2008年6月10日
林が帰ってきた
「今、言われました。行ってきます」。5月28日の午後10時半を回ったころ。阪神伊藤雅トレーナーの携帯が鳴り、電話の相手からそう言われた。林だった。1軍復帰が決まった報告だった。「自分に連絡をくれるなんて、ありがたかったですね」。伊藤雅トレーナーはうれしそうだった。
林が帰ってきた。昨年12月に右肩を手術して以来、長いリハビリ生活を送っていたが、ついに地道な戦いにピリオドを打った。リハビリを担当していた伊藤雅トレーナーも万感の思いだったと思う。
リハビリ期間中、林以上に伊藤雅トレーナーに取材した回数の方が断然多かった。質問すると、必ず足を止めて答えてくれた。辛いリハビリに励む林の負担を少しでも軽くするために、本人に代わって現状説明をしようとしていた。僕はそう思っている。話が終わると、何度もこう言われた。
「あいつ、頑張ってますよ。良い記事を書いてあげてくださいね」。
いつも笑顔で明るい伊藤雅トレーナーも、その時は真顔に戻る。林を思う気持ちが、表情ににじみ出ていた。だから、林が1軍復帰した当日、絶対に伊藤雅トレーナーの言葉を聞きたかった。1軍のナイターが始まる7時間前。2軍が練習に励む鳴尾浜で声をかけさせてもらった。
伊藤雅トレーナーは泣いているフリをしながら、冗談交じりに言った。「もうウルウルですよ。まあ、三振を期待していますよ。こんなに(ボールとバットが)離れて空振りしてね。アハハ」。照れを隠しているのは明らかだ。うれしくない訳がない。
話の終わり際、ふと真顔に戻った。「まあ、やってくれるでしょ。長かったですからね…」。手術してから5カ月以上がたっていた。ずっと二人三脚で歩んできた。だから打つと信じていた。数時間後、林は1軍復帰初打席でタイムリー二塁打を放ち、お立ち台に上がった。「相方」の思いが林を後押しした気がした。
(佐井陽介)
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- 97年入社。四国総局員として高校野球取材を中心に4年勤務。01年から阪神、遊軍、アマ野球担当を経て、07年11月から再び阪神担当に。神戸市出身。
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- 運動セクション。03年に入社し、同年11月から阪神担当。学生時代はバレーボール、陸上長距離を行う。 鹿児島県生まれ、京都府育ち。
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- 運動セクション。06年入社。同年夏は研修を兼ねて高校野球担当に。整理部を経て07年6月から阪神担当。学生時代は野球ひと筋。生まれも育ちも兵庫県。
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