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企画特集


押谷謙爾の記事一覧

2008年7月14日

大場、自信を詰め込んで帰ってこい

 2度目の2軍降格となった大場は悔しさと一緒に大きな荷物をタクシーのトランクに放り入れた。7月14日の福岡ヤフードーム。1軍のロッカーからハンガーにつるしたままのユニホーム、紙袋に押し込んだ着替えを持って出てきた。スーツケースも2個ある。あまりの量で歩きにくそうなので、担当記者が「持とうか」と声をかけると、「いいです」。弱々しい声だった。

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2008年6月05日

鳴尾浜での「鉄腕」にも注目

 衝撃デビューから2カ月半。大場が2軍で毎日を過ごしている。プロ初登板初完封勝利を無四球で飾るという、パ・リーグ史上初の快挙から徐々に調子を落とし、5月18日の日本ハム戦後にファームでの再調整を命じられた。

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2008年4月21日

いろいろあっても結果が大事

 王監督は現役時代にはあまり映画を見なかったそうだ。視力が悪くなるのを防ぐためだったとか。今でこそ遠征バスの中ではDVDが流され、監督もキャンプ中に20巻ほど持ち込む。映画の話で盛り上がっていると、「ロッキー」を引き合いに出し、結果の重要性を言う。「ロッキーの映画にあっただろう。アメリカ式とロシア式のトレーニングが。プロセスはいろいろ、人それぞれあるけど、結果が大事なんだよ」。

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2008年3月19日

愛宕神社の御利益は?

 ソフトバンクの開幕戦が始まる3時間前、ドームの西南の方角から念がおくられる。標高60メートルの愛宕山。その山頂にある、日本三大愛宕の1つ「愛宕神社」で開幕前日の19日にホークスの必勝祈願が行われる予定だったが、暴風警報が出るほどの荒天のため中止順延となった。20日午前10時から仕切り直される。

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2008年2月13日

テーマは「お母さんと孫」

 春季キャンプのテーマの1つは「お母さんと孫」だという。杏林予防医学研究所所長の山田博士がソフトバンクの宿舎で栄養講座を開いた。その中で好ましい、好ましくない食事例が簡単な言葉で示された。

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2008年1月10日

川崎の視野の広さにビックリ

 意外と? 器用な足さばきに驚いた。ソフトバンク川崎、井手、本多、福田の合同自主トレの取材で鹿児島県姶良町へ。午前のウオーミングアップでサッカーをしていて、川崎のボールの持ち方がうまいのだ。イチローとの年末の合同練習では1人でドリブルする姿を拝見していたが、この日はミニゲーム形式。敵味方がどこにいるかうまくヘッドアップ(顔を上げる)しながら、足元でキープしていた。パスを出す時、スペースで受ける時と、非常に落ち着いてボールを扱っていた。

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2007年12月05日

静まり返る球場に15年目のベテラン

 オフの福岡ヤフードームは静かだ。報道陣は契約更改の取材に訪れるくらいで、記者室もちょっぴり閑散としている。シーズン中は毎日のように顔を合わせていた選手たちも、それぞれオフタイムを過ごす。その中でも何人かの主力がドームで来季に向けて汗を流している。佐藤誠投手(32)もその1人だ。

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2007年10月30日

小久保が決めた「覚悟」

 「なあ、覚悟ってどういう意味なんやろ? イメージはあるけど、言葉の意味、説明できる?」。

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2007年9月26日

助っ人は「第3の捕手」でもあった

 「第3捕手」はアダムだった。ソフトバンクは残り10試合になった23日の日本ハム戦から捕手を田上、的場の2人にした。

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2007年8月22日

松中の指が天を指せば

 松中の「異変」に気付いたファンも多かったと思う。21日の西武戦。2回に先制の15号ソロを打ったときだ。悠々とダイヤモンドを1周し、4つ目のベースを踏んだ後だ。人さし指で天を突き刺す、開幕から続けてきたあの決めポーズがなかった。ヤフードームでは110日ぶりの本塁打。あまりのブランクで忘れてしまったわけではない。実は18日のビジター楽天戦でも「儀式」を封じている。

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2007年7月20日

球宴の隣りで、もがく選手がいる

 エースは苦しんでいた。右肩の筋疲労からの完全復活をかけるソフトバンク斉藤和だ。「周りはもどかしく思うかもしれない。でも(状況は)ややこしいもの。目に見えず、これというものもない中で、自分も葛藤している。順調とも、順調でないとも感じてない。言葉ではなかなか伝えにくいんです」。選手会総会のため上京した20日、報道陣に自分の口で現状説明した。

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2007年6月11日

森脇コーチの広島市民球場での“儀式”

 広島との交流戦。試合前にソフトバンクの背番号88が広島市民球場の一塁側ブルペンへと向かった。森脇コーチだ。「なかなか機会はないけど、ここに来ると必ず、ね」。炎のストッパーと呼ばれ、93年に脳腫瘍(しゅよう)で亡くなった津田恒美投手(享年32)の功績と人柄をたたえる銅板にあいさつするためだ。

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2007年4月30日

勝負師のこだわりは…

 遠征ざんまいだったホークスの4月が終わった。報道陣も各地を転々。仙台のチーム宿泊となってるホテルにおじゃました際、球場まで選手を送り迎えするバスについて面白い話を聞いた。

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2007年3月26日

試合前も開幕戦は特別

 開幕戦2本塁打の多村は当日朝、恒例の儀式を断念していた。「今はホテル暮らしなんで結局あきらめました」。プロ入りして以来ほぼ毎年続けてきた、古式ゆかしき「赤飯に尾頭付き」のお祝いができなかったという。横浜から移籍して福岡市内でホテル生活。開幕に合わせて夫人や子供たちを呼び寄せたものの、キッチンがないから料理ができない。結局、球団が用意した昼食で儀式を代用した。ただ、例年と違うやり方が功を奏したのかは分からないが、プロ初の開幕戦アーチという結果となった。

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2007年2月13日

ホークスは情報発信基地

 「むちゃ多いな」が、生目の杜(もり)運動公園であいさつ言葉になっている。ソフトバンクの宮崎春季キャンプ。11日に球団史上最多の4万5000人を数え、人、人、人であふれている。サッカー担当から野球担当に「移籍」して半月ほどが経過。Jリーグのキャンプ取材だと「観衆たったの3人」という手の記事が定番だっただけに、文字通り「ケタ違い」の人気に単純に驚くしかない。

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鷹番日記
中村泰三(なかむら・たいぞう)
 93年(平成6)入社。広告部、レース部競輪担当を経て報道部。94年オフからホークス担当。02年から東京本社野球部に出向し、巨人、横浜、米メジャーなどを取材。04年11月に西部本社復帰。現在ホークス担当。35歳。
石田泰隆(いしだ・やすたか)
 03年(平15)入社。報道部 入社直後は、アマチュアスポーツを担当し、04年2月からホークスを担当。現在に至る。27歳。
進尚幸(しん・なおゆき)
 96年(平成8)入社。報道部写真担当、ホークスを中心に九州のスポーツ全般を取材。全国津々浦々を取材する。スペイン1部リーグのバリャドリードに在籍した城彰二を取材。34歳。
梅根麻紀(うめね・まき)
 97年(平成9)入社。入社してからカメラマン一筋。ダイエーホークス、サッカー、高校野球、柔道など九州関連のスポーツ写真報道に携わる。イタリア・セリエAでヴェネチア在籍時代の名波浩(現磐田)を取材。31歳。
押谷謙爾(おしたに・けんじ)
 96年(平8)入社。総務部、レース部を経て報道部。99年秋からサッカー担当。大分、福岡、鳥栖を中心に九州リーグ、高校サッカーのほか、02W杯、セリエAなどを取材。03年から大分支局。33歳。

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