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2008年7月28日

20年前を思い出させてくれる藤川のひと言だった

 20年前を思い出させてくれる藤川のひと言だった。夏休みが好きだった。思う存分遊べる。近所の公園で日が暮れるまでボールを追った。草の茂みに飛び込み、1時間近く探したこともある…。感傷に浸りつつ、これが僕と野球との出会いだったのだと気づく。月イチ連載『藤川球児の直球道場』の話しを聞いている時だった。球児は振り返る。

 「小学3年で野球を始める前は、遊びで毎日野球をやっていました。柔らかいゴムボールを使っていたんです。見た目は野球の球とまったく同じだけど、ふにゃふにゃになっててね…。最近は売ってないんです、あれがね。100円で、袋に入って、駄菓子屋で売ってました。あれが一番安心して公園で野球ができる」

 そうだった。僕が何げなく使っていた球もゴムボールだった…。なんの変哲もない工場は、近鉄鶴橋駅から10分ほど歩いた住宅街のなかにあった。銀色の鋳型からボールを造る。いろとりどりのゴムボールがケースに収められている。柴田ゴム工業所(大阪市)は、その業界では国内NO・1のシェアを誇る。柴田純司社長(60)は説明する。

 「最近は公園で野球をしたらあかんようになり、1人で遊ぶようになった。あれからボールの出荷も減っていった。ファミコンが出て確実に落ちましたね」

 最盛期には4つの工場で野球型ゴムボールを年間400万個を製造したが、近年では40万個に激減。いまは1つの工場が稼働しているだけだ。原材料の天然ゴムも、同社長の説明では「数年前に比べて3倍近く」にコストが高騰。ひっ迫した状況に置かれている。

 50年近くボールを造っている同社長は言う。「赤字が続いてしんどいと思う。でも、値段を上げると子供たちが買いにくいんです。『安く』で遊んでもらわないと。大事に使えば、1年間は持ちますから」。職人の心意気もまた、野球文化を支えてきた。1個100円前後のゴムボールは、少年の大きな夢をつないできた。

(酒井俊作)


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