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2009年11月23日

立正大、初優勝の秘密とは…

 立正大が明治神宮大会で初優勝。一皮むけた4年生と、新戦力の奮起が秋の躍進につながった。

 伊藤由紀夫監督は昨年夏から「もう少し上級生を刺激してほしい」と下級生の台頭に頭を悩ませていた。石名坂規之主将(4年=学法石川)も「自分たちがそういう環境を作れず間違っているのか」と肩を落とす。

 そんなチームを変えたのが、今年春の1、2部入れ替え戦。

 「4年生の自分が決めてやる、自分が結果を残してやるという気持ちがなくなった。もうあんな思いはしたくないと、チームがチームのためにという雰囲気になってきた」(石名坂)。

 どん底から得た教訓が、秋の日本一を生んだ。

 神宮大会決勝戦の初回、2番の荒木雄輔外野手(3年=東大阪大柏原)が2試合連続のホームラン。負傷した神野達哉内野手(4年=埼玉栄)に代わっての出場だった。リーグ戦では規定打席に届かず「チャンスをつかんだと思って必死でした」という。また、準決勝からはリーグ戦で1試合しか出場機会のなかった佐藤健太内野手(3年=日大三)が一塁のスタメンに。1年の上地俊樹遊撃手(浦添商)も抜擢された。佐藤内野手は本職は一塁ではないものの、2試合で3安打と気を吐いた。

 リーグ優勝を決めた試合でも、中嶋辰也三塁手(2年=銚子商)が決勝2ランを放っている。中嶋も春から急成長した選手だ。「最後の最後で理想的なチームになった」と、石名坂は頼もしい下級生を労う。気づくと決勝戦のスタメンは下級生が6人も占めていた。

 投手陣については、伊藤監督は前日から4年生に懸けていた。

 先発の小石博孝投手(4年=鶴崎工)は7回2死一、二塁のピンチを作った。交代を告げられる菅井聡投手(4年=中央学院)のいるブルペンの方まで歩いていき、ポケットからお守りを手渡した。今シーズン、明治神宮で購入したものと小山啓太トレーナーが作ったものだ。そしていつも通りベンチへ走った。上級生は歩きながら戻る投手が多い。しかし、小石は攻守交代のときも必ず走っていたのが印象的だった。

 マウンドに登った菅井。最後の登板は10月14日と1カ月以上前のことだった。1年のときから先発、中継ぎ、リリーフでフル回転。2年春に1部復帰したときも入れ替え戦で勝ち投手になり、優勝争いに加われなかった苦しいときもチームを支えてきた。指揮官は苦労を知る4年生右腕に「いつでも行けるように」と初回から肩を作らせている。菅井はピンチを遊ゴロに打ちとった。4年分の経験と気持ちが、2試合連続逆転勝ちで勢いに乗る上武大を上回った。

 “今季はリーグ優勝のマウンドや優勝争いで登板できず内心悔しかったのでは?”という質問に、菅井はこう即答した。

 「チームが勝てばいい。先発投手が完投できて、自分が投げなくても勝てる。それはチームがいい状態だということなんです」。

 チーム作りに時間はかかったかもしれない。だが、今の4年生だからこそできた日本一だった。
 

(ノート)


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矢島彩「アマ〜い野球ノート」
矢島彩(やじま・あや)
 1984年、神奈川県生まれ。5歳くらいから野球に夢中になり、高校時代からアマチュア野球中心に本格観戦を開始。北海道から沖縄まで飛び回り、年間150試合を観る。今春、めでたく都内の大学を卒業したが就職はペンディングし、今年も大好きな野球を追いかける。取材先の監督さんたちからは「若いころの(失礼!)薬師丸ひろ子に似てるね」と言われ、かわいがられているようだ。大好物のオムライスをお腹に詰め込んで、今日も球場に行ってきま~す!

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