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企画特集


町田達彦の記事一覧

2008年11月11日

真弓監督の齢を感じさせない体型

 阪神は岡田監督から真弓監督へスムーズにバトンが渡りました。わが日刊スポーツではこの11月に担当替えがあり、福岡、酒井の両記者がさよならブログを書いたように離脱。わたしと田口記者、佐井記者が続投し、新...(町田達彦)

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2008年10月07日

狂ったシナリオ

 運命が決する10月8日(巨人戦)を前に書いている。だから結果については、触れられない。独走していた阪神にとってみれば、10月に入り残り試合が1ケタになってもなお、何も決められないのは大きな誤算だった...(町田達彦)

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2008年9月02日

王道を走ってテープを切ろう

 マジックはついたり消えたりするものだったのだ。歴史的なスピードで点灯した03年や、混戦を抜け出した05年はついたままゴールにたどり着いたから、今年のもどかしい状況はちょっと不安になる。確実に近づいて...(町田達彦)

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2008年8月04日

投球への真摯な取り組み

 昨年は藤川、久保田の2人だったオールスターに、今年は大量6人が出場した。連続の2人にアラフォーの3人(金本、下柳、矢野)それと新井だ。...(町田達彦)

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2008年6月30日

阪神と食品偽装の関係は?

 秋田に行ってきたら、あらためて名産品の多さに驚いた。あきたこまち、ハタハタ、キリタンポ、いぶりがっこ…そのひとつ、桧山納豆が桧山選手のもとに差し入れされたのは本紙で報じた通り。代打の神様は「宿舎に届...(町田達彦)

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2008年5月27日

今季の盛り返しは…チームの勢いそのものだ!

 首位のまま交流戦に突入した。いきなりオリックス・コリンズ監督の辞任に巻き込まれるなど波乱含み。まずはビジターでの2カードを2勝2敗のタイで滑り出したのは上々だ。 ...(町田達彦)

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2008年4月22日

金本の偉業達成-それぞれの想い

 本人が背負っていた重みとは比べるべくもないが、金本選手の2000本目の安打が飛び出したのを見て、まずほっとした。「やったー」よりも「よかった」の方が先に、より強く感じられた。...(町田達彦)

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2008年3月17日

ペナントのぶっちぎり予想!?

 関西でのオープン戦のある日、ひそかなカーチェイスが展開されていた。マイカーで球場玄関前に乗り付けた岡田監督は開口一番「おい、球児は何分前に着いた?」。なぜか首をひねりながらロッカー室に消えた。球児は...(町田達彦)

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2008年2月11日

V奪回へ岡田監督「開いてチー」戦法?

 裏流行語大賞とでも呼ぼうか。妙なフレーズがキャンプ中の頭の中をグルグル回って困っている。脳裏にこびりついているという感じ。そのフレーズとは…「最初はグー、開いてチー」だ。ここに書いてしまったから、ま...(町田達彦)

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2008年1月07日

楽しみだ“ね”8度目子年の甲子園

 あけましておめでとうございます。右のプロフィルにあるように、わたしが初めて阪神担当に就いたのが96年です。干支は今年と同じ子(ね)年でした。途中抜け(オリックス担当など)はありますが、まずは12年経...(町田達彦)

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2007年12月03日

上園新人王に監督の“裏ワザ”あり

 岡田監督の“根回し”が実った。上園投手がシーズン8勝を評価されて、新人王に輝いた。他人事のように書いたが、評価したのは、他ならぬわれわれ野球担当記者だ。5年以上の現場経験がある記者の投票で、トラのル...(町田達彦)

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2007年10月16日

最後まで声枯らした虎党の熱さ

 直前まで盛り上がった分、クライマックスシリーズは拍子抜けというか何というか、見せ場無く終わってしまった。先発が初回に崩れて、攻撃陣は相手先発に牛耳られる。あっという間に2試合が過ぎていった。 ...(町田達彦)

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2007年9月10日

阪神ファンの質が変わってきたような気が

 元モー娘。の石川梨華って、阪神ファンだったのね。ついに最大12ゲーム差を追い越して首位に立った東京ドームでの3連戦。7発くらいながら代打桧山の1発で勝った初戦で、アイドルの来場が話題になっていた。テ...(町田達彦)

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2007年8月06日

鳥谷成長の証、長期ロード午前中はトレ

 夏の長期ロードには、かねてから「死の…」とうたわれたように過酷だという説と、いや意外とそうでもないよという2説がある。最近では後者が幅を利かせてきたようだが、それでも大きく勝ち越した事実はまだない(...(町田達彦)

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2007年7月09日

勝負事は礼に始まり礼に終る「シモ・ネタ」

 これぞプロ! というシーンやプレーに数多く立ち会うことが、野球記者をやっている喜びだろう。2年ぶりにカードを勝ち越した7月6日からのナゴヤドーム。鬼門の敵地で最もプロらしさを感じたのは、初戦先発の下...(町田達彦)

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2007年5月28日

球場に来るファンは何を見たいか

 甲子園での交流戦開幕戦(27日、対ロッテ)は「警告試合」が発せられ物々しい雰囲気となった。故意か報復か偶然か、9回に福浦と金本への死球を巡り、両軍が激しくにらみ合い…。サンデー・デーゲームに似つかわ...(町田達彦)

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2007年5月07日

4番金本の「振り逃げ」

 ベストセラーの第2弾として発売された「食い逃げされてもバイトは雇うな」を読んだらおもしろかった。刺激的なタイトルにも使われている「食い逃げ」、久しくというか一度も生で見たことはない(やったことはもち...(町田達彦)

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2007年4月09日

鳥谷打撃音に、監督「やっぱええなあ」

 開幕2カード目に備え、神宮球場でナイター練習をしていた。ベンチの岡田監督がふともらした。「やっぱええなあ、打撃音が」。目の前でカコンカコンといい音を鳴らしていたのが、新1番の鳥谷だった。 ...(町田達彦)

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2007年3月12日

桟原の黄色い声援に岡田監督チクリッ

 言葉は大事だ。さりげない一言に、岡田監督の将としての器を感じた。甲子園でのオープン戦の試合前。ベンチで監督を囲んでいると、グラウンドへのファンの声援がよく聞こえてくる。その日は「サジキハラさ~ん」と...(町田達彦)

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2007年2月12日

何もない方が狭く感じる

 沖縄・宜野座です。もう5年目で、球場や宿泊ホテルにもすっかり慣れた感があります。年々の施設改善がちょっとした間違い探しのようで楽しみです。今年はこれまでサブ球場横にあったウエート室が、ブルペンと宜野...(町田達彦)

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2007年1月08日

畳み掛ける質問にも笑顔の今岡

 明けましておめでとうございます。昨年末は岡田監督の豪州家族旅行にお邪魔同行しての大みそか帰国。年明けの仕事始めは6日、三田市内で恒例の今岡トークショーだった。この手のイベントでこれまた恒例の質問コー...(町田達彦)

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2006年11月27日

虎番記者が決意「鳥谷には負けられん」

 高級ホテル、空港、ゴルフ場。何ともセレブちっくな施設が、野球担当にとってはオフの取材ポイント御三家と言われる。仕事場だけに言うほど楽しい気分にはなれないが、中でもゴルフ場へはテンションを上げて向かう...(町田達彦)

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2006年11月06日

ツ、ツイに…筒井が本格化!

 岡山・倉敷で秋季キャンプが始まった。投手コーチから肩書きの変わった久保チーフバッテリーコーチが期待感たっぷりに話していた。「岡山でやっているせいか、昨年より04年秋の雰囲気にすごく似ている」。 ...(町田達彦)

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2006年10月02日

岡田阪神、初の月間17勝

 いやあ、勝った勝った。猛反撃の9月は17勝4敗! 月間17勝は岡田阪神では初で、振り返ると03年5月に18勝して以来となる。シーズンも煮詰まった時期に、それも首位にかなり離されてからのチャージは、ち...(町田達彦)

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2006年8月28日

球児「温かく見守ってほしい」と男泣き

 まずはお詫びと訂正、海より深い反省から。当コーナーで前回わたしが担当した7月24日付でこうのたまった。「オールスターがターニングポイントになる。球宴で勢いをつけて、ってパターン」。しかも球児投手を題...(町田達彦)

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2006年7月24日

球宴、他球団担当から羨望のまなざし

 オールスターで一堂に会した各球団の担当記者から、次々と言われた。「球児投手、すごいね。特に甲子園での入場シーン、あれからしてシビレるよね」。 ...(町田達彦)

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2006年6月19日

鉄人金本が弱音「やっぱり不安」

 めったに聞かない弱音っぽいフレーズにハッとした。結局、何だかんだでフルイニング出場を続けている金本選手と、何とはなしに話しているときだった。「やっぱり不安なんよな」。そう言って、外見上は治ったとされ...(町田達彦)

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2006年5月15日

新庄へ贈る“いとしの襟ー”

 沈静化しそうな話題を、注目対戦を前に蒸し返してみる。賛否両論の日本ハム新庄、襟(えり)問題。アンダーシャツごときで球界を騒然とさせたのは新庄の持つ華のなせるわざだ。並みの選手が着ていたのでは、黙殺だ...(町田達彦)

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2006年4月10日

次は連続担当記者記録?

 何とか、今季最初のビックイベントをやり終えた。開幕8戦目の、金本世界一記念日。準備期間はたっぷり、周囲のご協力も温かく、開幕からカウントダウン、タイ記録、更新と盛り上がって報道できた。 ...(町田達彦)

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2006年2月27日

岡田監督も喜ぶ後輩荒川の金

 トリノ五輪、最後に盛り上がって無事、終わりましたね。あの日の興奮、みなさん、まだ覚えていますか。♪アラカワ~もう~忘れたかしら~  「神田川」の替え歌が書きたかっただけで引用したわけではない。「荒川...(町田達彦)

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2006年1月30日

オク様が来日「マジョにも衣装」

 空港での取材は嫌いだ。特に関空。見渡せば海外への脱出組か帰国した一般客ばかり。人間ができている方だと自負しているが「どいつもこいつも浮かれやがって、ナロー」というやっかみを抑えきれない。 ...(町田達彦)

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2005年12月27日

金本さん…ごめんなさい

 酒井記者が豪雪に震えていたころ、大阪から東京に飛んだ。金本選手の表彰式ラッシュがあった。大阪・伊丹空港で「この雪じゃ、新幹線もダイヤ通りには動くまい」とナイス判断にほくそ笑んでいたが、フライト寸前に...(町田達彦)

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2005年11月21日

代名詞は「情将・岡田」でいかが

 三日三晩寝ずに…というのはウソだが、ここ数日真剣に考えてみた。今ひとつしっくりこないのだが、ここで提案させていただく。V奪回を果たした岡田監督の、代名詞についてだ。 ...(町田達彦)

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2005年10月23日

悪夢も霧中、虎こそ天に感謝

 個人的な趣向だが、プラカードを掲げての応援はあまり好きではない。どこかに「いっちょう目立ったろうか」という意識が透けて見え、鼻白むからだろう。だが千葉マリンでのシリーズ2戦目、練習中にスコアボードに...(町田達彦)

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2005年10月01日

ビールかけ執行委員長と実働部隊長のマル秘裏話

 緊急トップ会談の場に、期せずして居合わせた。本拠地甲子園で理想通りに胴上げを決め、大阪市内のホテルに移っての祝勝会。ハデなビールかけの後に、選手が各テレビ・ラジオ局の特別番組にはしごで出演していると...(町田達彦)

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2005年9月25日

桧山03年はビール瓶の被り物…05年は?

 このところの活躍は、さすがベテランとうなるしかない。金本、今岡と神経を尖らせた相手バッテリーは、6番桧山の痛打にがっくり。24、25日と連続適時打し、抜かりなくマジックを減らした。「まだ2試合だけや...(町田達彦)

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2005年9月20日

虎Xデーこの週末になったら…アーメン

 子供のころから、遠足はいつも雨だった。ちょっとタバコを買いに、なんて外に出ると通り雨がザー…。そうです、何を隠そう雨男っていうやつです。 ...(町田達彦)

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2005年9月11日

流行の最先端をいく!島野総合コーチの左手首

 いわゆる「流行りモノ」からは、縁遠いヒトだと思っていた。島野総合コーチの左手首には、白いゴムバンドが巻いてある。  「お前も、これくらい着けんとアカンやろ。どういう意味が知ってるか」。  独特のイン...(町田達彦)

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2005年9月04日

岡田監督が札幌ドームで“ご乱心”

 札幌ドームに入ると、岡田監督の奇行を目にした。三塁側ベンチ裏の通路奥で、壁にむかって手にしていたノックバットをガンガンと打ち付けていた。  と、殿、ドーム中ですぞ。札幌の“ご乱心”にキョトンとしてる...(町田達彦)

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2005年8月25日

首位打者と本塁打キング、人がいいのはどっち?

 浜田記者と選挙ネタがかぶるのはお許し願いたい。ホリエモン参入で火がついた広島に、たまたま遠征で来たのだから仕方ない。「刺客」をシキャクと読んでいた無知な自分でも、つい引き込まれる劇場型選挙。丸く収ま...(町田達彦)

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2005年8月18日

プレーオフって、ウルトラジャンピングチャンス!?

 その昔、ダウンタウンのコントなんかでありましたね。「さあいよいよ最後の問題。最後はウルトラジャンピングチャンスで、得点は100倍!」。「今までは何やったんや!」いうやつ。パ・リーグで昨季から導入され...(町田達彦)

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2005年8月14日

スター片岡、記録に華添えられなかったら…

 花束嬢も、おずおずためらいながら出てきた。13日の巨人戦で片岡選手が、1500試合出場を果たした。出番は5回の代打、結果は適時打。二塁に進んで代走を送られ、ベンチに退いた。すると、花束贈呈。攻撃途中...(町田達彦)

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2005年8月10日

金八先生にバカチンなお願い…したい

 とんねるず石橋、大塚愛、武田鉄矢、加藤晴彦…いずれも今ロードで球場や選手宿舎、移動の駅、空港ですれ違った有名芸能人です。宝庫の東京出張を前にこのハイペース。みなさん、ごひいきチームを表明していますね...(町田達彦)

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2005年8月04日

球児の愛称「ジェットアッパー」はどう?

 7回の攻撃前にジェット風船が上がる(横浜スタジアムでは禁止です)。阪神の見慣れた応援風景。その直前か後のイニングは、藤川球児が投げていることが多い。投げていれば、勝っていることが多い。これもすっかり...(町田達彦)

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2005年7月28日

土用の丑の日、つかみどころがない話…

 最初に聞いたときには、ちんぷんかんぷん。4月の神宮遠征中に、ある雑誌を読んだ。「女王眞鍋かをりに迫るヤクルト古田--ブログ」。何のこっちゃ? ブログって、超人バロムワンのテーマソングか(それはブロロ...(町田達彦)

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虎番ブログ
町田達彦(まちだ・たつひこ)
 運動セクション。95年入社。一般スポーツ担当を経て96年から阪神担当。99~01年はオリックス、02年は遊軍で03年から阪神担当復帰。東京都生まれ。
田口真一郎(たぐち・しんいちろう)
 97年入社。四国総局員として高校野球取材を中心に4年勤務。01年から阪神、遊軍、アマ野球担当を経て、07年11月から再び阪神担当に。神戸市出身。
益田一弘(ますだ・かずひろ)
 00年に入社してボクシング、相撲、サッカーなどを取材。「突撃取材」でボクシングの世界王者とスパーリングして3度ダウンした経験も。06年11月から中日担当になり、07年に53年ぶりの日本一に遭遇。08年11月から阪神担当。広島市生まれの32歳。
石田泰隆(いしだ・やすたか)
 03年(平15)西部日刊スポーツ新聞社入社。入社直後はアマチュアスポーツを担当し、04年1月からホークスを担当。08年11月から大阪日刊スポーツ新聞社へ出向となり、阪神タイガース担当に就く。福岡県出身。
佐井陽介(さい・ようすけ)
 運動セクション。06年入社。同年夏は研修を兼ねて高校野球担当に。整理部を経て07年6月から阪神担当。学生時代は野球ひと筋。生まれも育ちも兵庫県。

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