日刊スポーツのニュースサイト、ニッカンスポーツ・コムの芸能ページです。

  • 日刊スポーツIDについて


ここからこのサイトのナビゲーションです

共通メニュー

企画特集


2009年11月01日

舞台で受けた温情、舞台で返す

 幕が開くと、舞台中央に松井誠。顔を覆う重ね合わせた扇の間から客席を見た瞬間、彼はその日のお客さんを読みとっていく。

 「拍手の仕方が違うんですよ。『待ってました!』と『幕が開いたなあ』というのとは違うし、心から喜んでいたら拍手も出来ない。そういうのを瞬時に判断して、その場の空気を感じるんです」。

 その根っこにあるのは、生まれ育った大衆演劇。両親の一座が九州公演中に劇場の楽屋で生まれた松井は0歳の時に“初舞台”。巡業の連続で、転校を繰り返す日々に「大人の中での生活が多くて…。生まれ変わったら普通の学校生活がしたいと思っていました」。両親に反発、15歳の時に上京して新宿のホストクラブなどで働いた。

 再び大衆演劇へ。すぐ目の前にいる観客の反応を敏感に感じとり、臨機応変に演技を変える。その感性は数え切れない芝居で磨かれた。役者と観客との交流は心地いいが、「甘えすぎている自分がいるのでは?」と思うようになった。「口ダテ」という台本のない芝居、観客からの「おひねり」(お金)という、その世界の常識にも疑問を持った。

 25歳の時、2000万円の借金をして“0からの出発”、「劇団誠」を結成した。「興行師や仲間がみんな離れていきました。誰も助けてくれなかったけれど、暗闇の中にちょっとした光、抜け道を探して乗り越えてきました」。

 いまでは商業劇場での座長公演やテレビ、映画にも出演。彼の心意気に共鳴する先輩や仲間がたくさんいる。京唄子もその1人。舞台での共演が縁で、松井は「お母ちゃん」と呼ぶ。

 腰椎骨折をした京はいま懸命にリハビリに取り組んでいる。「そんなお母ちゃんのために台本を書き直しました」と、松井は10月10日から12日までの名古屋・名鉄ホール、続く関西での公演での共演を心待ちにしている。舞台で受けた温情を舞台で返す。そこには、芝居を地でいく人情ドラマがある。【N】

(松井誠)


このニュースには全0件の日記があります。


ソーシャルブックマークへ投稿

  • Yahoo!ブックマークに登録
  • はてなブックマークに追加
  • Buzzurlにブックマーク
  • livedoorクリップに投稿

ソーシャルブックマークとは

ニッカン座 人生劇場
ニッカン座・人生劇場
 笑いあり、涙あり、感動あり。毎日、日本のどこかで繰り広げられる人情舞台。その一瞬、一瞬に人生をかけて、全国巡業を続ける大衆演劇のヒーローを追います。
松井誠
 (まつい・まこと)1960年4月8日、福岡県大牟田生まれ。大衆演劇一座に生まれ育ち、85年に「劇団・誠」を結成。商業演劇の座長公演をはじめ、大河ドラマ「風林火山」などに出演。若手劇団「下町かぶき組」の育成のほか、舞踊「誠心流」家元、着物デザインなど幅広く活躍。
竜小太郎
 (りゅう・こたろう)1974年8月2日、東京生まれ。父は大衆演劇役者、母はダンサーで4歳の時に日舞を習い始め、森川長次郎劇団に入団。関西を中心に活躍して7歳の時に「初代・浪花のチビ玉」と呼ばれる人気者に。85年には「必殺・ブラウン館の怪物たち」で映画デビュー。舞台、映像と幅広く活動している。アイエス電話03・3355・3561。
大川良太郎
 (おおかわ・りょうたろう)1978年(昭53)3月6日、静岡県生まれ。大阪府育ち。劇団九州男(げきだんくすお)座長。輝く役者だけのユニット「シリウス(天狼組)」でも活動中。
橘大五郎
 (たちばな・だいごろう)1987年(昭62)1月27日、大分県生まれ。橘菊太郎劇団若座長。大衆演劇の若きカリスマ。2003年、北野武監督の映画「座頭市」に出演。2007年には早乙女太一らとのハワイ公演を成功させた。趣味はタップダンス、映画・舞台鑑賞。

最近の記事





日刊スポーツの購読申し込みはこちら

  1. ニッカンスポーツ・コムホーム
  2. 芸能
  3. コラム
  4. ニッカン座 人生劇場
  5. 松井誠

データ提供

日本プロ野球(NPB):
日刊編集センター(編集著作)/NPB BIS(公式記録)
国内サッカー:
(株)日刊編集センター
欧州サッカー:
(株)日刊編集センター/InfostradaSports
MLB:
(株)日刊編集センター/(株)共同通信/PA SportsTicker Inc

ここからフッターナビゲーションです