月2日、東京生まれ。父は大衆演劇役者、母はダンサーで4歳の時に日舞を習い始め、森川長次郎劇団に入団。関西を中心に活躍して7歳の時に「初代・浪花のチビ玉」と呼ばれる人気者に。85年には「必殺・ブラウン館の怪物たち」で映画デビュー。舞台、映像と幅広く活動している。アイエス電話03・3355・3561。
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- (おおかわ・りょうたろう)1978年(昭53)3月6日、静岡県生まれ。大阪府育ち。劇団九州男(げきだんくすお)座長。輝く役者だけのユニット「シリウス(天狼組)」でも活動中。
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- (たちばな・だいごろう)1987年(昭62)1月27日、大分県生まれ。橘菊太郎劇団若座長。大衆演劇の若きカリスマ。2003年、北野武監督の映画「座頭市」に出演。2007年には早乙女太一らとのハワイ公演を成功させた。趣味はタップダンス、映画・舞台鑑賞。
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