2009年9月14日
日体大・高畠外野手は異色の経歴
日体大の高畠裕平外野手(1年)。今春の首都大学リーグ戦で指名打者のベストナインに輝いた。出身は通信制高校の未来高校。大学で野球を続ける選手では珍しい経歴を持つ。
地元・高知から鳴門工(徳島)へ進学。前年甲子園ベスト8の同校で、入学早々から試合出場の機会を与えられ期待も大きかった。
だが、このころすでに体に異変を感じていたという。耳が聞こえにくくなったのだ。5月、医師から予想もしていなかった診断結果を言い渡された。これだけははっきりと聞こえた。
「ガン。喉と鼻の奥のほうに大きな腫瘍があったんです。幸い悪性ではなかったので手術をすれば治ると言われました」。
手術は成功したが、野球は1年間禁止。つい最近まで普通に練習していたグラウンドを見ていると、もどかしくて寂しくなった。病気さえなければ甲子園に行けたかもしれない。それが今は甲子園を目指すこともできない。「精神的にきつかった」。高畠は学校を退学し地元へ帰った。
「治ったら野球をやりたいし、大学でも続けたい」。
翌年、親戚の紹介で関西メディカルスポーツ学院へ入学。硬式野球部は日本野球連盟加盟のクラブチームとして活動している。選手は学院の野球選手科に所属。プロや企業チームなどで現役を続けたい選手が集まっている。
高畠は昼は野球、夜は高卒認定の資格を得るためのレポート(課題)に負われた。野球では高卒選手が多いチーム内で二塁手のレギュラーで出場していた。戦う相手は大学や社会人。1年間のブランクを感じさせないプレーを見せた。文武で結果を残し、念願の日体大へ推薦合格。
「1年半という短い期間だったが、ここで野球をやっていなければ今の自分はない。感謝の気持ちしかありません」。
監督の井戸伸年氏はかつて近鉄などに在籍していたプロ野球選手。「現役のときは心の中で文句を言っていました(苦笑)」(高畠)と、ハードな練習に堪えた。その甲斐あって大学では即戦力。主軸の抜けた穴に高畠が入った。
今春チームとしての結果は4位だったが、2季ぶりのベストナイン(指名打者、打率2割6分5厘)獲得。リーグ初ホームランも飛び出した。井戸監督は「おれもベストナインがうれしい!」と大喜びだったという。
「他のチームの指名打者が打っていなかったから受賞できただけ。たまたまです」。
小技を多用し機動力中心の野球へ変わりつつある日体大。高畠の豪快な一振りが、低迷するチームを救う。
◆高畠裕平(たかばたけ・ゆうへい)1991年(平2)2月24日生まれ。高知県安芸郡出身。180センチ、76キロ。右投げ右打ち。小学2年のときに野球を始める。東洋町立甲浦中学軟式野球部では県大会ベスト4が最高戦績。鳴門工を中退後、関西メディカルスポーツ学院でプレー。通信高校で高校教育課程を修了し、日体大へ推薦入学。今春のリーグ戦で3、4番で出場し指名打者のベストナインを獲得。今秋は開幕週は腰痛のため休養。次週の東海大戦から復帰予定。
(ノート)
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