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企画特集


押谷謙爾の記事一覧

2009年9月08日

サングラスがよく似合う

 移動日は空港や駅での待ち時間に選手たちとゆっくり話ができ、球場とは違った表情を見られる貴重な取材機会になる。最近、秋山監督が空港で決まって買うのがペットボトル入りのお茶。「高濃度カテキン入り」や「血圧の高い方へ」などのコピーに敏感に反応して陳列棚に手を伸ばす。「血圧を下げないとなあ」。毎回いろんな種類に挑戦している。「飛行機に乗ると寝ちゃうし、(ドリンクサービスを)頼むのも何だし、ペットボトルなら気楽だろ」。雑誌も一緒に買い求めているが、睡魔に負けているようだ。

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2009年8月11日

選手も記者も野球忘れなきゃ!?

 先日、小久保がエステで気分転換するという記事を書いた。

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2009年7月07日

ベテランと若手の融合

 チームは函館で日本ハムに2連勝。こちらもうれしくなって、大量の原稿を書き終えた後、快い疲れの中で食事を楽しんだ。最終日(5日)に立ち寄ったバーではトロワ・リビエールというラム酒に出会った。若いバーテンダーのお兄さんがカリブ海にあるフランス領マルティニック島の酒だと説明する。何本か種類があるうち、飲んだのは茶色をした古酒。「若いナチュラルなラムもいいですが、長年熟成されたものは何とも言えない深みがあるでしょ」。ふんふんとうなずきながらストレートで口に含み、酩酊(めいてい)した頭に浮かんだのはその昼に逆転2ランを打った松中の話だった。 「今はベテランと若いのがかみ合って、雰囲気がいい。でも締めるところは締めて1戦ずつやります」。

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2009年6月02日

有名人やはり気になる始球式

 本多は遠征に出ると必ず「空振り」を命じられる。といっても始球式のこと。これはビジターチームの1番打者の宿命だろう。「相手投手」はスポンサー幹部や有名人、抽選で射止めたファンなどさまざま。1回表の攻撃が始まる直前の緊張感が高まる中、空振りする気分はどうなんだろう。

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2009年4月16日

縁起良し王さん最後の本塁打の舞台

 この日の王会長はチームより先に熊本入りし、野球教室や県庁、市庁舎訪問と大忙しだった。最高気温25・6度。春物スーツでも背中に汗がジワッとにじむ暑さだ。

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2009年2月18日

イチローイズムを吸収し続ける川崎

 打席に立った2人を見間違えそうになる瞬間がある。WBC日本代表候補の宮崎合宿に参加するイチローと川崎だ。2月17日のシート打撃のこと。オリックス小松が登板した終盤、背番号52、51が連続して打席に入った。バットを立てて左手で右肩のユニホームの袖を手繰るルーティーンこそ異なるが、やはり「イチローマニア」だけに川崎の構えはそっくりだった。

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2009年1月13日

「遊び」がマウンドで披露される日

 WBC公式球でツーシーム習得に乗り出した杉内に、実はもう1つの「魔球」がある。

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2008年11月28日

松中が変わってきている

 松中が変わろうとしている。秋季練習を10月下旬で免除となると、練習場所をグアムに移した。体幹と股(こ)関節周りの強化をテーマに専属トレーナーとトレーニングに励んだ。同部位を本腰入れて鍛えるのは初めてだ。「人間は新鮮なものを取り入れると、体がいいふうに反応してくれる。(04年に)3冠を取った時もトレーナーと契約して新鮮なものを取り入れていましたからね」。今季は3年ぶりに20発を超えたが、ここ2年タイトルに縁がない。「コンディションによって体に合うものは変わってくる」と近年は打撃フォームだけでなく、バットやスパイクなど道具の試行錯誤に時間を割いてきたが、今回は根本とも言える部分の改良へと目を向けた。

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2008年10月08日

「抹殺事件」で王さんとの距離縮まった

 「王前監督」「最高顧問」という呼び名に慣れるまで、しばらく時間がかかりそうだ。新聞やテレビ報道であらためて王さんのプロ野球人としての偉大さを知る。各紙の歴代担当記者はその心配りの広さ、奥深さについて思い出エピソードをつづった。野球を離れた、王貞治はまた違った一面を見せた。ちょっぴり感傷的になる僕の中では、あの「抹殺事件」が断トツの思い出だ。

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2008年8月27日

王監督はあきらめない

 西武にマジックナンバーが点灯し、ソフトバンクの自力優勝の可能性は消えている。とはいえマジックというくらいだから、消えることもあるわけで、王監督の言葉も前向きなものだ。「とにかく進むしかない。(西武に)追い付くには、どんどん追い掛けていかないと」。

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2008年7月14日

大場、自信を詰め込んで帰ってこい

 2度目の2軍降格となった大場は悔しさと一緒に大きな荷物をタクシーのトランクに放り入れた。7月14日の福岡ヤフードーム。1軍のロッカーからハンガーにつるしたままのユニホーム、紙袋に押し込んだ着替えを持って出てきた。スーツケースも2個ある。あまりの量で歩きにくそうなので、担当記者が「持とうか」と声をかけると、「いいです」。弱々しい声だった。

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2008年6月05日

鳴尾浜での「鉄腕」にも注目

 衝撃デビューから2カ月半。大場が2軍で毎日を過ごしている。プロ初登板初完封勝利を無四球で飾るという、パ・リーグ史上初の快挙から徐々に調子を落とし、5月18日の日本ハム戦後にファームでの再調整を命じられた。

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2008年4月21日

いろいろあっても結果が大事

 王監督は現役時代にはあまり映画を見なかったそうだ。視力が悪くなるのを防ぐためだったとか。今でこそ遠征バスの中ではDVDが流され、監督もキャンプ中に20巻ほど持ち込む。映画の話で盛り上がっていると、「ロッキー」を引き合いに出し、結果の重要性を言う。「ロッキーの映画にあっただろう。アメリカ式とロシア式のトレーニングが。プロセスはいろいろ、人それぞれあるけど、結果が大事なんだよ」。

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2008年3月19日

愛宕神社の御利益は?

 ソフトバンクの開幕戦が始まる3時間前、ドームの西南の方角から念がおくられる。標高60メートルの愛宕山。その山頂にある、日本三大愛宕の1つ「愛宕神社」で開幕前日の19日にホークスの必勝祈願が行われる予定だったが、暴風警報が出るほどの荒天のため中止順延となった。20日午前10時から仕切り直される。

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2008年2月13日

テーマは「お母さんと孫」

 春季キャンプのテーマの1つは「お母さんと孫」だという。杏林予防医学研究所所長の山田博士がソフトバンクの宿舎で栄養講座を開いた。その中で好ましい、好ましくない食事例が簡単な言葉で示された。

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2008年1月10日

川崎の視野の広さにビックリ

 意外と? 器用な足さばきに驚いた。ソフトバンク川崎、井手、本多、福田の合同自主トレの取材で鹿児島県姶良町へ。午前のウオーミングアップでサッカーをしていて、川崎のボールの持ち方がうまいのだ。イチローとの年末の合同練習では1人でドリブルする姿を拝見していたが、この日はミニゲーム形式。敵味方がどこにいるかうまくヘッドアップ(顔を上げる)しながら、足元でキープしていた。パスを出す時、スペースで受ける時と、非常に落ち着いてボールを扱っていた。

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2007年12月05日

静まり返る球場に15年目のベテラン

 オフの福岡ヤフードームは静かだ。報道陣は契約更改の取材に訪れるくらいで、記者室もちょっぴり閑散としている。シーズン中は毎日のように顔を合わせていた選手たちも、それぞれオフタイムを過ごす。その中でも何人かの主力がドームで来季に向けて汗を流している。佐藤誠投手(32)もその1人だ。

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2007年10月30日

小久保が決めた「覚悟」

 「なあ、覚悟ってどういう意味なんやろ? イメージはあるけど、言葉の意味、説明できる?」。

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2007年9月26日

助っ人は「第3の捕手」でもあった

 「第3捕手」はアダムだった。ソフトバンクは残り10試合になった23日の日本ハム戦から捕手を田上、的場の2人にした。

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2007年8月22日

松中の指が天を指せば

 松中の「異変」に気付いたファンも多かったと思う。21日の西武戦。2回に先制の15号ソロを打ったときだ。悠々とダイヤモンドを1周し、4つ目のベースを踏んだ後だ。人さし指で天を突き刺す、開幕から続けてきたあの決めポーズがなかった。ヤフードームでは110日ぶりの本塁打。あまりのブランクで忘れてしまったわけではない。実は18日のビジター楽天戦でも「儀式」を封じている。

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2007年7月20日

球宴の隣りで、もがく選手がいる

 エースは苦しんでいた。右肩の筋疲労からの完全復活をかけるソフトバンク斉藤和だ。「周りはもどかしく思うかもしれない。でも(状況は)ややこしいもの。目に見えず、これというものもない中で、自分も葛藤している。順調とも、順調でないとも感じてない。言葉ではなかなか伝えにくいんです」。選手会総会のため上京した20日、報道陣に自分の口で現状説明した。

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2007年6月11日

森脇コーチの広島市民球場での“儀式”

 広島との交流戦。試合前にソフトバンクの背番号88が広島市民球場の一塁側ブルペンへと向かった。森脇コーチだ。「なかなか機会はないけど、ここに来ると必ず、ね」。炎のストッパーと呼ばれ、93年に脳腫瘍(しゅよう)で亡くなった津田恒美投手(享年32)の功績と人柄をたたえる銅板にあいさつするためだ。

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2007年4月30日

勝負師のこだわりは…

 遠征ざんまいだったホークスの4月が終わった。報道陣も各地を転々。仙台のチーム宿泊となってるホテルにおじゃました際、球場まで選手を送り迎えするバスについて面白い話を聞いた。

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2007年3月26日

試合前も開幕戦は特別

 開幕戦2本塁打の多村は当日朝、恒例の儀式を断念していた。「今はホテル暮らしなんで結局あきらめました」。プロ入りして以来ほぼ毎年続けてきた、古式ゆかしき「赤飯に尾頭付き」のお祝いができなかったという。横浜から移籍して福岡市内でホテル生活。開幕に合わせて夫人や子供たちを呼び寄せたものの、キッチンがないから料理ができない。結局、球団が用意した昼食で儀式を代用した。ただ、例年と違うやり方が功を奏したのかは分からないが、プロ初の開幕戦アーチという結果となった。

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2007年2月13日

ホークスは情報発信基地

 「むちゃ多いな」が、生目の杜(もり)運動公園であいさつ言葉になっている。ソフトバンクの宮崎春季キャンプ。11日に球団史上最多の4万5000人を数え、人、人、人であふれている。サッカー担当から野球担当に「移籍」して半月ほどが経過。Jリーグのキャンプ取材だと「観衆たったの3人」という手の記事が定番だっただけに、文字通り「ケタ違い」の人気に単純に驚くしかない。

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鷹番日記
松井周治(まつい・しゅうじ)
 72年(昭47)7月9日、北九州市生まれ。98年からホークス担当。05年から3年間の東京整理勤務を経て、今季から再び鷹番。
押谷謙爾(おしたに・けんじ)
 96年(平8)入社。総務部、レース部を経て報道部。99年秋からサッカー担当。大分、福岡、鳥栖を中心に九州リーグ、高校サッカーのほか、02W杯、セリエAなどを取材。03年から大分支局。
倉成孝史(くらなり・たかし)
 78年(昭53)6月14日、福岡県北九州市生まれ。03年(平15)入社。整理部(東京駐在)を経て、3月から西部本社編集チーム。強豪校で高校球児だったが才能に限界を感じ、バットをペンに持ち替えた。趣味はゴルフ。
太田尚樹(おおた・なおき)
 02年(平14)大阪本社入社。中央競馬や大相撲などを担当後、アマチュアスポーツ担当として北京五輪を取材。08年11月に西部本社へ出向してホークス担当に。
進尚幸(しん・なおゆき)
 96年(平成8)入社。報道部写真担当、ホークスを中心に九州のスポーツ全般を取材。全国津々浦々を取材する。スペイン1部リーグのバリャドリードに在籍した城彰二を取材。

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